マジ恋〜直江大和は夢を見る〜   作:葛城 大河

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少し無理やり感があったかな?
あとこの話が終わって次回からは大和君は中学生になります。
因みにこの話の大和君は、痛い言葉使いをしない模様。


第六拳 梁山泊事変

『梁山泊』────数多の豪傑たちが集いしこの別天地は、はるか昔に歴史からその名を消されたとされているが、実際は現代でも存続しており、今は傭兵部隊として活動している。その活躍たるや「歴史が動く時、常にその影に梁山泊の姿がある」というジョークまで生まれたほどである。

 

 

代々名前を受け継ぐ制度をとっており、名前と共に伝説として語り継がれる英雄たちの技も伝授され続けた。歴史の表舞台に立とうとせず、常に影で少数で動いてたからこそ現代でも「強さの純度」は高い基準で保たれている。世間で梁山泊は山賊やゴロツキたちの集まりだったというのが一般的な説になっているが、一度でも彼女たちの勇姿を見た者はその認識を改めるという────

 

 

川神鉄心著「遥かなる武の系譜」より。

 

 

 

 

 

 

 

─────砂塵が舞っていた。『梁山泊』内にある修練場は、何時もなら鍛錬をする少女たちが居る筈だが、今はそんな気配はない。視界を覆い尽くす程の砂塵が舞い上がり、所々から呻き声が響く。砂塵が晴れた時、そこにあったのは倒れ伏す少女たちである。誰もが立ち上がる事が出来ずに、倒れていた。伝説の英雄たちの技を使う彼女たちがだ。百八人全員が倒れているのだから、驚愕の事実だろう。

 

 

一体、なにがあったのかと問いたい程の光景だ。原因はすぐに分かった。ソレを遠くから見ていた黒髪をした幼い少女は、倒れている彼女たちの中心地に居る者に気付いた。黒髪の少女だけではなく、他の同年代の少女たちも気付く。

 

 

────少年だ。中心地に居るのは、自分たちと変わらない程の少年だった。彼は倒れる彼女たちに視線を向けたまま動こうとしない。すると、一人の少女が立ち上がった。その手に薙刀を持ち、射抜く程の鋭い視線を放つ。

 

 

「ま、まだ……よっ」

 

 

風を切り裂くように薙刀を振るい構える。その少女の名は『林冲』。卓越した薙刀の技を扱う者。薙刀を構え、全身から武威を迸らせる少女と、無言のまま構える少年。ソレを遠くから見詰める幼き少女たち。緊迫した空気に、少女────林冲は飛び出した。やはり、英傑たちの技を継ぐ者。その速度は並みの達人の比ではない。一瞬にして肉薄し、薙刀を高速に振るう。

 

 

だが、振るわれた薙刀は全てが少年に当たる事はなかった。半歩体をズラし、首を傾げる。たったそれだけの動きで、放たれる薙刀の一撃を全て躱してみせる。しかし、それだけでは終わらない。振るわれ続ける薙刀の柄に少年の手が触れた。次の瞬間────

 

 

「……………ぐっ⁉︎」

 

「…………え?」

 

 

林冲が苦悶の声を上げ、少女が呆気に取られる。少年の手に触れた薙刀が、クルンと回転し、持ち主である彼女に襲い掛かり、まるで本当の持ち主が彼であるとばかりに少年の手に収まる。そして繰り出されるのは薙刀の絶技。薙刀を一閃する。辛うじてソレを躱す林冲だったが、反対の視角外から迫る石突きが腹部を強打した。

 

 

「────かはッ」

 

 

腹部を貫く程の一撃。ジワジワと広がる痛み。だが、その程度で林冲は怯まない。伊達に英雄の名を名乗っていないのだ。腹部にめり込む石突きを掴む。自分の相棒を返して貰うというように。しかし、林冲は判断を誤った。あのまま後退して一旦、離れれば良かったのだ。少年が持つ薙刀の石突きを持つなど自殺行為でしかない。自身の相棒を取り返すと笑みを浮かべた彼女は、一瞬にして表情を歪めた。

 

 

