「ここでいいだろう。かかってきたまえ」
訓練室のような場所に移動した雄太達は、勝負を始めようとしていた。アリアとロッテは戦いに加わるつもりは宣言通り全くないらしく、遠くからこっちの戦いの行方を見守っている。正直に言ってしまえば、移動の間で少々冷静になった雄太からしてみたら、何でこんなことになってしまったんだという気分ではあったが、自分で蒔いた種である。
「来ないのかい?なら此方から行くぞ」
老人とは思えない程のスピードで豪腕を振り下ろしてくることグレアムの右拳を横にステップすることで躱した雄太は、グレアムの側頭部に蹴りを放ったが、他愛なくグレアムの左手に防がれる。
そこから雄太は空いたグレアムの胸を目掛けて魔力弾を放ったが、攻撃から防御に入ったグレアムの右手で完全に防がれる。しかし、この魔力弾によって雄太とグレアムの距離は戦いの開始時に戻った。
「やっぱ無理ゲー過ぎるだろ、これ」
「だから言ったろう。私に考えを変えさせたいのであれば、これぐらいの不利は超えてみせろと」
簡単に言ってくれるぜと雄太は愚痴ったが、愚痴った所で状況は変わらない。
(今回の俺の勝利条件はグレアム提督に一撃を与えることであって、倒すことじゃない。だったら、勝てる見込みはある)
しかし雄太には勝算と言って良い程のものではないが、僅かながらの光明はあった。なのはとの魔法の特訓(雄太からするとイジメ)のおかげで覚えた魔法は、もしかするとグレアム提督の虚をつけるものではないかと思っているのだ。しかし、幾ら虚をつける可能性があるとは言っても二人の実力差は歴然であり、グレアム提督は幾多の戦場を潜り抜けてきた百戦錬磨。その中にはグレアム提督にも思いもよらないような攻撃をしてきた敵も沢山いたことだろう。そのような人に虚をついた所で雄太ごときの攻撃が当たるはずもない。しかし
(圧倒的な実力差があることで油断してくれれば可能性はある)
このような考えがあるからこそ、開始早々雄太は積極的に全力で攻撃したのだ。全力の雄太の攻撃を受けることで、実力差が明白であることを理解して貰い、その実力差から来る油断を誘うために。だが、そのためには
(グレアム提督が油断してくれるまで俺は倒れられないんだよな)
やはり無理ゲーである。思えばマトモな実戦がほとんどないのに、数ある二つの戦いとも相手がS級魔導師とか完全にゲームバランスが間違っている。もしこれが、買ってきたゲームであるならば開始10分で諦めている自信がある。
(でも、行くしかない)「おりゃ!」
今度は雄太から飛び蹴りを仕掛けるが、あっさり躱されて反撃拳を腹に食らう。
「ぐふっ!」
「無闇に飛び上がるのは感心しないな」
その威力に思わず朝食べたものを吐き出しそうになったが、何とかギリギリで堪える。
「空中からの攻撃というのは派手だが、実戦的じゃない。相手の攻撃を躱しにくくなる上に命中率も下がる。絶対に当たると思わない限り、そんなに使わない方が良い」
「や、やかましい」
威勢良く返事はするが、先程の攻撃のダメージでまだ立てない雄太。ふうと呆れたようなため息を出したグレアムはこう続ける。
「もう止めた方が良いと思うがね。もう分かっただろう?君では私に一撃を与えることだってできない。無益な痛みをこれ以上味わう必要はないだろう」
「無益とか勝手に決めてんじゃねぇよ」
雄太は歯を食いしばりながら、何とか立ち上がる。誰が見てもダメージは甚大だが、雄太の目はまだ死んでいなかった。
「俺の行動が無益かどうかは俺が決める」
「それだけのダメージを受けていながら、まだそれほど喋れるとは大したものだ。これが普通の勝負だったのなら、君の姿勢に敬意を表して負けてあげても良かったんだがね」
しかし、と言いグレアムは続ける。
「しかし、これだけは譲るわけにはいかない。闇の書を封印し、闇の書の犠牲者を二度と出さない。私は、あれから、このためだけに生きてきたのだから」
「随分とつまらん人生だな」
過去を思い返し、悲しみを帯びた表情をしているグレアムに雄太は目を逸らさず言い放つ。
