Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
漆黒に染まったセイバー、アーサー・ペンドラゴンの宝具の真名が解放される。
その色は聖剣とは名ばかりの闇より深き深淵の黒。
聖剣は魔剣へと変質し、魔王ヴォーディガーンの魔力をそのままに束ね、僕たちに向けて叩き下ろされる。
「卑王鉄槌――極光は反転する…光を呑め!『
聖剣から発せられた高密度の汚染された魔力の奔流は、全てを叩き潰し消し飛ばそうと僕達へと襲い掛かる。
あの冬木の街を斬り裂いたものの正体を見て戦慄すると同時に、僕は同僚であるマシュ・キリエライトの背中を見つめる。
小さく、かよわく、どこか頼りなく…だけど、決して折れまいと言う確固たる意志を感じる。
それは、一線級の戦士に匹敵する覚悟を宿した若木。
まだここで成長は止まらず、これからも成長を続けていくことだろう。
だから、きっと彼女はあの深淵を止めてみせる。
「
「了解!真名、偽装登録…宝具、展開します!!!」
マシュは全身から令呪によるブーストに端を発する魔力放出を行い、盾を大きく振りかぶって地に突き立てる。
すると、盾が聖剣とは対極の眩い光に覆われ、強大な守護結界を発生させる。
深淵が届くよりも速く展開された守護結界は、容易くその一撃を受け止める。
炸裂音が響くも衝撃は僕達まで届かず、やがて聖剣による一撃は光に呑まれるようにして消え、守護結界もまた闇に呑まれるように消える。
マシュは確かに、聖剣を受け止め切ったのだ!
「フン、知らず知らずの内に力を抜いたか。だが、そう何度も受け止められるものでもあるまい!!」
「おっと!ここから先は俺たちと遊んでもらうぜ、セイバー!」
「2人がかりとなるが、これも戦…精々気張る事だ」
セイバーが自嘲気味に笑って再び聖剣に魔力を蓄えようと構えた瞬間、セイバーの両サイドを挟み込む様にして2名の槍兵が現れる。
1人はアイルランドの光の御子。
1人は影の国を統べる女王。
両者ともに持つのは、紅蓮に燃える様に魔力を湛えた呪いの朱槍。
先手はクー・フーリンが取り、獣の如き神速の四連突きが聖剣を構えていたセイバーへと食らいつこうと襲い掛かる。
セイバーは瞬時に判断して真名開放を断念し、全身から魔力放出を行い筋力を増加。
クー・フーリンの四連突きを剣の腹で逸らして避け、後方宙返りを行う。
セイバーが離脱した直後にお師匠がセイバーの居た空間を薙ぎ払うが、紙一重で避けられてしまう。
「そらっ!!」
お師匠は手に持った朱槍を軽く振るうと、自身の周囲に5本のゲイ・ボルクを召喚。
素早く魔力を込めて一斉に撃ち出していく。
真名開放を行っていないとはいえ、朱槍の持つ呪いは健在…いずれもセイバーに己の刃を突き立てようとミサイルの様に突き進んでいく。
セイバーは着地と同時に地を蹴り砕き前進。
手に持つ魔剣で襲い掛かるゲイ・ボルクを地に叩きつける様にしてすべて斬り払い、同時に大きく跳躍。
上空から槍を叩きつけようとしたクー・フーリンと鍔迫り合いになる。
「ったく、巻き込むなら他所にしろってんだ!」
「奴に区別などないだろう。そもそも、見えているかも分からん…だが!!」
「ちぃっ!!」
やはり、セイバーが有利なのか剣を大きく振るう形でクー・フーリンを弾き飛ばし、まるで羽根が生えているかのように空中で方向転換、二槍を構えたお師匠と切り結んでいく。
「奴が成した業こそが現実だ。いかに私が腹を立てようと何も変わらん!」
「だからこそ、私は抗うのだ。この口を噤まねばならぬとなってもな!」
セイバーは空中でも剛剣を振るい続け、お師匠はその剣をいなすことで容易く逸らしていく。
まるで柳のそれだ。
セイバーが大きく振りかぶった瞬間にお師匠が無防備な腹を強かに蹴り抜き、セイバーを地面に叩きつける。
「ぐっ!やるな…!」
「やぁぁぁぁっ!!!」
セイバーは地面に叩きつけられる瞬間に全身から魔力を放出して減速し、着地。
背後に迫ってきているクー・フーリンの対処を行おうと振り返ろうとすると、上空からマシュが大盾を叩きつけようとセイバーに迫る。
たまらず、セイバーは横に身体を投げ出し、手を地面について後方宙返りを行う。
マシュが盾を地面に激突させて土塊を上げると同時に、セイバーが居た場所にピンポイントにゲイ・ボルクが突き立てられていく。
お師匠の持つゲイ・ボルクは無尽蔵なのだろうか…?
