Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#40

――あぁ、何故です?

――――私はただ…貴方様をお慕いしていただけだと言うのに

――――――どうして、貴方様はわたくしに嘘をお吐きになられたのですか?

――――――――あぁ、お待ちください、お待ちください…

――――――――――行かれてしまうなら…せめて私に一言だけでも

 

少女は走る。

家の出も、自身の身なりも、素足に負った怪我さえも無視をして。

ただただ一目見た瞬間に惚れ込んだ男の後を追う。

たった一つの一途な感情は、やがてその裏側に潜む感情に塗り替えられる。

そうして行き着く先は悲劇の終わり。

たった一つの一途な感情は、黒く暗く染められましたとさ。

 

 

 

 

ごうごうと燃え盛る鐘の悪夢から目が覚め、僕は身体を跳ね起こして辺りを見渡す。

どうやらここは連合帝国の王宮…その跡地の様だ。

気怠い体をどうにか立ち上がらせようとすると、背後から僕の身体を抑え込む様にか細い腕が僕の身体に抱き着いてくる。

 

「あぁ!旦那様(ますたぁ)!お目覚めになられたのですね!!」

「清姫…無事だったか…他の皆は…?」

 

僕は夜の帳が落ちた瓦礫だらけの王宮跡地を見渡し、立香さんとマシュの姿を探す。

夜で暗い…と言っても僕達の近くに焚火があったので、闇に紛れて見えないと言う事は無く、残された王宮の壁に背中を預けて、毛布にくるまって2人とも眠りこけているのを発見することができた。

 

「起きたか、東雲 良太」

「エミヤ…あれから何が…?」

 

焚火の番をしていたエミヤが此方に振り返り、スープパンで温めていたコーンポタージュをマグカップに注いで此方へと差し出してくる。

僕はそのマグカップを受け取って、息を吹きかけて少し冷ませばゆっくりと飲んで身体を温めていく。

夜ともなれば身体はどうしたって冷えてしまう…こういった温かい飲み物は優しく身体に染み渡っていく。

僕が一息つくのと同時に、エミヤは僕の方へと向き直り真っ直ぐに此方を見つめてくる。

 

「英霊アッティラ…いや、本人はアルテラと名乗っていたか。彼女はロムルスの作り出した巨樹を宝具で粉砕してこの地に降り立った時、偶然この場に居合わせたスパルタクス、呂布、荊軻と遭遇。これを容易く撃破して徒歩で単身ローマへと歩き出したそうだ。今現在、軍に進路を阻まないように皇帝ネロが伝令を各地に送っている最中だ」

「なら、早く追って仕留めないと…」

「ますたぁ、此処は身体を休めてください…連戦に次ぐ連戦で魔力も心許無いのですよ?」

 

僕は清姫の腕をやんわりと押しのけて立ち上がるものの、立ち眩みで身体をふらつかせて倒れそうになり、しかし清姫とは別の人物に抱き留められる。

 

「血気盛んは多いに結構だがな、休息もまた戦士の戦いだ。戦場に出ていざ倒られては私たちが困ると言う事を忘れるでない」

「お師匠…」

「スカサハさんの仰る通りです。幸いあの白い女性は人と変わらない速度で移動していますので、休息を取った後であるならば容易く追いつける筈です」

 

アルテラ…白衣に身を包んだ褐色の少女は、自らを神の鞭と言っていた。

この事が何を意味するものなのかは分からない。

ただそんな渾名が付けられると言う事は、人々に畏怖され崇拝された対象だと言う事。

しかも彼女は聖杯を取り込んで、自らの霊基にブーストがかかっている。

その実力は最初の特異点で出会った黒い騎士王に匹敵する…いや、それ以上の可能性も…。

 

「光の御子には周囲の警戒に出てもらっている。すぐに戻って来るだろう」

「気絶するなんて情けない…」

 

エミヤがクー・フーリンの所在を口にすると。僕は深く溜息を吐いてがっくりと肩を落とし、焚火の元まで行ってゆっくりと腰を下ろす。

昼間の騒々しさは鳴りを潜め、連合帝国の首都は静寂に包まれている。

王宮の崩壊、僭称皇帝の崩御、アルテラの登場…これらの事件が首都に住まう人々の心根をへし折ったのだろう。

連合帝国との戦争は終結した…後は…。

 