「クラウドさんだって、そんなこと望んでないと思うけどな」
雄太のこの言葉に一瞬だけグレアムは反応したが、すぐに冷静になった。雄太の未来予知の能力があれば、クラウドのことを知っていたとしてもおかしくないと思ったのかもしれない。
「そうだろうね。彼は優しい人だった。彼ならば、私がこのようなことに手を染めるのを良しとはしないだろう」
「けど、止める気はないんだろ?」
「ああ、ない」
グレアムの目に迷いはなかった。
「クラウド君のためじゃない。これは私のために行っている計画なのだ。例え自己満足にしかならんとしても止める気はない」
「ははっ」
グレアムの言葉を聞いて、雄太は突然笑い出す。それは自嘲するかのような笑い方だった。
「何が可笑しいのかね?」
自分の真剣な思いを笑われてグレアムは少し不機嫌になる。
「ああ、悪い、悪い。別にあんたの話で笑った訳じゃないんだ」
雄太は、未だ含み笑いが残りながら喋り続ける。
「さっきの部屋であんたの話を聞いてから、俺は何となく胸糞悪いものを感じてた」
「それは私が幼い少女を犠牲にする計画を立てているからだろう?」
「さっきまでは俺もそう思ってた。だけど今分かった。そうじゃない。俺が胸糞悪かったのは只の同族嫌悪だよ」
「同族嫌悪?君と私が同じだと言うのかね?」
そんなことはないという言葉を言外に含めてグレアムは言う。
「ああ、そうだよ。俺はあんたと同じだ。世界のために何て大層な御題目を付けて一人の人間を犠牲にしようとしている」
雄太の頭の中にはティーダ・ランスターの姿が浮かんでいた。彼が死ぬということが分かっていながら、雄太は何もしてこなかったし、これからもするつもりはなかった。ティーダ・ランスターが死ななければ、原作は崩壊し、より多くの人が死ぬかもしれない。だからこそ、ティーダ・ランスターを助けてはならない。暴れ出そうとする自分の思いに蓋をするかのように、雄太は何時も呪文のように、これらの言葉を唱えていた。
「俺もさ、本当は分かってたんだ、自分が本当にしたいことが何なのかって。でも自分に自信がなくて、もし間違えちまったらどうしようって。それが怖くて自分がしたいことができなかった」
そうだよと心の中で雄太は言う。俺はティーダさんに生きてて欲しかったんだ。あんな馬鹿みたいに良い人が死ぬような未来じゃなくて、大好きな妹と一緒に穏やかに生きてて欲しかったんだ。
「でも、もう逃げねーよ。俺は俺がしたいようにやる。未来何て知ったことか。俺は今を生きてやる」
だからと言い、雄太は続ける。
「あんたも今を生きろよ、グレアム提督。確かにあんたが言ったように確実にハッピーエンドの未来じゃないかもしれない。けど、それは今の段階での話だ。サイコロは振ってみなきゃ、どうなるか分かんねーよ」
雄太のこの言葉にグレアムは迷った様子を見せる…が。
「話はそれだけかね」
グレアムは戦闘続行の意思を示す。
「君の言いたいことは分かった。雄太君は私なんかよりもよっぽど強い人間なのだろうな。だが、勝負は変わらない」
グレアムの拳に魔力が集中する。そのグレアムの姿を見て、雄太も何時でも動けるような姿勢に変える。
「力無さ正義は無力だ。君の考えが如何に崇高なものだとしても私との勝負に勝たなければ何にもならんよ」
「ああ、分かってるさ。戦う前から言ってんだろ?あんたの目を覚ましてやるってよ」
「では、やってみたまえ!」
グレアムは力任せに地面を拳で攻撃し、そこから舞い上がった土砂が雄太を襲う。予想外の攻撃に雄太は面食らうが、何とか冷静になり、魔力破を放出することで、その土砂を吹き飛ばすことに成功するが、目の前にいたグレアムの姿が消えていた。
「何処に」
「後ろだ」
雄太が振り向く前にグレアムは魔力の篭った拳で雄太を殴りつけることで上空に飛ばした。
「ぐはっ!」
上空に飛ばされた衝撃で、口から血を吐く雄太。今の一撃で内臓が損傷したのかもしれない。雄太は落下のダメージを軽減するために受け身の体勢を取るが