眼前に迫るのは自身が掴んでいた筈の薙刀の姿だった。なんで? と疑問を感じる前に、林冲の全身を薙刀の八連撃が襲った。尋常ではない衝撃に意識が朦朧とする。視線を少年に向ければ、最初の時から変わらない表情がそこにあった。その意味は即ち、相手にすらならないということ。何故かソレに悔しそうな自分が居ることに疑問を浮かべて、彼女はプツリと意識が暗転した。

 

 

なす術もなく倒された彼女に、少女たちは絶句するしかない。強い。余りにも強過ぎる。自分たちと変わらない年齢で、あそこまでの強さを手に入れる事が出来るのか。だが、それよりも少女たちは気になった事があった。

 

 

「……………なんでこんな事に?」

 

 

黒髪の少女が代弁するように口を開く。そう、それが疑問の理由。なんでこんな事になったのか。突然、轟音が響いたから、ここに来たのだ。そうしたら、この光景である。最早、理解不能だ。すると、こちらに少年が視線を向けている事に気付いた。何故かその視線には怒りが現れている事に疑問が増す。と、そこで少年が口を開いた。

 

 

「八当たりだってのは分かってる。でもな…………お前らは『梁山泊』を汚した」

 

「………………」

 

 

怒りの原因を吐くように少年は告げる。少女は黙ってその視線と合わせた。これが後に『林冲』の名を授かる少女と、直江大和の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

飛行機が中国に着いたすぐに、直江大和は色紙を買った。それから、ソワソワしながらも、父親と共にホテルまで歩いて、自分たちがお世話になるホテルに辿り着く。父親はやはり、仕事の関係ですぐに外に出る事となったのを見て、大和は勢い良く立ち上がる。ニヒルに笑いながら、興奮を抑える事はせずに肩を震わす。やっと、やっと会える。夢の中でしか見れなかった彼らに、やっと会う事が出来ると大和は胸中で叫んだ。

 

 

今思えば、夢の中の住人が現実に居る訳がないのだが、『梁山泊』の名を聞いて興奮した彼が分かる筈がない。件の『梁山泊』が何処にあるか分からないが、それは問題ではなかった。直江大和は夢の彼らの所為で、情報収集能力がズバ抜けている。ソレを披露すれば良いだけの事なのだ。

 

 

「いざ、行かんっ‼︎」

 

 

ホテルを飛び出し、少年は『梁山泊』を探す為に駆け抜けた。その際、一旦、停止して身嗜みや色紙をちゃんと持っているかを確認したのは勿論忘れない。

 

 

 

 

 

探して一時間後。大和は大きな門の前に立っていた。そこは英傑たちが住まう場所。────『梁山泊』。そう、彼は見付けたのである。彼ら達人たちの場所を。

 

 

「はぁはぁ………こ、ここが『梁山泊』か」

 

 

荒くなった息をすぐに整えて、少年は門を見上げる。尊敬している彼らにもうすぐで会う事が出来る、と少年は眼をキラキラさせる。それはヒーローを夢見る子供の反応そのものだった。

 

 

「よし、落ち着け俺。行くぞ。行くぞ」

 

 

最早、何時もの口調ではなく、素の声だが気にしない。というよりあの口調では失礼だと大和は思っていた。そして門に腕を恐る恐る伸ばして、彼は重い門に力を込めて押した。聞こえるように大きな声を張り上げて。

 

 

「し、失礼しま─────すっ‼︎」

 

 

そうして、バンッと門を勢い良く開け放つのだった。後に梁山泊事変と呼ばれる事になるとは、この時の少年は思いはしなかった事だろう。

 

 

 

 

『梁山泊』内で二人の少女が激戦を繰り広げていた。一人は薙刀を振るい、もう一人は棍を振るっていた。ガガガガガガッとお互いが得物をぶつけ合い接戦する。どちらも笑顔を浮かべて、武を高め合っていた。二人の少女の技量は凄まじく、正しく達人といえる程だ。薙ぎ払い、刺突、振り下ろし。薙刀と棍はこの動作しかない。しかし、彼女らはその動きを上手く使い多彩に変化させている。

