新月は機甲兵を照らすか   作:大空飛男
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そして月は昇る

秋月と照月も同じ2階に部屋があり、三人は途中まで同行し階段を上がると、彼女らと反対に位置する場所に部屋のある初月は、登り切った場所で別れを告げた。

どうやら2階は艦娘専用の区画らしく、初月が歩みを進める途中、ドアにネームプレートを掛けている部屋もあれば、私物らしきものが部屋の外で雑に置いてもあった。しかし、途中ばったり所属艦娘と出会うこともなく、初月はそのまま部屋へとたどり着く。

部屋番号は206。2階の一番端に位置する部屋である。ドアを正面に見て左手に窓があり、そこからはぽつぽつと明かりの灯るラバウルの町が見え、いずれはあの町まで向かうこともあるかもしれないと、初月はふと思う。舞鶴にいたころは、なんだかんだ言いつつも秋月や照月とともに、町まで買い出しにも足を運んでいた。もっとも、初月がそこで洋服や小物などを無駄に買うことなく、むしろ二人の荷物持ちと化していたのだが。

さて、初月がいよいよ自室のドアを開き中へと入ると、そこには薄暗くもベッドと簡易的な机、何の装飾もないシンプルな時計を確認することができた。その他の家具は何もない、月明かりが差し込む殺風景な室内である。初月は靴を脱いで、ゆっくりと室内へ足を掛ける。
ちなみにもともと外国の基地ゆえに土足で入室することを視野に入れた作りであったが、日ノ本にわたると同時に、改装され、その文化はこの基地内では消えている。

電気をつけると、白々と輝く蛍光灯により室内は照らされた。特に汚れもなく、数歩歩いた後ろを見ても、足跡などついてはいない。漂う空気も庁舎のような埃っぽくもないことから、初月はどこか感心した声を漏らした。

「なるほど、ちゃんと清掃してあるようだ。てっきり埃っぽいと考えていたが…。やはり僕にはもったいない待遇だな」

清掃はもちろん、奥手に見えるベッドも綺麗に整えられている徹底ぶり。また入らなければわからなかったが、すぐ横には洗面所と簡易なシャワールームもあり、例えるのであればビジネスホテルのような部屋であった。

初月はベッドの前まで歩むと、制服のボタンやスカートのフックを外し、それを簡単に畳んでベッドの上へと投げ捨てる。今彼女が纏うのは、黒いインナーとタイツだけであった。

そのままの状態で彼女は早速洗面所へ向かうと、顔を濯いだ。ひんやりとした水は、夜間もそれなりに熱いラバウルの気候にとって、ありがたい事だろう。

初月が顔を上げると、そこに映るのは華奢な体つきで控えめに胸が膨らんだ少女の姿がある。言うまでもなく初月本人だが、改めて自分の姿を見て、初月はぼそりと言葉を漏らした。

「僕は…こんなに大きくなったんだよ…トシくん…」

そう彼女はつぶやくと再びベッド近くまで行き、今度は昼間に掻いた汗を流すべくシャワーを浴びようと思い立つ。そこで室内の端に置いてある、私物のダッフルバックを開け、中からタオルを取り出した。

あらかじめ荷物は船から降りる際、船内の兵士から自室へ送らせていただくと聞いており、事実何の手違いもなく送られたようだ。今思えばそうした待遇も、すべて艦娘である為だったのだろうと、初月はふと思い返した。

「うん、よかった。何もなくなってない。まあ、流石に人の物を、勝手に開けるような輩はいないか。帝国軍人として、あるまじき行為だからな」

荷物の中身を確認を終えた初月は、次いであの写真立てを取り出した。写真には言わずと先ほど猛烈に初月を否定し虐げた、あの堕落した提督の若き姿。そして小さいころの、まだ何も知らなかった小さいころの初月が写っている。

自分を救った人物があそこまで堕ちてしまっていて、かつ彼は自分の事もまるで覚えていない様子であった。それなのに、この十数年間の間自分はあの提督を信じていたのかと思うと、一般的な人々のように岬守そのものを拒絶し、嫌ってしまいそうになる。いや、むしろそれが一般人として普通の思考なのだろう。

