あべ☆こべ   作:カンさん

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嬉し恥ずかしながら帰って参りました


第二十六話 友達と同士の違いって?

「……また増えてません? 色々と」

 

 かがみ姉さんやつかさ姉さんと同じく受験を控えているこなたさん。邪魔をしたら悪いと思い、遊びに行くのを自粛していたのだが本人に呼ばれて来たところ……。

 本当に受験勉強をしているのか疑問を抱く光景が目の前に広がっていた。

 CMで見かけたものや深夜枠であろうもの、他にも様々なジャンルの漫画やゲームが置いてあった。

 

「え~? そうかなー?」

「いや、あそこの新ジャンルスペース。明らかに増えてます」

 

 こなたさんの部屋には漫画やゲームがたくさんあって、部屋の半分以上を占領している。一見乱雑に置かれているように見えるが、一定の法則の下に整理されている。

 

「……そういうところポイント高いなー」

「え? 何か言いました?」

 

 何処となく頬が赤い気がするけど……気のせいか。

 視線を戻して新着スペースに目を向ける。

 正直ほとんどが初見で分からないけど、おそらくアニメ化した作品の原作を衝動買いしたのだろう。そのほとんどが新品のままだった。

 

「……うん?」

 

 ふと、俺の目に珍しいものが写る。

 漫画にしてはサイズが小さく、しかし家では見慣れたものだった。

 

「こなたさん、ラノベ読むようになったんですか?」

「んー? ああ、かがみんがうるさいから試しに読んだんだけど、意外と面白くて」

「ははは……うちの姉がすみません」

 

 かがみ姉さんはラノベが好きだ。この前なんて徹夜して読んで朝目を擦っていた。

 周りの親しい友だちにラノベを読む人が居ないからか、よく本を読む俺に薦めてくることが度々ある。

 そしてそれはこなたさんも同じような目に遭っているからか、互いに視線を交わすと乾いた笑いが出て……同時にため息を吐く。

 無理強いは良くないよなあ。

 でもかがみ姉さんが薦めてくるのは面白くて読みやすいんだよね。無理強いはちょっとアレだけど。

 

「まぁ気持ちは分かるんだけどね。自分の趣味を理解して共有してくれる。それだけでも嬉しいものだよ」

「ふ~ん。そんなものなんですか?」

「そうそう」

 

 何処となく重みのある言葉に俺は曖昧に頷く。

 まぁ俺も姉さんもファンタジー好きだし、趣味は合うだろうな。

 そんなことを考えながら視線を新着スペースにあるラノベへと向ける。

 ……今度姉さんからラノベ借りようかな?

 

「こなたさん。あそこにあるラノベ借りて良いですか?」

「ん? 良いよー」

 

 こなたさんの許可を頂いた俺は、本棚の前に移動し件のラノベを手に取る。

 タイトルは『(しん)弟魔王(だいまおう)契約者(テスタメント)』。弟というのは良く分からないが、魔王って名前からファンタジーだろう。

 背表紙に書かれたタイトルを見ながらそう思い、ひょいっと表紙を上にする。

 なんか際どい服を着た男の子が、女の子に抱き着いてこちらを見ていた。上気した顔で。

 ……ま、まぁ最近のラノベはこういう感じなのだろう。こなたさんもそんなことを言っていた気がする。

 肝心なのは中身中身。

 ぺラリとページをめくる。

 

「ん? ……ちょ、キョウくんストップ!」

 

 背後のこなたさんが酷く狼狽した気配を感じた。

 でもね、もう手遅れなの。

 素早く俺の手からラノベを奪い取るこなたさんだが、俺の脳裏には肌色の多いイラストが刻み込まれていた。

 

「あの、えっと、キョウくん。これはちがくて……!」

「いや……大丈夫です。ええ、大丈夫です」

 

 俺の無知とこなたさんの不注意が招いた今回の事故。

 物凄く言い辛そうにしながらも説明してくれたこなたさんによると、最近ラノベ界でR18にならないようにギリギリを攻める作品が増えているらしい。今回俺が偶然手に取った作品もそういう類の物で最新刊になるにつれて過激になるとのこと。

 

「……性質悪いわ!」

 

 説明を聞いての第一声に、こなたさんは珍しく同意した。

 

 

 ☆

 

 

 ゴールデンウイークは楽しかったか?

