そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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三話に分割しての投稿です。「最新話」から来た方は2話前よりお読み下さい。


鶴見留美は聖夜に願う⑥ 大切な友達③

 今日は衣装合わせの日。と言っても実際に衣装らしい衣装を着るのはデラ、ジム、髪用品店の女主人、の役の三人だけ。

 小学校が違うため、センターに着く時間はバラバラで、今日は私のほうが絢香達より先みたいだった。講習室の入り口で由比ヶ浜さんと一緒になる。

 

「やっはろ~ 留美ちゃん」

 

「ふふ。やっはろーです。由比ヶ浜さん」

 

 挨拶を返しつつ室内を見回すけれど、八幡は居ないようだ。由比ヶ浜さんは、

 

「今日は衣装合わせのやるんだっけ。エレベーターの手前の控え室だってさ。ヒッキーと沙和子ちゃんはもう行ってるよ」

 

 そう教えてくれてにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、そっち行ってみます」

 

 お礼を言って、そのまま同じフロアの控え室に向かう。

 

 控え室は複数あるんだけど、一番エレベーターに近い部屋のドアが開けっ放しになっていた。部屋の中を覗き込むと、書記さんの姿は見えず、

 

 ……八幡がしゃがんで、保育園児の女の子のほっぺを右手でむにむにとつついていた……。

 

 

 

「あ、はーちゃん、だれかきたよ」

 

「ん、 さーちゃん帰ってきたんじゃないのか?」

 

 八幡はそう言って、ほっぺむにむにを続けたままこっちを振り向く。

 

「おう、留美か。今日は早いんだな」

 

「うん。……じゃなくて、八幡何やってるの?」

 

 私に言われてようやく気付いたように女の子のほっぺをつつくのをやめる。

 

「いや、別にこれは……」

 

「あのね、じゃんけんに勝ったほうがつんつんできるの。……おねぇちゃんもやる?」

 

 女の子の方が嬉しそうに説明してくれる。あらためて見てみると、さらっさらの少し青みがかった髪を二つ縛りにした、整った顔立ちの非常に可愛らしい女の子だ。

 

「私は、その……」

 

「留美、紹介しとくわ。この子が保育園代表で留美たちと一緒に舞台に上がってくれる『けーちゃん』だ」

 

「かわさきけーか!……です」

 

 しゅたっ、と手を上げて名乗り、あとから思い出したように「です」を付けて、にぱっと微笑う顔がかわいい。

 

「こんにちは。私は、鶴見留美。よろしくね」

 

「るみ?」

 

「うん。そうだよ」

 

 けーか?ちゃん――けーちゃんは、何かを考えるようにじいっと私の顔を見る。そしてまたにぱっと笑うと、びしっと私を指差し、

 

「るーちゃん」

 

 と、得意顔で言う。

 

「え、『るー』?」

 

「ふっ、良かったな、留美。今日からお前は『るーちゃん』だ」

 

 八幡が言うと、けーちゃんは満足気に、

 

「うん。はーちゃんとるーちゃん」

 

 そう言うとまたまたにぱっと笑う。よく笑う子だなあ……。

 

「なあ、るーちゃん。悪いんだが少しけーちゃんのこと見ててくれ。もう少ししたらここに衣装が届くから。俺の方も多分そんなにはかからん。終わったらすぐ戻る」

 

「る……。八幡までるーちゃん言わないでよ、自分だってはーちゃんのくせに」

 

「大丈夫だ。けーちゃんと話してればすぐ慣れる」

 

 いや、それって大丈夫っていうのかな。

 

「まあ、とにかくちょっとだけ頼むわ。そのうち綾瀬たちも来るだろ」

 

「うん」

 

 

 

 八幡が控え室を出ていくと、けーちゃんが、

 

「るーちゃん、じゃんけんしよう」

 

 と言う。八幡とやってた遊びの続きって事なのかな。

 

「いーよ。どうやるの?」

 

「じゃんけんしてー、勝ったらほっぺつんつんするの」

 

「おっけー。じゃあ……、じゃん、けん、ポン!」

 

最初はけーちゃんの勝ち。

 

「えへへ。いくよー」

 

 けーちゃんは小さい指で私の頬をぐりぐりしてくる。痛くはないけどなんかくすぐったい。

 

「「じゃん、けん、ポン! あいこで、しょ!」」

 

 今度は私の勝ち。けーちゃんは負けたのに嬉しそうに顔を差し出してくる。私は彼女の頬をそっとつつく。

 ……うわぁ~~ なにこれ。スベスベしててぷにぷにしててすっごい気持ちいい……。小さい子のほっぺってこんなにさわり心地いいの? それともけーちゃんが特別なのかな?

