ことりの家に戻った俺達は、シャワーを浴び、そのまま同じベッドで眠った。特に何をするでもなく、家に帰り着いたら、そのままベッドに寝転がり、他愛ない話をしている内に眠りに落ち、二人で朝を迎えていた。
今までのどんな朝の陽射しよりやわらかかったが、風は少し冷たく、寝起きの頭の中はあっという間に覚めてしまった。
「……朝、か」
隣に目を落とすと、ことりはすやすやと安らかな寝息を立てていた。
その柔らかな頬に手を触れると、気持ちよさそうに頬を緩めた。
こんな朝も……いや、今は考えなくてもいいだろう。
しばらくそうしていると、ことりが頬をもごもごさせ、うっすらと瞼を開いた。
「ん…………はちまん君?」
「……おう」
彼女はゆっくりと起き上がり、女の子座りになり、とろけるような笑顔を向けてきた。まだ意識が半分くらい夢の中にいるみたいだ。
「ん~……ふふっ、おはよ~♪」
「おはよう……」
さらさらの髪をわしゃわしゃ撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、されるがままになっていた。この子、また寝ちゃいそうなんですけど……。
「ねえ、八幡く~ん……」
「どした?」
「…………ん」
ことりは目を閉じ、ヒナ鳥のように唇をこちらに向け、何かを待っている。
その何かはすぐにわかったので、そっと彼女に近づき、唇を重ねる。
それだけで、幸福の色をした朝の光に、そのまま溶けていきそうだった。
*******
身支度を整えて部屋を出ると、リビングのテーブルには、メモが1枚置かれていた。
『昨日はお楽しみだった?』
「「…………」」
差出人は言うまでもない。
二人して苦笑しながらメモを見つめる。
「もう、お母さんったら……!」
「……もしかして、学校に忍び込んだのも知ってるかもな」
「うん……そんな気がしてきた」
「まあ、いいんじゃねえの?たまには羽目を外せってことだろ」
「そうなのかなぁ?」
「ああ。うちの家族が俺が遅刻しそうでも起こさないのとか、きっとそういうメッセージが込められてんだろうし」
「それは違うと思うけどなぁ」
話している内に、今日やりたい事が頭の中にふわふわ浮かんできた。
「なあ、ことり。その……一応聞くが今日は空いてるか?」
「うん、もちろん!」
「じゃあ…………行くか」
「うん……」
*******
今日は特に行き先を決めずに、思いついた場所を散策してみることにした。
思い出をなぞるように、見覚えのある道を歩き続けた。
「……ここ、結構歩いてるよな」
「二人で手を繋いで走った事もあるよね」
「ああ、何でかわからんけど……あっちの方賑やかだな」
「じゃあ、行ってみる?」
「……ああ」
秋葉原の中心地では、何やらイベントが行われているらしかった。
街は色とりどりの飾りつけで華やかに彩られ、コスプレをした人々があちこちにいた。
「ベル君、ベル君!あっちの建物に入ってみようぜ!」
「か、神様、危ないですよ!ここがどこかもわからないのに!」
「はあ……ヘスティア様の様子からして、多分心配ないというか、あの方が何か知ってる気がするのですが」
「まあ、そう言うなリリスケ。主神様がああいってるんだから、俺達も付き合うしかないだろう」
「何故でしょうか。この街には懐かしい感覚が……」
「私も同じですわ……」
やたら気合い入ったコスプレイヤーを横目に、いつもと違う秋葉原の街を2人で並んで歩く。
そこで、ことりが何か思い出したように、「あっ」と言いながら手を叩いた。
「そういえば、今日はμ'sのメンバーがイベントに参加してるよ」
「多分、あれじゃないのか?」
「あっ、本当だ!」
路上のステージでは、μ'sの1年生……今は2年生か……メンバーが、ハロウィンっぽい小悪魔や天使のコスプレをして、歌い踊っていた。
「皆、可愛い♪」
「出なくてよかったのか?」
俺の言葉に応えるように、ことりはぎゅっと手を握り返してきた。
「今は……ここにいたいかな」
「そっか」
普段なら顰め面で通り過ぎるような賑わいも、彼女と一緒なら、ゆっくり観ていられる。自分の中で知らず知らずの内に作り上げていた壁も飛び越えていける。
パレードは陽が傾くまで続き、空の向こう、遥か彼方まで、祭りの音を響かせていた。
*******
空が朱く染まり始めた頃、俺達は駅の改札にいた。
「来てくれてありがとう」
「いや、俺が来たかっただけだから」
「ふふっ、八幡君からそんな言葉聞ける日が来るなんて思わなかったよ」
「……それに関しては否定しない。まあ、こういうこと言う相手がいるからだろ」
「……ありがと。私も一緒だよ」
「…………」
「…………」
訪れた沈黙は別れの合図のように思えた。
「じゃあ、また……」
「うん、またね……」
改札を通り抜け、エスカレーターに乗り、彼女を振り返る。
彼女はさっきと同じように、真っ直ぐに俺を見ていた。
どちらもずっと見つめ合っていた。
お互いに見えなくなるまで見つめ合っていた。
見送るのは、これで最後だから。
こんな風に笑顔で別れられるのは、これが最後だと心のどこかで気づいていたから。