 

 

武威が高まり、薙刀と棍が何度目かの激突をする。そんな時だった。少女の耳朶に一つの声が響いてきたのは。ピタリと動きを止めて、声が聞こえた方角、正門の方にと視線を向けた。

 

 

「……………今のなに?」

 

 

棍を持った少女が疑問を口にして、さっきまで戦っていた少女に視線を向ければ彼女からも首を傾げて疑問が返ってくる。一瞬、『梁山泊』に恨みを持つ者かと思ったが、如何やらそうではないらしい。何故、彼女たちがそう思ったのか? 簡単に説明すれば『梁山泊』が裏の傭兵部隊だからだ。傭兵業をやっていれば、何処かしらから恨まれるのは当たり前だ。しかし、二人が聞いた声の持ち主は少なくとも恨みを持つ者ではないだろう。

 

 

何処の世界に「失礼しま────すっ‼︎」などと叫ぶ復讐者が居るだろうか。だからこそ、復讐者ではないと彼女たちは推測する。しかし、心の奥底ではまだ警戒をしながら。

 

 

「私が見てくるとしよう」

 

「林冲………一人で平気?」

 

「私を誰だと思ってるの? 『豹子頭』林冲よ」

 

 

少女の愚問だという言葉に、棍を持つ少女は「それもそうね」と笑みを浮かべる。一緒に高め合った仲だからこそ、安心して行かせられるのだ。林冲程の達人を倒せる者は居ないというふうに。

 

 

「それじゃ、私は行くわ史進」

 

 

林冲は棍を持つ少女────史進にそう言って、正門の方に駆けて行った。

 

 

数分で正門に辿り着き、林冲がそこで見たのはソワソワした一人の少年だ。

 

 

(……………子供?)

 

 

見た事もない少年に疑問を浮かべる。容姿からして、中国人ではない事が分かる。恐らくは日本人だろうか、と胸中で呟いて少年の方に足を進める。すると、少年も林冲が来た事に気付いたのか視線を投げた。

 

 

 

「あ、あの………あのここは『梁山泊』というところで間違いないでりょうかっ‼︎」

 

 

思いっきり噛んだが最後まで言い切る少年だが、噛んだ事が恥ずかしいのか顔を俯かせた。対して林冲は、口を開く。

 

 

「えっと、君は一体────ッ」

 

 

誰かな? と言葉を続けようとして口を噤んだ。林冲はとある推測をする。果たしてここに居る子供は、ただの少年なのだろうか。ここは『梁山泊』。傭兵部隊だ。裏で傭兵として活動をし続けている。その活動で様々な依頼を遂行してきた。時には不思議な依頼があったりしたが今はいいだろう。林冲は考える。目の前の子供は、何処か裏に関わりのある者の息子で、彼だけが先にここに来たのではないかと。

 

 

普通ならそんな訳ないだろ? と思う事柄だが、裏の人間に普通の奴は居ない事を知っている。だから、危なくとも子供一人を先にここに送る事が出来るのだと思った。勿論、ただの推測でしかないが、間違ってるかも分からない。そこまで考えて、林冲はとりあえず少年に声を掛けた。

 

 

「とりあえず、中に入って。少しだけなら案内するから」

 

「えっ⁉︎ ほ、本当に入っていいんですかっ」

 

 

それに輝くような笑顔を見せる少年だ。子供の笑顔に、苦笑を浮かべながら、案内するように林冲は少年を引き連れて歩き出す。今は少年の正体は分からない。依頼者なのか、ただの迷子なのかは。しかし、時間が経てば分かる事だろう。もしも、この子供が依頼者の息子でもなく、迷子でもなく、あり得ないと思うが襲撃者だった場合は後悔する事になるだろうと、口に笑みを浮かべた。

 

 

案内する事になって、林冲は少年と共に色んなとこを回った。その際、キョロキョロと少年は忙しなく誰かを探す素振りを見せている光景に首を傾げたが。そして最後に案内したのは、自分たちが使う修練場だ。そこには、数多くの少女が多種多様の武器を持ち、鍛錬に育んでいる。『梁山泊』の見せれるとこを案内し終わった林冲は、未だにキョロキョロ見回す彼に言葉を紡ぐ。

