捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

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ゆうべのCrying~This is my truth~

 その日の夜、私は湯船の中で何度も彼の姿を思い浮かべました。

 

「八幡君……」

 

 彼に掴まれた腕には、じんじんと温もりが残っている。

 そこにそっと手を触れると、胸が締めつけられた。

 ……もう忘れなきゃいけないのに……でも……。

 あの瞬間、驚きと共に、微かな感情が湧いていた。

 喜び?期待?

 名前のつけようのない前向きな感情が生まれていた。

 あの場で違う言葉をかけられていたら……抱きしめられていたら……きっと私は……。

 私は頭をぶんぶん振って、甘い空想を振り払う。水滴が辺りに飛び散り、髪が額に貼りつく。

 そして、勢いのまま湯船に体中を沈めた。

 

 *******

 

 火照った体を冷ますように、窓を開け、夜風を浴びると、ようやく色々と現実味を帯びてきた。

 そして、一つの事実に思い至る。

 ……全然忘れられてないなぁ。

 あの時、本当はどんな瞬間が訪れて欲しかったんだろう?

 答えなんてわかりきっている。私だって……私だって……!

 

「八幡君の……ばか」

 

 何かを八幡君のせいにしながら、私は俯き、声を静かに涙を零した。

 このくらいは許してくれるよね?

 

 *******

 

「はあ……」

 

 頭を抱え、ベッドにうつぶせに倒れ込む。

 ……何をしてんだ、俺は。馬鹿じゃねえのか……。

 右手には、まだ彼女の体温や柔らかさが残っていた。最後の抱擁と同じくらい鮮明に。

 最早言い訳のしようもない。

 危うく約束を破るところだったのだ。

 彼女の儚げな笑顔を見ていたら……仮に今から時間を巻き戻しても、さっきみたいになっていたと思う。

 時間を巻き戻せたら、なんて考える日が来るなんて思わなかった。

 これまでは、自分なりに最善を選んできて、後悔などなかったはずだ。

 誤魔化しようのない気持ちは、理屈で押さえ込むこともできずに、ぐんぐん膨らんで頭の中を埋め尽くす。

 結局のところ、やっぱり俺は……

 そこで、思い出したように彼女から貰ったチョコレートの入った箱を手に取る。

 お洒落な包装を解いて、中を見ると、手作りのクッキーが入っていた。丸いシンプルなクッキーは、いつか見た満月に似ていた。

 一つだけ取り出し、しばらく見つめてから口に含むと、やたらと甘く感じた。

 

 *******

 

「ねえ、最近八幡……元気ないよね。何か理由があるのかな?」

「ふむ……我も人づてに聞いた話なのだが…実は斯々然々で……」

「……そっか……そうだったんだね……」

「我も詳細まではわからんが……」

「うん。教えてくれてありがとう。ていうか材木座君、彼女できたんだね。おめでとう」

「……けぷこん、けぷこん。では我はもう行くとしよう……」

 


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