怠惰な魔女は眠りたい   作:ネコジマネコスケ

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少女来訪

 

 上司であるという魔女は気の毒なほどに目の下にくまを作って、どこか遠くに意識を飛ばしているかのような有様だった。元の造形は悪くないのだろうが、これではただの呆けた変な女である。こんな状態で大丈夫なのかと不安になってしまった。自分が悪いのだろうか。

 

「ええと、お嬢さん(レディ)? カッサンドラ・レディ少尉。聞いていますか?」

「はい! 失礼致しました!」

「まあいいけど、取り敢えず、歓迎しますよ」

 

 妙に不機嫌な口調でスミス中尉はにこりともせずに歓迎してくれた、らしい。どうにも表情が死んでいるので感情が篭っていないように見える。しかも口調も平坦で抑揚に乏しい。終始面倒くさそうに、時折欠伸すら漏らしている。

 

 神経質そうに銀縁眼鏡を押し上げたのは、晴れてこの度タリア・スミスの部下となった、カッサンドラ・レディ少尉である。新人ながらそれなりの階級が与えられるのは魔女の慣いであり、その上で士官教育を完了したからこその地位である。

 更に明白に言えば、カッサンドラは速成とはいえエリートの部類なのだ。

 そう、一応エリートのはずなのだが、だとしていきなりアフリカの辺境に送られたというのは、如何なる不運のなせる御技か。

 タリアは胡散臭そうに(彼女の視線こそ胡散臭さに満ち満ちていたが)カッサンドラを見遣ると、手元の書類を指で弾いた。

 

「すごいね、あんた。初勤務先でこんな場所に来させられるなんて、一体何やったの?」

「……それはご質問でしょうか」

「うん、まあ答えなくていいよ。大体分かっていますからね」

 

 分かっていると言われると、自分としても困るところがある。それでは黙った意味がないし、何となしに座りが悪い。

 すると中尉は疲れたように腕組みをした。腕の上に脂肪が乗っているのが、その不健康な面構えと比べてしまうと奇妙だった。

 

「そうね、ここもアフリカの前線と言えなくはないし。こんなところに送られる理由なんて、将官お気に入りの教官に噛み付いたとか、それでよっぽど恨みを買ったとか、そんなもんでしょう」

「いえ、それは」

「まあいいや。別に聞いたところで何があるわけでもないし」

 

 全く図星であった。

 しかし、ならば何故聞いたのだ。正直に言ってこの人の雰囲気は苦手だ。性格として合わないような気がしてならない。そもそも、公の場において髪すら整えていないというのはどういうことなのだ。服は皺だらけ、アイロンをかけろとまでは言わないがどうにかならないものか。

 一度でも目がそういった部分に逸れてしまうと気が散って困る。顔も洗っていないように見えるし、階級章は薄汚れている。身嗜みの整っていない上官は部下を不安にさせるものだ。士官学校でもそう習った。

 ところがなんだというのだ、この上官は。

 

 ロマーニャ人らしくもなく、カッサンドラは小姑のように眉間に皺を寄せた。例に漏れず見た目は整っているので有能な秘書のようにも見える。ただの新人少尉なのだが。

 

「あんた、本当にロマーニャ人? カールスラント人じゃなくて? 生まれるお国を間違えたの?」

「流石に失礼では? 国籍による人格の違いは、あくまでも一般的な想像に基づく――」

 

 ああもう分かった、とタリアは五月蝿そうに首を振った。同時に左遷させられるわけだ、と呟いて、肩を落とす。口煩い人間というのを心底面倒臭がっている仕草である。余程のこと世話焼きな人物に精神的外傷を負わされたと見える遣り取りであった。無論、間違いなく大層な理由などないに決まっている。

 単純に、一々自分のやることに口出しをされることが気に食わないのだろう。彼女がいくらか生真面目な性格をしているのなら、私室の惨状に説明がつかない。

 どうやら新人と上司は全く噛み合わないらしいぞ、と周囲の男衆が戦々恐々とし始めた頃を見計らったように、タリアは肩を竦めた。

 