 

 

「これで案内は終わりだけど。…………なんか、聞きたい事ある?」

 

 

林冲のその問いに、少年の眼が光った途端、早口に彼は言った。

 

 

「じ、じゃあ風林寺長老や、逆鬼師匠、岬越寺師匠、馬師父、アパチャイさん、香坂師匠に会わせて下さいッ」

 

 

ついでに闘忠丸もと少年は告げる。彼にとって、目の前で繰り広げられる少女たちの鍛錬に興味はなかった。ここに来たのはひとえに、自分が挙げた者たちと会う為である。しかし、挙げられた名前の人物に林冲は知らないという風に頭を顰めた。それに少年────直江大和は動きを止めた。まさか、という思いが広がる。

 

 

「…………ここは『梁山泊』ですよね?」

 

「えぇ、そうよ」

 

 

大和の問いに間を空けずに林冲は頷く。それに、少年は理解した。ここは自分の知る『梁山泊』ではないんじゃないかと。では、この『梁山泊』は一体なにを目的として作られたのか? 長老たちに会えない事に、残念がる大和だったが、もう一つの『梁山泊』の活動が気になり始めた。

 

 

「あ、あの………この『梁山泊』はどんな活動をしているんですか?」

 

 

自分が知らないもう一つの『梁山泊』。あの達人たちが住まう場所と同じ名の所に住む、彼女たちの活動について尋ねてみた。対して、林冲は聞かれた内容に訝しむ。少年の発言で、彼が依頼者ではない事に気付いた。しかし、おかしい。何故、『梁山泊』の名前を知っているのに、その活動内容を知らないのか。

 

 

林冲は訝しみながら、何処か真剣な表情を見せる少年に、活動内容を躊躇なく告げた。

 

 

「私たち『梁山泊』は、傭兵部隊よ」

 

「……………は?」

 

 

大和は硬直した。こいつは今、なんと言った?

 

 

「………傭兵部隊。つまり、依頼さえすれば殺しもやると」

 

「そうね。依頼によっては、するかもしれないわ」

 

 

子供に対して嘘など言わずキッパリと言う林冲だ。大和は頭に衝撃を覚えた。傭兵部隊。成る程、確かに傭兵なら依頼次第で殺しもやるだろう。それは理解出来る。だけど、『梁山泊』の名でソレはやっちゃいけない。『梁山泊』の名を使う者たちが殺人拳を扱う。

 

 

────ふざけるなッ‼︎ 大和に怒りの感情が湧き上がる。駄目だ。それだけは駄目だ。『梁山泊』の名で殺人拳に手を染めるのだけは駄目だ。認められない。認めてはならない。彼らの事を知ってるが故に、大和はこの『梁山泊』を認める事が出来ない。両手に力が入る。ギチリッと異音を鳴らす。自分が知ってる『梁山泊』と、ここの『梁山泊』は違う。所詮、大和が知る『梁山泊』は夢の中のものでしかない。

 

 

あぁ、分かっている。分かっているのだ。これはただの八つ当たりだと。違うと、これじゃないという子供の癇癪でしかないと。そんな事は分かっている。それでも、それでもだ。許せないものは許せない。なにを思ってあの達人たちが、活人拳を徹底していたのか。確かに、殺人拳を使う達人たちも大和は尊敬している。彼らの在り方は、それぞれが違うが確実に偉大な武術家なのだから。

 

 

でもだ。『梁山泊』だけは、活人拳を、人を生かす武を信条にしなければいけない。殺人拳に手を染めていい名前ではない。これはただのガキのワガママ。しかし、夢の中で彼らの在り方を見た大和にとっては到底我慢ならない。

 

 

「…………ねぇ、貴方は一体………」

 

「………………黙れ」

 

「…………え?」

 

 

顔を俯かせて動こうとしない少年に、林冲は問いかけようとして、ポツリと呟かれた言葉に視線を向ける。すると、今まで微動だにしていなかった少年が、顔を上げてこちらを見据えていた。その瞳に隠す事もしない憤怒の色を浮かべて。