「
「
クー・フーリンは詰めと言わんばかりにゲイ・ボルクの真名を解放し、地上から全力投擲を行う。
その一撃は触れていない地面をガラス状に融解させ、まるで突如現れた彗星の如くセイバーへと突き進んでいく。
セイバーはその一撃を目視した瞬間に、無尽蔵の魔力を一気に放出して聖剣へと束ね、真名解放。
斬撃ではなく突きによって聖剣のエネルギーを発生させて、クー・フーリンの宝具と真正面からぶつかり合う。
一瞬の拮抗の後、暴走した魔力の塊が指向性を失って大爆発を起こし、ゲイ・ボルクがクー・フーリンの手元へと戻っていく。
「これでぇっ!!」
マシュはそんな大英雄同士の激突に臆することなく必死に食らいつき、大きな隙を見せたセイバーに向かって猛牛さながらの突進を行う。
「ぬるいぞ、小娘」
しかし、その一撃は素早く振るわれた聖剣によって防がれて容易く拮抗する。
隙が無い…大英雄2人にマシュを合わせてもマトモな手傷を負わせられないなんて…。
僕は右手の甲に現れている令呪に目を落とし、しかし頭を振る。
勝ちを求めて令呪によるブーストを、お師匠とクー・フーリンにかけるべきだろう。
そうすれば恐らく一瞬で決着が着く…だけど、それを2人が望むかと言えば…。
結局、僕は見ている事しかできないのだろうか…?
「まだです。まだ!!」
「気迫は十分でも技術は拙い…興ざめだ」
「マシュ、退け!」
マシュは拮抗を崩そうと力を込めるが、お師匠の言葉ですぐに力を抜いて後退。
入れ替わる様にお師匠が手に持つ朱槍を突き、或いは払ってセイバーを絶えず攻め立て。
セイバーやクー・フーリンが剛とするならば、お師匠は柔の動きだ。
相手の力は逆らわずに受け流し、隙を突いては苛烈な攻撃を加えていく。
まさに暴風…影の国の女王と騎士王は互いに涼しい顔をしながら、他者の介入を許さない剣戟の結界を作り上げてしまう。
「ったく、久々に火ぃ点いたかね…?」
「でも、あれでも本当の本気じゃないんですよね…」
巻き込まれまいと僕の傍まで後退したクー・フーリンの悪態を耳にし、僕はお師匠の姿から目を離さずに呟く。
クー・フーリンは肩を竦めるだけで答えはせず、騎士王との戦いを見守る。
痺れを切らしたかの様にセイバーは聖剣に魔力を纏わせて大きく薙ぎ払い、お師匠を後退させるも、再びセイバーと激突して距離を離さない。
「どうした騎士王…お主の腕はその程度か?」
「言ってくれるな、槍兵…」
お師匠は終始涼しい顔でセイバーと渡り合い続け、そんなお師匠に騎士王は僅かばかりの苛立ちを見せる。
恐らく、クー・フーリンの持つ槍から、お師匠がどこの英霊なのかは看破している筈…。
一刺一殺の呪いの朱槍…真名を解放すれば決着が着くほどに強力なその槍を使わない事で、手を抜かれていると思われているのだろう。
剣戟の嵐は鍔迫り合いによって唐突に終わりを告げ、宙を舞い続けていた小石がパラパラと二人に降り注ぐ。
「…影の国の女王よ、何故貴様は抗う?」
セイバーはゆっくりと呼吸を整えつつも力を抜くことなく、真っ直ぐにお師匠の事を見つめる。
セイバーは抗えなかった、抗う事すら許されなかった。
この特異点を作り出すための駒として奔走し、あらゆる犠牲を省みる事無く目的を達成した。
騎士の誇りすらも捨てて。
汚辱に耐え続ける…否、耐え続けねばならなかったセイバーは、何を思って今この戦いに身を投じているのだろうか?
