Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
暗く、冷たく、静寂が支配する影の国。
この国は死霊や亡者、悪しき者を封じ込め続ける監獄の様な国だ。
だけど、この国は知る者ならば必ず目指したいと言うほどに、注目を集める国でもある。
武を極め、神すら殺したケルト最高の戦士であるスカサハが君臨し、支配している国だからだ。
武を極める為だけに決死の覚悟で影の国の門を叩き、女王に認められた者のみが師事を受ける事ができる。
僕はそんな影の国に迷い出て、あまつさえ偶々近くに居た女王スカサハを
子供心にとても綺麗で、どこか冷たくなっているような印象を受け、しかしながらとても老成しているように見えてしまったからだ。
その瞬間のスカサハの変貌ぶりと言うのは…その、思い出したくない、かな…。
ナマハゲだってあんな怖い顔していないし、投げつけられる短刀を必死に避けながら逃げ惑う羽目になってしまったくらいだ。
ともあれ、僕としては出会い方は最悪だったし、できれば2度と来たくないと思っていた。
思っていたのだけれど…どうしても僕はこの場所に迷い出てしまう。
最初の頃は、スカサハも僕の事を無視して居ないものとして扱っていたのだけれど、1週間も連続して現れるものだから観念したのか僕へと話しかける様になっていった。
『神代の法則が消え失せた時代にあって、こんな出鱈目は2度とお目にかかれないだろうからな』
そう言ってクスリと笑ったスカサハの顔は、とても美しくて…そして、寂しそうだったんだ。
よくよく考えればそれもそうだろう。
だってもうこの国を目指そうなんてする戦士はこの世に居ないし、ましてや死霊の類だって来やしない。
存在だけは知っているけど、誰も彼もがこの国を訪れない。
訪れたくても訪れる事ができない…が、正しいのかもしれないけれど。
でも、僕は来ている…僕は確かにこの場所に居て、孤独な女王と対峙している。
対峙しているんだけど…。
「なんでっ槍っ振ってるんでしょうか!重いっんですけど!」
「暇つぶしには丁度いいからな。それにこの私自らが師事してやるのだ。時代が時代ならば、皆(あまりの厳しさに)泣いて喜ぶところなのだがな?」
「もう腕がプルプルいってる感じがぁ!」
影の国に行き着く様になって早1ヶ月…僕は何故かスカサハの門下生と言う扱いになり、子供の細腕で大人が持つような長さの槍を持って構え、突き、構え、突き…をエンドレスでやらされている。
なんでも、この単純な繰り返しがあらゆる状況で役に立つとか何とかで、僕としても何故かあの笑顔で槍を差し出されたときに断ることが出来ずにこうして振ってしまっている。
…子供心に美人だと思うし、お母さんより美人だし…その、ませているわけではないと思うけど…。
「ふむ…魂のみだと言うに影響が出るか…まったく――」
「これ、いつまで、やれば、いいんです…!?」
かれこれ槍を振り続けて2時間…当の昔に腕の感覚は消え去り、それでも機械的に止めることが出来ない。
止める事はできるかもしれないけれど、それでスカサハをガッカリさせたくないと言う思いが僕の胸の中にある。
この気持ちは…なんなのだろう?
「そうさな…お主が目覚めるまではやってもらうとするか」
「僕の腕をどうしたいんですかぁ!?」
ひとまず…僕のお師匠は無茶ぶりが好きなようです――。
「むにゃ…んん…?」
とても懐かしい夢を見た。
まだ僕が小さくて、何も知らなくて、お師匠と出会ったばかりの頃の夢。
出会いこそは最悪だったけれども、僕に戦う術を暇つぶしとは言え教えてくれたあの頃の夢。
起きたら腕が普通に動いたことに、軽く感動したのを覚えている。
なんだか感慨深いなぁ…なんて思いながらも、目覚ましがまだ鳴っていない所を察するに起床時間には程遠いようだ。
僕は二度寝を決め込んでしまおうと、目を開ける事もせずに身体を少しだけモゾモゾと動かして体勢を変え…ようとして腕が何かの下敷きになっていることに気付く。
おそらく清姫が布団の中に潜り込んで、僕の腕を枕代わりにして寝ているのだろう。
最近では僕としても慣れてしまったもので、同衾だとか裸を見られた程度では最早動じなくなってしまった。
あぁ…でも立香さんとマシュには見られたくないなぁ…うん。
でも、全部見られちゃったんだよなぁ…。
と、少しばかり気落ちしてしまったところで、僕は何か違う様な違和感を感じ始める。
具体的には呼吸がしづらいとか、なんか足も動かしにくいどころか絡まっていると言うか…。
「…なんだ、もう目が覚めたのか?休息とて戦士の仕事だ、まだ寝ていろ」
「………」
聞き覚えのある声がしたと思えば、何故か体が柔らかくて温かくて良い匂いのする方へと思い切り押し付けられ、まるで金縛りにあったかのように動かなくなる。
動かなくなる…と言うか、動けなくなる…が正しいかもしれない。
一瞬で顔が耳まで真っ赤になるのを感じるし、頭の中はどうするべきなのか混乱の極みにある。
清姫、と思っていた相手は僕のお師匠で、お師匠が何故か僕と一緒に寝ていてあまつさえ抱き枕にしていた…!?