 

 

「──────もう黙れよ」

 

「─────ッッッ⁉︎」

 

 

彼は再度、今度は聞こえるように言う。瞬間、林冲は全身に寒気が奔り気が付いていた時には、全力で薙刀を構えて戦闘態勢を取っていた。両眼を大きく見開く。少年から放たれる規格外な武威。ただ放たれているだけなのに、林冲の本能が警戒音を鳴り響かせる。

 

 

「お前らが『梁山泊』の名前を語るなよ」

 

「………な、なにを言って」

 

「────おーい、林冲。如何だったぁ?」

 

 

突然の少年の発言に、林冲は聞こうとして、背後から知り合いの声が耳朶に響いた。一瞬だけその知り合いである史進に視線を向ける。ソレは大きなミスだった。一瞬だけ視線を離した瞬間。地面を蹴る。林冲の眼前に少年が現れた。

 

 

「ッ⁉︎ しまッ─────⁉︎」

 

風林寺任力剛拳波(ふうりんじにんりょくごうけんは)

 

 

音速を容易く突破した剛拳が、林冲の頬を強打するのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

放たれる剛拳。頬を強打されて、吹き飛ぶ林冲。響く打撃音。今起きたソレらに、場は騒然とした。鍛錬をしていた少女たちは、突然に響いた打撃音に何事かと思い、音が聞こえた方を見て驚愕を露にする。林冲に声を掛けて、近付いていた史進も動きを止めて呆然とした表情でソレを見ていた。数十メートルの距離を吹き飛ぶ林冲は、遂に地面に落ちて転がる。だが、数秒経っても立つ事はなかった。

 

 

その事に史進は、己のライバルが突然の不意打ちにやられた事に激怒した。仲間が見知らぬ子供に倒されたのだ。他の鍛錬をしていた少女たちも眼が吊り上がり、少年の方に鋭い眼光を浴びせていた。しかし、少年は恐れなど見せずにただ立っているだけだ。そして、史進が棍を構えて突撃した。

 

 

「いきなり林冲になにしてるのよっ‼︎」

 

 

発破を掛けたかのように地面が爆ぜて、離れている少年との距離を一気に縮める。

 

 

「……………はッ‼︎」

 

 

突き出される棍の一撃。眉間めがけて狙われたソレは、しかし、空振りに終わった。少年の姿が視界から消える。驚いた史進だったが、されど彼女は慌てる事はしない。すぐさま、何処に行ったのかを気配で察知させる。刹那────ゾクリッと肌が栗立つ。史進は本能のままに体の向きを変えて、少年が居るであろう方向に視線を投げた。そこに映るのは、拳を振り下ろしている少年の姿。

 

 

まともに受けたら危険だと判断した史進は、放たれる拳と自身の間に棍を滑り込ませて防ぐ選択を選んだ。

 

 

「─────がッ⁉︎」

 

 

だが、その程度の防御では完全に防ぐ事は出来なかった。ミシリッと拳を叩き付けられた棍が悲鳴を上げる。防いだ筈なのに感じる衝撃。たったの一撃で、意識が吹き飛びかける。

 

 

(な、何者よっ⁉︎ この子供はっっっ⁉︎)

 

 

史進は歯を噛み締めて、なんとか意識を繋ぎ止める。胸中に驚愕の感情が満たす。不意打ちしたとはいえ、あの林冲を吹き飛ばしたのだ。ただの子供だと舐めたつもりはなかった。それでも、史進の想像を遥かに超えていた。そんな二人の激突は、史進が傷を負った事により、今まで見ていただけだった少女たちが動く開戦の鐘になった。

 

 

『梁山泊』をの一人が不意打ちでやられ、二人目が傷を負う。傭兵としてのプライドが、バカにされて黙っていなかった。少女たちは、己の武器を構え、少年に向けて殺到する。ある者は青竜刀を振るい。ある者は、三節棍を繰り出し。ある者は、方天戟を振り下ろす。その全員がただの武術家たちではない。一人一人が『壁を越えた者』や、壁越え近い少女たちの一撃である。

