士郎「倫理の課題で聖書を渡された」   作:ヤコブ神拳

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愛で書いた。反省と後悔はガチャ同様にしないものである。


1話『聖女召喚』

 朝、土蔵の窓から柔らかな光が差し込んでくる。冬の朝の寒気と共に入ってくるそれは、中にいる者の眠りを少しずつ、微睡むかのように覚醒へと促していく。

 

「先輩、朝ですよ、起きてください」

 

 聴こえるは後輩である少女間桐桜の声。彼女が入ってきた扉からより一層の寒気と光が雪崩れ込み、微睡んでいた少年はその声を切欠に起き上がることを決めた。

 

「おはよう、桜、わざわざ起こさせちゃって悪いな」

 

 そう言って彼、衛宮士郎は起き上がる。

 

「私はいいですけど、そう思うんでしたら部屋で寝てください。風邪引いちゃいますよ」

「そうだな。気を付けるよ」

「はい。それと今日の朝御飯の仕度は済んでいますので、片付け終わったら居間に来てください。あれ?今日はあまり散らかっていませんね?」

 

 そこで桜は初めて、いつもはガラクタが散乱している土蔵が片付けられたままの状態であることに気づいた。

 士郎はその反応に対し、ああと言うと手元に置いてあったものを取り出して見せた。

 

「いやさ、昨日もガラクタを弄ろうかと思ってたんだけど、葛木に出された課題のこれを読んでたらつい夢中になっちゃってさ」

 

 手元にあったのは、町中でもよく無料で配られており、世界で最も多くの人が読み親しんでいるであろう本、聖書であった。

 

「倫理の課題で来週までにレポート提出しろって言われてさ。読んでみると案外面白くて、含蓄深い言葉とかもあって、気がついたら土蔵にまで持ち出して読んでたよ」

「もう読み終わったんですか?」

「いや、全然。全部読めとは言われてないから少し飛ばしながら読んでるけどな」

 

 それでも読もうと思ったのは、聖書にでてくる人物たちと自身の憧れた正義の味方に、被るところがあったからだろうか。困っている人々を助け、教え導く姿に何かしらの感銘を受けたのだろう。これを読んで信仰に目覚めるかどうかは別の問題だが、人生の教訓や価値観の多様さを知ると思えばいい教材だろう。

 

「課題だから仕方ありませんけど、夜更かしはほどほどにしてくださいね」

 

 その言葉に頷くように立ち上がると明かりにしていたランプだけを片付け、今夜も読むためにと聖書を置いたまま土蔵を後にした。

 

 昼休みの教室、午前は昨夜の読書による睡眠不足も相まって些か集中力に欠けてはいたが、どうにか眠ることもなく乗りきることができた。これが神の与えた試練なのか。そこに馴染みのある声が掛けられる。

 

「どうした衛宮、眠そうな顔をして。昼餉の誘いをしに来たが、日を改めるか?」

「ああいや、大丈夫だ。少し寝不足なだけだ。生徒会室でいいのか?」

「うむ、ご足労願えるか」

 

 仰々しい一成の物言いに苦笑しながら弁当を持ち、教室を出る。生徒会室までの道すがら一成が睡眠不足のわけを訪ねてきた。衛宮にしては珍しいと。

 

「そんなことはないさ。ただ、葛木先生の課題の聖書があるだろ?あれを読み進めていたらつい夢中になってさ」

「成程、得心いった。あれは寺の息子である自分が読むのもどうかと思いもしたが、読んでみると存外仏教と似通う点もあってな。教えとは万国共通だと感じ入ったものだ」

 

 信心深い仏教徒の視点だとそういう風に映るのか。

 

「して、衛宮はどこか感銘を得る場面はあったのか?」

「改めて聞かれると少し迷うけど、悪竜タラスクを祈りだけで鎮めたって話はなんか英雄譚みたいで面白かったな」

「ああ、聖女マルタの一節だったか。女性の身でありながら竜退治とは恐れ入る。まあ伝説のような話ではあるが、実在するのであればどのような御仁であったのか」

 

 一成の言葉に頷く。聖書という解釈を通してみた人物と実在の人物に齟齬はあるだろう。ならば、祈りだけで竜を従え、力無きその身で人々を教え導いたとされる彼女はどのような人だったのか。

 

 士郎にとってはこの話は単なる英雄譚としての面白さ以上に、力の無い人間であってもそのようなことが成せるという、自身の正義の味方としての在り方に対する後押しのよう思えたのだ。非力な自分でも誰かを救うことが出来る可能性があるという。

 

 そして、誰かを傷つけることなく皆を救うその姿が、とても困難で尊いものに見えたのだ。

 それから、数日が経過した。

 聖書も無事読み終え、時おり暇なときに読み返したり、学校と鍛練の往復を繰り返し、日常は廻っていた。本来の世界の行く先から逸れて、それに誰もが気づくこともなく。

 だが、変わらぬこともある。それは衛宮士郎は一度死に損なうという運命だ。でなければこの先の出会いも新たな試練もありはしなかっただろう。

「グアッ!!」

 

