マジ恋〜直江大和は夢を見る〜   作:葛城 大河

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恐らく続かない。


プロローグ まだ世に知られない達人(子供)

 

夢。それは誰もが、睡眠を取れば一度は見る事がある現象。時に起きれば、忘れていたり、うっすらと覚えているような朧げな物。それが夢だ。しかしその夢を、毎日のように見る少年が居た。忘れる事なく、朧げでもなく、起きても少年はその夢がどのようなモノなのかを完全に覚えていた。

 

 

少年が見る夢は、まるで物語のように繋がっていた。一人の弱虫で虐められっ子の少年が、武術を習う所からその夢は始まる。虐められっ子の少年が武術を教えて貰う者達は、笑ってしまう程に規格外で、人としての枠が外れた超人達だった。容易に音速の壁を突破し、海を泳ぐのではなく走り抜け、兵士が放つライフルの銃弾を簡単に躱し、果てには人間を手裏剣のように投げたり、戦車をひっくり返す。

 

 

最早、馬鹿げたような出鱈目な光景を作り出す怪物達。その彼等に少年は鍛え上げられて行き、強くなって行くという夢。もしも、漫画などか発売されていれば、その少年が主人公だっただろう。それ程までに過激な毎日を彼は送っているのだから。その夢を毎日のように少年は見続け、そして何時の日か憧れを抱くようになっていた。

 

 

─────あのように強くなりたい、と。

 

 

そう考えるようになってから、少年は毎日、身体を鍛えるようにした。何故かハッキリと夢の内容を覚えているので、夢で出て来た彼等の技を真似るようにしたのだ。まぁ、試すような相手が存在しないが故に、常に一人で隠れてやっているのだが。と、同時に少年は、その夢を見始めた頃から、とある病気を発症しており、人一倍に努力を積んでいた。

 

 

男ならば大半の者が掛かるであろう病。それが、少年には早く訪れていたのだ。そして今日も少年────直江大和は夢を見て、眼を覚ました。

 

 

「……………」

 

 

むくりと上体を起こして、少年は頭を掻いて、先程見た夢を思い出す。今回も色々と凄かった。まさか、電車の中であのような戦いを繰り広げようとは、つくづく化け物だと思い知らされる。まぁ、それはさて置き。大和は自身の頭に手を置いて、ニヒル(・・・)に笑う。

 

 

「ふっ、今日も封印されし、我が忌まわしき(きおく)を見てしまったか」

 

 

……………もう色々と駄目かも知れない。早くなんとかしないと。しかし、それを止める者は何処にも居ない。

 

 

「…………今日も良い天気だな。絶好の修行日和だ」

 

 

カーテンを開けて、窓から差し込む朝日に眼を細めて大和は呟いた。何処か自分に酔っている彼は愉快げに笑みを浮かべている。今日は土曜日であり、少年が通う小学校は休みである。故に、一日中鍛えれるというものだ。

 

 

「では、俺のアジトに行くとするか」

 

 

パジャマから外出着に着替えて、大和は玄関を出る。因みに少年が言ったアジトとは、家から離れた場所にある川辺にある橋下の事だ。そこで大和は何時も夢の中に居る超人達を真似て鍛錬をしているのだ。今回真似るのは、今日の夢に出て来た空手の達人の動きだった。

 

 

「………………」

 

 

鍛錬を開始する頃には、彼は神経を研ぎ澄ましていた。眼を閉じ、リズム良く呼吸を繰り返す。イメージするのは、何度も夢に見た、彼等の動き。それを思い出しながら、静かに少年は構えた。その構えは、彼が独自に編み出した、大和にとって最も動きやすい構えだ。そして一拍を置いて、

 

 

「はっ、不動砂塵爆(ふどうさじんばく)

 

 

放たれた右拳は、眼前にあるサンドバッグに吸い込まれる。トンッと軽く拳が当たった瞬間────サンドバッグの後ろが轟音と共に吹き飛んだ。サラサラと舞うサンドバッグの中にあった砂。しかし、その程度では終わりではない。少年は続いて行動した。大きな穴が空いたサンドバッグに向けて、脚撃を放つ。

 

 

「はぁっ‼︎」

 

 

裂帛の気合いと共に脚撃が渦のように襲い掛かり、サンドバッグを細切れにしていくだけに留まらず、背後にある壁も面白いように破断する。

 

 

────渦廻斬輪蹴(うずまわしざんりんげり)

 

 

その名前の通りに、壁が少年の脚撃により削り取られていく。すると、大和は技を中断して、跳躍する。そして空中で体を旋回させて手刀を放つ。

 

 

────断空手刀斬り(だんくうしゅとうぎり)

 

 

周囲を斬り裂く上向きの手刀打ち。ソレが先ほどの蹴りと同様に、壁を粉砕する。と、着地と共に大和は締めの技を繰り出した。息を整え、自身の氣を練る。次の瞬間。ソレを解き放った。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ────‼︎」

 

 

────鉄鬼百段(てっきひゃくだん)

 

 

空手に存在する多種多様の技を放ち、全方位の一撃を与える技だ。轟音が鳴り、壁を破壊する。そして終わる頃には、一面の壁には仏が出来ていた。それを疲れたように、汗を拭う少年だ。

 

 

「ふぅ、まぁまぁだな」

 

 

自身が作り上げた仏に、まだまだと採点を下す彼である。これが、直江大和の日常である。彼は今、自分の実力がどれほどなのか気付いていない。比べる相手が居ないから、武術を学んで居る者ならこれぐらいは出来るものだと思っていた。故に気付かない。自分の力を披露すれば、一瞬の内に大和の実力が広まる事だろう。しかし、そんな事を彼はしない。何故なら自分が努力しているとこや、簡単に武術を見せるのはカッコ悪い事だからだ。

 

 

それに、あの病気を患っている彼なら、こう答えるだろう。『隠した方がカッコ良いだろ?』と。こういう考えから、少年は人前で、そんな簡単に武術を使わず、努力をしてきたのだ。

 

 

これは少年────直江大和と武術家たちの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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