マジ恋〜直江大和は夢を見る〜   作:葛城 大河

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なんでだよぉ〜。続かないって書いてあるじゃん。なのに、なんでたったの二話でお気に入りが五百件ぐらいになってんだよぉ。


直江大和は眷属が出来た。


第二拳 白い少女と眷属?

あのテロから実に数ヶ月。ニュースも、もう取り上げなくなるようになって、人から忘れられた頃。直江大和は、相変わらず、自身がアジトと呼ぶ橋下で修行を繰り返していた。ズババババババッと拳や蹴りを放つ。数ヶ月前に比べると、凄まじい程に練度が上がっていた。変わった事といえば、これぐらいだろうか? いや、周囲で変わった事があった。大和が通う小学校に、風間ファミリーと呼ばれる集団が何時の間にか出来ていたのだ。

 

 

それに彼は『ふっ、群れを成すのは弱い者の証拠だ』と言ったりした。別に友達が居ないとは言ってない。少し周りの生徒が、変な発言をする大和に対して、距離を置いているなんて事はない。そう、ないのだ。

 

 

「はぁ…………友達が欲しい」

 

 

修行を終わらせた彼は、風間ファミリーと呼ばれる彼等を思い出して、ポツリと素の声を漏らした。しかし、彼はなにを言っているんだと、誰かに言い訳するように口を開く。

 

 

「いや、俺に友は不要ッ‼︎ 群れを成すのは、弱い者だけだからな」

 

 

そんな言い訳とも言える言葉とは裏腹に、少年の表情は沈んでいた。少し精神年齢が高いとはいえ、彼はまだ子供なのだ。やはり、友達が欲しかった。

 

 

「今日は帰るとするか」

 

 

そんな事を考えても意味はない。踏み込まなければ、友達など出来はしない事を大和は知っているからだ。だが、容易に友達を作ってしまえば、この修行や努力している事がバレる危険性が発生する。実力や努力を隠す事がカッコいいと思っている、彼にとってはソレだけは避けたい。だから、友人など今は要らないと彼は胸中で考えながら、帰路に立つのだった。

 

 

しかし、彼は思いもしなかっただろう。この数日後に、初めての友達が出来る事を、そしてその友達とすぐに別れる事になるのを。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

その日、大和は日課である修行を途中で切り上げて、河川敷をぶらぶらと歩いていた。何故、歩いているのかはただの気分だ。そうしてると、そこで遊んでいる集団に視線が固定される。風間ファミリー。すっかり、小学校で有名になった者たちである。しかも、その中に川神百代と呼ばれる上級生も入っているのだから、有名度が上がっていた。

 

 

なんで川神百代が入ると、有名度が上がるんだ? と疑問を最初は浮かべていた大和だったが、話を盗み聞きした情報によると、どうも彼女はこの地で有名な川神院と呼ばれる寺院の総代の娘らしい。武術とかを鍛錬する場所で、多くの武術家とかが居るのだとか。その娘である川神百代も凄まじい武術家だという話だ。それを聞いた大和は、そんなのがあったんだなぁと興味なさそうにしていた。

 

 

事実、彼には興味はなかった。強い者と戦いたいから修行をしているのではないのだ。ただ、夢の中に居る達人たちのような強さに憧れたから、鍛えているに過ぎない。故に、大和は武術家とか戦いという物にそこまで興味がいかなかった。まぁ、危なくなれば、彼は余す事なく鍛えた武術を解放するだろうが。

 

 

「なんとなく歩いてみたが、別段、やる事もないし。帰るとするか? いや、切り上げた修行をやるか?」

 

 

立ち止まってどっちにするかと悩む大和だったが、そこでスッと横から腕が差し出された。それに反応して、伸びた腕を辿って視線を向ければ、そこには自身と同じ程の少女が居た。手にはマシュマロの袋が握られていた。なんだ? と訝しむ彼だったが、そこで少女が口を開いた。

 

 

「……………ましゅまろ、あげる」

 

「ほぉ、くれると言うなら有難く貰おう」

 