 

 

だが、目の前に居る少年もただの子供では断じてない。隙間なく放たれる多種多様の武器による一撃。百を越える数の一撃は、少年が放つ理不尽な一撃によって吹き飛んだ。絶大な力で周囲のモノ全てを破壊し尽くす秘技。

 

 

────ボーリスッド・ルークマイ

 

 

絶対なる秘技と謳われるこの技は、古式ムエタイの隠し技(ルークマイ)のさらに奥にある複数の絶技である。繰り出される古式ムエタイの絶技が、情け容赦なく少女たちに襲い掛かり、縦横無尽に蹂躙した。彼女たちが放つ武器の一撃など、まるで最初っから無かったかのように無に帰す。激痛が奔り、飛び掛った者たちは一人残らず吹き飛ばされた。

 

 

「……………な、なんなのよこれは?」

 

 

その光景を見ていた史進は、まるで夢のような感覚に陥る。子供が、自分の仲間である百数名の武士娘を吹き飛ばしたのだ。夢だと思うのは当たり前と言えた。それ程までの異常な光景だったのだから。

 

 

「………ぅ、ぅぐ……ぁぁあ」

 

 

周囲から呻き声が響き、少女たちはフラフラになりながらも立ち上がった。しかし、その誰もが意識を朦朧とさせている。

 

 

「………成る程な。伊達に傭兵を名乗ってないか。この程度じゃ、完全に倒れないみたいだな」

 

 

立ち上がる少女たちを見据えて少年は呟く。もう少し強く行くか、と。その言葉を聞いた史進は、寒気が駆け巡る。まさか、アレで手を抜いていたのかと絶句する。少年は視線を少女たちから離さずに口を開いた。

 

 

「これはただの八つ当たりだ。お前たちは悪くはない。あぁ、悪くはない。ただ気に入らないだけだ。殺しもいとわない傭兵が、『梁山泊』という名を掲げるのがな」

 

 

静かに、聞かせるように彼は言葉を紡いでいく。そこに怒りを込めて。『梁山泊』を名乗る史進たちが認められないと。

 

 

「────かかって来い」

 

 

少年は告げる。少女たちに向けて、かかって来いと。さもなくば、今日がお前たち『梁山泊』の最後だと。その言葉に史進を含めた彼女たちは奮い立つ。ソレだけは認められないと。自分たちの居場所はなくさせはしないと。瞳に火を灯して、武威を迸らせた。次の瞬間────『梁山泊』百七星の少女たちは地を蹴り、武器を握り締めて少年、直江大和に向けて肉薄する。

 

 

狼牙棒と呼びれる、棘状の突起物を柄頭に数多く取り付けた棒での剛撃が、大和の頭上から迫る。しかし、ソレを関係ないとばかりに少年は砕く。狼牙棒の持ち主が信じられないと眼を見開き、次には腹部に叩き付けられた掌底により崩れ落ちた。続いて背後から振るわれるヌンチャクを、手で逸らし蹴撃を叩き込む。

 

 

百七星の少女たちの武は、その全てが逸らされ、躱される。一人対百七人の戦闘にも関わらず圧倒しているのは、一人の方だ。

 

 

「数が面倒だな」

 

『…………………ッッッ⁉︎』

 

 

攻撃してくる人数の多さに面倒だと呟いた大和は、両手を手刀に変えて連打を放った。

 

 

────人越拳 霞獄(じんえつけん かすみごく)

 

 

広範囲に及ぶ貫手の連打。ソレが少女たちに牙を剥く。咄嗟に防御した彼女たちだったが、防御は無意味に終わる。防御すら容易に貫く連打は、少女たちに傷を付けた。苦痛に顔を歪めて、距離を離そうとするが、大和はそれをさせない。右拳を握り締める。すると、拳を突き出す。

 

 

視認不可な速度で振るわれた突きの連撃が、少女たちの腹部に襲った。

 

 

────無影無限突き(むえいむげんづき)

 

 