「なに、変わらぬ毎日と言うものの有難みを感じていたところに横っ面を思い切り殴られれば、誰であろうと怒るものだろう?理由としてはその程度だ。それに、向こう見ずな馬鹿弟子の世話を焼くのは良い暇つぶしになる」
お師匠はフッと笑って少しだけ僕の事を見た後に、セイバーの頭上にゲイ・ボルクを呼び出し容赦なく撃ち込む。
セイバーはお師匠を魔力放出のブーストで弾き飛ばした後に返す刃でゲイ・ボルクの軌道を逸らして地へと突き立てさせる。
更に後方宙返りを行い、獣の如き神速で僕の隣からセイバーの背後へと奇襲をかけてきたクー・フーリンの鋭い一刺しを回避し、聖剣をクー・フーリンへと叩きつけるべく剣を振るう。
「ちっ、勘が良い奴だ!」
「ちょこまかと…!!」
クー・フーリンは傍に突き立てられていたお師匠のゲイ・ボルクを左手に持ち盾の様にし、セイバーの一撃を受け止める。
受け止めた瞬間にルーン魔術によって筋力を大幅に引き上げたクー・フーリンは思い切り左腕を振り抜いてセイバーの身体を空中へと放り出す。
放り込まれた先に存在するのは合計10本に及ぶゲイ・ボルク…それが逃げ場を塞ぐ様にセイバーの周囲に展開され、一斉に射出される。
「
咄嗟に真名解放を果たし、聖剣は魔剣へと再び堕ちる。
身体にひねりを加えて大回転をしながら放たれた宝具は周囲にあったゲイ・ボルクを悉く消滅させていき、大空洞内部の壁や天井を削り取っていく。
マシュは慌てて宝具を展開して、僕や立香さん、所長をセイバーの脅威から守り切る。
「セイバーは大聖杯から無尽蔵の魔力を得ているのね…」
「そんな…このままじゃジリ貧です!」
所長は大聖杯にセイバーの宝具が直撃した瞬間を目にし、ポツリと呟く。
大空洞内部を削り取ってきたセイバーの宝具が大聖杯に直撃する瞬間、無効化されていたのだ。
超抜級魔術炉心のため、それなりの守りが発揮されていることは想像に難くないけど、セイバーは意図的に宝具の出力を落としている。
マシュが宝具を受け止めても、守護結界が消えなかったのがその証拠になるだろう。
あくまでも、クー・フーリンとお師匠は僕の魔力とカルデアからの支援によって現界を保っている。
長期戦になった時、スタミナ切れを起こすのは間違いなく僕たちの方だ…。
僕は、右手の令呪をゆっくりと掲げる。
「――
怒られるかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。
だけど、僕たちは負ける訳にはいかない。
僕は僕自身の明日よりも、他の人の明日の方が大切に思える。
だから――
「クー・フーリンよ、宝具を開帳しセイバーを打倒せよ」
「呪いの朱槍をご所望かい?いいぜ…やってやる!」
クー・フーリンは令呪によってブーストされた魔力を余すことなく呪いの朱槍へと注ぎ込み、朱槍は胎動するかのように紅蓮の輝きを増していく。
「
「――フッ、行くぞ」
二画連続使用…お師匠にも令呪によるブーストをかけ、その手に持つ朱槍に魔力を注ぎ込む。
お師匠とクー・フーリンの間に降り立ったセイバーは、大きく舌打ちをする。
「貴様ら…!!」
「悪いなセイバー…マスターからの指示なんでね」
「我が槍の神髄…その目に焼き付けて逝くがよい」
呪いの朱槍は当たったと言う因果を決定してから放つ、因果逆転の呪いを持つ。
この一撃から逃れるためにはそもそも撃たせないか、高い幸運を以て避ける他ない。
だが、もし…その槍が2本同時に起動したのなら…運に身を任せる他ないだろう。
「「その心臓――貰い受ける」」
お師匠とクー・フーリンは同時に槍を構えて駆け出し、セイバーへと突き進んでいく。
セイバーは天運を悟ったのか、それとも自棄になったのか…宝具の起動準備に入る。
「『
「『
しかし、聖剣がヴォーディガーンの魔力を纏う事は無く、2人のゲイ・ボルクがセイバーの身体を前後に貫く。
刃はお師匠とクー・フーリンの顔の真横をすり抜けて停止し、2人同時にゲイ・ボルクを引き抜く。
「見事だ、異界のマスターよ…だが、まだ始まりに過ぎん…」
「…どうか安心してほしい…僕たちは必ず、世界を救ってみせる」
セイバーは倒れる事無く、しかしその手に持つ聖剣を手から離し僕達へと目を向ける。
その目は冷酷、暴虐さが消え、不思議と温かい優しさのようなものを感じる。
セイバーは最期に穏やかな笑みを見せ、最後に言葉を遺してその姿を霧散させた。
「
お待たせしました…更新が遅れた理由は、睡魔に負けてしまったからです…前日なんて寝たの21時前ですよ…orz
次回
穿ち散らす死華の槍
「お前は、殺し過ぎだよ…レフ」