士郎「倫理の課題で聖書を渡された」   作:ヤコブ神拳

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今日も1日、扉をタラスクで凪ぎ払う日々。


3話『因果殴報』

 静寂が武家屋敷の庭を支配する。僅かな息づかいだけが聞こえる夜は、神秘的で、なおかつとても、幻想的だった。

 

 突如掛けられた世界を救おうという一言。自身が目の前の女性により命を救われたという状況を理解するのが精一杯であるのに、その言葉の真意を問いただすような真似をする余裕はなかった。

 女性もそれを理解しているのか、言いたいことはいったというように振り返り、土蔵の外へと意識を向ける。

 

 ランサーは警戒していた。

 

 正体不明のサーヴァントの召喚。咄嗟のことで身を庇うのが精々だった物理的な衝撃の正体もわからず不用意に近づくほど命知らずではない。それに、与えられた役割もある。多くの情報を得られるに越したことはない。ランサーとしては偵察なんて全くもって不本意だが仕事は仕事だ。

 

 土蔵からサーヴァントらしき影が出てくる。夜闇と言えど遮蔽物の一つもなく月明かりに晒されたそこに出れば、その全容を知るのは容易である。

 

 はて?見込み違いだったか?

 

 でてきたサーヴァントは女。聖衣を纏い十字架を模した杖を構えるそれは、明らかに近接向きではない。雰囲気からアサシンとも思えない。キャスターやライダーが召喚されていることは把握しているからそれもまた考えづらい。真名に関しては、マスターである外道神父のほうが、幾ばくか予測が着くかもしれないがまあ十中八九聖職者の類いだろう。

 

 なら、さっきの魔力を感じない衝撃はなんだ?

 

 その正体ばかりが読めない。あの杖を狭い屋内で振るったか?魔力を感知されない一撃を放ったか?不明だらけのサーヴァントだが、一つだけ直感的に理解したこともあった。

 

 あの衝撃を、まともに喰らうべきではない。

 

 加護か、何かの呪いか定かではないが、威力とかの問題ではなく、自身の持つ概念に影響を与えるような一撃となるであろうということだ。つまり迂闊な接近は避けたい。

 

 でも、それじゃつまらねえよな。

 

 例え様子見の一戦であっても、やりたいようにやって生き残って帰ればいい話だ、と得心して槍の構えを崩さぬまま相手に問いかける。

 

「貴様、どのクラスだ。そのような装備でアサシンやバーサーカーではあるまい。三騎士とも思えぬし、キャスターか」

 

 マルタは答えを吟味する。いまここで自身のクラスを明かしてもよいものか。

 

 まあばらしたら確実にタコ殴りよね。

 

 自身は聖杯戦争を止めにきた。だが、他のサーヴァントやマスターは聖杯を求めるものが殆どだろう。ならば、ここでこの戦争の危険性を説いたところで信じてもらえるかもわからないし、仮に信じてもらえたとして味方になってもらえる保証もない。なら今は可能な限り争いは回避して、情報の収集に努めるのが得策か。

 

「私は今、争いを求めてはいません。そちらとしても私のようなクラスもわからぬ敵を相手にするのは本意ではないのでは?」

「問いの答えになっちゃいねえよ姉ちゃん。だが、その問いに対する答えはNOだ。俺は元々マスターの命令で偵察に動いてるからな。だからよ。俺の問いへの答えは」

 

 瞬間、互いの間に空いていた距離は殆ど無くなり

 

「この槍で確かめさせてもらうぜ!」

 

 眼前に紅い穂先が迫っていた。

 

 

 

 流石に、最速のサーヴァント。

 

 槍を持っている時点でランサーと当たりはついていたが、この獣のような俊敏性、他の英霊と比較してもおよそ類を見ない速さだろう。まともな近接戦をするのは"今は"難しい。だが、対策の一つも練っていない訳ではない。

 

「お願い」

 

 マルタが一言発すると、互いの空間を断絶するように人の身ほどの盾が出現した。岩石のようなそれでいて湾曲した形の盾だ。

 

