Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
冬木大橋を渡り切り、新都エリアへと侵入する。
爆心地から遠く離れているにも関わらず新都エリアも炎に包まれ、開発が進んでいたのだろうオフィス街もビルが無残な姿で倒壊している。
どこまでも、どこまでも続く地獄の光景。
まるで、この世は既にご破算し、後戻りなどできないと大合唱で言われているかのようだ。
これ程の災厄をもたらしたと言う大聖杯とそれを手にしたセイバーの英霊…どれほどの恨みがあったのだろうか?
いや、もしかしたらセイバーにとって、不測の事態が起きていたのかもしれない。
何と言っても此処は人理焼却の一端を担う特異点…何が起きても不思議ではないように思える。
新都に落ちている小石に探査のルーンを書き込み走らせていると、遠く視界の端に一直線に何かが突き抜けたかのような破壊痕を目にする。
その破壊痕はありとあらゆるものを巻き込んで破壊しつくし、草一本残っていない。
「ありゃぁ、セイバーの野郎の宝具の痕跡だ。今回の聖杯戦争のセイバーは音に聞こえるブリテンの騎士王サマだ」
「ブリテンの騎士…すると、僕でも聞いたことのあるアーサー王!?」
「おうよ。あの野郎、加減なしでぶっ放しやがったからな」
アーサー・ペンドラゴン…ブリテンを異民族の侵略から守り切った、円卓の騎士を束ねる騎士王。
その最期こそ悲劇であれ、彼の王が持つ宝具の数々はどれもこれもが一級品とされ、中でも聖剣エクスカリバーの知名度はあらゆる英雄の持つ剣の中でも群を抜いている。
英霊の強さ…と言うものは、召喚された土地における知名度に左右されることがあるらしい。
アーサー王程の知名度であれば、どんな土地で召喚されたとしても十全に能力を発揮するはず。
…と言うか、僕たち太刀打ちできるんだろうか?
「あの地点で一度セイバーとヤり合ってな。宝具の撃ち合いで決着をつけようとしたんだが…逃げるので精一杯だったってわけだ。なはは!」
「いや、笑い事じゃないですって。あんな規模の破壊を起こせる奴を相手にしなきゃならないんですか!?」
「だーかーらー、手ぇ組んで何とかするんじゃねぇか。無理でもなんでも解決しなきゃ、俺もお前も共倒れだ。やらないで野垂れ死ぬよりかは、やって死んだ方がまだ胸を張れるってもんだ」
クー・フーリンは僕の脳天に拳骨を落とし、軽く説教をする。
僕は頭を抑えながら唸り声をあげ、痛みに悶え苦しむ。
比較的強めに拳骨をもらったので、とても痛い…。
…まぁ、クー・フーリンの言う事も尤もである。
僕たちに引き返す道なんて既に無い…あるのは生きるか死ぬかの瀬戸際が続く道だけだ。
勿論、僕は死にたくない…死ぬわけにはいかない。
だからこそ、あれだけの破壊力を持つ宝具に対するカウンターが欲しいところなんだけど…聞く限りではクー・フーリンの宝具でも防ぎきることは出来ないようだし…どうしたものだろうか?
「…兎に角、今はマシュ達と合流することを目標に動きましょう。対策はそれから考えるのでも良いでしょうし」
「んだな、三人寄らばなんとやら、だ。っと、見つけたみたいだな」
クー・フーリンが気付くのと同時に、僕が走らせていた小石の動きが止まる。
どうやら、マシュ達の足跡を辿ることに成功したようだ。
ルーン文字5番、移動や遠方の情報を担う『ラド』から到達を示す22番『イング』へと自動的に書き換わったことを感じ取る。
動かないと言う事はイングが示すポイント…新都でも開発の進んでいない南側で休息をとっている可能性がある。
「うげ…」
「何かあったんですか?」
さて、移動しよう…と言ったタイミングで、クー・フーリンは苦虫を噛み潰したような顔をして、南側のエリアへ目を向ける。
こう、あまり近寄りたくないと言わんばかりの表情だ。
兄弟子がそう言うマイナスな感情を浮かべているのに興味を惹かれ、思わず聞いてしまうう。
「あの辺りには何があるんです?」
「墓地と教会だ。うさんくせぇ、死んだ魚の目ぇした神父がやってる教会」
「知り合い…ですか?」
クー・フーリンは盛大にため息を吐きながら肩を落とし、しかしすぐに気を取り直す。
どうも本人にとってあまり良い思い出…と言う訳ではない様だ。
「以前参加した聖杯戦争で少しな。英霊ってのは座に登録された本体のコピーみたいなもんでな、コピーが経験した事ってのは本体に蓄積されていく。で、こうして現界するときに記憶が引き継がれるんだが、強烈な記憶以外は大体忘れちまうんだわ。なんせ、今も昔も未来の記憶も一気に入って来るからな…余程記憶力に特化でもしていないと忘れっちまう」
「…そんなにその神父強烈だったんですか…?」
「麻婆豆腐がな…」
「???」
…麻婆豆腐ってあの麻婆豆腐だよ、ね?
