「へー。こなたさんバイト始めたんですか」
「うん。今度のコミケに向けてね」
趣味のためなら凄い行動力だな、とある意味感心する。でもよくよく考えたら学生がバイトをする理由って、ほとんどが何かが欲しいとか遊びたいとかだしそこまでおかしくないか。こなたさんの場合はそれがコミケだったというだけだし。というかコスプレ喫茶ってこなたさんに合い過ぎて納得してしまったんだが。以前学園祭に行った時も何となくそう思ったし。
でも一つ気になることが。
「やっぱり女性客が多いですか?」
「ソダネ。だから時々男装するんだけど……私にそっちのケは無いんだけどなぁ」
まぁ、コスプレをしてくれる男自体が少ないから、自然と女の人が男装をするしかないんだろうな。ドラマでも女性が男役をすることなんてザラだし。
それにしてもバイトねぇ……。
この世界の男に対する過保護さから考えると、未成年の男性……つまり俺みたいな学生はバイトできないんじゃないだろうか。外食や買い物をしにお店とかに行くけど、男性の従業員はほとんど見ないなぁ。見るとしても自営業のところだし。それでも駄菓子屋の爺ちゃん。
そう考えると、やっぱりこの世界は女性が社会を回しているのだと思ってしまう。
……よく国として成り立っているな。その辺の詳しいことは知らないけど、調べたらなんか怖そうだ。
「どうしたの? キョウくん何か考え込んでいるようだけど」
「え? あ、いやその……あれです。コスプレって楽しいのかなぁと思って」
「お? もしかしてキョウくんコスプレに興味があるの!?」
何となく正直に言うことが憚られて、テキトーなことを言ったところ予想外の喰いつきを見せた。キラキラと目を輝かせて興奮した状態で迫ってくるこなたさんは……なんだ……怖い。
「いや、別にそこまでは……」
「大丈夫大丈夫! キョウくん素材良いから何でも合うよ!」
「でもどうせ失敗しますから……」
「だったら私が選ぶよ! 実は前々からキョウくんにして欲しいキャラが居てさ!」
まずい。このままではコスプレさせられることになる。
それっぽい理由を並べて回避しようとするが、こなたさんの勢いは止まらない。
というか言い訳をすればするほど、逃げ道を潰されているような気がする……。
「き、機会があればその時に……」
「本当!? いやー、ありがとうキョウくん。密かにキョウくんのコス姿見たかったんだよねー。やっぱり最初はレンきゅんで――」
曖昧にして言い逃れようとしたが、逆に言質を取られた件について。
早まったなー、と俺は半分諦めて肩を落とした。
……せめて真面なキャラにして貰えるのを願っておこう。
第十二話 夏に向けて
「――よし、これで準備オッケー」
疲れが生じた額の汗を拭いつつ、俺は今焼き上がったクッキーの出来栄えに満足する。
「ご、ごめんね足引っ張っちゃって……」
「ううん、そんなことないよお姉ちゃん。私、三人でお菓子作れて楽しかったよ?」
「そ、そう? ありがとう……」
つかさ姉さんの言葉を受けて、かがみ姉さんは嬉しさから頬を赤くした。普段料理やお菓子作りをしないかがみ姉さんだが、今回は自ら手伝いを申し出た。俺たちとしては特に断る理由が無かったので快く引き受けて、こうして一緒にクッキーを作ったわけだ。
知識が無いため所々戸惑っていたが、元々勉強や運動を要領よくこなせるため、かがみ姉さんが気にするほどの負担は無かった。
「それにしても珍しいよね。かがみ姉さんがお菓子作りたいっていうの」
「……なに? アンタもこなたみたいに『鍋とか爆発させそう』とか言うつもり?」
「え!? なんでいきなり喧嘩腰!?」
聞いたところ、丁度昨夜こなたさんに不器用だとか調理器具壊しそうとか、料理が苦手なことを散々からかわれたらしい。なんて間の悪い……。
で、見返してやりたいらしくこうしてクッキー作りに参加したとか。
「あと、毎回つかさやキョウばかりに作らせているのも申し訳ないしね」
「そうなんだ。ありがとうお姉ちゃん」
「俺としては、こういう日くらいはゆっくりしていて欲しいんだけどね」