「うん」

 

 

何処か顔色を伺う少女の事が気になったが、大和はマシュマロを手に取り口に入れた。すると、広がる甘み。久しぶりに食べたが、やっぱり美味いと笑みを浮かべる彼だ。その表情が良かったのか、マシュマロをまた渡してくる少女である。貰えるならば、貰う彼は渡してくるマシュマロを一つ、もう一つと口に入れた。だが、そう何度も口にすれば飽きるのは当たり前だ。

 

 

「も、もういい。そう、何度も渡されても味に飽きた」

 

「……………そう、なの」

 

 

そう言うと、眼に分かるように少女は落ち込んだ。そんな姿に、あたふたとしてしまう少年だ。と、そこで彼は思い付いた。

 

 

「そう落ち込むな。味に飽きたと言ったが、食べないとは言ってない」

 

「……………え?」

 

「どうやらお前は、マシュマロの美味しい食べ方を知らないらしいな」

 

「………? ましゅまろは、このままでも美味しいよ?」

 

 

少女は首を傾げる。マシュマロは、そのまま食べる以外にも食べ方はあるのか、という疑問を浮かべる。少女がそんな疑問を覚えている事に大和は気づいて、ニヒルに笑う。

 

 

「ふっ、まだまだだな少女よ。着いて来い、俺がマシュマロの美味い食べ方を教えてやる」

 

 

背中を見せて大和は、歩き出す。あぁ言った手前、ちゃんと着いてきてるか心配した彼は、横眼で確かめると、テクテクとしっかり後ろから着いてくる少女が見えた。それに笑みを浮かべる彼だ。まるで、アヒルの子だなと場違いな感想が漏れる。二人が歩き続けて数分、少し近くのコンビニで鉄製の棒を購入したりして、空き地に辿り着いた。

 

 

そこで、大和は枯れ木を集め始める。後ろで少女が不思議そうな表情をしているのに気付いた彼は、言った。

 

 

「少女よ、少し下がれ」

 

 

下がるように言い、彼女が指示に従ったのを確認すると、目の前に集めた枯れ木に、大和は右手の人差し指をピンと立たせて、狙いを絞るように腕を引いて、置かれた枯れ木の方に凄まじい速度で突きを放った。シュボッと突いた瞬間に勢い良く引き抜く事で摩擦熱が発生して、枯れ木が燃える。その光景を近くで見ていた少女は、眼を見開いて、少年と枯れ木を行ったり来たりしている。

 

 

「ふっ、どうだ。俺に掛かれば火起しなど容易い事だ」

 

「…………凄い」

 

「少女よ。マシュマロをくれないか?」

 

 

少年に眼を光らせる彼女に内心で苦笑しながら、その手に持つマシュマロを貰うと、大和はコンビニで購入した鉄製の棒をマシュマロに刺すと、そのまま火で炙った。その事に、少女はビックリする。と、この変で丁度いいかと思った彼は火の中からマシュマロを取り出すと、少女に渡した。それに疑問を浮かべる彼女だ。

 

 

「食べてみろ」

 

「うん。………はむ。────ッ⁉︎」

 

 

大和の言う通りに火で炙ったマシュマロを少女は口にした。瞬間。まるで、愕然としたかのような表情を彼女は浮かべた。そして次々とマシュマロを棒に刺して、火で炙り出す少女である。如何やら気に入ったらしい。

 

 

「美味いだろ美味いだろ。これが、マシュマロの美味い食べ方だ。覚えたか?」

 

 

パクパクと食べていく少女に、大和はそう告げると、ブンブンと彼女は首を縦に振る。それに満足した彼は、少女と同様にマシュマロを火で炙って食べ始めた。だが、食べていると、ふと気になる事が過る。

 

 

「そう言えば少女よ。なんで最初に、俺にマシュマロをくれたんだ?」

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

それは彼の疑問の声。何故、自分だったのかという問いだった。少女はピタリとマシュマロを食べる手を止めて、俯き出す。彼はその仕草に、聞いちゃいけない事だったか? と思ったが、少女はポツリと言葉を呟いた。

