Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
「ふぅむ、本体ではない分些か鈍いか。まぁ、良い…直に慣れるであろうな」
「いえ、やり過ぎですお師匠」
手に持っていた2本の槍を消したお師匠――スカサハ――は腰に手を添えてモデルの様な立ち姿で考え込むような仕草をした後に、静かに頷いて何事かを納得した。
些か鈍い…と言う言葉が本当なのであれば、ついさっきまで僕たちを死に至らしめようとしていた災害、バーサーカー・ヘラクレスへの一撃は本気ではなかったと言う事になる。
僕はヘラクレスが存在していた小規模のクレーターを覗き込みながら首を横に振り、思わずお師匠に対してツッコミを入れる。
「む、言うではないか我が弟子よ」
「言いたくもなりますよ…僕たちを巻き込まないようにしてくれたのでしょうけど、過剰威力です。…僕からごっそり魔力を持って行ってるんですが」
ゲイ・ボルク…真名開放と共に因果逆転の呪いを発生させ、すでに当たっていると言う事象を決定してから放つ魔技。
僕の予想では、普通に突き刺す程度であるならば然程多い量の魔力を消耗しないのだろう。
しかし、お師匠の場合は…恐らく、元気が良すぎて過剰威力になる方を選択。
結果としてはヘラクレスを消滅させることが出来たので、良かったのだけれど…。
「アレが…ランサーの英霊…影の国の女王」
「ハハッ、良太の奴早速引き当てやがった」
所長は呆然とするようにへたり込んだまま僕とお師匠の言い合いを見つめ、クー・フーリンは口元の血を拭い笑みを浮かべる。
一先ずの勝利…しかし、まだアーチャーとライダー…そして元凶であるセイバー・アーサー王が控えている。
お師匠と言う頼もしすぎる味方を得たにしても英霊の数は同数…そして、大聖杯と呼ばれるものの力を使う事を考えれば安心できる状態でもない。
ヘラクレスに弾き飛ばされたマシュは、立香さんが制服に宿る魔術スキルによる回復魔術で傷を癒している。
「大丈夫、マシュ?」
「はい…ご迷惑をおかけしました…」
「そんなこと言わないで。マシュが土壇場で宝具を開帳できたからこうして皆生きてるんだよ?」
マシュは立香さんに力強く抱きしめ頭を撫でられると、顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振る。
少しばかり和やかなムードが教会跡地に漂い始める。
「見ない間に、少しばかり戦士らしい顔つきになったようだな」
「そう、ですかね?僕には分かりませんけど」
お師匠は柔らかい笑みを浮かべながら、僕の頭を撫でてくれる。
すこしばかり気恥ずかしくなって視線を彷徨わせるものの、一番近くに居るお師匠にばかり視線が行ってしまって顔が赤くなってしまう。
夢の中ではなく、こうして同じ時、同じ場所に居られるだけでも僕は嬉しくて仕方がないのだ。
「おいおい良太、この女脳みそまで筋肉で出来てんだから、幻滅しねぇ内にあっちのお嬢ちゃんに乗り換えておけって」
「ほう、言うではないかセタンタ?ワシの脳みそが筋肉でできていると言うのであれば、お主のそのキャスターとしての側面は誰が植え付けたものだったのかのぅ?」
いつの間にか僕たちの傍までやってきたクー・フーリンが、僕を揶揄う様に立香さんを指さして笑ってくる。
その瞬間、背筋に悪寒が走ると同時にお師匠が酷薄な笑みを浮かべてクー・フーリンの事を睨み付ける。
「兄さん、早く!早く謝ってください!!」