今日は七月七日。七夕の日であり、かがみ姉さんとつかさ姉さんの誕生日だ。
で、今日は休日だということもあり、こなたさん、みゆきさんを加えた誕生日パーティを開くこととなった。
ちなみに、俺はすでに二人に誕生日プレゼントを渡してある。つかさ姉さんには白のリボンを、かがみ姉さんには黒のリボンを渡してある。気に入ってくれるか少し心配だったけど、受け取った二人は喜んでくれた。今も早速使ってくれている。
――ピンポーン。
「こなたさんたちかな?」
「でしょうね。行きましょ」
クッキーを皿に移し替えて冷蔵庫に入れた後、俺たちはこなたさん達を迎えに行った。
「やっふー、誕生日おめでとう。つかさとかがみん」
「お誕生日おめでとうございます。つかささん。かがみさん」
お祝いの言葉を送る二人はそれぞれかがみ姉さんたちに花束を渡す。それを受け取ったかがみ姉さんたちは嬉しそうな表情を浮かべる。
「あと、これはつまらないものですが……お誕生日プレゼントに、と思いまして」
「うわ~、なんだろう?」
「開けてみてください」
みゆきさんが二人に送ったのはペアのイヤリングだった。悩んでなかなか決まらなかったと言うけど……流石お嬢様。プレゼントもレベルが高い。俺は姉さんたちに送ったリボンを見てそう思った。
「ならば私も差し上げてしんぜよう」
「……なんだろう」
次はこなたさん。取り出した二つの袋を渡すが……かがみ姉さんは何処となく不安そうな顔を浮かべる。いや、警戒か?
こなたさんが開けてみてよと促し、二人は中からプレゼントを取り出す。
「……なにこれ?」
「洋服……だと思うけど……」
袋から出てきたのは二つの服だった。それぞれ青と緑を基本とした人形の洋服。
つかさ姉さんは可愛いと普通に喜び、かがみ姉さんは予想と違って真面だと思ったのか戸惑いの表情だ。みゆきさんも良かったですね、と微笑む。
しかし、俺だけは違う。こなたさん以外で俺だけはあの服のことを知っている。
「こなたさん……」
「まぁまぁ良いじゃないの。知らない人から見たら普通の服なんだし。でも姉妹的にかがみんは蒼でつかさは翠の方が――」
「やっぱり□ーゼンじゃないですか!」
というか人の姉さんたちにコスプレさせんでください。そう抗議するも暖簾に腕押しで効果が無く、それどころかかがみ姉さんたちに不思議そうに見られてちょっとへこんだ。
くそ、これが分かる者だけの苦しみって奴か……。
こなたさん達を招き入れた後、俺たちはかがみ姉さんの部屋でクッキーを食べつつゲームをすることにした。
焼きたてのクッキーは美味しく、二人にも好評だった。製作者として鼻が高い。
「むぐむぐ……やっぱり男の子が作ったお菓子って、なんか特別な感じがするよねー」
「あ、今回は私も作ったのよ。つかさに教わりながらね」
「……」
パクパクと食べていたこなたさんが突如動きを止めた。
それに疑問を持ったかがみ姉さんが問いかける。
「……? なによ?」
「いや、そう聞くと美味しくないのと美味しいのがあるように思えて不思議だよね」
「なんだと」
「これはかがみのかなー?」
「……!」
「はいはいかがみ姉さん落ち着いて落ち着いて」
ぶっちゃけ感覚頼りの隠し味とかされない限り、変な失敗しないし、つかさ姉さんが一緒に居たし。でも包丁の持ち方とかは怖かったな。
「それにしても、七夕の日に誕生日って……なんか羨ましいよね」
「あ、何となく分かります。元々誕生日は特別な日ですが、それに増してみたいな……」
別に話題を変えるためじゃないけど、ふと思ったことを口にしてみる。
俺は1月23日で、別に被っていないし。
みゆきさんも同じ気持ちなのか、俺が思っていたことを口にした。
一方、こなたさんはそう言えば、と何かを思い出したようだ。
「7月7日ってポニーテールの日でもあるんだよ?」
「あ、少し知っています。確か日本ポニーテール協会が平成7年に提唱したようですね。七夕伝説の彦星がポニーテールであったことが関係あるとか……」