 

 

「…………から」

 

「ん? なんて言った?」

 

「…………一緒に遊びたかったから」

 

「俺と遊びたかった? という事は俺と友達に成りたかったと?」

 

「うん」

 

 

何処かビクビクした少女は、俯きながら少年の言葉に頷いてみせた。ただ友達に成りたかった。一緒に遊びたかった。だけど、最初にどう声を掛けていいか分からずに、あのような行動に出たのだ。それを聞いた大和は笑った。

 

 

「ハハハハハッ、そうか俺と友達に成りたかったのか。それで作り方が分からなかったから、マシュマロを渡したと。不器用過ぎるぞ、少女よ‼︎」

 

「…………うぅぅ」

 

 

あんまりなコミュニケーション方法に、彼は笑い声を上げる。対して少女は縮こまっていた。恐らく拒否されていると勘違いしているからだ。このままでは、完全に勘違いすると思った彼は、少女に口を開いた。

 

 

「友達か。少女よ、悪いがお前とは友達になる事は出来ない」

 

「ッ⁉︎」

 

「おっと、そんな顔をするな。友達に成れないが、今日からお前は俺の眷属だ」

 

「け、んぞく?」

 

 

大和の告げた眷属という言葉に、絶望を浮かべていた少女は疑問の声を漏らした。その反応に厨二病を抉らせた少年は嬉々として語る。

 

 

「そうだ眷属だっ‼︎ 俺がお前の主に成り、お前は眷属として今日から従者となる。そう、お前と俺は主従関係だ。これは友よりも強い絆と言えるだろう」

 

「友達よりもっ‼︎」

 

 

前半はなにを言ってるか分かっていなかった彼女だったが、最後に告げられた友よりも強い絆という部分に大きく反応する。それはつまり、彼と自分は友達以上だという事だ。今の少女には、友達以上がなんなのかは分からない。しかし、友達を超える事が大事なのだ。友達が欲しかった彼女は、最初に断られたと思い、意気消沈したが、そこからの友達以上の絆という言葉。

 

 

今まで一人だった彼女にとって、ソレは凄まじい効力を発揮した。大和にしてみれば、群れれば秘密がバレる可能性はあるけど、一人くらいなら良いよな、という軽いノリでしかない。まぁ、それがなんで眷属や主になるのかは大和の脳内設定の所為だろう。と、少女が感激しているなど露知らず彼は、そう言えばと尋ねた。

 

 

「時に少女よ。お前の名前はなんて言うんだ?」

 

「小雪っ。ぼくの名前は小雪」

 

「ほぉ、小雪か。成る程、その白い髪と良く合う。名は体を表すと言うが………実にお前らしい良い名前だな小雪」

 

 

少女────小雪の名乗りに、彼はその名前に対して褒める。それに嬉しくなり、小雪はここで初めて破顔した。綺麗な笑顔。大和はそれを見て、微笑む。すると、小雪が首を傾げて聞いてきた。

 

 

「…………名前は?」

 

「ふっ、お前は俺の眷属になってまだ日が浅い。簡単に真の名を教える訳がないだろ。小雪よ、これから俺の事はマスターと呼べ」

 

「ますたー?」

 

「そうだ。マスターだ。分かったな小雪」

 

「うん‼︎ 分かったよますたーっ」

 

 

首を大きく振り、言う通りにマスターと呼ぶ少女に、彼は上機嫌に笑みを浮かべる。直江大和は気付かない。今、自分がどれだけ未来の自分の首を絞めているのかを。後の世の彼は言う。もしも、過去に戻れるのなら幼い自分を半殺しにしてでも止めてみせると。

 

 

「さて、マシュマロもたらふく食べた事だし、行くとするか。来い、小雪」

 

「うん、ますたー‼︎」

 

 

初めて出来た友達に、小雪は笑みを浮かべる。それに大和は行くぞと少女の手を握った時だった。

 

 

「─────ッ⁉︎」

 

「……? ますたー?」

 