「ちっ!」

 

 かなり硬質な素材なのか必死の一撃は弾かれる。舌打ちと共に後退しようとしたランサーは背後に魔力の気配を感じて、即座に横へと飛びずさる。

 

 その勘は間違いなかったのか、斜め後ろの空間が突如爆発した。それを認識した瞬間、次は目の前に魔力を感知。再び背後へと下がる。

 

 やはり目の前での爆発。爆風もあり、再び互いの距離は開いてしまった。

 

 ランサーは即座に思考する。

 

 爆発自体は大したことはない。だが、見たところこの爆発は敵の視界に関わらず、任意の位置におよそノーモーションで撃てる。感知するのは魔力の流れのみ。おおよそではあるが、位置の把握ができるなら俺の速さなら回避は難しくない。だが、別の問題がある。

 

 あの盾。簡単には砕けねえな。

 

 およそ、今できる全力に近い一撃を放ったつもりだったが、表面にろくな傷をつけることも敵わず、弾かれてしまった。

 

 ならやり方を変えてみるか。

 

 ランサーは身を低くすると、瞬間、盾で守られてないマルタの真横に現れる。およそ視認すら困難な超速の移動。そこから繰り出される一撃は先ほどと遜色ない。

 

「無駄よ」

 

 先ほどまであった盾が消失したと同時にランサーの眼前にまたもや出現した。繰り返される先ほどと同じ行程。そしてまた魔力を感知する。だが、先ほどと違いランサーはすぐに飛びずさると見せかけて、フェイントを加えて左にステップを踏むと、下段からの死角を突いた。完全にマルタの意識外から迫る穂先だが、これもまた弾かれた。

 

 そのことに気付き即座に爆発を放つマルタ。その時ランサーは視界の端にて視認した。わずかではあるがかざした杖が瞬いていることにだ。

 

 何度か、およそ常人には理解できない現象を繰り返したのち、再び距離をとる。

 

 ランサーは今の戦闘で読めた情報を整理する。

 

 あの盾は常時発動のものであること。爆発は視界に関わらず杖をかざすモーションのみで起こせること。ばかでかい自動盾で視界を防ぎ一方的に攻撃する。わかりやすくて堅実な手だ。だが納得いかないことがある。

 

「貴様、そのような戦い方しかできないのか?最初の一撃もそれによるものではないだろう」

 

 そう、最初の一撃だ。まだ敵は一切全力を出していない。あの自身に害を与える可能性のある一撃の正体を見出だせずして、撤退するのは今後の憂いとなりうるだろう。

 

「あ、あれはそう易々と見せるわけにはいかないのよ…何度もいいますけど、私は戦いを望んではいません。矛を収めては貰えないかしら」

 

 未だ油断を見せぬ表情であるが、心底そう思っているかのように眉尻を下げるマルタ。そうこれ以上の戦いは望んではない。何故なら

 

 つい手を出したくなっちゃうじゃない。

 

 血湧き肉踊るではないが、自身の聖女フィルターに隠してある拳が出かねない。まだマスターとのコミュニケーションの一つもしてないのに、あまりその印象を与えたくない。

 

 駄目よマルタ。争いは悲しいもの。拳でのしたいだなんて思っちゃ駄目よ。

 

 そんな内心の葛藤に気づくわけもないランサーは問いかける。

 

「そんなにまで戦いを望まない理由ってのはなにかい?聖女さんだからか?それとも後ろの坊主を気遣ってか?」

 

「もちろんそれもあります。でも、私自身争いは好むところではないのです」

 

 ランサーはおよそ野生の勘だが、違うと感じた。

 

 目の前の女に嘘をついてる様子はない。だが、大事なことも言ってない。そんな気がしているのだ。

 

 ここでは出したくない奥の手を出さざるを得ないからだろうか?

