比企谷八幡は自転車に乗る   作:あるみかん

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比企谷八幡は選抜メンバーの実力に驚愕する

~用語解説~

 

・スプリンター

自転車乗りの脚質の1つ。脚質≒その選手の得意分野と思ってもらって問題なし。

平地での爆発的なスピードでゴールを狙う。速筋と呼ばれる筋肉が多い人が有利なため、努力だけではどうにもならない選ばれた素質が必要。

平地の最高速度は時速80キロに迫り、下りに至っては時速100キロを軽々と超えることもある。

 

・クリテリウム

自転車レースのレース方式の1つ。

街中の交通を一切遮断してコースを造り、そのコースを周回する形式のレース。

観客と選手の距離が非常に近い(触れるくらいのこともある)のが特徴。

 

・ライセンス

これがないと大会には出られないと思っていい。

自治体ごとに申請できる。が、期限1年。再申請にも金がかかる。

 

・ケイデンス

自転車において1分間のクランク回転数のこと。 自転車に乗る人がペダルを回す速さを示す数字である。 rpm(回転毎分)を単位として表す。

海外トップの選手で100~110rpm程。自転車は筋肉ではなく心肺で回すと言われ、軽いギアで早く回すのが基本的。なのだがただ早く回せばいいってものでもなく、ペダルを踏む力、引き上げる力と相談が必要。

 

・エンデューロ

自転車レースのレース方式の1つで、耐久レースのこと。

チームで○時間で回れるだけコースを周回しろ、というのが一般的か。チーム全員で走るのではなく、1人ずつ走り、疲れたり、チーム内で決めた距離を走ったら次走者に交代する。

 

・イップス

心的トラウマ(のようなもの)。

野球やゴルフなどに多く、狙ったところに投げれなくなるべく、デッドボールに異常に怖がるなど。

八幡は怪我と筋肉の削ぎ落ちた脚を見たことにより発症。強い負荷をかけると再発するのではと深層心理に刻まれた。

 

・ロングスローディスタンス

トレーニングの1つ。

長い距離をゆっくり走る練習のことを指す。 一定のスローペースを保って長時間走ることで有酸素運動の能力をアップさせることが目的。

 

 

 

 

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「ノックをしてくださいといつも言っているのですが」

 

「すまんすまん、次から気をつけるよ」

 

「この前もそう仰ってましたが……」

 

見た目通りガサツな人なんだな平塚先生……とぼんやりしていると、

 

「ところでそちらの男子生徒は?」

 

と一回り小さな陽乃さんの声。

 

「こいつは入部希望者だ。こいつの孤独体質を改善してやってくれ」

 

……この人は何をほざいているのだろうか。

 

「2ーFの比企谷だ。なんか勝手に話が進んで行きそうだが、悪いが俺は入部しないぞ。」

 

なんてったって自転車部を創るんだからな!

 

「却下だ。貴様は強制だ」

 

……むちゃくちゃだ。

 

「本人が拒んでいるのに無理に入部させることもないと思うのですが」

 

小型陽乃さんからの援護射撃!

こちらとしても自転車部の為に退くわけにはいかない。

 

 

 

話は平行線(というか平塚教諭がごねて我が儘を通そうとしているだけだが)の一途。どうしたものか思案していると、

 

「やっと見つけた!比企谷君、松任谷先生が待ってるよ。早くポスター作ってロード出よう!」

 

援護射撃その2。

 

「おお、すまんな篠崎。……そういう訳で人を待たせているので失礼しますよ。」

 

「比企谷……貴様、友達いたのか」

 

「ええ、友達かどうかはわかりませんが、長い付き合いになりそうな奴は何人かいますよ。ついでに言えば去年のクラスでも別にぼっちというわけではなかったですし。……雪ノ下と言ったか、邪魔したな」

 

「ええ、さようなら」

 

恨みがましく睨み付ける平塚教諭をスルーしてぷち陽乃さんに挨拶をして部屋を出る。

ところでここは何部だったんだろう。

 

 

 

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さて、部員募集のポスターも作ったし、ロード練習を始めよう。

体育教官室から預けていたロードバイクを持ち出し(松任谷先生経由でお願いして置かせてもらった)、ロード用のジャージに着替える。ヘルメット、スポーツサングラスを装備し、指ぬきグローブを装着する。靴もビンディングシューズに替えて準備万端。

 