『英霊アルテラ…アッティラとして名を残している存在ね。彼女は5世紀に西アジアからロシア、東欧、ガリアにまで及ぶ広大な版図を制した大英雄。西ローマ帝国が滅んだ原因とも言われ、西欧諸国からは『神の鞭』と呼ばれ恐れられたの。5世紀以降の特異点でなくて助かったわ…もしそうだったとしたら圧倒的な知名度補正でより手が付けられなくなったでしょうから』

『問題は、彼女の霊基反応が普通の英霊よりも高かった事だ。聖杯の力を手に入れる前でアレだ。きっと何かしら理由があるんだとは思うけど…』

 

神の鞭…仰々しいその渾名に恥じない圧倒的武力をもって、征服の版図を広げていたに違いない。

所長の解説と共に、Dr.ロマンが現在のアルテラの霊基について補足を入れてくれる。

セイバー…剣の英霊…常に最優の英雄が選ばれ、それ相応に高いスペックを誇るクラス。

聖杯戦争においては、正しく最強の1騎として重宝される存在なのだろう。

…魔術師と言う生き物と折り合いが付けられるのかは別として。

 

「立香さん達の準備が整い次第、出発しましょう。進路を阻まない限り危害を加えないと言うのであれば、被害は少なく済みそうですが…もし他の街に行き着いてしまったら事ですし…」

『東雲君のバイタルはとても万全とは言えない…医師としてすぐに動くと言う判断は、見過ごせない。君はもっと充分な休息をとって…』

「立香さん1人でやれって言うんですか、アンタは!」

 

魔力が枯渇していることによる倦怠感、日付が変わったとは言え、残量2画の令呪…お師匠、クー・フーリン、清姫の3騎を動かすには万全とは言い難く、そして相手は最優クラスのセイバー…苦戦は必至だろう。

恐らく、これだけの消耗は一晩の休息で取れるようなものでは無い。

僕の発言にロマンは僕に言い聞かせる様に窘める。

もちろん、ロマンは立香さんとマシュに任せろとは言っていない事は分かっている、僕を気遣っていると言う事も分かっている。

だけど、僕達には制限時間がある…2017年にカルデアが至ってしまえば人理は救えない。

それまでに僕達は聖杯探索を終えなくてはならない。

まだ先の事。

それでも忍び寄ってくる死神の鎌に等しいそれは、着実に僕達全員を苦しめることになる。

 

『そうは言っていない、僕はただ君に…』

「僕は良い!僕は戦士だ!燃え尽き落ちる流星の様に激しく戦ってみせる!だけど彼女はただの人だ。何処にでもいるただの女の子だ!マシュだって!」

「落ち着け、東雲 良太…まだ時間的な猶予は充分にある。彼女は人と変わらない徒歩での移動をしていると言っただろう?故に、私達が全力で移動すればすぐに追いつける」

 

エミヤは僕の肩を強く掴み座らせ、真っ直ぐに睨み付ける。

その中には、自身のマスターを侮られた事に対する怒りも含まれている様に思える。

僕はその冷たい鋼の様な視線に熱くなった心が僅かばかり冷えていく。

 

「…ごめん、なさい」

「君と言う男は何となく掴んでいたつもりだったがね。存外に無鉄砲で、好戦的だ。これでは影の国の女王達の苦労が偲ばれると言うものだ」

「ますたぁを悪く言わないでくださいまし、エミヤさん」

「素直な感想と言うものだよ、清姫嬢。彼は人間としては欠陥品だ。生物としての恐れは知っていても、人としての恐れは知らない。機械に等しいとすら言える冷徹さすらも兼ね備えている。そう言った意味合いでは、守護者向きではあるがね」

 

エミヤは鼻で笑う様にして肩を竦めると、焚火に薪を追加して炎を絶やさない様にする。

皮肉めいたその言葉は多分…きっとその全てが僕に当てはまっている評価なのだろう。

僕はただそれを在るがままに受け入れるだけだ。

他人が何と言って後ろ指を指そうが、僕自身には関係のない事だから。

僕は…ただ…。

 