「そそ。あとゆかたの日でもあって、ポニーと浴衣が合っていて萌えるという理由もあるヨ!」
「萌えるかどうか知らないけど、ポニーテールなんて誰がやっても似合うんじゃない?」
「……じゃあやってみる?」
――というわけで。
――それぞれポニーテールにしてみることとなった。
「う~ん。結構ギリギリだね」
「でもつかさのちっちゃいポニーテールは可愛いと思うよ?」
この中で一番髪の毛が短いつかさ姉さんは仔馬のように小さいポニーテールとなった。しかしこなたさんの言う通りに可愛らしく、つかさ姉さんの雰囲気と合っている。
「泉さんも似合っていますよ。普段それでもよろしいかと」
「そうかな? そういうみゆきさんも似合っているね。ますますお嬢様みたい」
「うんうん! 二人ともよく似合っている」
で、長髪の二人のポニーテールは凄く似合っていて二人の魅力をそれぞれ引き出していた。
幼い顔立ちのこなたさんのポニーテール姿は、普段の行いから来る印象があるのだろうが、何処か小悪魔的なキュートさがある。普段何も着けずにいるから余計に感じるものがある。
みゆきさんはこなたさんとは反対に大人の落ち着きさが増したように思える。元々丁寧に手入れをしているからか、ポニーテールにしても彼女のゆるふわな桃色の長髪はまとまりを見せていた。心なしか上品さを見せている。
それぞれがそれぞれの良さがあり、こなたさんたちは褒めあって微笑み合う。
そして視線は自然と残りの一人へと向き……。
「……」
「えっと、お姉ちゃんも――」
「かがみはさ……武士キャラみたいで萌える!」
「やかましい!」
顔を赤くして怒鳴るかがみ姉さん。
つり目なかがみ姉さんのポニーテール姿は、はっきり言って俺的にドストライク。
凛々しい雰囲気が出ていて、それでいて女としての色気も出している。
普段のツインテールも似合っているけど、こっちはこっちで良い。というかこっちにして欲しい。
「しかし、髪を後ろで纏めたからでしょうか。何処となくキョウさんと似ていますね」
「あ、それ私も思ったよ。ねえ、お姉ちゃん。しばらくその髪型で……」
「んな理由でしてたまるものですか! もう!」
そう言うとかがみ姉さんはシュルリとリボンを解いてストレートに戻した。
…………。
「キョウくんはポニーテール萌えか、なるほどなるほど」
「!?!?」
こっそり俺の背後に回ったこなたさんが、ボソッと耳元で囁く。
思わず体が反応し、図星だということを彼女に伝えてしまった。
しまった。何でもない風に装っていたけど、凝視していたのがバレていたのか……!
「……最近かがみん達のことポンコツだと思っていたけど、キョウくんもポンコツだよね」
「う、うるさいです……!」
俺は顔を羞恥で赤く染めながら反論した。
……心の中でもう一回見たいと思いながら。
「というかさ、キョウくんのポニテ見たいんだけど」
「つかさ姉さんと同じですよ。というか需要あります?」
自分でするよりも、見る方が良いんだけど……。
しかしこなたさんは譲ってくれず渋々ポニテにすることに。
「そう言えば、キョウが髪型いじってるところあまり見ないわね」
「そうだねー。ちょっと楽しみ」
「だから、つかさ姉さんと同じだって」
変にハードルを上げられても困るので、一応釘を刺しておく。
昔から姉さんたちの髪を結って来たからパパッと終わらせる。
鏡で見ていないから分からないが、まぁ普通だろう。
やっぱりポニテは可愛い女の子に限るでしょう。
「はい、これで良いですか?」
『……』
「……ん?」
しかし、反応はない。何故かみんな俺の方を見て呆然としている。
え……うそ、これってもしかして。
先ほどまでの俺と同じ反応に嫌な予感を感じて、さっさとゴムを解いた。すると全員名残惜しそうな顔をする。
しばらく沈黙し、いち早く復活したこなたさんが俺の肩を勢いよく掴む。
「あのさ、キョウくん」
「……な、なんですか?」
「今日から髪伸ばして、ポニテ属性付けない?」
自覚ないけど、絶対面倒くさいことになるよね?