だがしかし、手に持つ写真を大事そうに眺める初月には、長門との言い合いの際ある覚悟が生まれていた。

「…僕は、やっぱりあきらめきれないよ…。きっと貴方は僕の事を覚えていないかもしれないけど、僕は忘れることができないんだ。だって、貴方は僕の…」

そこで初月は言いとどまると、ふうと息を吐いた。そして写真立てを、用意された簡易な机の上に置き、再びじいっと写真立てを見つめた。

「僕は、たとえ貴方に虐げられても挫けない。だって、僕は貴方の役に立ちたくて艦娘になったんだ。神皇様に任命されたからとか、御霊之札が送られたからとか、そういった事で決めたわけじゃない。…まだ退役してなかったのはすごくうれしかったし、一緒の場所で戦えることも、とても誇らしい。だから僕は何と言われようと、貴方に接していきたい。もっと僕は、貴方を知りたい…」

それは、彼女の覚悟を復唱したものであった。いうなればもはや病的と言ってもいいだろう。だが、それが彼女の信念あり、性格である。

初月は写真立てにほんの少し笑みを見せると、シャワールームへと足を運んだのだった。




夜の庁舎内は昼間と変わらず、照らす気のない蛍光灯が道筋を示している。もともと周りには建物が多く、窓も少なかったこの場所には、月明かりすらも入りにくい。

その暗闇の中、カツリカツリと足音が響いていた。手元にはいまどき古臭い石油式のハリケーンランタンを持ち、そこから照らされる優しい光は、所持者の像を長く伸ばしている。
足音は三階の端にある執務室の前でふと止まると、コンコンコンと三回ほどノックをする音が響いた。部屋の中にいる人物が「入れ」と短く声を出すと、ドアがゆっくりと開いた。

「…食事を持ってきたぞ。電気くらいつけたらどうだ」

冷たく言葉を発するのは、長門であった。庁舎に響いていた足音を立てていたのは、彼女であったのだ。彼女は毎晩、こうしてこの男―佐貫俊一郎に夕食を持ってきている。

もっともこれは好意によるものでもなく、また俊一郎に頼まれたわけでもない。その理由は至極単純。彼をここに、貼り付けにしておく為である。ラバウル基地内において俊一郎は岬守ゆえに問題を起こす可能性を鑑みて、勝手に出歩くこと長門に禁じられているのだ。

「ああ」

俊一郎はさも当然のように、先ほどと変わらず短い返事をする。そして、同時に指に挟んでいたライトシュガーを、灰皿へと押し付けた。

だが、いつもであればこれ以上の会話はなく、すぐさま食事を置いて部屋から出ていく長門であったが、今回は御盆を持ったまま、その場から動かなかった。俊一郎はぎろりと目線を長門へ向け、嗄れ声を発した。

「なんだ。早く置け」

そう促された長門は、あえて遠くにある棚の上に御盆を置いた。その行為に俊一郎は一言物申そうと考えた瞬間、先んじて長門が口を開いた。

「その前に、いくつか質問をさせてくれ」

その長門が発した言葉に、俊一郎はふと目を見開く。だが、すぐさま椅子にもたれ掛ると、視線を鋭くし直した。

「何が狙いだ?」

「ふん。狙いなどない。だが、聞かなければならないことを聞くだけだ」

長門はそういうと、俊一郎が黙ったまま聞く姿勢を見せたことから、同意したと見て言葉をつづける。

「一つ目は、何故敵艦載機が襲ってくるとわかった?もともとの任務は、基地近海のはぐれ駆逐艦どもの討伐だったが、急に戦闘機群に襲われた。それを、お前はまるで予見していたかのようにブリーフィング時、注意しろとほのめかしていたな。それはなぜだ?」

あくまでも凛々しく言い放つ長門に対し、俊一郎は鼻で笑うと、先ほど火を消した吸いかけのライトシュガーを再び手にとって、火をつけなおす。

「簡単な話だ。カンだ。カン」

そう俊一郎は聞こえるようにつぶやきシュガーの煙を吐くと、長門は詰め寄り両手で机を思い切り叩いた。

「ふざけるな何がカンだ!これまでお前はそういって、何回もカンを当ててきている。これが偶然だと言うのか?」

長門が怒りを孕んでそう言い切ると、俊一郎は長門を睨み返す。

「偶然も何も、根拠に基づいたカンだ。貴様は報告書をちゃんと見ているのか?」

「なにィ…?」

「ふん、冷静になれ脳筋。根拠ならいくらでもある。先日から遠海においてちらほらと報告されてきた空母の影。理由不明の近海に現れた駆逐艦群。空母は遠海にいたとしても、奴らの武装は艦載機だ。それゆえに奇襲要因として飛ばす可能性がある。なら話は簡単だ。近海に理由不明に出没した駆逐艦群は、おそらく撒き餌だったんだよ。お前たちを呼ぶな。ほか基地で空母が発見できなかったのは、そもそも遠海までの偵察任務を請け負っていない。つまり、発見できるわけがねぇ。こうした根拠の元に、俺はやつらが艦載機を飛ばしてくると、容易に想像がついたわけだが?」