『エミヤ、君も言い過ぎだ。僕は気にしていない…東雲君が優しい心を持っていることを知っているからね』

「どうだかね…それも仮面(ペルソナ)なのかもしれんぞ?君と同じよう――」

「そこまでだ錬鉄の英霊。我が弟子への謗りは私を侮辱しているのと同じと心得てもらおうか」

「これは失礼した、影の国の女王」

 

僕の傍らにお師匠が歩み寄れば鋭い視線をエミヤにぶつけるものの、エミヤは柳の様にその視線を避けて悪びれる様子もなく肩を竦める。

 

「私としてはお主の固有結界…非常に興味があるのだがな」

「一の究極を持つ者に、凡百の剣を並べて立ち向かったところで精々が足止め程度だ。私では、貴方に勝つ事は難しいだろう。無論、マスターと共に立ち向かうのであれば、万に一つの勝機でさえ掴んで見せるがね」

『いい加減喧嘩は止めなさい!いがみ合ってる場合じゃないのは分かっているでしょう!?』

 

一喝するようなどこかヒステリックな所長の声が響き渡り、エミヤとお師匠は口を噤む。

僕は小さくため息を吐いて、声を荒げてしまったことを深く反省する。

きっと、疲労から来るイライラで声を荒げてしまったのだと、自分に言い聞かせる様に。

そんな僕を清姫が慰める様に頭を抱きしめて優しく撫でてくる。

…絵面が凄いなぁ…年下に慰められている青年の絵面って…。

 

「清姫、ステイ」

「いいえ、ますたぁは疲れているのですから、ここは私が癒してさしあげようと…」

「帰ってから!そう言うのは帰ってから!」

 

清姫は周囲の目を気にすることなく、イチャついている姿をお師匠達に見せつけようとする。

そんな清姫を止めようと必死に抵抗していると、お師匠は揶揄い甲斐のある玩具を見つけたと言わんばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべ、僕の事を見下ろしてくる。

 

「ほう…お主、漸く一皮剥けたか…」

「ああもうややこしく…!!」

「ん~…何の話を…」

 

お師匠の言葉にどうしようかと頭を悩ましていると、立香さんが目元を擦りながらもぞもぞと動き出し、ぱちくりと瞬きをする。

エミヤは立香さんの元まで歩み寄るとその場に跪き、毛布を立香さんにかけ直すと優しい声音で話しかける。

 

「なに、単なる与太話と言うやつだよ、マスター。君が気にするほどでは無い。明け方までは時間があるからまだ休んでいなさい」

「ん…あんまり、東雲さん…ぐぅ…」

 

立香さんは毛布をかけ直されると、睡魔には勝てなかったのか何事かを呟いて深い眠りに就いてしまう。

 

「静かにしましょう…うん」

「お主は少々焦り過ぎだ。仕方ない事とは言え、もう少し腰を落ち着けて冷静になることを覚えよ」

「はい…」

 

僕は消え入る様な声で頷いて焚火へと目を向ける。

…それでも…それでも彼女は普通の、何処にでもいる女の子なのは変わりない。

僕にできる事と言えば、悪目立ちして汚名を被る事くらいだろう。

きっと、この人理修復を成し遂げた暁には、立香さんには更なる困難が襲い掛かるのだろうから。

 

 

 

 

広大な平原…その東の果ての水平線に、太陽が徐々に昇り始めるのを確認する。

遥か前方を歩いているであろうアルテラの姿を求め、僕達はこの時代の戦車に騎乗して平原を駆け続ける。

僕はブーディカと同乗し、立香さんはマシュが操る戦車に、ネロは単身戦車を巧みに操っている。

 

「ハハッ!余は楽しい!」

 

ネロはこれから死地に赴くと言うにも関わらず、快活な笑みを浮かべて高らかに声を上げる。

そこには決して悲壮感なんてものは微塵にも感じさせない輝きがあったし、事実として陽だまりの中

踊る童女の様に可憐だった。

 

「余は今こそ確信している。運命と神々は、余に味方していると!東雲 良太と藤丸 立香に味方していると!如何に相手が神の鞭を僭称するような蛮族であろうと、必ずや打ち倒し、ローマは救われる!」