「兎に角、私があんたの上司になる、タリア・スミス。士官ってことは、それなりに訓練はしているだろうけど」

「私の成績に関しては書状をお持ちでは?」

「そりゃあるけどね、うん。訓練と実戦は全然違うし、兎に角よ。これからひと月あんたは訓練だけに励みなさい。もし襲撃があっても弾薬の運搬以外許可しません。いい?」

 

 命令です、と念を押されてしまえば反論など出来ない。軍人たるもの上官の命令は絶対遵守、これを蔑ろにすれば円滑な部隊の運営は困難となる。

 終始嫌そうな、というかどこか面倒臭そうな顔をしているが、それでも上司は上司だ。やたら噛み付いても仕方がないし、そのお陰で砂だらけの太陽の下に放り出されたのだから多少は反省している。

 

 少女はそのように内心で述懐しているが、たったの一分前につまらぬことでその直属の上官に威嚇してみせた彼女である。その素晴らしい反省が活かされることになるのは何時になることか。

 或いは数年後にも一切の改善を見出さない可能性すら存在するが、ここで未来のことを語ったとて意味はなかろう。来年の事を言えば鬼が笑うと扶桑の諺にあるが、彼女――ひいてはタリアを含めて、戦場に立つ者というのは戦士であれ、市民であれ、将軍であれ、老いも若きも例外なく、その日の晩餐にありつけないという運命の上に片足で立っている。

 それは魔女であっても同じことである。だからこその、タリアの判断であろう。

 漸く配属された新人を初陣で戦死させてしまったという悔恨も、そこには影響を及ぼしているのかもしれない。

 

「まあ、奴さんの砲撃を防ぐくらいならやってくれてもいいけど、無理はしないで。戦闘は絶対に駄目。飛行脚の訓練がしたいなら、最低でも前日には私か、この副官さんに話を通して頂戴」

 

 後方に控える紳士を指してから質問は、と尋ねたタリアに、カッサンドラはありません、と簡潔に答えた。

 タリアは少しばかり満足げに頷くと、大きく息を吐いて男衆の方に手招きをして、岩のような顔をした男を呼び寄せた。

 

「では、後はこちらの軍曹さんに案内してもらいなさい。私はこれで」

「はっ。……は?」

「いや、私、この部隊の指揮官ね。書類が山のように待っているのよ。つまり残念だけど、案内をしてあげられるほどのヒマがない。そういうこと」

 

 そう言うなり、形だけの適当な敬礼を残して、顔色の悪い上司は司令部という立て看板の打ち込まれたテントに引っ込んでしまった。

 思わず直立不動の岩男に目線を送ってしまう。

 無言で彼は首を縦に振った。頷かれても困る。

 

「ええと、軍曹ですか。それでは案内をお願いしても?」

 

 元気よく四十ほどと見える男性は首肯する。それは良いのだが、何故口に出して話してくれないのだろうか。

 部下との会話も士官にとっては重要な仕事である。気楽な会話によって彼らにかかる重圧を緩和し、時には叱咤することによって規律を正す。軍曹の階級章を付けているということはこの男、恐らく熟練兵(ヴェテラン)である。叩き上げの兵を軽視する程戦場での寿命を縮めることはない、と口を酸っぱくして教え込まれたものだ。

 さりとて何も言われないのではどうしようもない。

 

 はてどうしたものか、とカッサンドラが首を捻ると、男は頬を掻いて呻くように口を開いた。

 

「その、申し訳ありません。どう言ったものか、本国に置いてきた娘がちょうど……」

「ああ、私くらいだと。そこまで畏まられなくてもよろしいですよ。私は何の経験もない新人ですから」

 

 事実として、軍属となった魔女の平均年齢は非常に低い。ロマーニャ軍においては十二歳という異常なまでの若年で活躍をする者まで居るのだ。それが良いこととは、誰とて考えてはいないだろう。一番の問題とは、その反倫理的な選択すらも許容せざるを得ないほどに疲弊した人類の現実である。

