そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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読んでくださってる方、お気に入り登録してくださってる方、ありがとうございます。

今回は


この先オリジナル注意!!  です

この「幕間」は、読まなくても一応お話はつながります。ただ、読んでおくと、本編の留美が、どういう子なのか、少しだけ理解できます。



話は、オリキャラばかりで進むので、そういうのが苦手な方はバックでお願いします。


幕間 ① 青い世界

 

  将来の夢

          四年二組  鶴見 留美

 

 私のお母さんは、洋服のコーディネートをする仕事をしています。洋服や、靴や、バッグ等を、たくさんの中から選んで、とてもおしゃれでかっこいい組み合わせを作ります。それを、雑誌の、ファッションの記事にするのです。

 同じ洋服でも、組み合わせによって、おしゃれになったり、かっこ悪くなったりするので、とてもかっこいい組み合わせを見つけるお母さんはすごいと思います。

 この前、お母さんのお友達のところで、仮ぬいのモデル、というのをさせてもらいました。ばらばらに分かれている服を、私の体に合わせてまち針と糸でとめていくと、たった五分ぐらいですてきな洋服になりました。それを写真にとります。三着くらいやりました。

お母さんや、お母さんの友達に、「留美ちゃん、似合うね」と、ほめられて、とてもうれしかったです。

 私は、おしゃれでかっこいい洋服が好きです。組み合わせを考えるのも楽しいです。だから、私は大人になったら、洋服を作る仕事か、お母さんのように、洋服の雑誌を作る仕事がしたいです。

 

 

 

 

 ***********

 

 

 

「留美ちゃんは、さっきの作文、なに書いたの?」

 

「んー、お母さんの仕事のこと書いて、あとは、洋服の仕事がしたいです。っていうかんじかな。 泉ちゃんは?」

 

「わたしは、絵の練習と勉強をいっぱいして、おじいちゃんの絵をみんなに紹介出来るようになりたいって書いたよ」

 

「紹介? 『おじいちゃんみたいな画家になりたい』 じゃ無いの?」

 

そう聞くと、泉ちゃんは、びっくりした顔でかぶりを振って、

 

「無理だよぉー。 画家にはなってみたいけど、おじいちゃんみたいってのは、さすがに無理」

 

「そうなの?」

 

「うん。 えへへ」

 

 泉ちゃんのおじいちゃんは、私は知らないけど結構有名な画家さんらしい。泉ちゃんは小さい時からおじいさんに絵を習っていたという。

 そのおかげか、泉ちゃんが図工の時間に描く絵は、いつも特別な存在感を放っていた。奥行きがある、絵に広がりがある、なんというか、「一枚の画用紙の中に小さな世界がある」みたいな感じで。

 

「でも、紹介って言っても、どんな仕事? 雑誌とかで記事書くとか?」

 

「えっとね、がくげいいん、って言って、美術館とか博物館とかで展示物を管理するお仕事があるんだって。 だから、わたしはそれになりたいって」

 

 そう言う泉ちゃんの顔は、何だかとてもほこらしげだった。

 

「……それで、なんだけど」

 

「何? 泉ちゃん」

 

「留美ちゃん、今度の土曜日、何か用事ある?」

 

「何もない、と思う。 一応お母さんに聞いてみないとだけど」

 

「もし大丈夫だったら、私のおじいちゃんの絵、一緒に見に行ってもらえないかな? なんか今、展覧会、みたいなのやってるんだって。 それで、もしよければ泉も友達連れておいでって、おじいちゃんが券くれて」

 

「……良いけど、それ、私なの? 愛ちゃん達は?」

 

 愛ちゃんと夏菜ちゃんは、泉ちゃんと幼稚園から一緒の子で、いつも一緒にいる。三人とも、どちらかと言えばおとなしい子たちだ。だから、泉ちゃんがさそうなら、まず彼女たちが先だろう。

 

「えっと、聞いてみたんだけど、油絵とか、あんまりよくわかんないからって……」

 

 そう言って彼女はちょっとしょんぼりしてしまった。自慢のおじいさんの絵を見せたかったのかもしれない。

 私は、逆に少し興味が出てきた。あれだけ絵の上手い泉ちゃんが、そこまで尊敬しているおじいさんの絵、見てみたいな。

 

「私、見に行ってみたい」

 

「ほんと!」

 

「うん。 今日帰ったら、行ってもいいか聞いてみる。土曜日だよね」

 