「いや、なんでもない。行こう。今日は日が暮れるまで付き合って貰うぞっ‼︎」

 

「うん‼︎」

 

 

手を握って硬直した彼だったが、気を取り直して小雪の手を引き、本当に日が暮れるまで遊び尽くした。だが、遊んでいた大和の胸中には、怒りが湧き上がっていた。勘違いかもしれない。しかし、それでも手を触って分かった。小雪の体はボロボロだと。その原因がなんなのかは、なんとなく推測出来る。証拠はないが。故に、彼は小さく胸中で呟いた。

 

 

(これは、調べた方がいいな)

 

 

こうして、その日、少年は眷属という名の友達が出来た。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

大和と小雪が出会って実に数日。あれから彼らは、毎日会い遊ぶようになっていた。修行時間を夜に移して、大和は小雪と遊ぶ事を選んでいた。寂しそうな少女の顔を見たら、断る事が出来なかったからだ。そして今日も、何時もの待ち合わせ場所で小雪と合流した大和は、河川敷に来ていた。そこで彼は小石を拾うと、ポンポンと手の上で投げていると、なにをするのか分からずに少女は首を傾げていた。

 

 

「ますたー? なにをするの?」

 

「まぁ見てろ小雪」

 

 

疑問の声を上げた少女に、ニヒルに笑った大和は、手に持った小石を手首のスナップをきかせて、川にへと投げ放った。すると、放たれた小石が川の水面を跳ねていき、反対側にまで届く。その光景に眼を輝かせる少女である。

 

 

「うわぁー‼︎ 凄いますたー‼︎ どうやったの?」

 

 

小雪と遊んで数日、彼女は感情豊かに表情を変えるようになっていた。今でも如何やったのか知りたそうに、大和に聞こうとしている。それに微笑ましそうに笑みを浮かべる彼だ。

 

 

「ふっ、簡単な事だ。手頃な小石を探せ。そうだな平らな奴がいい。見つけたら、手首のスナップを利用して水面に投げれば出来る」

 

 

小雪に水切りのやり方を教える。それに従って小雪は水切りを試そうとするが、失敗する。しかし、それでも諦めずにチャレンジする小雪である。如何やらハマったらしい。いや、ハマったというよりも、マスターの眷属である自分が出来ないのは駄目という感情からやっていた。……………この数日で、小雪の眷属生活が板に付いてきていた。

 

 

例えば、一緒に歩けば絶対に横に並ぼうとせず後ろから付いて行き。椅子に大和が座ろうとすれば、必ず彼の椅子を引いて座らせてから自分が座る。如何やら小雪は、家に帰ってから眷属、従者という言葉を調べてきたらしい。そのお陰で、いや、この場合は直江大和という厨二病(バカ)の所為で本当に一人の眷属が生まれてしまった。小雪も少年の役に立てて嬉しそうなので、別に良いのだが。

 

 

水切りで時間が経ち、日が落ちていく。どれだけ没頭してるんだと呆れる大和である。そうして、遂に小雪は水切りを成功させた。しかも初めての成功にも関わらず、水面を十数回跳ねさせてだ。

 

 

「ますたーますたー、ぼくも出来たよっ‼︎ ますたーみたいに出来なかったけど」

 

 

最初は喜ぶ少女だったが、大和のように反対側まで石を届けたかったのか、シュンと落ち込み出した。それに馬鹿だなと言いながら小雪の頭を撫でた。

 

 

「俺のように出来るのは数十年早い。だが、まぁ初心者がここまでの水切りが出来たのは凄い事だ。褒めてやる」

 

「…………えへへ」

 

 

サラサラとした白い髪を撫でる手に合わせて、小雪は嬉しそうに破顔する。と、そこでそろそろ帰るかと大和が告げた。

 

 

「もう暗くなってくる。小雪。そろそろ帰るぞ」

 

「…………うん」

 

 

何時もここで帰るか事を言うと、絶対に小雪は悲しそうな表情をする。大和はそれを気付かない振りをして、帰る事を促した。それにやっと言う事を聞いた小雪は、テクテクと背中を見せる。そしてマスターたる少年に顔を向いて今日の別れの挨拶をした。