 

 おそらく最初のあれはそれに類するものなのだろう。しかも咄嗟に出せるものだ。キャスター然とした様子から、特殊な魔術の類いかもしれないし、はたまた別のものか。

 

 いや、これ以上の余計な詮索は戦いにおいて無粋か。

 

 ならば、やはり槍で問うしかないようだ。

 

「なあ、これが最後だ。その奥の手、見せる気にはならねえか?姉ちゃん」

「しつこいかたは女性に嫌われてしまいますよ」

「ああ、そいつはちげえねえ。確かに俺は女運は無いがな。まあ、余計なお世話ってやつだ」

 

 どうあっても答える気はないようだ。

 

 槍を構える。地面を穿つかのように低い構えだ。

 

 今日は撃ち損ねたからな。見せぬならこの一撃で葬ればいい話だ。

 

 槍が大気から掻き毟るように魔力を奪い尽くす。

 

「っ!?これは、宝具…!」

 

 マルタは焦る。まさか様子見の偵察で宝具を撃つというのだから。ある程度の物理的な衝撃ならこの盾で防げるが、如何な一撃が来るかわからない以上、この盾を完全に信頼してもいけない。

 

 そして、その動揺を待ってくれる敵ではなかった。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

 気づけば先ほどのように眼前に迫り、構えた槍をそのまま低く突き出す。

 

『刺し穿つ死刺の槍ーーゲイ・ボルクーー!!!』

 

 先ほどと同じように、盾により弾かれる魔槍。

 

「なっ!?」

 

 だが、弾かれたはずの槍は、盾に触れていなかったかのように機動を変え、真っ直ぐにこちらの胸に突き刺さる寸前であった。

 

因果の逆転ですって!!

 

ゲイボルクといえば、彼の大英雄が使っていた魔槍。過程に関わらず必ず心臓に刺さるという代物だ。

 

でも、そう簡単に

 

「やらせる、かっていうの!!」

 

 鉄拳一閃

 

 マルタが両手の拳で、ゲイボルクの穂先をロックする。

 

 因果を割って

 

 槍の勢いを止めようと、ガントレットに包まれた拳から火花が舞い散り、激しいせめぎあいが起きる。

 

 剛拳一撃

 

 やがて、槍は徐々に勢いを無くしていき、わずかばかり胸に刺さりはしたが、致命傷には程遠く

 

 魔槍さえ穿つ

 

 そして、完全に停止して胸から引き抜かれる。

 

 

「拳で、我が必殺の一撃を、かわしたというのか…!」

 

 初めての、そして想像だにしなかった必殺の一撃に対する回避方法に怒りと驚きにランサーの顔が歪む。そしてそれを見て、嘆息するようにマルタは傷口を抑えながら口を開く。

 

「あれが?必殺の一撃?笑わせるわね。あの程度の槍じゃ天使だって追い払えはしないわよ。出直してきな。シャバぞ…ぅ……………コホン」

 

 それはもう完璧なメンチをきって今までのイメージを完全に払拭するかのような物言いで啖呵を切ろうとして、自身の発言に気付き声を漏らす。

 

 

 

 静寂が武家屋敷の庭を支配する。僅かな息づかいだけが聞こえる夜は、気まずくって、なおかつとても辛かった。

 

 

 ゆっくりと土蔵のほうを振り返る。入り口で立って気まずそうに目を逸らすマスターの少年。それを見てマルタは弁明をするように

 

「ええと、その今の発言は言葉の綾というか、ええ、少し昔の素が出たといいますか。ですからその…きかなかったことにしろ」

 

「「無理に決まってるだろ!」」

 

 少しくらい考えてくれたっていいじゃない!

