捻くれた少年と健気な少女   作:ローリング・ビートル

11 / 71
睡蓮

「本当に送ってもらっていいの?」

「……ああ。別に大した手間じゃないし。あと帰るついでだし」

 

 帰り道。ちらほらと聞こえてくる人々のささやかな賑わいを聞きながら、すっかり輪郭をなくした街並みを歩く。

 夜空にくっきり浮かんだ丸い月が、不揃いの影を照らしながら、沈んだ太陽の光を夜の世界に伝えていた。

 

「あの……」

「……どした?」

「不思議だよね。私達がこんな風に歩いてるのって」

「……ああ、まあ……確かに」

 

 比企谷君はこちらには目を向けずに、スローテンポな相槌をうつ。

 その横顔を見ながら、何となく話題を変えてみた。

 

「比企谷君は来年は受験どうするの?」

「家の近くの大学受けようと思ってる」

「そっか。どこにするのかは、もう決めてるの?」

「いや、まだだ」

「そうなんだ」

「…………そっちは?」

「え、私?」

「他にいないだろ」

 

 彼から質問されるとは思ってなかったので、つい焦ってしまう。のろのろと走る車が私達を追い抜き、その音が完全になくなったと同時に、私は口を開いた。

 

「私ね。卒業したらパリへ留学するんだ」

 

 自分が思うより、ずっとスムーズに言葉が出てきた。

 

「……そっか」

 

 彼は視線も表情もさっきと変わる事はなく、歩くペースも私と同じままだ。

 こうしている内に、京都の夜は一秒ずつ深まっていく。

 しばらく沈黙が続きそうな気配がしたけど、その雰囲気から抜け出すように、彼は自動販売機で缶コーヒーを2本買った。

 

「……ほら」

 

 その内の一本を差し出してくる。

 

「あ、ありがとう」

 

 温かい缶コーヒーを受け取る。その温もりがすぐ手に馴染んできて気持ちいい。

 

「京都って何でMAXコーヒーないんだろうな」

「……あ、甘党なんだね」

「人生は苦いからな。コーヒーくらい甘くていい」

「あはは……体、壊さないようにね」

「安心しろ。俺の体の半分はMAXコーヒーで出来ている」

「手遅れって事かな?」

 

 何故だかわからないけど、さっきより打ち解けた気がしている。

 ……MAXコーヒー、久しぶりに飲んでみようかな。

 

「送ってくれてありがと、比企谷君」

「別に。帰るついでだ、つったろ」

 

 それは嘘だと思った。

 彼は今から引き返さなくてはいけない。多分、私に気づかれないようにそうするつもりだと思う。しかも、彼は修学旅行でこの街に来ている。帰ったら先生に怒られるかも……。

 

「じゃ、行くわ」

「あ…………」

 

 理由もわからぬまま彼の制服の袖をつまんでしまう。それに驚きながらも振り向いてくれた。

 

「…………」

「…………」

 

 お互いに何も言葉を発さない。ただ見つめあっていた。月が少し雲に隠れて、また少し暗くなったように思える。そのおかげで、表情が見えすぎない事に安心してしまう。

 どうしよう。何か言わなきゃ……。

 無理矢理何か一言でも搾り出そうとしたその時……

 

「ことり、どうしたの?」

 

 耳によく馴染んだ声が聞こえてきた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。