ケルトの大英雄と中華料理に一体どんな接点があったんだろうか?
神父よりもむしろその麻婆豆腐の存在の方が気になってくるなぁ…。
「まぁ、良いじゃねぇか昔の事なんかはよ。それよか早く合流するんだろ?」
「あぁ、そうでした。摩訶不思議な物言いに気を取られて…」
「お前な…」
クー・フーリンは呆れた様な顔で僕の事を見つめるが、僕は素知らぬ態度で足にルーン魔術を用いた強化を行って走り始める。
もうすぐマシュ達と合流できる…そう思うと足に溜まっていた疲れを忘れ、幾分か足取りが軽やかになる。
生きた人と会えると言うのは、この状況下で一筋の希望の様にも思えた。
瓦礫と化した住宅街を抜け、未だ炎が燻る墓地へと足を踏み入れる。
死者が眠り続けているであろう墓地には、冬木の災害によって呼び起こされたのかゴースト達の姿がちらほらと視界に入る。
「あの神父じゃ、幽霊だって化けて出てくるわな」
「さっきから神父ディス凄いですね…」
「そらまぁ、気に食わないマスターだったから余計だろ…」
「神父が殺し合いに参加するってどうなんでしょうか…?」
神に仕える人間であるならば、寧ろ争いを調停する側に居なければいけない気がする…。
もっとも、本人がナマグサの類なのであれば、聖杯戦争なんて胡散臭い儀式に嬉々として参加するとは思うけど。
墓地へ足を踏み入れた瞬間、ゴースト達は一斉に僕とクー・フーリンへと目を向けるものの、此方へは近寄らずに一定の距離を保って睨み続けている。
これはひとえにクー・フーリンの存在に依るところが大きい。
クー・フーリンは高位の英霊…そもそも格が違うため、生半可なゴーストでは近付くだけで消滅しかねない。
まるで虎の威を借る狐だなぁ…。
小さくため息を零すと、クー・フーリンが背中を少し強めに叩いてくる。
「ほれ、シャンとしな。戦士ってのはいつだって威風堂々とってな」
「クー・フーリンなんて大先輩に戦士って言ってもらえると、なんだかむず痒いですよ…」
「戦士っつってもまだまだヒヨッコみたいなもんだけどな」
クー・フーリンはそう言って快活に笑い、僕の背中をバンバンと叩き続ける。
キャスタークラスと言えど一級品の戦士から放たれる衝撃は、地味になんて言わない…かーなーり、痛い。
涙目になりながら墓地を暫らく歩いていると、崩れかかった教会の裏手が見えてくる。
どうやら瓦礫と化した廃墟を避けて通ったせいで、遠回りをしてしまったみたいだ。
足場が悪かったから飛び越えないで回り道してきたのだけれど…少しだけ失敗だったかもしれない。
教会の裏口までたどり着くと、突如クー・フーリンが後ろに下がる。
何か嫌な予感がして、僕も続いて後ろへ下がると上空から巨大な盾が猛烈な勢いで落ちてくる。
「やぁぁぁぁっ!!!」
「っ!?」
盾が地面に直撃すると土塊を巻き上げ、それだけで大質量の物体であることが分かる。
英霊ならまだしも、こんなの人間が受けたら骨が折れてしまう…!
盾の影から鎧を着た少女が此方の様子を伺い、全身から魔力を放出させる。
「英霊!?」
その規模、濃度から言って間違いなく英霊と判断した僕はなけなしの魔力をつかって全身の肉体を強化する。
目の前の英霊の宝具は間違いなくあの盾…猛牛さながらの突撃戦法が得手のはず。
マタドールの様に避けながらチクチクとダメージを蓄積させ…なんて考えていると、さっきの叫び声…どっかで聞いたことがある様な…?