「フン、もし相手が人間だったら、私だって考えつく。だとしても、奴らにそこまでの頭があるのか?鹵獲された深海棲艦の知能は、観測上高くないと報告にも上がっている!やつらは人間のように聡明な生き物ではないんだぞ!それは貴様も知っているはずだ!」

更に顰めた顔でいい寄る長門に、俊一郎もまたより厳しい顔となる。

「お前は敵を侮りすぎだ。それでよく司令代理と名乗っているな。俺達にも指揮官がいる以上、向こうにもそうした指揮官がいる可能性がないとは言い切れない。それに、これまでの戦闘は統率性や実力ともに向こうよりこちらの方が圧倒的に優勢だったが、最近になり敵も敵で徐々に頭を使うようになってきたとは思わなかったのか?」

確かにこれまでの戦闘は敵の量こそ多かったものの、質そのものは劣る事が普通であった。言わば知能的な行動を起こすのではなく、どちらかというと動物に近い、本能的な動きによるものだったのだ。

だが最近になり、敵もめきめきとその行動パターンを変えていった。例えるのであれば
新生児が徐々に大人へと成長するように、次第にその動きに意味を持ち始めたのだ。
そして今回の撒き餌作戦。ここまで来るともはや何を切り捨て、何を残すのかはっきりとし始めている。雑兵のような駆逐艦6隻を犠牲に、ラバウル近海及び遠海にまで防衛力持つ、国防の要となっている艦娘を一隻でも失わせた方が、敵からすれば計算上おつりがくるほどであろう。

「これはお前だけじゃなく、他のアマたちにも伝えておけ。もはや敵は烏合の衆ではないとな」

俊一郎の指摘に、長門は押し黙る。暫し間が開き、長門は「いいだろう」と小さくつぶやいた。

「…お前は一つ、俺に質問をしたな。だったら、俺にだってその権利はあるはずだ」

うつむいて長門が内心落胆している中、俊一郎はおもむろに立ちあがると、締め切ったカーテンを少し開いて彼女を見つめた。思ってもみない彼の言葉に、長門は先ほどのやるせなさを引きずりながらも顔を上げ、言葉を返す。

「確かに不平等だな。いいだろう。次は貴様の番だ」

腕を組み答えた長門を俊一郎は確認すると、今度は窓から空を見上げて口を開く。

「…秋月型駆逐艦四番艦初月とか言ったな。奴はどうしてここに?」

その質問に、長門は「む?」と首をかしげる。質問の意図がわからない故に、長門は淡々と初月が来た意味を答えた。

「彼女は援軍要請により舞鶴から送られてきた艦娘だ。防空能力の高い艦娘を三隻ほしいと要請を送った結果、彼女を含める秋月型が三隻来た」

俊一郎は「そうか」と一言漏らすと、そのまま沈黙してしまった。しばらくして長門はその沈黙に耐えきれることができず、怒りを含んだ口調で言葉を発した。

「だからなんだと言うんだ。…そういえば貴様、初月に手を出したな?これが二つ目の質問だ。ついにそこまで堕ちたのか?彼女はまだ駆逐艦の年齢だぞ?年端もいかない生娘を嬲るのが趣味にでもなったのか?」

嫌味を含んだ言葉を長門は投げかけるも、俊一郎はむしろ乾いた笑を漏らす。

「ははっ。ああ、そうだな。俺はクズだ」

それっきり、俊一郎は口を開かなかった。長門は言い合いになるかと覚悟を踏んでいたが、以外にも真摯に受けとめた様子の俊一郎を見て、もはやここにいる意味はないと悟ると、何も言わず執務室から出ていく。


ラバウルに新たな風が吹き込んだ。その風は、世論と言う名の雲を流して行く事になるだろう。そして現れるのは、陰暦で八月を迎えるラバウルに昇った、微笑むような初月である。

月は孤独となり果てた、機械と交えた狼を導き照らすことができるのだろうか。



どうも飛男です。これでひとまずストックは出し切りました。ここから、しばらく不定期化すると思います。気長に待っていただけることを、期待しています。

さて、今回はさまざまな心情を聞ける回だったかとおもいます。とは言っても、二名だけでしょうかね。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。






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