「空中だから、攻撃が来ないとは限らないのではないかね?」
「なっ!?」
雄太の更に上に飛んできたグレアムに雄太は驚愕する。急いでグレアムの攻撃に対する防御を取ろうとするが圧倒的に遅すぎる。グレアムは両の手を組んで思いきり、雄太の腹に向かって振り下ろす。雄太は、その攻撃によって地面に向かってピンポン球のように飛んで行く。
「がっ!? ぐほっ!!」
受け身の体勢を取ったとはいえ、信じられないスピードで地面に向かって叩きつけられた雄太は、地面に平伏してしまう。素人目で見ても、入院確定の一撃だった。
「父様!流石にやり過ぎじゃあ」
「アリアは黙っていなさい。これは男の勝負だ」
この光景を見て、アリアが止めに入ろうとするが、グレアムの一喝により動きを止めてしまう。
「これで分かっただろう、雄太君。この勝負は君の負けだ。君には君の譲れないものがあるのは、さっきの言葉で分かった。だが、勝負は勝負だ。私の計画に変更はない」
「何を…言ってんだよ…勝負はまだ…終わって…ねぇだろ」
これにはグレアムも驚愕の表情を浮かべる。雄太はボロボロの状態ながら、立ち上がった。その足はガクガクと震え、身体中の出血は収まっていない。無理をしているのは一目瞭然だ。
しかし、それでもまだ
「続けようぜ…グレアム提督」
雄太は勝負を諦めていない。
「何言ってんだよ!もう無理に決まってんだろーが!」
この現状に先程まで黙っていたロッテも流石に口を挟む。
「うるせーよ、俺だってもう帰りてーよ。今すぐに病院行って、ベッドの上でゴロゴロできたらどんだけ楽か…」
「なら、何故?」
「さっき言っただろ?もう逃げるのは止めたんだよ」
グレアムの言葉に、雄太は即答する。
「どんなに泥だらけになろうが、ボロボロになろうが」
雄太は最後の力を振り絞り、全身に魔力を漲らせる。
「馬鹿みたいに自分のやりたいことをやるってな!」
最後の一撃と言わんばかりに、雄太はグレアムに向かって突撃する。それをグレアムは少し悲しそうに見つめる。
「格好良いな、君は。だが、私には勝てん」
グレアムは雄太の最後の特攻を迎え撃つ体勢に入る。どれだけ力を振り絞っても、正面からの激突で雄太がグレアムに勝てる道理はない、結果は分かりきっている。見ていたアリアとロッテは思わず目を瞑る。
「せめて、一撃で意識を刈り取ってやろう!」
「待ってたぜ、あんたの本気の一撃を!」
「これは!?」
雄太は自分の魔力を剣のように伸ばすことで、グレアムの攻撃範囲外から攻撃をする。これは雄太がなのはとの特訓によって身につけた魔力の物質化だ。これによって雄太は攻撃範囲を格段に伸ばすことができた。だが、雄太はこの攻撃をせず、今まで敢えて拳と未完成な威力の魔力波しか使わないことでグレアムに雄太の攻撃範囲を誤認させることに成功した。しかし、これだけの実力差があれば、グレアムは一撃に然程力を込めず、冷静な思考のまま戦うことが可能だ。それだと、幾ら虚を突いたとしてもグレアムであれば躱してしまうかもしれない。だからこそ、雄太はこれまでの戦いを通して、グレアムが本気の一撃をするタイミングを待っていたのだ。
「俺の全魔力をこの一撃にくれてやる!」
「こしゃくな!」
雄太の剣の一撃をグレアムは魔力を込めて防御する。激突による衝撃にもボロボロである雄太は耐えきれずに吹き飛んでしまう。
「どうだ、これなら…」
雄太は朦朧とする意識の中で砂ほこりの向こう側を見つめる。そこに出てきたのは
「くそったれ…」
無傷のグレアムだった。雄太はもう一度立ち上がろうと足に力を込めるが、もう既に限界を迎えている身体は言うことをきいてくれない。立ち上がるどころか意識を失う寸前である雄太の耳にグレアムの声が響く。
「参った。君の勝ちだ」
グレアムは雄太に自らの首筋を指し示す。そこには薄っすらとだが傷が滲んでいた。
「君の一撃は、確かに私に届いていたよ」
そのグレアムの言葉を聞いた直後、雄太は意識を失った。
ブリーチで一番好きなセリフ出しちゃいました。