「良いから、寝ろ」
「
僕の身体は丁度お師匠と向き合って抱きしめ合う形になっていて、必然的に頭が胸に埋められる形になっている。
その柔らかい感触や暖かさは僕の混乱を一層際立たせ、お師匠からの命令も生返事で返してしまう形になってしまう。
いや、どうしてこんなことに…?
次の第3特異点攻略までにお月見で一悶着あったり、第六天魔王と幕末の天才剣士が女の子だったとか判明したりした事件があったりはしたけども…。
これらの事件は立香さんが主体となって解決していったから、僕としては特に何もしていない。
寧ろ僕は何もするなと所長とお師匠に言われて、頭を抱えてしまったくらいなんだけど…。
「人間らしい事くらい、私とてするものさ。そんな気分にさせたのが人理焼却だと言うのだから、少し癪ではあるがな」
「……?」
お師匠は普段よりも幾分か優しい声色で僕に語り掛ける。
感傷的になっている…と言う事なのだろうか?
「いや…人間らしい、と言う感情を思い起こさせたのはお主もだったな。フッ…あの様な物言いはセタンタくらいな物だと思っていたがな」
お師匠は僕の頭を優しく撫でながら、まるで思い出話の様にぽつりぽつりと語っていく。
母、と言うよりは姉の様な距離感。
僕個人の感情としては、家族以上の近しい距離感。
僕は無意識の内にお師匠に抱き着く力を強めていく。
抱き締めてくれているのだから、きっとこうするのが正しいのだと思う。
「脅かせば来ないだろうと思えば毎日訪れ、無視をすれば良いと言うのに…私を殺せるような者でも無いと言うのに…いやはや、私も耄碌したものだ。今ではお主を弟子として鍛え、マスターとサーヴァントと言う枠にさえ嵌ってしまっている。今こうしている事は、人理を正せば私が見た夢の様な出来事となるのだろう」
人理が焼却され、星が焼き払われた事で表裏一体となっていた影の国もまた焼き尽くされお師匠と共に消滅した。
だから、お師匠はこうして英霊と言う形でこの場に現界して、僕と共に居てくれている。
でも、人理修復を成し遂げれば…その時は…。
「あぁ、そんな事もあったのだろうと、一笑に付して終わる様な夢だ。しかしな、良太…今成そうとすること、成した事全てが無駄となるわけではない。
少しだけ、ホッとした自分が居る。
英霊は、本体から記録を引き継いで活動する分身みたいなもので、本人ではあるし本人では無いとも言える。
だから、お師匠と別れる事になってしまった時、あの影の国で再会を果たしたときに今こうして過ごしてきたことを覚えていないのではないかと…そんな不安を少しばかり感じてはいた。
だけど…覚えていてくれると言うのであれば…僕は…。
「はぁ…いかんな、うむ…いかん。これではまるで私が少女の様ではないか。まったく、幾分感覚が若くなっている自覚はあったが…」
「…?」
「お主は顔を埋めていれば良い!」
「ん~!ん~!」
ぶつぶつとお師匠がボヤいているので、何事かと気になって顔を胸元から離して上げようようすると、お師匠は僕の頭を抱え込む様にして腕を回し、僕の自由を奪うどころか思い切り密着してくる。
必然、僕は呼吸する事が出来なくなり、必死に離れようともがくものの、そこは筋力B…人間程度の力で引き剥がせることが出来る訳が無く、徐々に僕の意識が薄らいでいく。
「今晩の出来事なんぞ夢泡沫だ。良いな、夢として処理をするのだぞ?」
「ん~…!ん…~…」
何かお師匠が言っているような気がするものの、僕はそのままゆっくりと意識を手放していく。
…あぁ、僕の死に場所は此処だったかぁ…。
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―――――
――
「と言う夢を見た気がするんです。はい」
「なんじゃなんじゃ、正座師匠とキャッキャウフフした夢ってだけではないのか?」
「いやいや、マスターも男の子…欲求不満が溜まってるんじゃないですかね?」
ぼんやりとした頭で目覚ましを止め、僕がゆっくりとベッドから起き上がると同時に、先日契約を果たした輝く木瓜紋をあしらった軍帽を被った軍服の(美)少女と桜色の袴姿のアルトリアっぽい顔の(美)少女が入ってくる。
軍服の方はかの第六天魔王『織田 信長』。
そしてハイカラな和装の方が新鮮組の天才剣士『沖田 総司』。
どう言う訳か史実とは異なる性別なのだけれど、当時の事情を考えれば是非も無し…と言うやつなのだろうか?