 

 

「バイバイ、ますたー」

 

「あぁ、じゃあな」

 

 

お互いが別れを告げて、離れていった。この時、小雪は知る由もない。まさか、本当に少年と別れる事になる事を。今日がマスターと遊んだ最後になる事を。

 

 

 

 

 

 

 

小雪が背を向けて帰路に立っていく。ソレを大和は見続けて、気配を断ち、着いて行く事にした。この数日間で、小雪の怪我の理由は分かっている。だから、着いていくのだ。あんな風に母親にされて、子供が幸せな訳がない。しかし、小雪は黙って母親の暴力を受け続けているのだ。その心境を大和が知る事は出来ない。だが、もしかしたら自分の母親が元に戻る事を信じて、抵抗せずに受けているかもしれない。

 

 

それだけ、小雪という少女は純粋だとこの数日間で知った。だから、それはあながち間違ってはいないだろう。しかし、大和は理解していた。もう、あの女は元に戻る事はないと。母親として破綻しているのだと。すぐに警察とかに突き出しても良かったが、証拠がなかった。例え、母親からの虐待を知っていても証拠がなければ裁けないのが、この世の中だ。

 

 

故に、大和はこの数日、小雪と遊びながら証拠集めをしていた。そしてつい先日にその証拠が手に入れたのだ。証拠品は、一つのカメラだ。犯罪だと分かっていたが、大和はカメラを小雪の家に設置していた。こうも簡単に設置出来るのは、ひとえに大和が見る夢の中の住人のお陰である。それに大和は、流石は達人、なんでも出来るなとより一層に尊敬したものだ。

 

 

「…………ただいま」

 

 

そうしていると、ガチャリと小雪がドアを開けて、自分の家に着いていた。それに大和は、そろそろだと精神を落ち着かせる。果たして、母親を捕まえたら、小雪は勝手な事をしないでと怒ってくるかもしれない。そうすれば、マスターである自分を嫌いになるかもなと苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

「小雪。遅かったじゃない」

 

「………ごめんなさい」

 

 

小雪がリビングに行くと、そこには椅子に座りながらタバコを吸う女性が居た。目の下に隈があり、何処か幽鬼を思わせる風貌だった。

 

 

「この頃、帰りが遅いわね」

 

「うん。ま、友達と遊んでたから」

 

「へぇ、友達ね」

 

 

一瞬出かかったマスターという言葉を飲み込み、この頃、帰りが遅い理由を話す。それに鋭い視線を女性は飛ばした。ジロリと睨む視線に、小雪はビクリと全身を震わせて俯きながら頷いた。

 

 

「…………うん、友達」

 

 

友達だと。あの自分のマスターである少年が、友達だと言っている自分を見たら如何思うのだろうか。失笑の声を上げて『お前は眷属だ』と言うのか。それとも『だから何度も言っているだろう。俺とお前はもう、友などという上位の絆で結ばれているのだ』などと言いそうだ。彼と出会ったのは、本当に偶々だった。マシュマロが入った袋を持ち、歩いていた時だった。河川敷で遊んでいる自分と同じぐらいの集団を、羨ましく思った。

 

 

そんな時、ふと一人の少年の姿が視界に入った。集団に声を掛ける事が出来なくても、一人ならという思いで小雪は自分の大好物であるマシュマロを渡したのだ。それからは驚きの連続だった。より美味しいマシュマロの食べ方や、自分の知らない遊びを教えてくれた。時々、難しい言葉を喋るが、少女はさして気になりはしなかった。ここ数日間は、凄く楽しかったなと思う。少年の顔を思い出せば、自分でも頬が緩むのが分かった。

 

 

だが、その微笑みはここでは不味かった。

 

 

「…………小雪。もしかして、その友達は男?」

 

「………え?」

 

 