 この日アフリカの零細部隊に配属されたこの少女とて、外見のみならず年齢という部分でもその例に従っている。齢にして十五、現状における軍属魔女の新人として、若過ぎると言われることはないだろう。

 然れども、十五なのだ。娘のいる兵としては本来学校に通っているべき年齢であるということを直視せざるを得ないだろう。

 

 案内された各設備は中々のものだった。全く()()()()()であり、汗で眼鏡がずり落ちていることにも気が付かなかった。ロマーニャから遠路はるばるやってきてみれば飲み水にも困る有様である。こんなことならば、少しばかり賭博をやっていただけの教官に文句を言うべきではなかったかもしれない。

 このようなところに送られて初めて自身の行為に後悔することになる。あまり嬉しいことではないが、言ってどうするということもない。

 志願して成績トップで士官教育を終えてみれば、性格が災いしてのこの現状、笑うに笑えない。笑い飛ばせたならまだしも、出世コースからは大きく逸れているので脱力することこの上ないのだ。

 

「そのご様子だと、我らが基地はお気に召さなかったようですな」

「い、いえ……」

「いいですよ、事実ですから」

 

 落胆する様子に見かねてか、軍曹はそう言って苦笑した。基地の案内を受ける内に幾らか表情が柔らかくなり、冗談すらも飛ばしてくれるようになっていた。良い傾向である。ひとまず彼からでも打ち解けることができれば幸先は良いものとしていいだろう。そう信じたい。

 当然、面と向かってここまでひどいとは思っていなかった、などとは言えないのでどう返したものか。

 

 反応に困ったカッサンドラが意味を成さない声を漏らしていると、男は給水所から汲んできた水を手渡して無精髭の伸びた顎を親指でごりごりと擦った。

 

「いや、この通りですがね、大丈夫。これでも兵の練度は高いですから」

「確かに動きが良いように見えます」

「そりゃあよかった。ぜひ連中に直接言ってやってくださいな。どいつもこいつも美人が来たって騒いでおりますよ」

 

 見た目が他人よりも優れていることは自覚しているが、それでも正面から美人と言われると照れる。下士官と馴れ合うことは避けたいが、今度時間の空いたときにでも訓練の場に顔を出すのも良いだろう。

 そう考えていると、つい思い出してしまった。自分は訓練以外の行動について許可を受けていない。顔を出すもなにもあったものではないわけだ。

 新人であるので、それは腕前を信用されないのは当然である。だが、だとして、戦闘への参加を全面的に禁ずるというのは、やりすぎではなかろうか。士官学校での成績は一切の虚偽を含まず最善と言えるものだったのだ。

 どうだろうか、と尋ねてみる。

 

「それはまあ、仕方のないことで」

「……ですか」

「新人とは言え、いや失礼。貴重な戦力を浪費することは認められないのです。大丈夫、ひと月は我々が出来うる限り支援しますから」

「あの中尉殿は?」

 

 カッサンドラの質問に、軍曹は言葉に詰まって額を掻いた。

 彼が迷った末に何らかの言語を形成した時、より正しくは声を発そうとした、まさにその時けたたましい警報音が基地に鳴り響いた。

 それが敵襲の合図であるとカッサンドラが気付いたのは、傍らの軍曹がその細い手を引いたからである。細かいことではあるが、得てしてそういった些細な部分で経験の有無というものは露呈する。現場においてはそれが弾倉の入れ替え、照準の精度、即ち致命的な要素と成り得るのだ。

 奇しくも、言い換えれば予定調和的にカッサンドラ・レディは自身の経験の浅いことを証明した。過失ではなく純粋な経験期間の不足である。

 空気に慣れる。ただ言葉にしてしまえばそれだけのこと。

 単にそれのみが悪戯をして残酷な結果を招くことすらある。それ故の不参戦の強制であった。

 

