「ん…ここは?」
「あ、気がついた?」
眼を覚ますと知らない場所にいた。部屋の雰囲気からすると、どうやら此処は病室らしい。意識がなかったので確実なことは言えないが、グレアム提督たちが病院に運んできてくれたのだろう。まあ、それはいいのだが
「何でお前がいるんだよ、フェイト」
「私があなたの治療をしてあげたからよ」
シャッと俺の部屋を仕切っていたカーテンを開けて入ってきたのは、意外な人物だった。
「久し振りですね、プレシアさん」
「敬語は止めなさい。あなたに敬語を使われるとゾッとするわ」
折角敬語を使ったというのに酷い言われようである。そんな俺たちのやり取りを見て何が楽しいのか知らんが、フェイトは楽しそうに笑っている。しかし、この感じからするとフェイトとプレシアの親子関係は、案外上手くいっているようだ。この二人の関係は原作とはかけ離れたものになっており、俺としても不安だったのだが、このような仲睦まじい姿を見たところ問題のようなものは生じていないらしい。
「何でそんな大怪我を負っていたのかしら?主治医としては聞く権利があると思うんだけど?」
「あれ?知らねーの?」
「知るわけないでしょう。私とフェイトが偶然管理局の人間と一緒に私の治療のために病院に寄ったら、傷だらけのあなたが病院の前に置き去りにされていたということで、大騒ぎになっていたのよ。それであなたに気が付いたフェイトが物凄く心配をしてね。そんなフェイトのために!私があなたを治療を申し出たというわけよ」
「そいつはどーも、ありがとうございました」
どうやらグレアム提督たちは自分たちと俺との接点を作らないようにするために、病院側に名乗り出ることは避けたらしい。
(当然と言えば当然か)
俺とグレアム提督に客観的に見たところで共通点は存在せず、もし勝負のことがバレでもしたら闇の書のことを話さない訳にはいかなくなる。それを防ぐためには名乗り出るわけにはいかなかったんだろう。まあ、俺が真実を話せば一瞬でバレてしまうわけだが、そこは俺のことを信じてくれているのだろう。もしくは俺の口からバレるのであればしょうがないと割り切ってしまっているのかもしれない。
「どう致しまして。それで?」
何と答えるべきやら。ここまでボコボコにされたことに思うことはあるが、これは勝負の結果であり、このことに関して俺がグレアム提督を責める筋合いはない。ということは
「えーと、階段から落ちました?」
誤魔化すしかない。しかしもうちょっと信憑性のある嘘つけないのかよ俺。
「あなた本気で言ってるの?」
「ゆーた、流石にそれは…」
プレシアは可哀想な子を見る目で見てくるし、フェイトは苦笑いを浮かべている。まあ、無理もない。階段から落ちてこんな怪我をする訳がない。しかし、しょーがないじゃないか咄嗟についた嘘なんだから。てか、グレアム提督たちも適当な言い訳くらい作っておけや。
「ふう。まあ、いいわ。その怪我はあなたが言いたくない類のことが原因ということだけは分かったから。カルテにはそれっぽい嘘をでっち上げといてあげるわ。あなたも後でこのカルテを確認して、誰かに聞かれたら、ここに書かれている通りのことを言いなさい」
「マジで!?ありがとう」
「別に良いわ。貸しにしといてあげるから」
一体この貸しがどうなって帰ってくるのやら。しかしプレシアほどの人物が作った言い訳なら俺のより数段優れているだろうから、これは乗るしかないな。
「さて、じゃあカルテを書かないとね。フェイト悪いんだけど、カルテを持ってきてくれないかしら?」
「あ、はーい。じゃあ、ゆーたちょっと行ってくるね」
「おー、行ってら」
そう言ってフェイトは俺の病室を出て行く。すると必然的に俺とプレシアの二人だけが俺の病室に残されることになる。ていうか、もしかして