徐々に減っていく仲間に、史進はギリッと歯を噛む。なんだこれは? なんなんだこいつは? 『梁山泊』の傭兵は精鋭の筈だ。影で動いた時、歴史が動くとされているのだ。それ程の達人が居る『梁山泊』を圧倒している、この少年は一体なんなのだ、と彼女たちは思う。強い。強過ぎる。年齢と技量が完全に合っていない。余りにもあやふやだ。

 

 

やられた仲間に視線を向ければ生きている事が分かる。あれ程の実力を持っている事から、態と生かしているのだと理解出来るだろう。そんな現状を確認しようとした史進だったが、大和が両拳を腰に構えた瞬間だった。史進は、いや、残っている少女たち全員が戦慄する程の武威が放たれた。アレはマズイ。アレだけは行けないと、少女たち全員の思いが一致する。

 

 

「……………奥技」

 

 

大和はゆっくりと口を開く。今の自分ではこの技を、完全に使えないかもしれない。それでも『梁山泊』の名を語る者たちには、その『梁山泊』の長の奥技を使いたくなったのだ。全身に膨大な氣が練られる。己の氣を完全に掌握させ、両拳に力を込めた。『意』『心』『技』『活』『闘』『勇』『拳』の念を両拳に内包される。そして────

 

 

「─────真拳 涅槃滅界曼荼羅(しんけん ねはんめっかいまんだら)

 

 

大和の両腕の筋肉が一瞬だけ膨張され、超人の奥技とされる連撃が解き放たれた。轟音が鳴り響く。『梁山泊』全体が鳴動する。大量な砂塵が巻き上がった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「…………お前らは『梁山泊』を汚した」

 

 

大和の言葉が、同年齢くらいの少女たちに向けて放たれた。彼女たちは、時期に英傑の名を授かる少女たち。黒髪の少女が我に返り、彼に向けて口を開く。

 

 

「な、なにを言ってるんだ? 貴方は?」

 

「なにを言ってる、か。あぁ、分からないだろうな。俺の言ってる事があんたらには」

 

 

彼は空を見上げる。そう、大和の言っている事が分かる筈もない。汚すもなにも、彼女らが知っている『梁山泊』はここだけなのだ。そんな彼女たちが、大和の夢の中にあるもう一つの『梁山泊』を知れ、というのは無理な話である。だから、彼の言葉を理解出来る訳がない。怒るのは筋違いだ。

 

 

「分からなくてもいい。お前らは俺の前で『梁山泊』の名を傷付けたという事を知ってればいい」

 

「………『梁山泊』の名を傷付けた? 貴方は一体なにを言ってるんだ?」

 

「別に理解しろとは言わない。ただあんたらの『梁山泊』としての思想が気に入らないだけだ」

 

「私たちの思想が…………?」

 

 

『梁山泊』に対しての言葉に首を傾げる。

 

 

「あぁ、『梁山泊』の名を語り傭兵活動しているのが気に入らない。『梁山泊』の名を語ってる奴が、殺人拳を使うのが気に入らない。あんたらが掲げる『梁山泊』が気に入らない」

 

 

次々と怒りが込められた声が吐き出される。それに伴い、増していく武威に、少女たちは後ずさった。

 

 

「『梁山泊』として、お前らは間違ってる。………俺が鍛え直してやる。お前もな爺さん」

 

「…………ッ、首領ッ」

 

 

そう言って後ろを振り向くと、大和の視界に一人の老人が居た。老人から放たれるモノは少女たちの比ではない。だからこそ分かる。この老人が、『梁山泊』の長なのだと。

 

 

「………………たった一人の子供に、『梁山泊』の者が敗北するとは」

 

 

周囲を見渡して首領と呼ばれた老人が紡ぐ。子供の齎された事に、視線を細くして見据える。

 

 

「やってくれたな。────若造」

 

「お前の『梁山泊』が、俺を怒らせたのが悪い」

 

 

お互いが鋭い眼光をぶつけ合う。一歩も引かずに続く睨み合い。大和は戦闘態勢を取る。目の前に居る輩が、『梁山泊』の名を汚した者たちの長。怒りが再燃して、武威を漲らせる。

