「…………」
「八幡君、もしかして帰ろうとか思ってない?」
「……んなわけあるか。上手く人混みに飲まれずにやり過ごす方法を考えてただけだ」
「あはは……無理じゃないかな?」
今年も大盛況の花火大会は、うっかり回れ右したくなるくらいに人で溢れかえっているが、ことりの手を握っていると、不思議とそんな気持ちも薄らいでいく。
すっかり日は沈み、あとは花火が上がるのを待つだけだが、その前に海で約束したことを果たしておきたい。
予定を詰めすぎかもしれないが、今の二人に大事なことは、思い残しのないようにすることであり、それが精一杯でもあった。
「んっ……あま~い♪」
ぼーっと考えていたら、ことりが俺の持っている綿菓子に、はむっとぱくついた。
……何この可愛い生き物。
「なあ、ことり……」
「何かな?」
「……いや、何つーか、今の……すごい、可愛かった」
「えっ?あ、そう……かな?……ありがとう」
思ったことも一つ残らず全て口にしたかった。
でも、それは……本当に言いたいことを隠そうとしているだけのように思えてしまった。
「八幡君、そんな顔しないの」
「え?」
「楽しもう?」
その後、金魚すくいや射的をしたり、適当に歩いたりして、祭りの空気に溶け込んでいたが、胸の中に湧いた不安のような感情を押しとどめることはできなかった。
『楽しもう?』
そう言った彼女の瞳が、寂しげに揺れていたから。
*******
そうこうしている内に花火が上がり始めた。
色とりどりのそれが、夜空で幾つも咲き乱れ、誰もが一様にその輝きに見とれている。
俺はことりの後ろに立ち、ぼんやりと見上げていた。
「何でかなぁ……」
「?」
「これまで見た花火とどこがどう違うかはわからないけど……これまで見たどの花火より、綺麗で、輝いてるよ」
夏の生温い夜風が吹き抜ける中、彼女はゆっくり振り向いた。
長い髪が揺れ、甘い香りがふわりと運ばれてきて、灰色の粒子がきらきらと明滅する幻想を見た。
多分俺は、夢と現実が混ざり合う瞬間の中にいる。
そのぐらい彼女の笑顔が綺麗すぎた。
そして、儚すぎた。
気がつけば、俺はことりを抱きしめていた。
「は、八幡君……」
「…………」
戸惑いの声も、やがて落ち着いた吐息に変わっていく。
それだけで不安が拭われていく気がした。
そして、最後にひときわ大きな花火が夜空に咲き、ちらほら歓声が上がる。
それと同時に、どちらからともなく口づけていた。
「…………ん」
「…………」
これまでに感じたことのない甘い感触で頭の中が満たされる。
目を閉じていても、彼女のことが手に取るようにわかる。
胸の高鳴りや周りの喧騒すらも心地良い。
恋人じゃない二人が初めて交わしたキスは、止めどなく溢れる涙の味がした。