お師匠は大雑把でいて、繊細なところがある。
あれは忘れもしない出会いの時…うっかり『おばさん、誰?』等と言ってしまい、僕は鬼の形相で迫ってくるお師匠と鬼ごっこをする羽目になったのである。
勿論、本気で追いかけてこなかったのは明白で、躾の一環で濃密な殺気を飛ばしながら追いかけてきたみたいだけど…。
クー・フーリンはお師匠の殺気を真正面から受けながらも快活に笑って受け流し、僕にウィンクしてくる。
どうやらわざとお師匠をからかったようだ。
「おぉっと、藪蛇藪蛇。久しぶりだな、我が師スカサハ」
「フン、堅苦しい挨拶をするでない。それにしてもだ…お主、くれてやった槍はどうした?」
クー・フーリンは恭しくお師匠に傅き、ニッと笑みを浮かべる。
お師匠はそんなクー・フーリンの笑みに毒気を抜かれ、小さくため息をついて気を紛らわせる。
「キャスタークラスが槍振り回す訳にもいかねぇってもんでな。偶には知的に行かなきゃな」
「調子の良いやつめ…ランサーで顕現すればルーン魔術を使う気もないのだろう?」
「そいつは言わねぇお約束ってやつさ」
お師匠とクー・フーリンは、まるで旧来の友人の様に振舞いどこか楽し気に会話をしている。
そも、クー・フーリンはお師匠が見出した逸材中の逸材…ほぼ一年で教える事が無くなってしまうほどの天賦の才を持っていた。
愛着もあるのだろうなぁ…。
「あ、あの!会話の最中で大変恐縮なのですが!」
「うむ、マシュと言う名であったな?よいよい、何やら興奮しているようだが、お主は…そうさな、もう少し気を落ち着けて喋るのが良く似合いそうだ」
マシュは、やや興奮気味に此方へと腰に抱き着いたままの立香さんを引き摺りながらやってきて、お師匠へと声をかける。
「へっ!?あ、はい…コホン…失礼しました。アルスター・サイクルにおいて無双の伝説を残している女王である貴女は、本来であれば英霊の座に登録されていない筈なのですが…一体どうして、英霊として召喚されたのですか?」
「ふむ、私の事をよく知っている様だ。勉強熱心で結構な事じゃな」
お師匠はそう言うとマシュの頭を優しく撫でる。
お師匠の語尾が老人言葉になっている場合、比較的素に近い状態になっている。
しかもご機嫌な時限定…お師匠、チョロいのかなぁ…?
お師匠は死なない、老いない。
常に世界の外側にある影の国で…あの暗く冷たい国で門を守り続け、女王として君臨し続ける。
英霊とは死した偉人や英雄が世界によって祀り上げられて初めて確立される。
つまり、死なないお師匠は英霊とはなりえない。
「結論から言ってしまえば、人理焼却は成された。故に人類史は無くなり、世界は無くなり、そして表裏一体であった影の国も焼却された。私がこうして英霊として存在するのは、単に肉体が消滅し死を迎えたからに過ぎん」
「そんな!!そんな馬鹿な事ある訳が!!」
人理焼却が成された…この一言に皆騒然となり、その事実を認めたくはない所長はワナワナと震えながら立ち上がってお師匠を真っ向から睨み付ける。
人理焼却を阻止するために只管に人生をかけてきたのに、失敗してしまったなんて認められるわけがない。
「そこな魔術師、そう金切り声をあげるものでは無い。対処法はあるし、その為にこうして良太による縁、触媒召喚で私が来たのだからな」
「…お師匠、この展開は最初から見越していましたか?」
「うむ。無論、それだけでお主を鍛えた訳ではないがな」
…少しだけ安堵してしまうのは何故だろうか?
