「では、行こうぞ!八幡よ!」
「へいへい」
材木座からなるたけ距離をとりながら、それでも一応、後を追って店に入る。いや、だってこいつ秋葉原でも悪目立ちするんだもん。ホームグラウンドで悪目立ちとかどういう事だよ。ちなみに今、俺達が入ろうとしている店は……
「おかえりなさいませ、ご主人様♪」
「うむ、今帰ったぞ」
恭しく頭を下げるメイドさんに、無駄にでかい態度で応じる材木座。無論、かなりうざい。メイド歴の浅い新人なら、きっとうっかり舌打ちしてしまうだろう。俺も心の中でしてしまった。
ひとまずメイドさんに案内された席に座り、メニュー表に目を通す。なんでも今日はこいつの奢りらしい。というわけで、 わざわざ交通費まで出したんだから楽しもうじゃないか。
「で、何でわざわざ秋葉原まで来たんだ?」
こいつと二人で並んで電車に乗るなんてシチュエーションが訪れるとは……。
「ふん。文化祭以降、吹雪のような寒々しい視線にさらされている貴様を元気づけてやろうと思ってな」
「…………」
何……だと……。
目の前にいる中二病オタクが材木座かどうかを疑ってしまう。あれ?材木座ってこんなにいい奴だったっけ?
「剣豪将軍さま~」
さっき案内をしてくれたメイドさんが、営業スマイルで、こっちにやってきた。
「お友達紹介の特典になりま~す」
材木座は何かをやり遂げたような達成感のある表情で、メイドさんとの2ショット券とやらを受け取った。
「…………」
「…………」
あ、やっぱり材木座だわ。爆発すればいいのに。
「ご注文はお決まりになりましたか~?」
「あ-、この『メイドさんの手作りオムライス』と『メイドさんの魔法がかかったケーキ』と……」
「お、おい、八幡?」
「安心しろ。お前の奢りだから」
「い、いや、何いってんの、お前?じょ、冗談だよね?いや、言ったけど、常識の範囲内って言葉知ってるよね?」
慌てふためいた材木座は素に戻る。
その表情に免じて、あと一品何を頼もうかと考えていると、ミニライブ用の小さなステージから声がかかった。
顔を向けると、小柄で元気良さそうなメイドさんがマイクを握っていた。
「それでは、久々に当店人気ナンバーワンメイド・ミナリンスキーさんのご登場です!」
ナンバーワンってキャバクラかよ、キャバクラ行った事ないけど、と思っていたら、ステージにメイドが現れ、周りから歓声が上がった。
「お帰りなさい、ご主人様♪ミナリンスキーです!」
「……なっ!?」
「…………!」
現れたのは、約2週間前に屋上で出会ったサイドポニーの謎の女子だった。
向こうもこちらに気づいたように思えたのは、気のせいではないはずだ。
しかし、それでも彼女は挨拶を続けた。
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ミナリンスキーさんは、一つ一つのテーブルで立ち止まり、客に丁寧に挨拶していく。
5分くらいかけて周りのテーブルに挨拶して回って、それから俺達のいるテーブルにやってきた。
材木座は腕を組んで平静を装ってははいるものの、緊張の極みのようだ。汗をかきまくり、暑苦しいことこの上ない。
しかし、特に気にした風もなく、彼女はニッコリと笑顔を浮かべた。
「おかえりなさいませ、ご主人様♪」
ミナリンスキーさんは、この前と同じ甘ったるい声で、メイドさんお決まりの挨拶をした後、俺の方へ小声で囁いた。
「久しぶりだね」
笑顔と声と同じような甘ったるい香りを残し、彼女は別のテーブルへ向かっていった。