「ネロ公、あんた何を確信してそんな事言ってるんだい!?」

「ハハハ、そんなもの、余の勘に決まっておろう!」

 

ブーディカは頬を膨らませながらネロの言葉に胡乱気な声を上げ、そしてネロも不確かなものに従って突き進んでいると告げる。

だけど、そんなものはきっと僕達は日常的にやっている事だろう。

それは先の分からない明日を生きる、と言う事にほかならないのだから。

 

「余の民と、余のローマは、後世に残る。絶対にだ!世界が永遠に続くものならば、すなわちローマは永遠だと言う事だ!たとえ、その名がいつか忘れ去られたとしても、ローマが植えた多くの芽は、形さえ変えて続くのだろう。あの神祖が作り出した巨樹の様に!」

「ローマって言うのは気にくわない…けどね、私たちが守った子供たちが後世に続いていくって言うのは嬉しいことだって言うのは、私にだって分かるさ!」

 

まるでどちらが早くアルテラの元に辿り着くのか…激しいレースをするかのように戦車を走らせ、ネロとブーディカはまるで気の合う悪友の様に語り合う。

そこには国家を背負うものとしてではなく、純粋な個人同士の語り合いの様な穏やかささえ感じさせる。

 

「きっと続きます!続くから、今こうして私たちが一緒にいるんです!!」

「だからこそ、僕達は負けられない!戦って、勝って!明日を繋げるんだ!!」

 

 

アルテラの体内にある聖杯に引き寄せられたのであろう魔獣達を戦車で轢殺し、あるいは魔術によって撃ち落としながら突き進む蒼天に日が昇り、やがて傾き始める頃…上空に巨大な影が現れる。

 

「なっ…!ドラゴンだと!?」

『まさか、聖杯が暴走をして手当たり次第に召喚でもしているのか!?』

「流石に一戦交えないとこれは…!」

 

ドラゴンは僕達を背後から飛び越して空中で旋回、僕達の進路を阻む様に大地へと降り立つ。

その巨躯は小さな山の様にも見え、例え迂回したとしてもこのまま連合ローマ帝国首都に向かわれでもしたら、駐留している軍隊諸共に全滅する可能性が見えてくる。

 

「良太、あんたネロ公の戦車に移りな!此処は私が受け持つ!!」

「でも!」

「そうだぞ、誇り高き余の好敵手、ブリタニアの女王よ!」

 

僕の残存魔力量を逆算して、仮にクー・フーリンの宝具を開帳して心臓を抉ったとしても、あの巨躯では力尽きるまで暴れ続けるだろう。

幻想種と言う存在は兎に角規格外であることが多い。

フランスでのファヴニール然り。

影の国の波濤の獣、クリード然り、だ。

故に倒すならば確実に一撃で仕留めきることが求められる。

だけど、今僕達にはそんな余力はない…どうするべきか…と思案すると、立香さんの走らせる戦車から漆黒の服に身を包んだ1人の男が実体化して飛び降りる。

 

「では、余がこの場にて栄えあるブリタニアの女王と共に受け持とう」

「ヴラド公、無理は決して…!」

「ハハハ、マスターよ。余の同盟者よ。小竜公(ドラクレア)の名が伊達ではない事を、あの竜を生贄にすることで示して見せようぞ」

 

ヴラド公は衣服の一部を蝙蝠の翼の様に変態させ、ブーディカの走る戦車と並走する。

僕はその瞬間にネロの走らせる戦車へと飛び移り、ブーディカとヴラド公を見つめる。

 

「行きな!行ってあんたの世界ってやつ、救ってくるんだよ!!」

「分かった!!必ず、必ず救ってみせるぞブーディカァッ!!!」

 

ネロの操る戦車とマシュの操る戦車は二手に分かれて、最小限の軌道を描いてドラゴンを迂回する形を取り、ブーディカの戦車はそのまま真っ直ぐにドラゴンへと突き進む。

 

「我が名はブーディカ!ブリタニアを守護する女王!例え約束されざる勝利と言われ様とも!!この世界を守ってみせる!!!」

 

その宣言は高らかに、僕達の背後で小竜公と勝利の女王による、御伽噺の様なドラゴン退治の幕が切って落とされた。




長くなるので二分割
日付変更前後に上がらなかったらごめんなさい。

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