「…………」
「…………」
電車を降り、駅を出て、人混みの中で並んで立ち止まる。
思考回路がある一つのことに囚われて、それ以外の考え事を遮断してしまっている。
今さっきの……もう少しずれてたら……。
彼女の柔らかな唇の感触が、じんじんと胸に焼き付いて、鼓動を加速させていく。いつもの冷静さを取り戻したいところだが、自分の惚れた女と……なんて考えると、舞い上がるなという方が無理だ。
何とか首を動かし、隣を見ると、ちょうどバッチリ目が合った。
慌てて前を向こうとするが、男としてはこのままではいけないと思い、声を絞り出した。
「……だ、大丈夫……だったか」
「え?あ、うん……」
「その……悪かった」
「……あ、その……だ、大丈夫だよ!むしろ、ずっと守ってくれて、ありがとう!きつくなかった?」
「別に、大したことじゃ……ないから」
「…………」
「…………」
ことりのほんのり紅い頬を見ながら、恐る恐る手を差し出す。
差し出された手を見て、しばらく彼女はキョトンとしていたが、やがて微笑みと共に、また手を繋ぎ合った。
「八幡君」
「?」
「さっきのも……忘れないでね」
「…………ああ」
*******
歩いている内に、徐々に気持ちも落ち着いたので、何か閃いたことりの案内に従い、ぽつぽつ会話をしながら目的地へと進む。
5分ほどしてから、俺達は少し古びて見える建物の前に辿り着いた。
「映画、か」
「うん。最近全然観れなかったから」
「そういや……俺も観てない」
多分、葉山や折本達について行った時以来だろうか。最近はDVDを借りてもいない。小町が受験だったので、自然と遠慮してしまい、そのままだったのだろう。
「ここ、そんなに混まないから、前はよく来てたんだぁ」
「へえ……つーか、お前って結構、一人で行動すること多いんだな」
「う~ん、そうかなぁ?」
「もしかしたら、お前もボッチの才能が「ないよ」お、おう……」
今、スカウターが壊れんばかりの圧力を感じたのだが……。
ことりはすぐにいつものやわらかな笑顔を向けてきた。
「八幡君はどんな映画が好き?」
「特にジャンルの選り好みはせんが、あまり音がでかいと、周りが引くぐらいに驚いてるらしい」
「そ、そうなんだ……」
「つーか、今はどんなのが公開されてんだ?」
わくわくしながら、壁を華やかに彩るポスターに目を向けてみる。
『スミレスマイル』
『ぼっちフレンズ』
『アイスクリームガール』
『ぼっちキャンプ』
とりあえず……何も言うまい。
映画のチョイスはことりに任せることにした。
何を観たかは想像にお任せする。
*******
「……やべ。意外と涙腺が」
「う、うん……ハンカチ、いる?」
「……いや、大丈夫だ。何とか、こらえた」
「面白かったね~」
ぶっちゃけ物語の中に入り込みすぎて、映画館で手を繋ぐとか、そんなお約束を二人して忘れてしまった。い、いや、別に狙ってたわけじゃないけどね?
ことりはハンカチで目元を拭い、俺の前に立ち、上目遣いを向けてきた。
「八幡君、次はどうしよっか?」
「……ちょっと待ってくれ。まだ頭の中の切り替えが……」
深呼吸をして、気持ちを静める。
そこで、またまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「くぅ~……泣ける!泣けるなぁ!別に休日に一人だからとかじゃなく、泣ける映画ばかりだなぁ……」
「…………」
ええと、あの方は……うん、そうですよね。独神と呼ばれるあの方ですよね。
『なんでここに先生が!?』という疑問がより前に、またことりの指に自分の指を絡める。
「……悪い、ことり。また走るぞ」
「ふふっ、大丈夫だよ♪」
俺とことりは、映画館から駆け出し、また気の向くままに
先生……くっ……誰か、早くもらってやってくれよぉ~……。