 あまりの気持ちよさに、つい長めに触っていると、ドアのところからスッと誰かが荷物を抱えて入ってくる。

 

「けーちゃんゴメン。ちょっとおそくなっちゃった……って、あれ、アンタ、うちの妹に何してんの」

 

 総武高の制服を着た、目つきの鋭いポニーテールの美人さんに睨まれた。え、ちょっと八幡、こんなの聞いてないよ……。

 

「あ、あの……」

 

「はぁ?」

 

 うぅ、こ、怖い。この人ちょっと不良っぽいし……。

 

「さーちゃん!」

 

 けーちゃんは、てててっとその美人さんに駆け寄り、ぴとっとそのお腹に抱きつく。

 

「あのね、るーちゃんとあそんであげてたの」

 

 けーちゃんがニコニコしているのを見て、さーちゃん?さんは表情を緩める。けーちゃんの頭を撫でているその表情はとても柔らかくて、ついさっきとはまるで別人のようだ。

 ……でもけーちゃん、私と遊んでくれてたんだ……。

 

 ひとしきり妹の相手をして、彼女は、はっと思い立ったように顔を上げて私を見る。

 

「その、ごめんね。うちのが迷惑かけたみたいで」

 

「迷惑なんて……。けーちゃん、いい子でしたよ」

 

「うん! けーちゃんいいこ!」

 

 けーちゃんは、はいと返事をするように手を上げる。

 

「けーちゃん……。それで、アンタは? 比企谷がこっちに居るって聞いたんだけど」

 

「あ、私は鶴見留美です。デラの役で……。八幡はすぐに戻るような事言ってました」

 

 そう言うと彼女はちょっとびっくりしたような顔で、

 

「『八幡』……ね。ああ、アンタが由比ヶ浜の言ってた、『比企谷と仲良くし過ぎの小学生』か」

 

 仲良くしすぎって……由比ヶ浜さん、そんな事言ってるんだ。……ふふ。間違っても褒められてるわけじゃないのに、不思議と悪い気はしない。

 

「あたしは川崎沙希。この子の姉で、比企谷と由比ヶ浜とは同じクラスだ。今回は奉仕部の連中から劇の衣装を頼まれてね。……三人って聞いてるけど、あとの二人は?」

 

「もうすぐ来ると思いますけど、学校が違うのではっきりとは……」

 

「そう。じゃあ、とりあえずデラ用のは……」

 

 川崎さんがそう言って大きなトートバッグの口を開いたところで、絢香と中原さん、それに八幡と書記さんが入ってくる。

 

「留美、おまたせ~」「遅くなりましたー」と小学生二人。

 

「おう、川崎。今回はサンキューな」「先輩、お疲れ様です」と、こちらは八幡と書記さん。

 

「ま、アンタ達には色々と世話になったしね」

 

 そう言いながら川崎さんはバッグから服を取り出していく。

 

「これがデラ、で、ジム、女主人、と。資料見て、雪ノ下から預かった材料でそれっぽく作ってみたけど、あくまで即席の衣装だからね。裏地もなんにも無いから、中に何か着ないと寒いしゴワゴワすると思うから、それは注意して」

 

「「「はい」」」

 

「それからデラにはこれも」

 

 書記さんがそう言って取っ手の着いた少し大きめの紙袋を渡して来る。

 

「ウイッグ二つです。長髪と、それから髪を切った後用のショート」

 

 それを見て川崎さんが、

 

「あ、じゃあそっちからやってみようか。えーと、鶴見さん? ちょっと髪まとめるよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 その後、全員が衣装を着用。サイズが合わないところは仮縫いで止め、後は私用のウイッグ。まとめてピンで止めた髪の上から、ショートヘアの方をすっぽりとかぶってみて、ずれないように数か所ヘアピンで留めてもらう……完成。