 そう尋ねられて、若瀬は声を大にしてこう答えるだろう。

 今年も楽しかった、と。

 ゲームに漫画にアニメ。さらに同人イベントと自分の大好きな趣味に没頭できる上、キョウと半日以上遊びに行けたりと充実した日々だった。

 

「むふふ……」

「なにニヤケてんの若瀬?」

「どうせ愛しの柊さんとのデートを思い出しているんでしょ」

 

 表情に出ていたのか揶揄ってくる友人たち、

 普段ならアタフタと慌てふためき弄ばれるのだが、今回は違うようで若瀬は余裕を持って対応した。

 簡単に言うとドヤ顔した。

 友人二人はイラっとし、二手に分かれると彼女のコメカミに拳をグリグリと減り込ませる。

 

「イタタタ!?」

「あんまり調子乗ってると友だち辞めるぞコラー」

「その幸せ半分寄越せコラー」

「と、友だち辞めたくないしこの幸せは私だけの……」

『このヤロー!』

 

 何気ない風景。

 一月経ち高校生活に慣れた生徒たちは、入学したての頃の初々しさが無くなり伸び伸びと過ごしていた。

 

 そんな日常に一つの変化が訪れる。

 

「はーい。朝礼始めるから席につけよお前らー」

 

 出席簿を手に若瀬のクラスの担任教師が教室に入ってくる。

 戯れていた若瀬たちもそれぞれ席に着き、意識を切り替える。

 ゴールデンウイーク明けにも関わらず欠席無いことに担任教師は満足そうに頷き、簡潔に連絡事項を述べていく。

 

「で、最後に重大なお知らせだ。今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになった」

 

 その言葉に俄かに騒めき立つ生徒たち。

 

「転校生ですか!?」

「転校生であり、留学生だ」

「外国人!?」

 

 しかも留学生と来た。

 話題にならない筈もなく、生徒たちはテンションが上がっていった。

 それを教師が諌めて静かにさせる。

 

「はいはい。いい加減待ちくたびれているだろうからな。入って来て貰おう。――パトリシア!」

「ハイ!」

 

 教室の外から少女の元気な返事が響く。ガラリと音を立てて中に入って来たのは、綺麗な金髪に蒼い瞳、長身で胸が豊かな少女だった。

 その少女は教師の元まで赴くと、チョークを受け取り黒板に自分の名前を英語で書く。

 

「パトリシア・マーティンでス! パティとお呼びくだサイ! アメリカから来ましタ! 今日からヨロシクネ!」

「パトリシアは日本文化に興味があり、日本語も勉強している。それでも分からないことがあるだろうから、皆何かあったら助けて……そして仲良くしてやれ」

『はーい!』

 

 クラスの皆が快い返事をするなか、若瀬はパティに対して既視感を抱いていた。

 

(何処かで見たような……?)

 

 そう不思議に思っていると、当の本人であるパティと視線が合った。

 それまでニコニコと笑顔を浮かべていた彼女は、突然表情を驚愕に染めて若瀬を指差して叫ぶ。

 

「アーーッ!? アナタはあの時の!?」

「え? ……え!?」

 

当然そんなことをされれば注目を受ける訳で、教師とクラス中の視線が若瀬へと集中していく。

訳が分からず、若瀬は混乱した。

 

「若瀬と知り合いなのか? パティ?」

「以前に街中で会いましタ!」

「……先ほど物凄く驚いていたようだが?」

「? ニホンではああするのが普通なのデハ?」

「……」

 

どうやら日本についてかなり偏見があるようで、教師は思わず苦笑した。

しかし、若瀬とパティが知り合いだというのは都合が良かった、

ゼロから始めるよりも、少しでも顔馴染みのある人間に助けて貰えば過ごし易い。

 

「よし。なら席は若瀬の隣だ」

「ハイ! リョーカイしましタ!」

「若瀬もそれで良いな?」

「え、あ、はい……?」

 

若瀬が曖昧に返事をすると、足取り軽くパティは空いている席に着くと明るい笑顔で彼女に言った。

 

「よろしくネ!」

「あ、うん……」

 

こうして、彼女はパトリシア・マーティンと再会した。

 

 

 

 

「──こんな感じかな。場所はだいたい分かった?」

「イエス! ドーモありがとネ、イズミ!」

 

 放課後。先生から学校内のパトリシアの案内役に抜擢された若瀬は、パトリシアを伴って学校中を歩き回った。

 ひとつひとつ丁寧に教えたおかげか、パトリシアも覚えることができたらしい。

 

(パトリシアさん……外国の人だって事を差し引いても明るいなぁ……それに、一緒に居て楽しい)

 

 そして、パトリシアの反応が良かった事もあり、若瀬にとっても有意義な時間となっていたらしく、自然な笑顔を浮かべる事ができていた。

 一通り紹介を終え、若瀬はパトリシアに尋ねる。

 

「他に気になる事ある?」

「ハイ! 一つダケ!」

 

 いったい何なんだろうか?

 彼女の次の言葉を待つ若瀬だが──。

 

「この学校には、不良は居ないのでショウカ?」

「……はい?」

「それと! 何かライバル校と競いあっているだとか! 着たら強くなれるゴクセーフクとか!

