Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
「さて…どうして貴方が此処に居るのか聞かせてもらいましょうか、東雲 良太君?」
「めっちゃくちゃ機嫌悪いっすね…なんかあったんすか?」
「…口の利き方に気を付けなさい」
礼拝堂の祭壇で仁王立ちをしているオルガマリー所長は、こめかみに青筋を浮かべながら僕の事を睨み付けてくる。
僕は、少しばかり苛ついてしまって、少々言葉遣いが乱暴になってしまう。
此処に至るまでに起きた事件や戦いの数々を思えば、僕には今ここで所長に睨み付けられる理由が無い。
怒られるにしても、ファーストミッションを不本意ながらサボタージュしてしまった程度で、この緊急時に問い質す内容でも無いと思う。
「分かりました、所長。基本的にはマシュ・キリエライト、藤丸 立香同様の理由で僕はこの特異点にレイシフトしました。しかし、イレギュラーなレイシフトだった為か、僕だけは彼女たちとは別のエリアに転送されました」
「貴方も同様に生身でのレイシフトを行ったのね…では其処のキャスターの英霊との経緯を…」
「おい、姉ちゃん…そんな事を悠長に話している場合じゃねぇだろ?」
所長との質疑応答を続けようとすると、少しばかり不機嫌な声色のクー・フーリンが横槍を入れてくる。
どうも、所長の僕に対する扱いが気に食わない様だ。
「俺との経緯なんざどうだって良いだろ?問題なのは、この状況をどうやって切り抜けて解決に導くかだ。あちらさんの手駒にはまだライダーとアーチャー…それにバーサーカーが残っている。向こうがこっちを潰そうと思えば、簡単につぶせるんだぞ?」
「…分かりました。これ以上は不問としましょう」
「話が早い女は好みだぜ。さってと…まずは、弟分の身体を癒してやらなきゃな」
所長は逡巡するものの、クー・フーリンの言葉を飲み小さく首を振る。
不毛な言い争いをして、追加戦力であるクー・フーリンと不仲になることを避けたのだろう。
僕としても兄弟子と不仲になられるのは非常にやりにくいので、身を引いてくれて少しばかり助かる。
所長の返答に満足げに頷いたクー・フーリンは、僕の制服の上着を脱がして背中に掌を添える。
後ろの方に居るマシュと立香さんは、僕の裸を見てキャーキャーと小さく黄色い声を上げている。
まともに肉体を鍛え始めたのはカルデアに入ってからなので、言うほど筋肉はついていないと思うんだけど…。
「そこそこ鍛えちゃいるみたいだが…少しばかり無茶したな、良太。魔術回路が少しばかりイっちまってる」
「あー、だからすぐに力が入らなくなったのか…訓練じゃ手を抜いてたしなぁ…」
「ばーか、訓練こそ全力でやれってんだよ」
どうやら、フル稼働させていなかった魔術回路が、いきなり魔力を全開で通してしまったために焼き切れかかっているようだ。
僕の魔術回路の本数は20。
これはカルデアで検査を受けた時に判明したもので、一代目の魔術師としてはそこそこ多い量になるそうだ。
それでも、魔術回路の本数が減ればそれだけ魔術を行使するときの負担が増えるし、効果は目減りしていく。
僕は、この魔術回路たちを後生大事に使っていかなくてはならないのだ。
「ちょっと、なんでそんな無茶してるのよ!」
「いえ、ちょっと生身で英霊と戦ってまして…」
「あの、東雲さん…生身で戦える様な相手ではないのですが…」
僕の答えにいくらなんでも嘘だろうとマシュは言うものの、クー・フーリンがマシュの方へ向いて首を横に振る。
事実として、弱っていたとはいえアサシンの英霊を打倒することに成功している。
勿論アサシン自体のスペックがそこまで高くない、と言う事も勝利した理由の1つにはなるのだろうけど、それでも本来ならば人間が勝てる相手ではない。
「いんや?良太の言ってる事は事実だぜ、マシュのお嬢ちゃん。此奴はアサシンの英霊を単独で撃破している。だから、俺がこうして協力者として一緒に居る訳だ」
「東雲 良太…あなた、何か隠していることがあるわね?」
「あー、特には無いと思います、はい」
所長は僕の戦闘能力は、其処まで高くないと思っている。
と、言うのもカルデアでの戦闘訓練は基本的に魔術を使用しての遠距離戦が主体となっていた。
僕は確かにお師匠から授けられたルーン魔術を得意としているけども、魔術よりも槍術の方を得手としていたために魔術戦では平凡な戦績で終わっていたのだ。
もっとも、ルーン魔術をマトモに使おうとしようものならば、即ホルマリン漬けと所長に念押しされていたのだけど…。
まぁ、まさかお師匠が影の国の女王でその人からルーン魔術と槍術教わってました、なんて言えるわけないんだよなぁ…。
「いえ、東雲さんは何か隠している筈です。概念礼装なんて持っていなかった筈ですよね?」
「マシュウゥゥゥッ!!」
「まぁまぁ、そんなに目くじら立てることはねぇだろ。非常時だし、あの女召喚したらどっちみちバレちまうんだからゲロっとけゲロっとけ」
僕はね、マシュが察して適当にお茶を濁してくれると思っていたんだ…それがこの様だよ…。
マシュは僕が持っていたゲイ・ボルクが気にはなっていたようで、僕が概念礼装を持っていた経緯に興味があるようだ。
ちなみに、立香さんは大して興味がないのか白いリス状――と言ってもサイズは小型犬より少し小さいくらい――の生き物…『フォウ』に構っている。
あれもレイシフトしてたのか…なんでだか分からないけど、僕に懐かないんだよね…。
フォウは神出鬼没ではあるけども、基本的にはマシュの近くに居る。
マシュが名付け親だし、恐らく一番懐いている為だろうな。
僕は深く溜息を深く吐き出し、腹を括る。
…帰ったら、ホルマリン漬けになるのかなぁ…?
