雄太が怪我をする5時間前
「ふう。何時までこんな生活が続くんだか」
「た…確かに良く続けられるね」
「本当だよな…あいつらは俺がこんなことを続けられることをもっと褒めてくれても良いと思う」
雄太は学校終わりの特訓に付き合ってくれたフェイトと一緒に帰宅をする。特訓もそうだが、雄太はここ二ヶ月ほど特訓以外にも猫姉妹と一緒に調べ物をしているので、更に疲れが溜まっており、フラフラになっている。フェイトはそんな雄太の様子を見て、今更ながらこんな凄まじい特訓を続けていることに驚きを隠せずにいる。
「明日も特訓かぁ…しかも放課後に2クラス合同で運動会の練習だろ?やだなぁ…サボってもいいか?」
「仮に私が許してもなのはとアリサは絶対に許さないと思うよ?何処に逃げても絶対に追いかけてくると思う」
「だよなぁ…」
雄太は自らのウンザリとした気持ちを吐き出すようにため息を放つ。フェイトはそんな雄太の様子を見て、クスリと笑う。
「というか、初めからサボるつもり何てないでしょ?ゆーたは、何だかんだ言って変なところで真面目だし」
「だから、買い被りだと言うに」
そんな様子で雄太とフェイトは日常を満喫していた。しかし、その空気を一変させる人物が現れた。
「何で…そんなに楽しそうなんですか!」
突然後ろから発せられた聞き覚えのある幼い声に雄太とフェイトは同時に振り向く。そこに居たのは
「ティアナ…」
雄太が殺したティーダ・ランスターの妹であるティアナ・ランスターだった。
「覚えててくれたんですか…自分が殺した人物の妹のことを」
「ティアナちゃん!そんな言い方」
「すまん。黙っててくれ、フェイト」
二人の会話に割って入ろうとしたフェイトの前に雄太は手を伸ばし、黙っててくれるように頼む。雄太のその言葉に思うところはあったフェイトだが、一先ずは黙り込む。
そんな二人の様子を見て、ティアナはふんと鼻を鳴らす。
「楽しそうなんですね…人の兄さんを殺しておいて!」
「確かにそれは事実だが…何でお前がそんなこと知ってんだ?」
「ある人達に聞いたんです…あなたが…私の兄を殺したって」
「そうか…」
そう言って雄太は何かを考えるように黙り込む。しかし、ティアナの言葉は続く。
「どうして…どうして兄さんを殺したんですか!あなたのことを兄さんは…大好きだったのに」
感極まってポロポロと涙を流すティアナを見て、話を聞いていたフェイトはオロオロと雄太とティアナを交互に見る。雄太は髪をかきながら、目を逸らして答える。
「別に理由なんてねーよ。誰から聞いたか知らんけど、あれは正当防衛だったんだよ。正当防衛に理由なんかある訳ねーだろーが」
「嘘だ!あの人は言ってました!あそこまでする必要はなかったって!あなたには兄さんに対する殺意があったって!」
「殺意…ね」
雄太はティアナの言葉を聞き、遠くを見つめる。何かを思い返しているかのような瞳をしながら。
「ゆーた…?」
黙っているように言われたフェイトだが、雄太のその様子が心配になり、思わず声をかける。そんなフェイトの様子に気付いたのかなんでもないとフェイトに答える。
「確かに殺意はあったかもしれねーな」
「やっぱり!」
「ゆーた!?」
本当だったのかとティアナは雄太を睨みつけ、予想外の言葉が発せられたことにフェイトは驚愕の表情を浮かべる。しかし、雄太はそんな二人の様子を気にもせずに、淡々と答える。
「人を殺しといて今更言い訳はしねーよ。確かにティーダさんを殺したのは俺だし、そのことを否定する気もない。だから、ティアナ。お前には俺を恨む資格がある。お前からの復讐なら俺は何時でも受け入れるさ」
その言葉と同時に雄太はティアナから背を向けて再び歩き出す。フェイトはどうすべきかどうか悩んでいるのか、雄太とティアナの双方を見返していたが、最終的に雄太の後についてきた。
残されたティアナは恨みでプルプルと震え、涙目になりながら雄太に怒鳴る。
「殺してやる!あんたなんて!私が殺してやる!」
その言葉に雄太は立ち止まり、後ろを向いたまま答える。
「好きにしろよ。ただ…俺は殺されてはやらんがな」
そう言うと、再び雄太は歩き出し、ティアナの視界からいなくなる。そうして暫く歩いた後にフェイトが切り出す。
「ゆーた!あんな言い方をしたら」
「いいんだよ」
全てを言わせず、雄太はフェイトの言葉を遮る。
「どんな言い方をしても、俺がティアナの兄さんの命を奪ったっていう事実は変わらないんだ」
だからこそ
「恨まれるのは当たり前さ」
表情を変えずに、そう言い切った雄太にフェイトはかける言葉を見失った。しかし、自分の思いを雄太に伝えなければならないと考えたフェイトは雄太の腕を掴む。
いきなりのことに雄太は多少驚き、フェイトに文句を言おうとしたが、フェイトの真剣な表情に口を噤んだ。
「ゆーた…知ってると思うけど…私…一ヶ月前に母さんが死んじゃったんだ…」
「…ああ」
「ゆーたまで居なくなっちゃ…嫌だよ」