「うんっ。 一緒に行けたらいいなぁ……」

 

 

 ***********

 

 

 

 泉ちゃん――「藤沢 泉(ふじさわ いずみ)」という女の子と仲良く話すようになったのは、その前の年、三年生の五月くらいからだ。

 私の学校には、朝のホームルームから一時間目の授業まで十分くらい「読書の時間」というものがあって、みんな自分の好きな本を読んでいる。漫画は禁止だけれど、それ以外なら、小説でも、絵本でも、科学の雑誌とかでもいい。本は家から持ってくる人もいれば、図書館から借りている人もいる。

 私はその日、家から持ってきた文庫本の小説を読んでたんだけど、早く続きを読みたくて、休み時間にもその本を読んでいた。そしたら、

 

「あれ、その本……」

 

 隣の席からそう声をかけてきたのが泉ちゃんだった。もっとも、本人は、声をかけた、と言うより、思わず声が出ちゃった。という感じだったようだけど。

 

「何? この本、どうかしたかな?」

 

そう、私が尋ねると、

 

「あ、あの、ごめんなさい。 ……そのね、こ、これ」

 

そう言って彼女は、今彼女自身が読んでいたらしい本のブックカバーをはがしてみせた。

 

「あ! それ……」

 

「うん。だからちょっとびっくりしちゃって」

 

 そう、私と泉ちゃんは、隣の席で、お互いそれとは知らずに全く同じ本を読んでたんだ。

 

 それは、恩田陸(おんだりく)という作家さんの「夜のピクニック」という文庫本。小学三年生でこれを読んでる子はあんまりいないだろうな、と自分でも思っていたくらいだから、隣の席の子がその本を同時に読んでいた、という事に、私も本当に驚いた。

 

 ……それに、なんだかとっても嬉しかったんだ。

 

 彼女もきっとそう思ってくれたんだろう。それ以来、私達はいろんな話をするようになった。本の話が多かったけど、それ以外にも、家族のことや、お互いの友達のことも。

 

 ただ、それで私が彼女たちと一緒のグループになる、というようなことは無かった。いつも一緒に行動するわけでは無いけど、二人で話していると楽しくて、なんというかとても居心地がいい。そんな不思議な友達関係。

 

 泉ちゃんとは、大人になってもずーっと仲良しでいるんじゃないかな……なんて、この頃はそんな風にも思っていた。

 

 

 

 

  ***************

 

 

 

「お母さん、お帰りなさい。ご飯だけは炊いたよ」

 

「ただいま。ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった。今日は、ぱぱっとおかず作るから、ちょっと待っててね」

 

「うん、それは大丈夫。 あ、もうお風呂のスイッチいれよっか?」

 

「そうね、じゃあお願い」

 

 帰ってきたばかりで疲れているはずなのに、お母さんは椅子に掛けてあったエプロンを着けながらキッチンへと向かう。 

 

 ……私がもっと大人なら、もっとたくさんお母さんを手伝えるのに……。

 

 たまに私がそんな事を言うと、お母さんは、

 

「そんな事考えなくていいの。留美はまだ四年生でしょ、友達とたくさん遊んで、たくさんお勉強して、とか、そういうことのほうがずっと大事なんだから」

 

 なんて、笑いながらそう言う。

 

 

 

 **********

 

 

 

 現在の鶴見家は、母子家庭みたいな状況になっている。お父さんは元気だけど、いわゆる単身赴任中で、ここ最近一、二ヶ月に一回くらいしか家に帰って来れないでいる。以前の赴任先にいた時は、毎週末に帰って来れたんだけど……。まあ、一箇所に半年ぐらいしか居ないし、

 

『お父さんの次の赴任先が家に近いところでありますように』

 

と、今度神社でお願いしてきてあげよう。

 

 

 

 ***********

 

 

 

 いつも、向かい合ってごはんを食べながら、その日学校であったこととか、友達とどんな話をしたのかとか、いろんな話をする。なんてことない話でも、お母さんはとても楽しそうに聞いている。

 

「ねえお母さん」

 

「ん? なあに?」

 

「今度の土曜日、何も無いよね?」

 

「無かった、と思うけど、どうしたの?」

 

「クラスの、泉ちゃんて子が、一緒に絵を見に行こうって、その子のおじいちゃんが画家さんで、なんか、展覧会?するんだって」

 

「泉ちゃん……。 あ、あのおんなじ本読んでたって子か」

 

「うん。その子」

 