「…僕の魔術のお師匠は影の国の女王で、概念礼装もお師匠からご褒美と言う事で譲ってもらったものです」
「はぁ…?影の国の女王と言うと、あのスカサハよね?」
「はい、所長。異境魔境の主、ケルト・アルスター神話において伝説の戦士。彼女は常に生き続け、影の国の門を守っていると言う事ですが…」
所長とマシュは案の定と言うか、信じられないと言わんばかりの顔をする。
そもそも、現代の人間は神秘を扱う事が難しくなっていて、影の国へと辿り着くことすらできないと言われている。
そんな現代の人間である僕が、日本に居ながらにして影の国に行ける訳がないのだ。
つい最近まで学生だったし、生活はギリギリのところで回すようにしていたし…。
喫茶店のアーネンエルベは駄目です、心のオアシスなんです。
「まぁ、言ってみれば俺の弟弟子ってやつでな。肉体は見ての通りひょろっちぃが、中身は戦車の様にタフだ。馬鹿みたいに無鉄砲だしな」
「…俄かには信じがたいわね。かの女王と何の接点もない筈でしょう?」
「それは…まぁ、その通りなんですけど…」
確かに僕とお師匠には何の接点もない。
僕は生粋の日本人だし、海外旅行に行ったことも無い。
ケルト神話に関してだって、ハロウィンに関して調べた時についでに知ったと言う程度だ。
でも、それでも僕は毎晩影の国に赴いていたし、お師匠に厳しい修行をつけてもらっていた。
これは人理が焼却されようとも覆しようのない事実だ。
「なら、貴方の持っている概念礼装を出しなさい」
「…没収と言うのなら全力で抵抗しますよ?」
「違うわよ!概念礼装を解析するの!女王から授かった物ならばそれ相応の神秘を宿している筈なの!」
僕はあからさまに嫌そうな顔をして拒否の意思を示すものの、所長は目を吊り上げて手を振り上げる。
しかし、クー・フーリンが僕の背後から手を出してそれを制し、押しとどめる。
「まぁ、待ちなって。まずは良太の魔術回路と疲れを癒してからだ。お前たちと合流するまでの約2時間、闘って戦っての連続だったんだからな。これから大戦があるって時にヘバられちまったら困る」
「随分とそいつの肩を持つわね?」
「そりゃ、あの女の愛弟子だからな。それなりに可愛がるってもんだろう?」
クー・フーリンは快活に笑いながら僕の背中から魔力を流し込み、僕の魔術回路に浸透させていく。
ビリッとした電流が流れるような感覚と共に、多少の息苦しさが消えて少しだけ楽になる。
「これでもうちっと魔術を使うのが楽になるはずだ。あとは日々の鍛錬で慣らしていくしかねぇ。精進しろよ」
「はい」
この特異点を突破すれば、次の戦場へとレイシフトすることになると思う。
で、あるならば魔術の研鑽に肉体強化は必須になっていく。
僕は足を引っ張る訳にはいかないからね…立香さんばかりに負担をかけさせるわけにはいかない。
「フォウ…?」
「なんだ、フォウは僕の心配してくれてるのか?」
「フォウ!」
ぐっと両手に力を込めて俯いていると、足元にフォウが近づいてきてすり寄ってくる。
カルデアに来てからこんな反応を示されたことは無かったので、少しばかり嬉しくなってしまう。
フォウに手を伸ばすと額を掌に擦り付けてきたので、両手で優しく抱きかかえて膝にのせてモフモフの毛並みをじっくりと堪能する。
「あぁ、そうだ姉ちゃん。マスター適正ないけど魔術師だよな?」
「マスター適正が無いは余計よ!それで、何の用よ?」
「いや、ちょっと手伝ってもらいたくてね」
クー・フーリンは僕の肩にカルデアの制服の上着を肩にかけると所長を呼びつけて中庭へと向かってしまう。
暫らくぶりの静寂が礼拝堂を満たし始める。
…常に気を張り続けると言うのは精神的な負担が大きい様で、とてつもない倦怠感が僕を襲ってくる。
「あ、あの…!」
「あっはい!なんでしょう!?」
「フォッ!?」
うつらうつらとしていると、いつの間にか僕の隣に立香さんとマシュが隣に座って僕の顔を真剣に見つめてくる。
少しばかり気が緩んでいたところにいきなり声をかけられたので、思わず体をびくつかせてしまい、膝の上で丸まっていたフォウが驚いて飛び降りてしまう。
「あっ、な、なんか、ごめんなさい」
「あ、いや…ちょっと寝かけてたからね。ところで何か用かな?」
僕は制服の上着を着込みながら、立香さんに向き直る。