 

「まあ色々と面白いものは見れた。我が一撃がかわされたことは業腹だが、今夜はここまでとしよう。もし追ってくるならその時こそ、その心臓、無事にあると思うな」

 

 立ち去ろうとするランサー。そしてその背中にマルタもまた一声かける。

 

「貴方こそ、五体満足でいられると思わないほうがいいわ。アイルランドの光の御子さん」

 

これだから有名だっていうのは困る。使っちまったらバレるっていうから必殺なのに。

 

「何処が争いを望まない聖女だよ。完全にやる気じゃねーかよ。まああんたみたいな女は嫌いじゃねーけどな。じゃあなグラップラーさんよ」

 

 そう言いながら、悪戯めいた笑いを残してランサーはすぐに去ってしまった。やはり槍兵、今から追うには離脱速度が速すぎる。

 

 そしてマルタは当面の問題の解決を試みることにした。

 

「コホン、初めましてマスター。私はサーヴァントルーラー。これより貴方の手足となり、貴方を守り導きましょう」

「あ、ええとどうも初めまして、俺は衛宮士郎…です。えーとよろしく、グラップ…じゃなくてルーラー…さん」

 

 おい、今なんていいかけた。あとなんでそんな腰が引けてるの。

 

「怯えないでください。それと、さんはいりません。マスターに敬語を使われるというのもおかしな話ですから」

 

 舎弟を志望してくれるなら別だけどね。

 

「えーと、うん、わかった。なら俺もマスターとかじゃなくて名前で呼んでもらえると」

「わかりました。それなら今後の信頼のため、士郎と、そう呼ばせて頂きます」

「ああ、よろしく…痛っ!」

 

 名前の交換を契約の完了と見なしたのか、痛みとともに士郎の腕に令呪が刻まれる。

 

「なんだ、これ」

「令呪です。サーヴァントに対して行える絶対命令権。使うタイミングは慎重に、と言いたいですが、失礼ながら士郎、貴方はこの状況を理解していますか?」

「いや何もわからないけど、あっ!そんなことより怪我の手当てをしなきゃダメだろ!」

 

 ショックのあまり忘れていたが、ルーラーは先ほどの戦いで傷を負ったはずだ。治療や手当てを施さねばならないだろう。

 

「いえ、お気遣いなく。これくらいの傷、つばをつけとけば治るから」

「は?」

「コホン。失礼しました。ただのいい間違えです。見てください。もう傷はありません。あの槍に込められていた呪いも私の対魔力で相殺できましたし、ついた傷は半刻もすれば完治するでしょう。活動に支障はありません」

 

 士郎は確かにマルタの胸のあたりを観察したが、確かに傷と言えるものは存在しなかった。しばらく何処かに隠したりしてないかとも勘繰ったが。

 

「あまり、女性の胸を凝視するのは褒められたことではないと思うのですが」

「え?あ、ああっ!ごめんそんなつもりは無かったんだ」

「ふふっ、冗談ですよ。心配して頂きありがとうございます」

 

 顔を赤くして慌てて目を逸らす、年相応の士郎の反応にマルタは微笑みながら感謝をのべる。

 

「それでは、改めて今の状況について説明をしたいのですが、申し訳ありません。新たなサーヴァントの気配です。どうやら真っ直ぐこちらに向かっています。どうされますか?指示を、士郎」

「指示も何も、さっきみたいな奴がまた来るっていうのか!?」

「ええそうです。私としては争いは望むところでは無いのですが、士郎の指示に従いましょう」

「いや、俺も知らないやつといきなり戦うような真似なんてできない。でも向こうがやるっていうなら自衛はしなきゃいけないだろ」

「わかりました。それでは相手の態度次第で判断するということでいきましょうか」

 

 すると門のほうから、声が聞こえる。

 

「随分と甘い判断をするのね、衛宮君」

 

 凛とした、通りのいい声。知っている。自分はこの声を知っている。

 

「でも、それなら問題ないわよね。私のこと知ってるものね。衛宮君は」

 

 門の影から出てくる人影。それは同じ学園の女子生徒。私服を見るのは始めてだが、あの出で立ちは間違いなく見覚えがあった。

 

「遠…坂…」

「ええ、こんばんは衛宮君。夜分の訪問で申し訳ないんだけど、私と一戦如何かしら?」

 

 そこにいたのは間違いなく、学園で知らないものはいない才女、遠坂凛だった。




幸運A+
奇蹟C+

あの拳は、奇蹟の一部です(断言)

神拳魔槍取り

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