突然に母親が告げた言葉に呆気に取られて、俯いていた顔を上げて、見返すと小雪はゾッとした。母親の視線がこちらに固定されている。しかし、問題はそこではない。その瞳の奥にドロリとした歪んだものが見えていたのだ。その視線に体が硬直する小雪に、母親は勝手に納得したように言った。

 

 

「そう、男なのね。そうなのね小雪」

 

 

ガタリと椅子から立ち上がる。眼には生気の欠片などなく、フラフラと小雪に近付いていく。それに小雪は、これからなにが来る事を今までの経験で理解した。

 

 

「小雪。貴女も………貴女もあの人のように私を裏切るのねッ」

 

「─────ッッッ⁉︎」

 

 

突然に叫びながら、母親は右腕を小雪に振り下ろした。側頭部を殴られ、小雪は倒れる。頭を殴られた事による脳震盪により、視界が歪む。考える事が出来ない。しかし、そんな小雪の症状など知った事かと言わんばかりに、自分の娘の上に馬乗りする。

 

 

「巫山戯るんじゃないわよっ‼︎ 貴女も私を捨てるっていうのっ。誰がここまで育てたと思ってるのよっ‼︎」

 

「ぐっ⁉︎ うっ⁉︎ がっ⁉︎」

 

 

なにかに対して怒りを浮かべて、馬乗りの状態で小雪の顔を殴る。それは余りにも、説教にしては度が過ぎており、虐待という言葉が最も適切な表現だろう。殴ってくる自分の母親に、小雪はなんでこうなったんだろうと考える。昔はもっと優しかった筈だ。やはり、自分が行けなかったのか? 自分が良い子にしてなかったから、お母さんはこんなに変わってしまったのか。朦朧とする意識の中で、幼いながらも少女は考えた。

 

 

すると、母親が殴る事を止めた。それは別にここで終わりだからではない。もっと別の要因だ。腕を振り下ろすのを止めた母親は、小雪の小さな首を両手で掴む。滲む視界に映る母親の瞳には狂気が現れていた。それに小雪は気付いてしまった。あぁ、お母さんはもう壊れていたのだと。

 

 

「ふ、ふふふ。そうよ。私の元から居なくなるなら、いっその事、殺してしまえば良いのよ」

 

「………ぐ、ぁ」

 

「安心して小雪。貴女が死んだら、すぐに私も逝くから」

 

 

次第に首を強く握って行き、呼吸が出来なくなっていく。そして、意識がなくなる直前に少女が最後に思い浮かべたのは、自分のマスターである少年の顔だった。

 

 

「アハハハハハハハハ─────ッ」

 

 

狂ったように嗤う母親。それに首を徐々に締めていく両手。ここに一人の少女の命の灯が消えかかった瞬間────リビングのドアが轟音と共に吹き飛んだ。

 

 

「ッ⁉︎ な、なによっ」

 

 

突如吹き飛んだドアに、パッと両手を離して母親は視線を向ける。そこには一人の少年が立っていた。その瞳に隠しようがない激怒の感情を浮かべて。

 

 

「お前は………お前は、それでも母親かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ─────ッ‼︎」

 

 

少年の怒号と共に、その身から馬鹿げた覇気が室内を蹂躙した。その全身からの氣の解放に、街に居る達人たちが察知する。余りにも強大な氣の放出。ソレが一般人である母親に放たれていた。ただの一般人が氣など見れる筈がなく、母親から見れば凄まじい威圧感が出てるようにしか感じ取れない。それでも、その威圧は母親にとっては強大で、全身が硬直する。汗が吹き出る。

 

 

「母親は愛情をもって子供を育てる。なのに、テメェはソレを放棄した。お前に母親を名乗る資格はない」

 

 

いきなり現れた子供に、母親失格の烙印を押された彼女は、硬直を振り切って叫んだ。

 

 

「いきなり現れて、なにを言ってるのよっ。私が母親失格? 見知らぬ子供が私たち親娘の問題に首を突っ込むんじゃないわよっ‼︎」

 

「親娘の問題だと。はっ、笑わせるなよ。お前がやってる事は、もう親娘問題を超えてるんだよ」

 

 