「やっぱりキョウくんは萌えの塊だよ~。というかした方が良いって!」
「むしろこなたさんもしてください」
「え?」
「あ、いやそうじゃなくて……」
うっかり口がすべった。
しかし、何となく分かっていたけど、やっぱりこっちの世界では男性の髪型はこなたさんたちみたいな人にとって萌え属性の一つだったか。逆に女性の方はあまり重要視されておらずただのファッションの一つみたいな感覚なようだ。
まぁ、恋愛系のアニメに出てくるのはほとんどが男だったし……主人公の女の子は特に弄っていない無個性なのはどうなのよ?
そういえば、この前男の魅力について調べていた時に【坊主っ子頬ずりしたい】だとか【ボサボサ頭に顔埋めたい】ってレベル高い人が居たっけ……いや、あれは特殊なだけだな。うん。そういうことにしよう。
問題は俺だ。
さっきの反応から、俺のポニテ姿に何かしらクルものがあったらしい。テンション上げて力説しているこなたさんを誰も止めない。むしろ――。
「やっぱりアンタは髪伸ばした方が良いって」
「お姉ちゃんの言う通りだよ。ちょっと寂しいけど、絶対伸ばした方が良いって」
「人の魅力は髪型で決まる訳ではありませんが……す、少しだけ皆さんの意見を聞いてもよろしいかと」
萌えってこえーわ。あのみゆきさんが推してくる。
「でも、夏の時とか運動の時とか邪魔そうだし……」
「何言っているのさキョウくん!
ちらりと見えるうなじ、汗に引っ付く数本の髪! それが映えるのがポニーテールなんだよ! ぶっちゃけそんなキョウくんの一枚絵欲しい!」
「ちょっと何口走っているのこの人!?」
でも理解できる自分が嫌い!
くそ、こなたさんから学びすぎた。それでも後悔はしないけど。
「とにかく、伸ばしませんから」
「えー! 良いじゃん良いじゃんちょっとくらいー」
その後もブーブーと文句を言われたが、俺が聞き入れることはなかった。
話はこれで終わり……そう思っていたが、こなたさんは諦めていなかったことを後日俺は思い知ることになる。
☆
「あひゃー……」
「大丈夫かー?」
口から魂が出てそうな顔で、若瀬さんは机に倒れこんでいた。それを見ながら俺は手に持ったメロンソーダを一口飲む。
ジリジリとした夏の暑さに苦しむ俺たちは、たったいま期末という名の苦しみから解放されたところだ。彼女もその一人で、これまでの頑張りを見ている身としてはお疲れさまとしか言いようがない。
若瀬さんは中間テストの出来が悪かったせいか母親からこっ酷く怒られた。GWで遊びまくっていたのも要因の一つなのだろう。期末テストの点数次第では夏休みが全て勉強で埋まるという話もあった。
それを聞いた俺は一緒に頑張ろうと励まし、時間のある日は彼女の家に通って勉強会を開いていた。
「で、実際はどうだったの?」
「う、うん。中間の時よりは手応え感じているから、私にもちゃんと夏休みがあると思うよ。
……でも」
「でも?」
「多分目標には届いていないかなー?」
そう言って上げていた顔を再び落とす若瀬さん。
実は若瀬さん、結構集中力が無かった。初期の頃は酷く、俺が一生懸命に教えても隣でボーっとしていて、全然捗らなかった。
俺の教え方が悪い訳ではないと若瀬さんは言ってくれたけど、それでも流石に考えてしまうわけで。このままでは若瀬さんの夏休みが無くなってしまうと危惧した俺たちは改善しようと考え、そんな時に様子を見に来た若瀬さんのお兄さんが言った。
『五教科全部90点以上取ったら、キョウくんはいずみに一つだけ何でもしてあげるっていうのはどう?』
それを聞いた俺は、そんなことで若瀬さんの気が変わる訳ないじゃないかと笑い飛ばした。結局その日は良い案が見つからず、次の日に持ち越したのだが……。
当日、若瀬さんの気合いは凄まじかった。
俺が心配するくらいの集中力で、今までの遅れを取り返す勢いだった。まるで昔のつかさ姉さんみたいだった。と言っても若瀬さんは元々ある程度勉強ができていたから、そこまで劇的に変わった訳じゃないけど……。
で、これまでの成果をぶつける日――期末試験が今終わったところなんだけど……。
「あんなにやったのに自信無いの?」
「いや、なんというか……あそこまでスラスラ解けていくと逆に不安になるっていうか」
まぁ、覚えること多くてそれを短期間で詰め込んでいたからね。
不安に思う気持ちも分からないでもない。
というか、俺は別のことに不安を感じている。
「でさ、一つ聞きたいんだけど」
「んー。なに?」
「もし五教科90点以上取っていたら、俺になにさせる予定だったの?」
「あひょ!?」
女の子が上げたような……ああこっちでは別に良いのか。とにかく変な声を上げて若瀬さんは体を起こした。な・ぜ・か、顔を真っ赤にさせて視線をあっちこっちに動かして酷く慌てている。
いや、ね? 若瀬さんのお兄さんがどうせ変なこと言ったんだろう。多分本人はそこまで凄い事考えていなかったんじゃないかな? ……そうだよね?