「良いじゃない。絵の展覧会。 あ、でも、場所どこ? 子供たちだけであんまり遠くは……」

 

「東京だって言ってたけど、泉ちゃんはお母さんが一緒に来るって」

 

「東京って言っても広いけど……。 でも、あちらのお母さんが行ってくださるっていうなら、お願いしちゃおうかな。 良いよ、留美、行っておいで」

 

「やった。ありがとうお母さん。 お土産買ってくるね」

 

「いや、東京に仕事しに行ってる私に東京のお土産って……」

 

「いいの。 こういうのは「気持ち」でしょ」

 

「……留美、あんたはまた子供っぽくない言葉ばっかり覚えて……」

 

 子供っぽくなくていいんだ。 ……私は早く大人になりたい。

 

 

 

 

 お母さんが仕事していることで、周りから色々と言われているのにはけっこう前から気付いていた。そのことで悩んでいる事も。

 自宅のパソコンで作業出来る部分が多い仕事とは言え、週の半分は江東区にある出版社に出勤してるし、時には遅くなることもある。お父さんがあまり家に居れないこともあって、おばあちゃんは、会う度に、「留美が可愛そうでしょ。十分生活出来てるんだから、無理しないでそんな仕事やめちゃいなさいよ」とお母さんを叱る。

 

 私は、それがたまらなく悔しい。仕事してるお母さんはすごくかっこいい。私のせいで、私が大人じゃないせいで、お母さんの仕事を、「そんな仕事」なんて言われちゃうのが悲しい。だから、私は早く大人になるんだ。

 

 私が、そんなことばかり言っているせいか、お母さんは、私が友達と遊んだり、出かけたり、という話になると本当に嬉しそうにしてくれる。私が……子供らしく、いつも元気で、たくさんの友達と仲良くしてる、「留美」でいればお母さんは安心して仕事を続けられる。

 

 だから、私は、いつも元気で友達たくさんの「留美」で居よう。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 ――土曜日――

 

 

 

「……あの、……ここ? え?」

 

「? どうしたの、留美ちゃん?」

 

 

 

 

 

 私、泉ちゃん、泉ちゃんのお母さん、の三人で電車に揺られてやって来たのは……、

 

 上野近代美術館 特別展Aホール、『(あお)の世界 ―― 藤澤誠司(ふじさわせいじ)展』

 

 海外でも「青の巨匠」「日本のムソク」などとして広く知られる藤澤誠司の代表作、ニューヨーク現代美術館所蔵の『苦悩(くのう)』、十五年ぶりの日本公開。他にも数多くの有名作品を揃え……。

 

 正面玄関横の、深い青色のボードにくっきりと真っ白い文字も鮮やかな、大きな大きな看板を見るだけでも、どれほど高名な画家なのかわかる。有名っていう話だけは聞いてたけど、こんなに凄い人だなんて知らなかった。

 唖然としている私とは対象的に、泉ちゃん親子は、慣れた様子で入場窓口に向かう。私もなんとか置いていかれないようについて行く。

 

「『苦悩』は、私も生で見るの初めてなんだ。ほんと楽しみ」

 

「なんか、すごいんだね」

 

 我ながら間抜けな感想だとは思うけど、それしか言葉が出てこなかった。

 

 常設展は後で見ることにして、先に今日の目的である、泉ちゃんのおじいさんの展示、企画展、『藤澤誠司展』の入場ゲートをくぐる。

 照明のやや落とされたまっすぐの回廊を抜けると、

 

 そこに、『苦悩』はあった。

 

 大きさは、畳三枚分程だろうか。暗い背景の上に、三人の男たちが描かれている。一人はうつむいて座り込み、一人は何かを嘆いているかのように右手で目のあたりを覆うようにして立ち、最後の一人は正面を向きつつも目をそらしている。

 そして、幾重にも、幾重にも塗り重ねて描かれた男たちは、髪も躰も全て青色。黒に近い暗緑色のような色から、この暗さの中では白にさえ見える水色に近い青まで、その濃淡と、一センチ以上はあるだろう、油絵具の塗り重ねの立体が、照明に照らされて濃い陰影を作り出している。

 

――圧倒的な存在感。私はその絵の前に立っているだけで足がすくみ、それでも目が離せないでいた。

 

 

 

「留美ちゃん」

 

どれくらい呆けて居ただろうか、泉ちゃんに呼ばれて、我に返る。

 

「うん……。 泉ちゃん。うん、すごい、ね」

 