いまいち自分の感情の整理が上手くいかずに首を傾げ、しかしすぐに目を逸らす。
こんな中途半端な気持ちでいては、戦場にあって殺してくれと言っているようなものなのだから。
人理焼却が成されてしまった以上、最早どうにもできないような気がする。
「よいか、魔術師にカルデアのマスター達よ。この土地を含めた特異点が各時代に存在している。それらが時の流れをせき止め、時代を濁らせ、あったはずの事をなかった事にしてしまっている。楔として打ち込まれた特異点を巡って聖杯を回収するのだ」
「あのー、その聖杯はこの時代にもあるのでしょうか?」
立香さんはマシュの背中から顔を覗かせ、小さく挙手をしながらお師匠に質問をぶつける。
お師匠は小さく頷いて、クー・フーリンへと目を向ける。
「この特異点に関しては、当事者であるクー・フーリンが良く知っているだろう?」
「まぁ、聖杯戦争で呼ばれた英霊だからな。結論から言えばある筈だ。存在しているであろう場所も把握している」
クー・フーリンは小さく頷いて、スカサハから引き継いで質問に答える。
聖杯…あらゆる願いを叶えるとされるもの…その機能が発揮されてこの惨状が出来上がっているのだとすれば、やはり狂っているとしか思えない。
「お師匠の口ぶりだと犯人まで理解しているように思えるんですけど…?」
「その件に関しては…言えぬ。星見共が揃って口を噤み、世界が存続するためのカウンター存在が召喚されていない事を考えると、お主達生きている人間が中心となってこの試練に打ち勝ち、答えに至る必要があるからな」
星見共やカウンターと言うものが分からないけども、お師匠の言うとおりであるならばどうやら今こそが正念場…と言う事らしい。
それこそ、一世一代の大勝負になってしまうような…。
「これも修行の一環ですか…?」
「そう言う訳ではない…が、心身共に鍛えてゆかねば、いずれ壁に当たってしまう事だろうな。精進せよ、マシュ、立香…そして我が弟子良太よ」
「「「はい」」」
所長はお師匠の言葉を聞いて親指の爪を噛みながら考え込み、ぶつぶつと何か呟いている。
必死に考えているのだろう…なにが最善なのかを。
しかし、それは今するべきことではないし、後でも考えられること。
僕たちが居るのは正しくその特異点なのだから。
「…提案なんですけど、僕としては今すぐ本丸を討ち取りに行くべきではないかなーっと」
「なんですって?」
「いえ、ですから…大聖杯に引き籠っているセイバーをぶっ殺しに…失礼、倒しに行くべきかと」
お師匠の言葉を聞き、僕なりに考えた結論を提案する。
マシュと立香さんは口をポカンと開け、お師匠とクー・フーリンはニィッと笑みを浮かべ、所長はあり得ないと言わんばかりに首を横に振る。
「もっと戦力を整えてからの方が良いに決まってるでしょ!?確かに貴方が呼び出したスカサハは最高の戦力かもしれない。それでもリスクが高いと言う事を理解しているの?」
「戦力を整える時間が勿体無いですし、遅かれ早かれセイバーとは一戦交えねばなりません。それにヘラクレスを撃破したにも関わらず再度の襲撃が無い事を考えると、守りに徹するつもりかもしれません。で、あるならば僕は正面から食い破り、捻じ伏せる他無いと思います」
所長は怒声を上げて僕の案を却下し、首を横に振る。
しかし、戦力を整えるにしてもカルデアの召喚システムは恐らくあの爆発事故で一時的に使用できず、今からカルデアに一時帰還することも些か難しいだろう。
ならば、今ある手持ちの駒を最大限に有効活用し、僕たちは敵を打倒しなければならない。
一刻も早く、人類を存続させる必要があるのならば。
「場所も守りに適しているからな…ライダーが動いていねぇのが気になるが、弓兵はきっと守りに徹して自分からは動かねぇはずだ。あの野郎、嫌がらせだけは一丁前だからな」
「…兄さん、知り合いですか?」
「まぁな。どの聖杯戦争に呼ばれてもあの弓兵が居てよ、いい加減運命感じちまうぜ…お~、やだやだ」
クー・フーリンは心底嫌そうな顔をして肩を竦める。
この分だと相当辛酸を嘗めさせられてきたのだろうなぁ…。
クー・フーリンをして一歩も引かない英霊ともなれば、相当な難敵であるだろう。
「なに勝手に話を進めているのよ!所長は私であって貴方たちは手足でしょう!?」
「いずれ成さねばならぬことを、後回しにし続けても良い事は無いぞ?特に今はな」
お師匠は穏やかな声色で所長の声を遮る。
まるで可哀想なものを見るかのような目に見えてしまったのは、僕の気のせいだろうか?