ほら、昔は女性優位ってわけではなかったし…。
因みにこの2人の所為で起きた事件があったのだけれど、それはものの見事に立香さんが無事に解決してくれた訳なのだけれど、いざ召喚となった時に何故か立香さんは大量のマナプリズムとより高純度の魔力の塊であるレアプリズムを量産してしまうと言う事故に合い、僕が召喚チャレンジしてみようかと偶々手に入れていた2枚の呼符を使用した所、無事召喚となった。
これは、『縁だけでなくマスターとの相性にも左右されるのではないか?』と所長とダヴィンチちゃんが仮説を立てていたのだけれど…僕は単純に運なんじゃないかとも思う。
「うん…いや、君たちがあまり気にしないの分かってるんだけどさ…とりあえずシャワー浴びたいから出てってくれるかな?」
「え~、ワシマスターの部屋でゴロゴロしてポテチ貪る予定じゃったんじゃが…?」
「沖田さんはマスターが持っているという、ジ○ジ○読みに来たんですけどー」
「あんたら今日レイシフトするって知ってっか…?」
僕はガラス張りのシャワールームをそっと指差して2人に出ていくように促すものの、既に信長は僕のベッドに寝そべってポテチの袋を開け、沖田はベッドの下にある本棚代わりの段ボールを引っ張り出して中身を物色しはじめる。
やだ…こいつら現世エンジョイしすぎでは…?
「かっかっか!そんなもん勿論わかっておるわ~!こうして普段通りにエンジョイしてリラックスした姿を皆に見せる事によって、不安を拭い去ろうとしているのが分からんか!?」
「もうやだこの尾張のうつけ…」
「沖田さんは常在戦場ですからね。いついかなる時でもマスターである貴方の元にワープして駆けつけますとも!」
「肺結核そのまんまの癖に無理、すんなよ…?」
「是非も無いよネ!」
僕は諦めて2人の目の前で衣服を脱いで、のそのそとシャワールームへと入っていく。
「いやー、それにしても鍛えてますよねぇ」
「実は平成は戦国じゃった…?」
「え~、そこは幕末にしましょうよ~。土方さんが見たら嬉々としてスカウトしそうなんですよねぇ」
「人斬りサークルなんぞつまらんし、ここはやはりワシと天下布武!日本と言わず世界を手中に入れるとこじゃろー」
「はいはい本能寺本能寺」
「おのれ光秀!」
非常に気安く、また容姿の年齢が近いと言う事もあって、マスターと英霊と言うよりも、同じ高校の同級生くらいの距離感を感じずにいられない…なんかこの2人に裸を見られても何とも思わない辺り、僕も相当キているような気がするけど。
きゃいきゃいと2人が会話を楽しんでいる横で、僕は素早く新調されたカルデア戦闘服へと身を包み、感触を確かめる。
素材自体は変わらないのだけれど、幾分か魔術スキルを起動させやすくなっている気が…する。
まぁ、戦いに支障が出なければ僕としては何でもいいので、気にしないようにしておこう。
「ほら、2人とも行くよ~」
「「いってらっしゃ~い」」
「令呪使われたいのかな?」
僕はゆらりと体を動かして、ベッドの上で動かない沖田と信長の首根っこを掴んで身体強化のルーン魔術をかけて持ち上げる。
幾分魔力消費が抑えられたお陰なのか、大した疲労感も無く魔術を行使することができている。
流石はカルデアの技術スタッフと言ったところか…。
2人とも一般的な同年代の女性と同じくらいの体重しか無い様で、楽々と持ち上げる事ができた僕は、2人を持ち上げたまま部屋から出て管制室へと向かっていく。
「今度のレイシフト先は海だって言うから、おっきとノッブには期待してるんですからね?」
そう、今度の舞台は海。
小島が点在しているだけで、特異点対象区域のその殆どが海となっているそうだ。
となると移動手段は必然的に船と言う事になるのだけれど、こうなると僕の手持ちの英霊であるアルテラと清姫は使用を控えなければならない。
なんせ2人とも吹き飛ばしたり燃やしたりが得意だから、船を用意できてもいざ戦闘と言うタイミングで自爆しかねない。
「いや~セイバーは最優のクラスですからねぇ~」
「病弱持ちの最優とか是非もないんじゃが?」