 後々! ニンジャとか!」

「ちょちょちょ。パトリシアさんストップ! 多分、色々と勘違いしていると思う!」

 

 徐々に暴走し始めたパトリシアを、若瀬が止める。

 日本語が上手だと思えば、どうやらかなり偏った知識を詰め込んできたらしい。

 ……いや、初めて会った場所が秋葉原だった事を考えると、予想できた事なのかもしれない。

 

「OH……残念デス」

「ははは……それにしても、パトリシアさんそういうの好きなんだね?」

「ハイ! 大好きデス! イズミも好きなんですよネ? だってアキバに居ましたシ」

「え゛。あ、いや、その……」

「ん?」

 

 ──思えば、オタク友達なんて居なかった。

 ──ここで正直に言ったらもしかして……。

 

「あの、実は私も──」

 

 

「あ、イズミさん。此処に居たんだ」

 

 

「好きだけどジャン〇くらいしか見ないかなー?」

「OH そうですカー。それだと私の話分からなイかもですネー。……ところで、そちらの方は?」

 

 若瀬泉、柊キョウの出現によりここで逃げる。

 同士を得るチャンスをふいにして内心泣き、しかしそれと同時に想い人にオタばれしなくて良かったと安堵もした。

 忙しい性格をしている。

 

「キ、キョウくん今朝方ぶりー……」

「うん。今朝がたぶりー……なんか元気ないね?」

「そ、そんなことないよー……はははは」

「そ、そう? 全くそう見えないけど、そう言うならこれ以上は言わないよ……そして、こちらの方は」

 

 さて。若瀬を探していたキョウがこの場に現れ、そんな彼にパトリシアは興味津々だ。

 頭からつま先まで彼を見て開口一番。

 

「とっても萌えルネ! まるでアニメのヒーローの具現化ネ!」

「ちょ、パトリシアさん!?」

(ああ。そっち系の人かー……あれ? じゃあさっきチラッと聞こえた会話的に、俺やっちゃった?)

 

 日本人と違い、思いをストレートに伝えるパトリシア。当然、若瀬は気が気ではなく、あたふたとパトリシアとキョウへと視線を行ったり来たりさせる。

 対して、今のやりとりで一つの可能性に気付いたキョウは、若瀬に心の中で謝る。もういっそ全部バラした方が良いのではないか。

 そう思うも、最悪不登校になりかねないのでこの案は一旦胸の奥にしまい込み、目の前の噂の留学生へと意識を向ける。

 

「初めまして隣のクラスのD組。柊キョウです。イズミさんとは中学からの友達」

「これはご丁寧にドーモ! 私の名前はパトリシア・マーティンといいマス! イズミとは、今朝からの友達デス!」

「ふふ。パトリシアさんって面白いね」

「キョウさんも素晴らしいポテンシャルを持ってますネ! ところで、イズミに何か用ですか?」

「ああ、うん。実は」

 

キョウは、まだ落ち込んでいるイズミを見て……。

 

「──ちょっと用事できたから、さきに帰ることを伝えようと思ってね」

「へ?」

「……」

 

 素っ頓狂な声を出すイズミと黙って話を聞くパトリシア。

 その二人にごめんねと謝りつつ話を続ける。

 

「ちょっと姉がやらかしてね。だから急いで帰らないといけないんだ。ごめんねイズミさん」

「え、あうん。……でも帰り大丈夫? また痴女とか──」

「姉さんたちと帰るから無問題! だからパトリシアさん。イズミさんのこと、よろしくね?」

「──! ハイ、いいですヨ!」

「じゃあ、そういうことで!」

 

 それだけ伝えると、キョウはさっさと言ってしまった。

 その場に取り残された二人の間に妙な間が空き──。

 

「イズミは、本当はアニメとか大好きなんですよね?」

「え゛。あ、いや、その……」

「大丈夫デス! 周りの人に言いたくナイというのは、何となく伝わりましたカラ!」

「う……はい、そうです」

 

 観念して、自分の趣味を肯定した若瀬。

 パトリシアが黙ってくれるというのもあったのだろうが、本人の中で言い逃れできないと思ったのだろう。

 暗い表情で彼女は言う。

 

「はぁ……ごめんねパトリシアさん」

「なんで謝るんデスカ?」

「だって、パトリシアさんは堂々としているのに、私はこそこそと……」

「そんなの、カンケーないですよ!」

「え?」

「別にどっちでもいいのです。ただ、好きって気持ちを忘れなければネ!」

「……」

「でもこれからは私が居ますカラ! 今まで隠していた分、思う存分語り合いましょう!」

 

 その時のパトリシアの顔を見て、若瀬はこう思った。

 

 自分って、ずいぶんと小さいことで悩んでいたんだな、と。

 それと同時に──。

 

「うん。これからよろしく」

 

 この人と友達になりたいと思った。

 パトリシアはその言葉に満足したのか、太陽のような笑顔を浮かべて「コチラコソ!」と彼女の手を強く握り締めた。

 

 

 

 こうして、若瀬は初めてのオタク友達と出会い心に余裕が生まれた。

 意気揚々と通学帰りにアキバへと赴く事になった。おすすめのスポットを教えるつもりらしい。

 

「それにしてもイズミ。キョウは本当にイイ男ネ! 婿にしたいです」

「!?!?!? ちょ、それは──」

 

 道中、そんな会話があったらしいが……。

 

「珍しいね、アンタから帰りに誘うなんて。いつもは友達と帰るのに」

「まぁ、友達付き合いにも色々あるんだよ」

 

 彼がそのことを知ることはなかった。

 


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