所長は固く拳を握り込み、歯を食い縛る。
きっとプライドがこの状況を許さないのだろうなぁ…。
「まぁ、安心しなって。姉ちゃんには怪我1つ負わせねぇからよ」
「はい。所長は私と先輩がしっかりきっちり守りますので、そこは安心していただければ、と!」
「わかったわよ!好きにすれば!?でも、帰ったら相応の罰は受けてもらうわよ!」
「出世払いでお願いします!」
人理救うって言うときに罰も何もないと思う…そう言うのは全て終わってからで良い筈。
ついでに功績と帳消しの方向になれば、僕としてはニッコリです。
話がまとまったのを見て、クー・フーリンは少し考える様に顎を擦りお師匠へと目を向ける。
「さて、話がまとまったところでだ…我が師、スカサハよ。一つ愛弟子のお願いを聞いてはくれんかね?」
「お主はいつも自分勝手に行動するな…聞くだけは聞いてやる」
お師匠は呆れた様な眼差しをクー・フーリンへと向け、小さく頷く。
「そうこなくっちゃな!何、簡単な話さ。アンタなら英霊の霊基を弄ることが出来るだろ?そこでだ、俺の霊基を弄ってくれねぇか?」
「ほう…その弓兵、お主が本気になるほどの相手なのか?」
お師匠は僅かに眉根を上げ、クー・フーリンは軽く肩を竦める。
霊基を弄る…と言う事は、英霊のシステムに干渉してクラスを変更する…と言う事になる。
人の手では行う事の出来ない超常の大魔術の筈…それすらもお師匠の手ならば簡単に熟してみせそうだ。
…10年で変な信頼感が出来てしまったなぁ。
「どうだかね…でもま、王道ってやつを教えてやるのも悪かないと思ってな」
「まぁ、良いだろう。くれてやった槍を持っていないお主を見るのは、少々寂しいからな」
そう言うなり、お師匠は指で空間を薙いで原初のルーン18文字を展開し、クー・フーリンの身体に浸透させていく。
僕たちには聞こえない程度の声での呪文詠唱…それと同時にクー・フーリンの肉体が淡く輝き一度光の粒子にまで分解される。
「まったく、クランの猛犬とまで言われた男が…随分と大人しくなったものだな?」
「お師匠、それにしては口元が笑っていますが…」
「笑いたくもなるだろう?やたらと面倒見が良いのだからな」
お師匠は何処か嬉しそうに笑みを浮かべたままにルーン魔術を行使し、クー・フーリンの肉体を再構成する。
眩い光の中から現れたのは、機動性を第一に考えた軽装鎧。
ボディスーツは深く暗い蒼を基調とし、その上から青の外套を羽織っている。
手に持つ槍は、光の御子を象徴とする深紅のゲイ・ボルク。
「やっぱ、俺はこうでなくっちゃな。ランサーが一番性に合うわな」
「これが…僕の兄弟子…」
キャスタークラスとしていた時の清廉さや落ち着きは鳴りを潜め、荒々しい戦士としての風格が前面に押し出されている。
僕は、その姿に圧倒されてしまい、そして憧れる。
僕もあのようになれるのだろうか、と…。
「おう、良太。悪いが少しばかり世話んなるぜ?」
「へ…?」
「魔術師としてマトモなのは良太ぐらいだったので、勝手だが私を経由してパスを繋げさせてもらった。許せ」
呆けていると、クー・フーリンから思いもよらぬ声がかけられ、お師匠は特に悪びれる様子もなく瞳を閉じてしたり顔で現状を説明する。
…つまり、つまりである…僕はこれからお師匠と兄弟子の魔力供給を必死に行いつつ、自前で戦闘しなくてはいけないと言う事だ。
「無理ですお師匠死んでしまいます」
「…その点に関しては心配しなくてもいいのは知っているでしょう?。貴方たちマスターはカルデアから電力による魔力供給が行われていると言ったでしょうが。もちろん、令呪も一日につき1画再配布されるのだから、有効に扱いなさい」
どんよりとした顔になっていた僕を憐れんでの事なのか、所長は僕を安心させる様に説明をする。
言われてみれば確かにそうなのだけれど…だとしたらお師匠が宝具を使った時のあの魔力消費量はなんだったのだろうか?
僕は少しだけ先行きに不安を覚え、マシュと立香さんからは同情の眼差しを向けられるのだった。
クー・フーリンの服装→いつものボディースーツにキャスニキのローブを元にしたエミヤの赤原礼装の様な外套を纏っているものと考えてください。
パッシブスキル追加→ダブルクラスA:ランサーとキャスターのアクティブ・パッシブスキル使用可
つまりね、キャスターとランサーの良いとこ取りなんだ…すまない、空気が読めなくて本当にすまない…
次回
蒼と赤、英雄の矜持
「いつかの時の続きだ、弓兵。貴様に王道と言うものを見せてやる」