「うん……、ほんとに。すごい」

 

 泉ちゃんは少し涙ぐんでいた。

 

 

 

 

 

 その後、順路に沿って館内を進む。『苦悩』ほどではなくても、それぞれに素晴らしい絵が並ぶ。そのほぼ全てが青い世界。

 

 面白かったのは、彼の若い頃の作品を集めた部屋で、ここだけは普通の(青色だけじゃない)風景画や、赤一色・黄色一色だけの人物画や、ブロンズ像まであって、こんなにすごい画家さんでも、昔は色々悩んだりしたんだろうな、と思ってちょっと楽しくなった。

 

 

 企画展の出口にあたる部屋に入ると、泉ちゃんが、

 

「おじいちゃん、来たよー」

 

 と言って駆け出した。

 

「こら、走らないの」

 

 彼女のお母さんがたしなめるが、泉ちゃんは聞いてない。その先で、車椅子に座った、でもどこかガッシリとした体格の、七〇歳ぐらいに見える男性がこちらに向かってニコニコしていた。すぐ横に二人、警護の人がついている。

 

「おお、お前たちか、来るのが今日なら連絡ぐらい……」

 

 そこまで言って、私に気が付いた泉ちゃんのお祖父さんは、

 

「おや、こちらのお嬢さんは?」

 

 そう彼女に聞く。

 

「私の友達だよ。おんなじクラスで、ほら、私と同じ本読んでた子」

 

「あ、あの、初めまして。鶴見、留美です」

 

「初めまして。泉の祖父で、絵描きの藤澤誠司といいます。今日は来てくれてありがとう」

 

 朗らかに右手を出されたので、思わず握手までしてしまった。なんか、あいさつの仕方までいちいちカッコイイおじいさんだなぁ。映画に出てくる外国人みたい。

 

「もしよろしければ、今日の感想などいただけないかな」

 

 藤澤先生がそう言うと、泉ちゃんは、

 

「私、『苦悩』、実物初めて見たけど、やっぱり写真とは迫力が違うねー。絵はさ、大きければいいってもんじゃないのは分かってるけど、あの大きさはそれだけでもうパワーだよ。私もあのくらい大きいの、描いてみよっかな」

 

そう言うと、

 

「あんな大きなの、家のどこに置くのよ……」

 

 と、泉ちゃんのお母さんは呆れている。

 

 私は、

 

「あの、上手く言えないですけど、『苦悩』 本当に感動しました。なんていうか、心の中に真っすぐ入ってくるみたいで……その……」

 

「うんうん。ありがとう。君たち位の子には『怖い』絵だってよく言われるんだけどね」

 

「えと、怖いって感じは無かったです。すごい迫力は有りましたけど……」

 

もう少し何か言わなきゃ……。 あ、そうだ。

 

「あと、先生の若い頃の作品で、あの、黄色い人の絵が、なんか可愛くて好きです」

 

私がそう言うと、藤澤先生は少しびっくりしたような顔をした後ニッコリと笑い、

 

「『憧憬(どうけい)』か。若い頃の(つたな)い作品を、好き、と言ってもらえるのは、なんだか面映(おもはゆ)いが、嬉しいものだね、ありがとう。留美くん」

 

 うっ……、やっぱり藤澤先生、いちいちカッコイイ。

 

 

 

 その後、泉ちゃんのお母さんに、私と泉ちゃんとで先生を挟んだ写真を撮ってもらった。

 

「泉にはいい友達が居るな。どうかこれからも泉と仲良くしてやってくださいね」

 

「はい、もちろんです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございました」

 

「あ、なんか留美ちゃん、あいさつがカッコイイ?」

 

 ふふ。先生に対抗して、精一杯カッコつけてみた。

 

 

 

 ミュージアムショップで、お母さんへのお土産にと何枚か絵葉書を買い、美術館を出る。

 空を見上げるときれいな青空。その青を見ても、『苦悩』の、鮮烈(せんれつ)な「青」の印象が薄れることは無かった。

 

 

 

 




 
以上、留美の過去編その一 でした。

本編では口数の少ない子ですが、決して暗い子では無いと思います。ただ、早く大人になりたいだけ、なのでしょう。

次回から林間学校編・後編です。



もしよろしければ、ご意見・ご感想などいただけるとありがたいです。

追記:美術館とかの名称は、わざと、です。「ディスティニーランド」的な。

11月7日 誤字とか修正しました。


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