「……なんつーか、申し訳ない……」
「うん、いいよ♪」
何とかママライブの拘束から逃れた八幡君を連れ、私の部屋に逃げ込むなり、彼は頭を下げてきた。
そこまでしなくてもいいんだけどなぁ……悪いのはお母さんなんだから。本当にママライブ、恐るべし……だなぁ。
自分の母親の色んな意味での凄さを思い知った私は、ベッドに腰を下ろし、隣をぽんぽん叩き、彼に隣に座るよう促した。
「…………」
「どうかしたの?……あ」
彼は躊躇う素振りを見せ……そこで私も気づいてしまう。
……ど、どうしよう。ここ……私の部屋だよぅ……。
つい勢いで連れて来ちゃったけど……ち、散らかってないよね?普段からこまめに掃除はしているけど、何でだろう……普段は気にならないような些細な事が気になって仕方ない。
「八幡君」
「?」
「その……ちょっとの間でいいから、目瞑っててくれない?」
「……どうかしたのか?」
「どうしても、だよ?」
「お、おう……」
比企谷君が目を瞑ると同時に、私は室内を見回す。
洗濯物は……うん、大丈夫。
机の上は……作業の途中で、ちょっと散らかってるけど大丈夫。
床は……ローラーはどこだっけ?
押し入れは……ちょっとまずいかも。μ'sの衣装に使った生地の余りでごちゃごちゃしてるから。
「なあ、ことり……」
「ダ、ダメだよ八幡君!目を開けたら……大変なことになっちゃうよ!」
「……どんなだよ」
「え~と……二度とMAXコーヒーが飲めない体になっちゃうよ!」
「お、おぉう……」
「あと……二度とラーメンが食べられなくなっちゃうよ!」
「……ま、まじか……」
「それと……留年して、妹の小町ちゃんが先輩になっちゃうよ!」
「想像を絶することばかりじゃねえか……え、何?今そんなに非常事態なの?」
「そ、そうだよ!だから絶対に目開けちゃダメだよ!」
「……了解」
*******
ふう……やっと綺麗になった……。
つい片付ける予定のなかった机の上まで片付けていたら、30分くらい経ってしまいました。普段はきちんと片付けているんだけど……。
八幡君は、その間ずっと律儀に目を瞑って待ってくれていて、今も微動だにせず、じっと堪えている。
「…………」
「…………」
目を瞑るだけで、幼いというか何と言うか……ちょっと可愛いかも。あの目つきも好きだけど、これはこれで……。
何となく顔を近づけてみる。1センチ、2センチ……。
気がつけば、彼と吐息が混ざり合うくらいに近づいてしまっていた。
わわわ……さ、さすがにこれ以上は……
「…………」
「…………」
彼が目を開けた。あ、当たり前だよね……。
キョトンとしていて、目をぱちくりさせている。
そして、すぐに状況に気づいた。
「……こ、こ……」
「え?あ、え、その……」
目の前の八幡君の顔がみるみるうちに真っ赤になる。彼は口をパクパクさせ、何か言おうとしていたけど、言えずにいた。
私も途端に胸が高鳴り始め、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて顔を離し、飛び退いて距離をとる。
彼も真っ赤な頬をかき、気まずそうにあさっての方向を向いて、立ち上がった。
「いや、その……もう今日はもう寝るわ」
「……待って」
私は彼の袖をつまみ、その場にとどめた。
手じゃなくて袖にしたのは、直接触れたら何かが抑えられそうにないから。そして、それでも手を伸ばしてしまうくらいに、私は……もう……。
彼はゆっくり振り向き、優しく尋ねてくる。
「……どした?」
「ここにいて……もう少し、あと少し、お話し、しよ?」
静まりかえった部屋の中に、チクタクと時間を刻む音が響いていたけど、その音はやがて、私の耳から遠ざかっていった。