 悲鳴と共に体が空へと零れ落ちる。それは長く続くことなく土蔵の前への転落という形で終わる。

 

 わけがわからない。その事で頭がいっぱいだった。何故、尋常でない戦いが校庭で繰り広げられ、自身は殺され、でも生きていて、家にたどり着いたと思えば、また命を狙われている。押し潰されるような蹴りで呼吸が苦しく、頭に酸素が回らない。でも仮に健全な状態でも思うだろう。わけがわからないと。

 

「ったく、嫌な仕事を一日に二度もさせられるとはよ。お互いついてねえな坊主」

 

 槍を持つ男、ランサーはぼやく。英雄であるはずの身でろくな闘争もさせてもらえず、人を殺す。まあ、どうやら魔術師のようだから多少は割りきりも出来るが

 

「センスや機転は悪くねえ。だが、俺に会うには早すぎた。だから恨んでくれて構わねえからよ。もう一度死んでくれや」

「誰が…!」

 

 死んでやるか。そう叫びたいが現実自身は土蔵の奥まで追い込まれ。成す術はない。土蔵にあるもので目につくものは中央に置かれた聖書だけだった。これを強化して盾に使ったとしても先程の新聞紙と同じ末路を辿るだけだろう。そうわかってはいたが、気づけば這うようにして聖書へと手を伸ばそうとしていた。

 ああ、神にすがる思いというのはこの事だろうか。祈りを捧げたことなど無かったが、今は心から願った。生きたいと。

 

「あん?なんだその本、魔術書か何かか?悪あがきはやめな坊主、お前らの魔術程度じゃ、俺には傷もつけられんよ」

 

 後ろの男が槍を構える気配がする。もう数瞬もせずに自身の命は刈り取られるのだろう。だが、すがるような思いで本に手を伸ばす。まだ、何一つ救えていないというのに、こんなところで死んでたまるか。いや、自身はこのようなところで死んではならないのだ。爺さんとの約束も誰かを救うことも、何一つ為せていないというのに。

 あの10年前の地獄を起こした神様よ。もし悪いと思ってるなら今ぐらい助けてくれ。

 

 そんな思いと共に聖書に触れた瞬間。土蔵の床が辺りを埋め尽くすような光で輝き始めた。

 

「なっ!?この魔力!まさかサーヴァントの召喚!?どういうことだ!?」

 

 後ろの男の狼狽する声。阻止しようとしたのか、紅い穂先がこちらに狙いを定める。

 だが、それも僅かに遅く、光の中央から人影が現れる。暗がりと逆光で正体不明のその人影は、ランサーに対し接近すると

 

「せいっ!!」

「ぐっ!?」

 

 恐らく打撃したのだろう、それを咄嗟に槍で受け止めたランサーは大きく後退し様子見するかのように土蔵から離れる。

 

 その時、土蔵の光は止み、月を遮っていた雲が晴れていく。扉からは月の光が差しこみ、人影の姿が鮮明になっていく。

 

「っ…」

 

 女性が立っていた。月の光を浴びて、青みがかった髪が静かに揺れている。十字架を模した杖を持ち、恐らく聖衣であろう装束に身を包み、腕にガントレットを施している。その、後ろ姿からでも均整のとれたスタイルがわかる。女性は、槍の男が警戒して近づいてこないことを確認すると、ゆっくりとこちらに振り返る。

 

 美しさに、息を飲んだのなんて初めてだった。

 

 目の前に立つ人物は美しかった。倒れた自身を見下ろす、端正な顔立ち。目元は凛々しく、だが決して冷たさを感じさせるようなものではなく暖かみを含んでいる。後ろ姿だけでもわかっていたスタイルの良さが正面から見ることでより際立つ。長く質感のある脚、思わず直視を避けそうなほど体全体の露出が目立つが、そんな理性が働かないぐらいに見蕩れていた。

 

「問います。貴方が私のマスターでしょうか?」

 

 目の前の女性が落ち着きのある綺麗な声で何かを尋ねてくるが、自分には意味がわからなかった。

 

「まだ、状況を理解してないようですね。いいでしょう。私はサーヴァント、ルーラー。ここに契約は完了しました。貴方の歩みは祝福されています。きっと共に世界を救いましょう」

 

 女性の言葉の意味が把握できない。だが、少なくとも敵意はなく、自身の味方であることはわかった。

 

 ここに運命は動き出す。結末は定かではないが、言えることがひとつある。この出会いはきっと、主の導きに違いはないと。




遥か昔にやった原作の記憶を頼りに歩くので脱線は常時あるかと。俺、この作品完結させたら姐さんスキルマにするんだ…

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