それに見知らぬ子供じゃないと、少年は告げてから言った。

 

 

「そこに倒れている娘は、俺の眷属だっ。例え、どんな理由があろうとも、俺の眷属を傷付けたお前を許さない」

 

「眷属? なにを言ってるか分からないけど、私たちの邪魔をするなら、子供でも容赦はしないわよっ‼︎」

 

 

少年の発言に疑問を浮かべるが、母親は邪魔をしようとする子供に、机に置いてあった包丁を手に取って切っ先を少年に向けた。邪魔をするなら刺すというように。だが、切っ先を向けられて尚、少年は鼻で笑った。と、共に床を蹴ると一瞬で母親の前に姿を現わす。一瞬で近付いた少年に、驚愕の表情を浮かべる母親。それを気にせずに、彼は右手を手刀にして包丁に振るった。

 

 

「─────なっ⁉︎」

 

「これで、武器はなくなったな」

 

 

母親は絶句した。包丁が刃の部分が斬り裂かれたからだ。ただの手刀によって。

 

 

────刃金斬り(はがねぎり)

 

 

文字通りに手刀によって、刀身を斬る技だ。子供によって齎された出来事に、驚くしかない。恐怖が襲うが、しかし、それでも母親は口を出そうとした。だが、少年はもう母親に興味がなかった。

 

 

「わ、私たちの邪魔をする…………」

 

「邪魔だ」

 

 

トンッと母親が最後に言い切る前に、右手を首筋に振るう。すると、糸が切れた人形のように母親は崩れ落ちた。それすらにも一瞥すらせずに少年は、小雪の元まで歩いて行き、体を起こした。と、まだ気を失っていなかったのか、呻き声を上げながら、少女は口を開いた。

 

 

「………ま、すたー?」

 

「あぁ、お前のマスターが助けに来たぞ」

 

 

小雪の言葉に安心させるように告げると、少女は笑みを浮かべて完全に気を失った。

 

 

「さて、この女を警察の前に置いて、小雪を病院に連れてくか」

 

 

少年は小雪を抱きかかえ、母親を片手で引きずると、街中を駆け回った。後日、警察署の前に縄で縛られた女性がビデオカメラと共に放置されて、母親の虐待が知れ渡ったのだった。

 

 

そして小雪は病院に居た。眼が覚めたら、ベットに寝ており、自分の母親が捕まった事を知り、少女が知らない間に起きた出来事に呆然としたが、なんとなく小雪は理解していた。あの時、最後に助けてくれた何者か。その人の声を聞いて、マスターが助けてくれたのだと思ったのだ。だから、病院にマスターが来たらお礼を言おうと待った。

 

 

だが、待ち続けても待ち続けても彼が現れる事はなかった。孤児院の人が来たりはしたが、マスターたる少年が来る事はない。それに少女は見捨てられたとは思わない。自分は眷属だ。友達以上の絆を持つ自分なら、いつか必ずマスターを探し出してお礼を言うのだと気合いを込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




直江大和は眷属と別れた。

未来の話

小雪「ますたー?」
冬馬「如何したんですか小雪?」
小雪「ますたーの匂いがした」
準「それってアレだろ? 昔に助けてくれたっていう」
小雪「うん‼︎ 僕のますたーだよ。必ず見付けるんだ」
準「なんと言うか、何時もそのマスター? の話をする顔は乙女そのものだな」
冬馬「それで小雪。気になっていたんですが。そのマスターというのはなんですか?」
小雪「………? ますたーはますたーだよ。そして僕はますたーの眷属」
準「なんだそりゃ」
冬馬「まぁまぁ、良いじゃないですか。小雪も楽しそうですし」
小雪「ますたー。今は何処に居るんだろうなぁ」



物陰に隠れる大和「ヤバイヤバイヤバイヤバイッ⁉︎ あいつに見付かった瞬間、俺の黒歴史が…………。隠さないと、なにがなんでもあいつにバレる訳にはいかないッ⁉︎」

ミッションスタート:榊原小雪に自分の正体を隠せ‼︎




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