瞳に涙を滲ませながら、語りかけてくるフェイトに雄太は思わず視線を逸らした。
「安心しろよ。俺の夢は可愛い奥さんと結婚して、いちゃいちゃすることだ。こんなところで居なくなる気はねーよ」
「雄太!」
雄太がフェイトと別れて暫くしてから、雄太がレブールを介して呼んだアリアが慌てた様子でやってきた。何故こんなに慌てているのか分からない雄太は首をかしげる。
「何でそんなにあわててるんだ?」
「決まってるんでしょ!ティアナと会ったんでしょ!どうなったの!?」
ああ、だからかと納得した雄太は何でもないことのように喋る。
「別に何にもねーよ。ただ、ティアナに絶対に許さないって言われたくらいだ」
「何にもなくないじゃない!別にアレは雄太が悪いわけじゃないわ!あれは」
「俺が殺したんだよ」
怒ったように喋り出したアリアの言葉を雄太は止める。
「あそこであの時何があったか何てティアナにはどうでも良い話だ。ティアナにとっては大切な兄貴を殺されたという事実に変わりはないんだからな」
「それは…だけど!」
「いいんだよ」
尚も我慢ならないと言わんばかりに口を開いたアリアの言葉を再び雄太は止める。
「これが俺の選んだ道だ」
「雄太…」
少し寂しそうに喋る雄太に今度こそアリアは何も言えなくなってしまった。
「で…だ。俺がアリアを呼んだ要件についてだけど」
「あ…ああ、そうね。一体何なの?」
「少し調べて欲しいことがある」
「あの件とは別に?」
「ほぼ、そうだがちょっと違う。俺が調べて欲しいのは、ティアナに最近接近してきた奴についてだ」
アリアは、やはりかという表情をする。アリアとしても気になっていたのだろう。
「アリアも気付いただろうけど、ティアナが一人でこっちにいることもそうだし、何より俺がティーダさんを殺したことをティアナが知っているはずがない。ティアナの境遇を考えたら、ティアナに兄貴を殺した奴のことを教えたら、どうするかなんてのはある程度予想がつくはずだ」
だからこそ、ティアナの周りにいる人がそんな情報をティアナに教えるはずがないと雄太は言う。アリアも同感だったのか、頷きながら答える。
「ティアナにそんなことを教えるとしたら、それは悪意を持ち、あの時あの場で何があったのかを知っている人物…つまり」
「俺たちの予想通りあの事件には生き残りがいたってことだ」
「…急いだ方が良さそうね。急いで調べるわ。雄太。あんたは無茶しちゃダメよ」
「ああ。わーってるよ」
雄太のその言葉と同時にアリアは飛び跳ね、雄太の視界から消える。雄太もその姿を見送った後に帰宅の途に着くが、雄太も焦りから周囲への警戒を怠っていたアリアも終ぞ気付くことはなかった。今の雄太とアリアの会話をこっそりと聞いていた者の存在に。
アースラ内部
「クロノ」
自室で仕事をしていたクロノは突然自分の名前が呼ばれたことに多少驚いたが、その声の主に覚えがあったので振り向くこともなく、作業を続ける。
「何だ使い魔くん。この通り僕は忙しいんだ。大した用がないなら邪魔をしないでくれるかな」
若干挑発をしているように喋っているように聞こえるクロノ。しかし、この二人にとってこの程度の挑発は普通であり、何時ものユーノであるならば、この言葉を挑発で返し、喧嘩が始まるのだが、今日は何時もとは違っていた。
「雄太の事件のことで話がある」
その言葉に作業を進めていたクロノの手がピタリと止まり、ユーノの方を見る。ユーノはそのクロノの様子を見て話を続ける。
「雄太の様子が変だったから、僕なりにあの事件のことを調べ直してみたんだ。そうしたら、色々気になることが出てきた」
バサッとユーノは持っていた資料をクロノの机の上に置く。クロノはその資料を手に取り、目を通す。
「思い返せば、あの事件には最初から違和感があったんだ。あの事件は生存者が雄太一人っていう重大事件だったのに、碌に検証もしないであっという間に管理局員と犯罪者の殺し合いや雄太の正当防衛が決まったりした」
ユーノの言葉を聞きながら、クロノは資料を読んでいたが、ユーノの言葉が終わったタイミングで切り出す。
「前置きは良い」
クロノは読んでいた資料を置きながら言う。
「君は僕に何を言いたいんだ?」
「決まってるだろ」
ふんと鼻を鳴らしてユーノは答える。
「君は腹が立つ奴だけど、優秀な奴だってのは認めてる。そんな君があの事件に違和感を持たなかったはずはない。君なりに調べてはいたんだろ?そして今の僕の話を聞いたら結論は一つしかない」
ユーノは一拍置いてから続ける。
「あの事件には裏で手を引いてる人…正確に言えば、真実を隠してる人がいる。そんなことができる人は限られる。雄太の周りに限定すればほとんどいない。そして、クロノ。君なら、その人物とコンタクトが取れるはずだ」
「真実が知りたいんだ。クロノ。僕をあの人に会わせてくれ」
自分で書いてて何だけど、こんなにシリアスになるとは思わなかった。