「少尉、弾薬を!」

「は、はい!」

 

 部下に呼びかけられて命令を思い出す。なんたる失態か。たった一つ、弾薬・砲弾を運ぶというだけの指令を警報の音で吹き飛ばされていた。

 恥じる暇はない。走らねばならぬ。魔女の腕力は普遍的な人類のものよりも大きく優っている。如何に不満があろうと単純な任務程度がこなせないと判断されたなら、もはや自分の立場は絶望的だ。

 

 カッサンドラの不安は完膚なきまでにずれていた。換言しよう。彼女の認識は典型的な現場を知らぬ士官の思考そのものであった。

 ネウロイに関わる戦線に身を置く者は口を揃えてこう言うことだろう。

 戦場に単純な命令が転がっていることは珍しくもない。しかし楽な任務を探すとしたら、それは青い薔薇を探すのと同じだ――と。

 

 ――酷かった。

 掘り進められた塹壕で迷い、砲弾の口径を間違えて怒鳴りつけられ(この部隊はブリタニア・カールスラント・ロマーニャ各軍を混合した編成である。つまりそれぞれの砲に適合する弾頭を、配置を覚えた上で運搬する必要があった)、吹き飛ぶ土砂を滲む汗で貼りつけながら走り回る。控えめに言っても地獄だった。

 士官学校時代走り込みを欠かすことはなかった。当然成績も優の一文字だ。

 そんなものは毛ほどの意味もなさないのだと、よくよく理解した。

 地面が砂なので塹壕とは言っても、何度も補修されて使われているのだ。崩れた箇所を通過し、砲撃から身を隠すには中腰で走り続けねばならず、真っ直ぐと立って走ることを贅沢とすら考えさせられた。

 シールドで防御するくらいなら、と言われたがそのような余裕はなかったのだ。

 どこが崩れたのか、どこに弾薬が必要なのか。それを把握するだけで精一杯で、負傷者を運び出す手伝いすらも満足に行えなかった。

 

 だけど、とカッサンドラは夕焼けの沈むテント郡の端で勝手に頷いた。

 

 生き残ることはできた。

 初めての戦場を、それでも。

 空を飛ぶことはなかったが、死なずに済んだのだ。

 

 勘違いされがちなことであるが、魔女の場合も初陣で墜落し、還らぬ者となることは間々ある。一般兵と比べると圧倒的にその確率は低いが、十分な支援をなくして生き抜いたケースはそう多いものではない。

 新兵の死亡率が必ずしも高くなるか、という問題はさておいて、魔女は万能ではないのだ。

 結論から言うに、戦力の不足する部隊においては錬成の期間を短く想定せざるを得ない。したがってそこに配属される新人は、満足なバックアップが確保出来ないままに戦場へと送り出されることとなる。よって死に易い。

 大戦初期、ネウロイへの効果的な戦術を模索する中で、相応の数の魔女が犠牲になったことは覆し難い過去である。

 カッサンドラが生き残ったことを喜ぶのは自然なことであるとも言えよう。

 

「――やっと見つけた。こんなところで何を? 怪我でもした?」

「あ、中尉。いえ、怪我はありません」

「そ。ならいいけど。ヒマならついて来て。今日の報告をしてもらわないと困るから」

 

 唐突に姿を現した中尉は目立って負傷した様子がなかった。これまで彼女一人でこのラインを支えてきたというのだから、見た目に反して腕は立つのだろう。

 散々この部隊について面白可笑しい噂を聞かされて来たので、今回の襲撃を速やかに対処してみせたことには驚いた。実情は伝聞とは異なるものらしい。

 

 司令室代わりのテントに入ると、タリアは椅子に倒れこみ、足を組んで鼻を鳴らした。

 

「どうだった? 弾運びくらいならどうにかなる?」

「苦戦はしましたが」

 

 中尉は手に持っていた麻袋を天板に置き、パイプに火を入れた。紫煙が渦巻き少々むせる。これくらいのことで文句を言っても何にもならないだろう。喫煙者が上司ならば、諦めた方が賢明である。こればかりは良いも悪いもない。

