冬が深まるにつれ、街の色は変わり始め、教室の中はどことなく慌ただしくなりました。私の通う学校も、この時ばかりは楽しいだけじゃなくなります。
クラスの殆どは進学希望なので、普段は談笑している空き時間も、ノートや参考書と向かい合っています。
穂乃果ちゃんは、海未ちゃんのつきっきりの勉強会のおかげで、成績もぐんと上がり、目標の大学まで手が届く範囲になりました。昔っからやれば出来るんだよね。
そんな頑張り屋な穂乃果ちゃんは、机に突っ伏して、大きな溜息を吐き、疲れた声でぼやく。
「はあ……そろそろクリスマスだねぇ」
「何を言っているのですか。受験生にクリスマスなどありません」
にべもない海未ちゃんの言葉に、穂乃果ちゃんはがばっと体を起こした。
「ええ~!じゃあ、クリスマスパーティーは!?クリスマスプレゼント!は?クリスマスケーキは!?」
「ありません。成績が上がったからといって油断は禁物です。あなたはまだ合格ラインギリギリなんですよ?」
「うぅ……海未ちゃんの意地悪~……」
クリスマス……かぁ。
私の胸の中には、何とも形容しがたい感情が渦を巻いていました。
長かったような、短かったような時間……。
もうじきそれが終わりを告げようとしています。
私は……
「ことりちゃん?」
「どうかしたのですか?
「え?あ、何でもないよ。あはは……」
「「…………」」
いつの間にか2人からじっと見つめられいて、つい言葉に詰まってしまう……もしかして、バレちゃってるのかなぁ?
「ことり」
「ことりちゃん」
「な、なぁに?」
「……いえ、今はやめておきます」
「だね」
「……もう」
やっぱり、バレてる……。
私の考えている事なんかお見通しな二人に苦笑しながらも、頭の中にはただ一人がずっと浮かんでいた。
*******
その日の夜、彼から電話がかかってきた。
「……もしもし」
「今、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「その…………」
「…………」
「クリスマス、空いてるか?」
「ふふっ……その確認、昨日もしたよ。大丈夫」
「あ、ああ、悪い……つい、な」
「あの……」
「?」
「クリスマスイブに私の方からそっちに行っていいかな?」
「別にいいけど、どうかしたのか?」
「うん。出来るだけ、全部見て回りたいから」
「……そっか」
「じゃあ、また明日も電話するね」
短い通話が終わり、ぽっかりと穴が空いたような沈黙が、彼の忙しさを伝えてくる。
彼に倣い、私も当日に最後まで楽しめるよう、フランス語の勉強を再開した。
*******
クリスマスイブ当日。
駅の改札を抜けると、すぐそこに彼は立っていた。
いつもなら携帯を眺め、気怠げに待っている彼が、真っ直ぐにこっちを見ていた。
そのことが何だか嬉しくて、私はすぐに駆け寄り、その胸に飛び込む。彼は驚きながらもしっかり受け止めてくれた。
「っと…………元気だったか?いや、まあ、電話してたから、知ってるんだけど……」
こういうのにいつまでも慣れない、彼しいぎこちなさに、ついつい頬が緩んでしまい、背中に回した腕にも力が入る。しばらくこうしていたかった。
「……もしもし、ことりさん?そろそろ動きたいんですが」
「あったかいから、もう少しこのままで……」
「……そっか」
八幡君も私の背中に腕を回し、しばらくの間、周りの目も気にせずに、そのままでいた。
*******
やがて歩き出し、まず向かったのは、彼の通う総武高校だ。
去年の9月、私と彼が初めて出会った場所。
ほんのちょっとの気まぐれが生んだ、忘れられない大切な出会い。
「懐かしいね。あの時以来、かな?」
「まあ、二人で来る機会なんてなかったからな。それに、この前みたいなのがないかぎり、デートで学校に行こうとは思わんからな」
「ふふっ、そうかも。でも、放課後に校門の前で待ち合わせとか、一回くらいしてみたかったなぁ♪」
「いや、家にいてくれたほうが真っ直ぐ帰れるから楽でいい」
「あー、八幡君らしい答えだね」
「まあ、何つーか、ほら……すれ違ったりしたら困るだろ?」
「はいはい。そういうことにしておくね」
「……入ってみるか」
「え、大丈夫なの?」
「まあ、こっそり入るくらいなら」
「ふふっ、まあ八幡君がそう言うなら信じるよ」
彼の後をついて行き、裏庭側の壊れた門を開けて中に入ると、そのまま人目につくことなく、校舎へと侵入できた。
「ほ、本当に見つからなかったね……」
「まあ、ボッチ生活慣れるとこういう技が身につくからな、お互いに」
「……今、さり気なく私までボッチ扱いされたような気が……しかもあんまり関係ないよね」
「こっちだ」
「あ、うん!」
*******
「わぁ、こんな眺めだったんだね」
あの時は景色を見る余裕なんて全然なかったからなぁ。
まだ夏の名残が残っていたあの時とは違う、冷たい風が頬を撫で、改めて彼との出会いから時間が経った事実を思い知らされる。
総武高校の屋上から見下ろす千葉の街並みは、どこかクリスマスの賑わいに染まっている気がした。
そして、八幡君の方から口を開く。
「……ありがとな」
「え?」
「いや、何つーか……お前が声かけてくれなかったら、今こうして一緒にいないし……」
「ど、どうしたの?ふふっ、今日の八幡君……なんだか可愛い♪」
「…………ほっとけ」
彼はぷいっとそっぽを向いたけど、耳まで真っ赤になってるから、あまり意味はないみたい。
「八幡君」
「?」
「こっちこそ……ありがと」
「……別に、俺は何もしてない。座ってただけだし」
「照れてる?」
「つ、次行くぞ」
「ふふっ、はいはい♪」
こうして、私達はじっくりと千葉での思い出を辿り、新しい思い出を刻んでいった。
*******
彼の家に着く頃には、もうすっかり暗くなっていた。
小町ちゃんが気を利かせてくれて誰もいない状態の家は、ひっそりと静謐な空気が流れていて、そこに入り交じるように、何かが起こる前兆のような雰囲気があった。
私は彼と手を繋いだまま、二階へと一歩一歩上がっていく。
久しぶりに見た部屋は、記憶の中のままだった。
胸に宿る決意に身を任せた私は、ゆっくりとコートを脱ぎ、ペンダントを外し、彼に向き直る。
「……本当にいいのか?」
「うん。最初から決めてたから」
「……わかった」
彼は切ない目で頷き、私をゆっくりとベッドに横たえ、灯りを消す。真っ暗な部屋の中にベッドの軋む音がやけに大きく響き、世界に二人だけしかいないような、甘くほろ苦い気分になる。
「八幡君」
「?」
「……キスして」
火照りに身を任せ、彼と少し乱暴に唇を絡ませる。
つぅっと糸を引くくらいに、互いの温もりを押し付け合い、熱い眼差しをぶつけ合う。
窓の外、星も月も見えない夜空は、いつからか窓の外に雪を降らせ続けていた。
そんな清らかな夜に、二人はただ口づけ合い、やがて一つになった。