どこかに引っ張られるような感覚と共に、意識が暗闇に浮上する。本来、座というシステムに括られた英雄達は自我を持つことなく、呼び出され現界することによって自身の意識を持つ。その英雄の色をした高純度の魔力が、現界に際して英霊としての器にいれられ人間性を形作るようなものだろうか。
私には、そこの仕組みはよくわからない。
そもそもの話、自分は英雄として奉られるような者ではないと思っている。好きとか嫌だとかの問題ではなく、私はただ、あの人の言葉に導かれて生きていたに過ぎないのだから。ただ、私がこうして英雄としていられることが、あの人の導きなら、私は死後であっても、躊躇いなく拳をふる…ゴホン
人々を救うことに躊躇いはないでしょう。
そのようなことを思いながら引かれる感覚に抗いもせず、揺蕩うように身を委ねていると、今回の現界に際した情報が頭に流れ込んできた。これがなければ、文化も時代も違う彼の地において戸惑いを得るのは間違いない。時おり余計な情報も流れてくるが、情報の精査までも任せるのは無理な話だろう。
召喚場所、日本、冬木市。
自身の生きた時代においては聞くことのなかった土地。知識としてはアジアの海に浮かぶ島国のようだ。島国ということは周りは海に囲まれているのだろうか。
テンションあがるわね。
海辺の聖女とまで呼ばれた自身の血が色々な意味でざわめくのを感じる。次に該当する時代だが。
西暦2005年。
私の生きた時代から2000年も後の世界。言ってしまえば想像もつかないが、得られる知識でそれなりに多くのことを理解できる。
あの人が、奇蹟として行っていた数多のことも、この時代では一つの技術として組み込まれている。それは嘆くことなのか、導きがもたらした結果と受け止めるべきか、判断に迷ってしまう。
此度の舞台は聖杯戦争。現代の魔術師が血で血を争い、万能の願望器である聖杯を求める戦いとある。これもあの人の奇蹟が偽の聖杯により再現され、魔術師の欲のために、その尊さを貶められたのかと思うといたたまれない。
真の聖杯は一つに決まっているのに。
だが、ここで疑問が生まれる。聖杯戦争とは、望みのある英霊がサーヴァントとして召喚される儀式だ。
私に、仮初めの生を得てまで、ましてや偽の聖杯に抱く願いなど一つもありはしないのに、誰かと争うことになんの意味があるのでしょう。
だが、なんにせよサーヴァントと呼ばれることになれば、従わねばならないし、争わねばならないのだろう。正直、気が進みはしない。
該当クラス、ルーラー
はあっ?ルーラー?
突如流れ込んできた情報に、素の声を出して疑問に思ってしまった。通常の聖杯戦争ではルーラーは召喚されないことは現段階で知り得ている。なのにも関わらずライダーとしてではなく、適性があるとはいえエクストラクラスであるルーラーとしての召喚だ。
ルーラーが召喚されるケースは二つある。
一つは『その聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合』
もう一つは、『聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合』
今回は規模としては通常の儀式だろうと予測ができる。つまり、考えられる理由としては後者が強いのではないだろうか。実際に現界してみないとわからないが、どちらにしらやることは、争いの調停もしくは阻止になるのだろう。
聖女として、争いを止めるために貢献できるなら、この召喚にも主の意思があるに違いありません。
それと
あの人の血を受けてない紛い物なら、壊したほうがいいに決まってるわよね。
そう二つの側面において理由を得て、迫りくる召喚に備える。
最後に自身のルーラーとしてのスキルの確認である。
対魔力EX
騎乗A+
信仰の加護B
奇蹟C+
水辺の聖女B
天性の肉体(海)A
ヤコブの手足C
この時点でいくつか疑問が浮かぶ。クラススキルに、ルーラーとしての現界にも関わらず騎乗があること、逆にルーラーとして必須であるはずの真名看破や神明裁決が備わっていないのだ。これでは実力行使でサーヴァントを止めねばならない。これは試練だとしても少しばかり加減が過ぎないだろうか。
だが、この自我しか存在しない空間で答えを得ることも、変更を望むことも叶いはしない。召喚されてから改めて情報を集めるしかないと判断する。
幸いスキルの数は豊富である。全体的に弱体化しているものが多いのは、召喚地の知名度や霊脈によるものだろうか。だが、行動に支障はないと判断し、最後のスキルの確認を行う。
聖人A
このスキルを持つものは以下の四つの効果から一つを得られる。
一、奇跡の効果上昇
二、聖水作成スキル
三、体力の自動回復
四、拳闘の威力上昇
気がつけば反射的に一番下を選んでいる己がいた。
月明かりに照らされ、召喚されたばかりの彼女の胸中はある疑問で埋め尽くされていた。
何故、ルーラーである私にマスターらしき子がいるのでしょうか。
本来、ルーラーはマスターによる召喚を必要とせず、聖杯による自己防衛機能により発生する存在だ。故にマスターなしでも活動が可能であり、どこかに属すこともなく、戦争の裁定を行える。だが、どうにもこの地の聖杯は理由は定かではないが、呼ぶだけ呼んでおいて放置する判断をしたようだ。
何の試練よ一体…!
召喚直後に脊髄反射のレベルで、槍を持った明らかにランサーであろう男に一撃お見舞いしてしまった。
逆光だったし多分誰にも感知されてないわよね。
まだ、自身の背後にて呆けているマスターがどのような人物かもわからない。"素"の自身を見せてしまうのは尚早にすぎると判断した。ただ、それでも反射的に助けてしまったのは恐らく
祈るような気持ちの、救いを求む声を聞いてしまったからだろうか。
なら自身は聖女である身。望んでそうなったわけではないとしても、私を望む人がいるなら聖女として答えよう。
それが私、マルタとしてのありのままの生き方に他ならないのだから。
疑問をとりあえず胸の奥にしまいこみ、反撃がなく相手が様子見に徹しているのを確認して、後ろの少年へと振り返る。
後ろから月光が降り注ぐ。目の前で尻餅をつくような体勢の少年は、何を思っているのかただ唖然とこちらを見上げている。その姿を見て、内心で苦笑してしまう。
これは、どうやら苦労しそうですね。
別に少年を侮るだとか、気が合わないと思ったとかそんなことでは決してない。ただ、単純に
だって、弟にどこか似ているんですもの。
きっと目の前の子は悪人にはなり得ない。それは聖女として、この運命へと導いた主への信仰と、苦楽を含むこのような試練は、きっとあの人が与えたものだと疑いないからだ。
ならば、私は乗り越え、そしてこの子を導いてあげましょう。
誰に悟られることもなく、うなずきを得て、厳かに口を開く。そう、あくまで聖女らしくだ。
「問います。貴方が私のマスターでしょうか?」
少年は自分が何をいっているのかいまいち理解が及んでいないのか。それとも把握するほど頭が回っていないのか。まあいずれにせよ目の前の少年にパスらしきものは感じるのだ。
名前のやり取りだのまどろっこしいことは後に投げて、挨拶を済ませちゃいましょう。そう聖女らしく、ね。
「まだ、状況を理解してないようですね。いいでしょう。私はサーヴァント、ルーラー。ここに契約は完了しました。貴方の歩みは祝福されています。きっと共に世界を救いましょう」
そう、この子は祝福されている。私をここへと遣わせた主が見ているのだから。
そして、マルタは心の片隅でささやかな思いをここで得たのだ。
舎弟の素質はこの子ありそうね。
姐御成分と聖女成分の対比が難しい。
でもどっちもマルタ。