「八幡君、はやくはやく!」
「お、おう……」
八幡君の手を引き、海へと駆け出す。声が弾んでいるのは、さっきまでの恥ずかしさを誤魔化したいのもあるけど……。
足が海水に入ると、予想していたよりも冷たく感じた。
「……結構気持ちいいな」
「うん……えいっ♪」
「っ!」
腰ぐらいの深さになったところで、彼に真正面から思いきり抱きつく。予想外だったのか、彼は仰向けに倒れた。
起き上がると、彼はお風呂に入るみたいに肩まで浸かったまま、こちらを見上げてきた。
「……いきなりだな」
「いきなりだよ?」
「……なんか、このまま沈んでいきたい気分だ」
「私ごと?」
「それも悪くない、かもな」
「う~ん、どうしよっかなぁ~。私まだやりたいこと沢山あるし」
「例えば?」
「この後、お祭りで綿菓子を食べたり、たこ焼きを食べたり……」
「さり気なく食べたい物リクエストしてきたな」
「ふふっ、ばれちゃった?」
「ああ、これ以上ないくらいに」
「まだあるよ。射的や金魚すくいとかしてみたいかも」
「結構アクティブだな」
「スクールアイドルですから」
「……確かに」
「それに……やっぱり花火も見たいなぁ。できるだけたくさん」
「…………」
「それでね、一回限りの瞬間を何度でも胸に刻み込むの。そして、どこまでも持って行くの。この瞬間はずっと残るんだって……大事な温もりと一緒に……」
「……そっか、そりゃあ全部やっとかないとな。まずは……」
彼は立ち上がり、私を正面からしっかり抱きしめた。
その胸元から、彼の鼓動を確かに感じることができた。
「さっきのお返しに、この瞬間も刻んどいてくれ」
彼は私を抱きしめたまま、何かを決心したように息を吐き、私の額に口づけた。
彼の言葉も温もりも僅かな水しぶきも、私はまたしっかり刻みつけた。
*******
海をあとにした私達は、夏祭りに向かう前に、一旦彼の家に立ち寄った。
「あ、ことりさんいらっしゃ~い♪」
「こんにちは、小町ちゃん。カマクラちゃんも♪」
ついつい小町ちゃんの頭を撫でていると、カマクラちゃんも足元にすり寄ってきたので、喉元をころころ撫でてみる。すると「ニャ~」という可愛らしい鳴き声を披露してくれた。
「カー君もことりさんに会えて嬉しいって」
「ふふっ、ありがとう♪」
「今日はお兄ちゃんをよろしくお願いします」
「いや、俺は子供かよ」
「うん、任せて」
「お願いされちゃってるし。じゃあ、俺の部屋使っていいから」
「うん、お邪魔します」
私達がここに来たのは、夏祭りということで、浴衣に着替えるためだ。八幡君、どんな反応してくれるかなぁ。
階段を上がり、彼の部屋に入ると、窓の外の風景がとても切なく思えた。
……もう、陽が傾いてる。
その何のことはないありふれた風景は、でもこの場所からしか観れない風景は、秋の予感を早くも感じさせた。