 

 

「お主は何故、儂らに怒りを向ける」

 

「お前らが『梁山泊』の名を汚したからだ」

 

「なら、お主にとっての『梁山泊』とは一体なんだ?」

 

「………俺にとっての『梁山泊』とは、活人拳の象徴だ」

 

 

首領の問い掛けに、大和は自信を持ってそう告げた。『梁山泊』とは活人拳の象徴であると。

 

 

「…………活人拳」

 

「あぁ、活人拳だ。人を生かし、守る為の武術。『梁山泊』という名は、その活人を象徴する為の場所」

 

 

反論を許さないという風に断言する。それこそが、大和が知る『梁山泊』なのだから。しかし、その言い分に首領は首を振った。

 

 

「人を生かす為の武術を象徴とする場所。それがお主にとっての『梁山泊』か。…………だがな、儂らの生き方を簡単に変える事は出来ない。何故なら、儂ら『梁山泊』が傭兵活動を始めて数千年という裏の歴史がある」

 

 

だからこそ、容易に曲げられないと言う老人に、大和はとある単語に反応した。

 

 

「あと、それだ」

 

「……………?」

 

 

彼の発言に少女たちは、なんの事か分からずに疑問を浮かべた。

 

 

「その裏ってのも気に入らない。『梁山泊』に居る人間が裏の住人? ふざけるなよ。何処まで俺を怒らせたいんだ」

 

「成る程、お主は『梁山泊』という名を掲げる者たちが、裏の住人で殺しもいとわない傭兵だからこそ激怒していると」

 

「そうだ」

 

 

首領の言葉に構えを解かずに断言する。その鋭い視線に、首領は『梁山泊』にこだわりを持つ少年に尋ねた。

 

 

「『梁山泊』はお主にとってなんだ?」

 

「…………『梁山泊』は俺の尊敬する人たちの居場所の名だ」

 

 

あの武術を極めた達人たちが住まう場所。ソレこそが『梁山泊』。

 

 

「だが、儂らも簡単に変えられない。では、如何する若造」

 

「なら俺が変えてやる。あんた諸共、鍛え直して本当の『梁山泊』を教えてやる」

 

「ふむ、それしかないみたいだなぁ」

 

 

一人は『梁山泊』を自分が知る物に変える為に拳を握る。一人は数千年も続いた歴史を簡単に変えられないと氣を高める。幼い少女たちが、離れている場所でソレをジッと見据えた。

 

 

次の瞬間────両者は肉薄して激突した。暴風が発生し、地面が揺れ動く。

 

 

こうして二人は戦闘を開始した。この数十分後に、戦闘は終結に終わったのだが、誰が勝ったかは未来に語る事にしよう。だが、戦いが終わった次の日に、『梁山泊』内に居る少女たち全員が海外に居る数日間に一人の少年によって鍛え直されている光景があったらしいとだけ、ここに記しておこう。

 

 

日本に帰国する頃には、『梁山泊』の少女たちや、同じ年齢ぐらいの娘たちにまで尊敬の眼差しで見られる事になったのだった。

 

 

 




梁山泊の場合

先代林冲「あの子は行ってしまったみたいね」
先代史進「そうだね。いやぁ〜それにしても凄かったなぁ」
先代林冲「えぇ。まだ子供だけなのに、アレ程までの技量を持ってるなんて」
先代史進「そうだよねぇ。あの後、めちゃくちゃ鍛え直されたよ私」
先代林冲「私もよ史進」
先代史進「だけど、あの子。キツイだけじゃなかったよね。なんて言うか、私たちの管理が上手いというか」
先代林冲「確かにそうね。私たちの扱いが上手かったわね。後輩たちも凄く懐いてたみたいだし」
先代史進「そうよねぇ。後輩たちがとんでもなく懐いてたわね。もしかしたら、あの子が盧俊義の器だったのかもね」
先代林冲「……………盧俊義、か。そうだったら、あの子たち後輩は喜ぶかもね」


直江大和は逃げられない。因みに、この先代の人たちは今回限りの人たちです。

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