立香さんはペコペコと頭を下げた後、意を決したかのように小さく頷く。
「あの…怖くなかったんですか?」
「それは、戦うのが、と言う事だよね?」
「はい」
「それは私も気になります。この特異点に来てからアンデッドなどの魔物との小規模な戦闘は経験しましたが、英霊とはまだ…」
僕も含めてだけど、今この場に居る人間は皆戦闘経験が浅い。
命の取り合いをすると言う事に、恐れを感じてしまっているんだろう。
日常から非日常に心構えなく叩き込まれれば、誰だってそうなってしまうと思う。
「怖いか怖くないかで言えば怖いよ?怖いけど…僕にはもっと怖い事がある」
「もっと、怖い事…?」
「何も成せずに死んでしまう事。折角お師匠が鍛えてくれたのに、あっけなく死んでしまったらお師匠に言い訳ができないからね…。だから、僕は目の前の事は力の限りを尽くすし、理不尽に対しても立ち向かう」
お師匠が誇れるような自分になること…何よりも
心を折られてしまわないように。
心が一度折れてしまったら、きっと1人で立つのは難しくなってしまう。
だから、僕は無鉄砲でも何でも力の限りを尽くす。
その上で死んでしまったとしても、僕自身は納得をして死ぬことが出来ると思っている。
まぁ、死ぬ気なんて毛頭ないのだけれどね。
「良太くんにとって、お師匠って大事な人なんだね」
「はい、東雲さんにとっての大切な存在の様に感じられます。お師匠さんのお話をしている時、とても穏やかな顔をしていますから」
「10年、面倒を見てもらっていたからね…死ぬような目にも10年遭い続けたけど。アンデッドの集合体とか、ドラゴンとか、巨人とか、クリードとかクリードとか…」
「し、東雲さんの目が虚ろに!?」
いや、本当にあのクリード嗾けられた時は、生きて起きれる自信が無かったなぁ…外骨格の一部を必死に削って生身を削って…。
図体がでかいから、少し動いただけで踏み潰されそうになるし…。
本当に、何で勝てたんだろうな…?
がっくりと肩を落とし、お師匠を召喚してしまったら生身で酷い目に合うようになるんだなと思いついてしまい、少しばかり憂鬱になってしまう。
あの人は…言ってしまえばブレーキが壊れている人なのだ。
暫らく3人で談笑をしていると、中庭に通じる扉が開いてクー・フーリンが手招きをする。
「おう、準備ができたから来てくれや」
「…ついにですか」
「いい感じに此処に龍脈が流れ込んでてな。多分異変でずれ込んだんだろ…だが、こいつを利用しない手はないからな」
僕が椅子から立ち上がって中庭へと向かうと、中庭に敷き詰められていた石畳みの上に赤い魔法陣が描かれているのが見える。
どうやら、所長と2人で召喚のための準備をしていてくれたようだ。
「まったく、この私を小間使いの様に使うなんて…」
「それで人理が救われるんなら安いもんだろうが、プライドばっかり先に立ってちゃ世話ねぇぞ?」
「うるさいわよ…」
所長は不満げに口を尖らせているものの、クー・フーリンの言っていることは尤もなのであまり強くは出ない。
僕は右手に格納していたゲイ・ボルクを呼び出して持ち、魔法陣へと近づいていく。
「嘘…なんで、そんな宝具を…」
「これから召喚する人に聞けば、良いんじゃないんですかね…?」
「はいはい、お喋りは終わりだ。お嬢ちゃん達、召喚中は良太が無防備になる。だから、常に周囲を警戒しておいてくれ」
「「はいっ!」」
魔法陣の前に立った僕は、クー・フーリンに指示されて魔法陣の中央にゲイ・ボルクを置き、一歩下がる。
これからお師匠を…影の国の女王スカサハの召喚を行うと思うと、胸が熱くなってくる。
「高揚してるな?まぁ、少しばかり冷静になってくれや」
「はい」
「いい?私が召喚の為の詠唱を行うので、それを復唱しつつ魔法陣にありったけの魔力を送り込みなさい」
「分かりました…お願いします」
ゆっくりと深呼吸をし、魔法陣に向かって右手をかざす。
大丈夫…お師匠は僕の声を待つと言ってくれたのだ…だからきっと、応えてくれる!
準備ができたのを見て、所長が小さく頷く。
「はじめる…!?」
その時、激昂する獣の叫びが響き渡った。
申し訳ありませんが、11/5の更新は飲み会の為お休みになると思いますorz
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