 

「「「おお~~」」」

 

「すごーい。るーちゃんじゃないみたい」

 

「ホントだぁ。留美、明るい髪色でショートだと印象が変わるねぇ」

 

 姿見に映った私は、本当に別人みたい。髪はもちろん、衣装も『昔の外国の、粗末だけど暖かそうな冬服』にちゃんと見える。実際は表布一枚のペラペラなんだけど、とてもそうは見えない。ちなみに中には学校の体操服を着ている。

 

「ね、八幡……どうかな?」

 

「……ん。まあ悪く無いんじゃねーの。なかなか似合ってるしな」

 

 と、なんだか無難な感想。もうちょっと褒めてくれてもいいのに。

 

「比企谷さん、あたしは~?」

 

「おお、綾瀬は身長あるからか、男物似合うな……なんつーか、格好いい。うん」

 

 あれ、絢香はすごく褒められてる……なんだか面白くないなあ……。

 

 

 

 

 それから、衣装を着たまま演技の中で動きが大きい所を実際にやってみて、問題が無さそうかをみんなでチェックする。特に悪い部分はなさそうなので、後は川崎さん達に衣装の仕上げをお願いして、元の服に着替え、講習室に戻る。

 

 また、セリフの練習をして、少し休憩。ふと、資料かなにかの整理をしていたらしい八幡と目が合った。私は八幡の所に行き

 

「あれ、なんか用事?」

 

 そう聞くと、八幡は周りを気にしてか小声で言う。

 

「いや、用があったわけじゃない。ただ、やっぱいつもの髪の方が似合ってるなと思ってな。さっきのショートも良かったけど、俺はその髪型の留美のほうが好きだなと……」

 

「あ……う。す、好……」

 

 ちょっと待って、いきなり何言うのよ八幡……。こんな不意打ちずるい。もう……自分が真っ赤になっているのが分かる。……びっくりしすぎてなんだかくらくらしてきた。

 

 

 

「ひ、比企谷くん……。あなた、小学生の女の子に向かって何を言ってるのかしら」 

 

「ちょ、ヒッキー!」

 

「せんぱい……、いくらなんでもそれは……」

 

 八幡は小声で言ったはずなのに、しっかりと雪ノ下さんたち三人に聞かれていたらしい。

 

「へ?」

 

 八幡は、何のことだか分からない、というような顔をしていたが、

 

「あ、いや待て。今のは別にそういう意味じゃなくてだな、」

 

 やっと自分が何を言ったか気付いたらしい。慌てて言い訳するも手遅れみたい。

 

「そういう意味じゃ無かったらどういう意味なんですかー。せんぱいのロリコン、変態っ」

 

「だからちがうっつーの…………」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 

 そう、多分特別な意味なんてなにもない言葉。でも、私にとっては特別な言葉。胸のドキドキがいつまで経っても止まらない。

 

「るーちゃん、かお赤いよ。だいじょうぶ?」

 

 私が一人で悶えていると、こっちで川崎さんの仕事が終わるのを待っていたけーちゃんが心配そうに声をかけてくれた。

 

「ありがと。大丈夫だよ。けーちゃん」

 

 そう答えたものの、大丈夫……じゃあないかも。でも、感情をコントロール出来ない今の自分は、変に冷静だった自分より愛おしく感じる。誰かの一言、態度一つでこうも心を揺り動かされていることが……嬉しい。

 きっとこうして、少しずつこの心は育っていくんだろう。

 

 

 

 

 ちなみに、絢香は後日、けーちゃんにより、「あーちゃん」の名前をもらいましたとさ。

 

 

 

 

 

 




 分割ラストです。

 三話に分ける長さの割りには、あんまり大きな山のない話でしたね。まあ今回は、絢香、泉、川崎姉妹との細かい話でしたが、話は間もなくイベント本番に突入します。でも、原作だとここからさらに参加キャラがふえるんだよなあ。どこにスポットを当てるのかが悩みどころですねぇ。

 ご意見・ご感想お待ちしています。

 今回は、一話が長いとの意見で分割してみましたが、読者さんの反応次第で、次話からはまた元の長さに戻すかもしれません。そのあたりのご意見もいただければありがたいです。


2月26日 沙希の変換間違いを修正

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