 

「それは何より。じゃ、明日は早めにここに顔を出しなさい。作戦地図があるから、午前中には内容を全部頭に叩き込むこと。それが終わったら塹壕の補修を手伝って」

「あの、訓練だけでは……」

「塹壕を直す訓練。出来るだけ部下の顔と名前を覚えるように。ああ、それと……各部署の担当者から今日の被害報告と不足する物資に関しての報告書を受け取ってきなさい」

「了解です。しかしそれは」

 

 その担当者の仕事ではないのか、とカッサンドラが口に出す前に、タリアは強い語調で続けた。

 

「私はあんたに命令したの。と言っても、明日報告書が上がるわけがないからね。急がなくてもいい。ただし、必ずあんたが受け取って私に渡すこと。分かった、お嬢さん(レディ)?」

「……了解しました」

 

 憮然とした様子でカッサンドラは敬礼の格好をした。敬意が篭っているとは到底考えられない表情であったが、彼女の上司は何も言わずに机に体重をあずけて引っ張り出した書類をやっつけ始めた。

 

 解散とは言われていないが、帰ってもよいはずだ。これで叱られたのなら流石に怒る。

 しかし明日も忙しくなるようだ。どうも何が何でも自分を使いたいらしい。この状態でまさかストライカーの訓練がしたい、と言えるほど冒険家ではない。

 それに部下の名前を覚えろというのは、命令されたことというだけのもので済ませるべきではないだろう。先を見通しての指導とも受け取れる。

 あの軍曹に力を借りるのも良い手だろう。

 

「自分でやりなさい」

「え、今日案内をしてくださった軍曹に紹介していただく、というのは駄目でしょうか」

「駄目というか、無理。彼、死んだよ」

 

 硬直した少女の目の前で隻眼の魔女は麻袋の中身をひっくり返した。

 流れ落ちる金属、鎖を通された鋼の板である。

 俗に言うドッグタグであった。

 

「いい、もし砲撃が避けられないと思ったら上半身だけでも逃がして。大型の砲撃なんてまともに食らったら、このドッグタグも無事で済まないかもしれない。まあ……連中は金属を食うから結局賭けになるけど」

 

 自陣近くで砲撃をするならば間に合う可能性は高かろう。

 だが魔女の戦場は空である。墜ちた死体がどのようになるか、と彼女は説明しているのだ。その二つの条件の下でもし発見が遅れたなら、最悪認識票すら回収出来ない。

 彼女らは地上だからまだ良い。海上で無防備なままで砲撃を食らった場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、基本的に回収は不可能と言える。

 

 死んだのか。ごつい顔に似合わず愛想の良い人だった。

 たったの一時間しか会話をしていないのに善人だろうと思えた。

 それがこうも呆気なく死ぬものなのか。

 

 言葉を失った少女に何を思ってか、タリアは頬杖を突いたままペンを取った。

 

「今日はもうお休み。初日から運が悪かったね、少尉」

 

 自分のテントの位置はどうにか覚えていたらしい。昼間軍曹に案内してもらったのだ。何を考えているのかもわからないというのに、足はきちんと歩いてくれた。

 情報だけでは理解していた。数値だけなら記憶していた。

 人が死ぬのだ。善人も死ぬのだ。奥方が居て、自分と同じくらいの年頃の娘がいる男も死んだ。

 ベッドは固く、寝心地は悪そうだった。であっても不思議と毛布をかぶれば暖かく、逆に冷え切った心根がきつく心臓を絞り上げているように感じた。

 自分は生き残ったのではない。死ぬ場所に居なかっただけなのだ。

 戦闘が終わった時に生きていたというだけだった。

 

 浅く苦しい睡眠からカッサンドラを叩き起こしたのは軍隊お馴染みの起床喇叭であった。時間は傷を癒すが、睡眠不足の者にとっては残酷である。

 


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