「マシュ・キリエライト、吶か…って、東雲さん!?」
訝しがりながらも注意深く盾を持った英霊を睨み続けていると、突如警戒を解かれ鎧を着込んだ少女…管制室で爆発に巻き込まれ瀕死の重傷を負っていたはずだったマシュが驚いた顔で此方を見つめてくる。
「東雲さん!無事だったんですね!?」
「お陰様で…死にかける事2回程あったけど…」
「兎に角無事でよかったです…目覚めたら東雲さんだけ居なかったので、てっきりレイシフトに失敗してしまったものと…」
マシュはひどく安心したように胸を撫で下ろし、優し気な笑みを浮かべる。
何を隠そうこの少女こそがファーストミッションにおけるメンバーの中の唯一の良心、僕に嫌がらせをしなかった人間なのだ。
僕とて、マシュの無事が知れて安心してしまい、尻餅をついてしまう。
「あー、よかった…生きてる人間に会えた。藤丸 立香さんも無事かな?」
「はい、今は教会の中で休んでもらっています。ところで…後ろの方は?」
マシュは僕の背後で忍び笑いを漏らしているクー・フーリンを訝し気に見つめ、盾を持つ手に力を込める。
その様子を見て僕は手で制し、ゲイ・ボルクを杖代わりにして立ち上がりクー・フーリンへと顔を向ける。
「彼はこの冬木で戦っていたキャスターの英霊、クー・フーリンだ。今回の事件解決にあたって、協力してもらってる」
「ったく、弟もスミにおけないねぇ。こんな別嬪なお嬢ちゃんに熱いラブ・コール貰ってよ」
「いや、一歩間違えてたら脳みそグシャーですからね!?」
頭上から盾ごと落ちてきて、叩き潰そうとするラブ・コールなんていりません。
マシュ達が陣取っている以上、此処に外敵が居るとは考えにくいので僕は手に持っていたゲイ・ボルクを概念礼装として体内に格納する。
緊張の連続だったので、流石にドッと疲れてしまった。
「クー・フーリン!アルスター神話の光の御子ですね!!」
「お、お嬢ちゃんも俺の事知ってる口か。いや~、有名人ってのも悪かねぇなぁ!」
「…その顔、お師匠が見たら多分張り倒されますよ?」
「…?兎も角一先ず教会の中へ。会わせたい人も居ますので」
さっきの仕返しと言わんばかりに鼻の下を伸ばすクー・フーリンにツッコミを入れ、ため息を吐く。
兎に角、ケルトの戦士は豪快なエピソードが多い。
こう、鬨の声上げただけで人が死んだー、とか。
風呂入ったら風呂桶2杯分の水が蒸発したー、とか。
目の前の人のエピソードなんですけどね?
「僕は30分で良いから仮眠がとりたいよ…」
「駆けっぱなしにヤりっぱなしだったからな。で、お嬢ちゃん…アンタ混ざりもんだな?」
マシュに案内されるままに裏口から入り、中庭を歩いているとクー・フーリンは確信をもってマシュに問う。
混ざりもの…とはどういう事だろうか?
先ほどの訓練中のマシュとは、比べ物にならない魔力放出と関係があるのだろうけど…。
「はい、私はシールダーの
「その英霊の名前は…?」
デミ…亜種英霊…普通の英霊と違う事は分かる。
まず、マシュは英雄として座に登録された人物ではないし、今もキチンと生きている人間だ。
と、なると人間でありながら英霊の力を使うもの…と言う事になるのだろうか?
そんな英霊の名前を知りたくなった僕はマシュに聞いてみるものの、マシュは小さく首を横に振る。
「いえ、彼は名前すら告げずに消えてしまいました。私も名前を知りたいのですが、カルデアにもその記録は残っていないと言う事なので…」
「デミ・サーヴァントねぇ…まぁ、人為的でもないようだし、突っ込むのは野暮だな」
クー・フーリンは呟く様にそう言い、マシュの身体を頭の先からつま先まで見つめる。
どこか値踏みするようなその視線は、マシュの英霊としての力を測っているようにも見える。
「あの、何か…?」
「あーいやいや、なんでもねぇよ。マシュのお嬢ちゃんに力を貸した英霊ってのは気前が良いもんだと思ってな?」
クー・フーリンはそれだけ言うとハッハッハと笑いながら、教会の正面…礼拝堂に通じる通路を歩いていく。
僕とマシュは顔を見合わせて首を傾げ、クー・フーリンの後をついていく。
礼拝堂の扉の前に立ち、クー・フーリンが扉を開けると2人の人間の視線が出入り口に注がれる。
「ま、マシュは!?」
「先輩、私は大丈夫です。東雲さんが此方に来てくれましたよ!」
「よかったぁ…私だけじゃどうなる事かと…」
1人目はあの赤毛の少女、カルデアが集めた最後のマスター、藤丸 立香。
彼女は礼拝堂に置いてある長椅子から跳ねる様に立ちあがり、クー・フーリンの事を怯えながらも強く睨み付けるが、慌てて間に入ったマシュが執り成してくれたおかげで、余計な衝突が起きずに済んだ。
僕もマシュに続いて礼拝堂に入り、立香さんの無事を確認して胸を撫で下ろす。
「立香さんにケガが無いようで良かったよ。この分だとあの黒い英霊とは遭遇しなかったみたいだね」
「東雲さんは全身ボロボロですね…でも無事で良かったです!…あれ、自己紹介しましたっけ?」
「ほら、レイシフト直前のマスター登録の時に名前だけは聞いてたからさ。改めて、東雲 良太です。僕のことは気軽に呼んでもらえればそれで良いからね」
終始和やかな雰囲気で立香さんと自己紹介を済ませると、クー・フーリンが俺の肩を叩いて声をかけてくる。
「おい、坊主…なんかあの姉ちゃんから睨まれてるが何かやらかしたか?」
「姉ちゃん…?」
クー・フーリンが指で指し示す方向にある礼拝堂の祭壇。
その場所にはここにいる筈のない人物…オルガマリー・アニムスフィア所長が非常に不機嫌な表情で仁王立ちしていた。
やっと合流だー!
お師匠がアップを開始したようです。