「やります?ノッブとは相性最高なの理解できてます?」
「ワープとか卑怯にも程があるんじゃが!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ沖田と信長を脇に抱える様にして持ち直しながら管制室へと入り、ロマンや立香さん、マシュ達と会話をし、簡単なミーティングをしていく。
その中で話題に上がったのはやはり72柱魔神の事だ。
ロマンや所長が言うには、魔神=悪魔と言うイメージは、魔術王とまで呼ばれるソロモンよりも後の時代にイメージが付けられたものだそうで、仮にソロモンが宝具として使う場合、もっとシンプルな形になるらしい。
…ロマンが熱弁しているのを聞いていると、なんだかとても詳しい様な気がしてくるけども、そこは置いておく。
一先ず留意すべきは今後の聖杯探索でも充分魔神柱が出てくる可能性はあるし、投入される数も不明。
いつも以上に気を引き締めてかかる必要がある、と言う事だけ肝に銘じておけば良いのだから。
ミーティングを終えた後、それぞれのコフィンの前に立って中に入ろうとすると、アルテラが実体化して僕の肩を掴む。
「マスター」
「ん…?」
僕はコフィンからアルテラへと向き直り、首を傾げる。
戦いや実生活を通して、少ない日数ながらもコミュニケーションはそれなりにこなしてきた。
アルテラはあまり自分から能動的に動くような感じでは無かったので、こうして現れた事に何か違和感を感じる。
「マスター、必要であればすぐに声をかけろ。私はお前の敵を破壊する剣。お前に立ちふさがる壁を粉砕する剣だ」
「分かってるよ、アルテラ。今回は場所が場所ってだけだし、僕も馬鹿じゃない…いつだって頼りにしているよ」
「あぁ、ではマスター…お前の呼び声を待っている」
僕はニッと笑みを浮かべて親指を立ててアルテラの言葉に頷くと、そのままコフィンの中に入ってハッチを閉める。
アルテラはその無表情さとは裏腹に、何か予感を感じているのか不安な様子だ。
戦士の勘、と言うやつだろうか?
アルテラの場数って凄そうだし…なんせ渾名が戦闘王だ。
ともあれ、今回の特異点へのレイシフトは、スタッフが…とりわけ所長が念入りに検証して安全にレイシフトできると実証している。
この点に関しては不安を覚える必要は無いと僕は思っている。
『準備は良いかしら?』
「僕はOKです」
『藤丸 立香、準備おっけーです!』
『マシュ・キリエライト、いつでも行けます!』
所長が管制室から通信を入れてくる。
その声はやはり、どこか緊張しているように思える。
長時間かけて検証して結果を導き出したのだから、もう少し自信を持っても良い気がするんだけどなぁ…。
けど、それだけレイシフトと言うのは、常に危険が孕んでいると言う事でもあるのだろう。
何か数値に異常が起きれば、そこから綻びが生じてしまって自分を認識できなくなって消滅してしまう。
…普段キツいけど、良い人なんだろうなぁ、所長。
『ではA.D.1573、大西洋エリアにある第3特異点へのレイシフト実証開始します!3人とも…バックアップは私たちに任せて、きちんと生きて帰ってきなさい!』
所長の宣言と同時にレイシフト開始のアナウンスが入り、一瞬の浮遊感と同時に何処かへと引き込まれる感覚が僕の身体を襲う。
その感覚は今までのレイシフトでは感じなかった微小な違和感…だけど、僕の頭の中で凄まじい爆音で警鐘が鳴り響く。
しかし、レイシフトが始まってしまった以上最早逃れる術はなく、僕はそのまま嗅いだ事のある匂いの場所へと降り立つ。
「…海ってなんだっけ?」
「何言ってるんだ、お前?」
そこは僕の良く知る現代日本のコンクリートジャングル。
螺旋の塔を背景に、目にも鮮やかな赤い革ジャンを羽織った女性が、僕の事を訝しげに睨んでいた。
ご褒美上げて、地獄を見せていくスタイル。
幼稚園児を押し付けられたと思ったら、変な所に飛ばされてしまったでござるの巻
次回
「やったー!久々の故郷だー!」
「なぁ、お前頭のネジ外れてるのか?病院なら紹介してやるぞ?」
「いたって真面目なんだよなぁ…」