というか、俺が通い始めてからあからさまに笑っていたよなあの人……。この状況もある程度予想していたんじゃないかと邪推してしまう。
ちなみに若瀬さんのお兄さんは、俺がオタク趣味について理解があることを知っている。じゃあなんで若瀬さんが知らないかと言うと……反応が面白くて可愛いから、黙っているらしい。バレるその日まで愉しむとかなんとか……。良い性格してんなー、あのシスコン。
「一応言っておくけど、あまりにも恥ずかしいことや無理なことはNGだからね?」
「はずっ!? むりっ!?」
「……いや、別に深い意味ないから。ちょっと落ち着いてよ若瀬さん」
見てるこっちまで変な気分になるじゃないか。
「ほら、これでも飲んで落ち着いて」
「あ、ありがとう」
手に持っていたジュースを手渡し、若瀬さんはグビリと一気に中身を煽り――しかしすぐに咽た。
「ケホケホ! ちょ、これって」
「あっ、ごめん。もしかして炭酸苦手だった?」
「そうじゃなくて、その、飲みかけ……かんせ――」
「……? どうしたの?」
「……なんでもない」
さらに顔を真っ赤にして俯く若瀬さん。
……間接キスが気になるのだろうか? うちの家は気にする人が居ないから、あまりその辺のことが分からなかったりする。そのことを聞いたこなたさんが何故かかがみ姉さんたちに怒っていたけど。
まぁ、さっきよりは落ち着いたから良いか。
机に置かれたジュースを回収し残りを飲み干すと、俺は続きを促す。
「あ……っ」
「で、どうなの? 一応命令を受ける身としては聞いておきたいんだけど」
「その……」
何かを思い出しているのか虚空を見つめる。
しばらくすると顔がニヤけて、しかしすぐに頭を振って表情を引き締める。
……なにされるんだろう、俺。
「えっとね。夏休みにうちの近くで祭りがあるんだけど……」
「うん」
「それで……えっと……一緒に行って欲しいというかなんというか」
ゴニョゴニョと徐々に声が小さくなるが、彼女の言いたいことを理解した俺はほっと安堵の息を吐いた。
「それくらいだったら、誘ってくれたら行くのに」
「いやー、その……素で誘うのは恥ずかしいというか……」
まぁ、街に遊びに行く時も基本俺から誘っているしね。この前も姉さんたちの誕生日プレゼントを選ぶ時にお世話になったし。
でもさ……一つ気になることがある。それは――。
「……取れなかったら諦めるの?」
「はう!?」
「いや、俺はそういうの無しで行っても良いんだけど――」
「だ、だめ!」
突然、俺の言葉を強く遮る若瀬さん。
まだ顔が真っ赤だが、その眼には確固たる意志があった。
「そ、それはそれで嬉しいけど、約束は約束。だ、だから――」
周りのクラスメイトたちから視線が集まるが、それでも彼女は止まらない。
一生懸命に自分の思いを言葉にしようとし、まさに今勇気を出そうとしている。そんな姿に俺は――。
「――っ。わ、わかった。俺も祭りに行きたいから……90点以上取れていること、祈っておくよ」
「……! う、うん!」
その時、俺が見た彼女の笑顔が――しばらく頭から放れなかった。