「フェイトが居ない内にあなたに話しておきたいことがあるの」
「やっぱりか」
「あら、気付いていたのね。相変わらず変なところで鋭い子ね」
まあ、いいわと言いながらプレシアは話を続ける。
「私はもうすぐ死ぬわ。あなたに会うのもこれが最後になるでしょうね」
「…そーかい」
いきなりのヘビーな告白に俺は何も気の利いたことが言えなかった。
「別に死ぬことは怖くないわ。本当なら、時の庭園で死んでいたはずの命。それをあなたたちが生かしてくれたおかげで、僅かな間とはいえフェイトと幸せな時間を過ごせているのだから」
これは嘘ではないのだろう。プレシアはとても満ち足りている表情を浮かべている。アリシアを失ったショックで多重人格にまでなったプレシアがこんな表情を浮かべるようになるとは、あの時は想像もしていなかった。
「でもね、唯一心懸かりなことがあるの」
その先は言わずとも俺には分かる。
「フェイトのことよ。ずっと私が閉じ込めて育ててしまったから社会のことも知らないわ。学校に行ったこともない。そんな状態でこれから先の人生を渡っていけるのかどうか不安なのよ」
だろうな。実際原作でも結構世間知らずの行動を取っている訳だし、このプレシアの不安は残念ながら実現してしまう訳か。
「リンディ・ハラオウンにはフェイトの義理の家族になってくれるように頼んでおいたわ。あの女なら信用できると思ったしね」
「いいんじゃねーの」
原作でも大丈夫だったというのもあるが、この世界で実際にリンディさんを見てもあの人ならフェイトをちゃんと育てることができると断言できる。
「んで?何でそんなことを俺に言った訳?」
「家族にできることには限界があるわ。だからこそ、フェイトの初めての友達になってくれたあなたに頼みたいことがあるのよ」
まあ、そんなことだとは思ったが
「前も言ったけど、フェイトを守ってくれとかは無理だ。俺には荷が重すぎる」
「誰がそんなことをあなたに頼むのよ。あなたの実力でフェイトを守るなんて無理に決まってるでしょ」
ぐうの音も出ない正論だが、他人に言われると非常に悲しい。
「あなたに頼みたいのはフェイトの側にいてあげてってこと。あの子は純粋だから、まだ危ないこととか悪いことの境目が分からないわ。もしフェイトが間違ったり、迷ったりした時には止めたり、一緒に悩んだりしてあげて欲しいの」
何かどっかの白い悪魔の親にも似たようなことを頼まれたな。何でどいつもこいつもこんなダメ人間に、そんな大切なことを頼むんだよ。俺はちらと病室の窓から外を見ながらプレシアに言う。
「ちなみに断ったら?」
「その時はあなたの怪我の言い訳を作ることが難しくなっちゃうかもしれないわね」
言ったでしょ、貸しだって。と言いながらプレシアは笑う。わー、凄い良い笑顔。だけど、何故かこの笑顔には苛立ちしか湧かない。俺はため息をつき、頭を掻きながら寝ていた体を起こしてしっかりと座って答える。
「分かったよ。約束だ。俺はフェイトの側にいてやる。役に立つかどうかは保証できんけどな」
「それで十分よ。ありがとう」
そう言いながらプレシアは満足そうに笑う。その笑顔から俺は思わず目をそらす。どうして親ってのはこうも子供のためにそこまで一生懸命になれるんだよ。
その後フェイトが戻ってくるまで俺とプレシアとの間に会話はなかった。フェイトが戻ってきてからは三人で少し喋った後、時間だということで二人は帰って行った。
急に静かになった病室で俺は寝転がりながら1人呟く。
「いつの間にか随分と約束が増えちまったな」
余談だが、この後来た両親には物凄く心配され、なのはにはたっぷりと説教を頂いた。
プレシアが実際に治療できるかは知りませんが、この小説では、そういうことにしてあります。