「一周5キロくらいの車の少ないルートを作ってあるから篠崎は一周目はついてきてくれ。くれぐれも安全第一でな」

 

「うん、了解。いつでも行けるよ」

 

 

 

しばらく走って思う。

篠崎ミコト。彼の走る姿を前からチラチラと見ていたが。

身体は俺より一回り小さいけど身体の割に手足が長くデカい。上半身は華奢に見えるが、下半身、特に太腿は半端なく太い。

ペダリングは軽やかというよりは力強い。特に踏み込み。コースを攻めているわけではないので重いギアを踏んでいるのだろうか、ケイデンスは低め。

視線は周りをキョロキョロと忙しない。初めてのコースだから視覚情報を集めているのだろう。

 

 

 

 

「とりあえず、こんな感じだな。次は篠崎が前を走ってくれ。で、3周目はサシでやろう」

 

篠崎に伝え、2周目スタート。後ろから見るとまた違う発見がある。

華奢に見えた身体が実にしなやかに動く。おそらく身体の柔軟性がかなり高いのだろう。

自転車において柔軟性というのは疲労軽減に力を発揮する。筋肉に乳酸を溜めると疲労が蓄積されていく。乳酸の分解(=筋肉の回復)は非常に遅く、運動しながらでは筋肉は回復しない。

ロードレーサーは自転車に乗りながら肩を回したり身体を捩ったりする。1ヶ所に疲労を溜めない為だ。この時身体が柔らかいほうが疲労を溜めないとされる。

また、緊急回避や落車等の危機回避、怪我の防止にも役立つ。

 

(軽い身体にデカくて柔軟な筋肉、おまけに長くデカイ手足……。まるで自転車に乗るために生まれたような奴だな)

 

 

 

3周目。校門前からスタート。

篠崎は後ろをぴったりついてくる。前と後ろから観察した結果、恐らく篠崎はスプリンター。それも筋力で踏み込んで推進するトルク型。ゴールスプリントでは分が悪いことは明白。

ならば策は1つ。

登りでアドバンテージを稼ぎ逃げ切る。

 

 

 

 

しかし、八幡の作戦は儚くも砕け散ることになる。

 

 

 

 

コース途中の登坂。それほどきつい急勾配というわけではないが1キロ近い登り坂。ここで一気に差を拡げて逃げ切る。

シッティングとダンシングを繰り返しスピードを緩めず一気に駆け上がる。

(回せ回せ回せ!!!!!)

一心不乱にクランクを回す八幡。得意のハイケイデンスクライムでマージンを稼いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまだ!」

 

 

 

 

 

 

 

登坂とは思えないスピードで一気に駆け上がる篠崎ミコト。

 

「……は?」

 

篠崎はあっという間に登りきり、ダウンヒルをかっ飛ばしていく。……どういうことだってばよ。

 

当然のことながら篠崎は先に学校に戻っていた。

 

「お疲れ様、比企谷君。僕の勝ちだね!」

 

満面の笑顔で駆け寄ってくる篠崎。

 

「おう……。なあ、登りのあの加速はなんなんだ?」

 

「あれはね、僕の必殺技。スプリンターヒル」

 

それはパワーで坂を登るスプリンターの進化系の一つ。

距離にして数百メートル、時間にして1分。

力ずくで坂を捩じ伏せる。

その間は呼吸をすることも許されない。

ギアはシフトアップのみ。シフトダウン=後退を意味する。

 

勿論、欠点もある。

まず第一に乱発できない。

筋力で登るヒルスプリントは脚に負担がかかりすぎる。1レースに2、3回が限度。

そして、タイミングを見謝ると自爆になる。相手が一息つくタイミングを狙うなどしないと自分が脚を消耗するだけで終わってしまう。

 

しかしその欠点を補って余りある爆発力を秘めた篠崎ミコトの「必殺技」だった。

 

 

 

八幡の予想通り篠崎ミコトはスプリンターだった。

予想以上だったのはその実力。超A級のスプリンターが自らの切り札さえ曝け出して勝負に挑んできた。結果は八幡の惨敗だったが、その圧倒的な実力を目の当たりにして八幡の胸は高鳴るのだった。

 

 

そして八幡は気づいていなかった。

 

ヒルクライムで全開走行していたことに。

 

そしてそのときは右脚の不安など頭に欠片ほどもなかったことに。

 

 

 

 

 

 




奉仕部はちゃんと出番がある予定です。

残りの部員どうしよう……。1名は確定ですが。

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