新月は機甲兵を照らすか   作:大空飛男
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歯車は動き出す

「転属ですか?」

午後の訓練が始まる十分前。初月は館内放送で執務室へと呼び出された。
久々に入る執務室。彼女が艦娘として覚醒し、この舞鶴鎮守府へ正規着任したとき以来であろう。どこか懐かしさを感じつつも、初月は凛とした姿勢で聞き返す。

「うむ。先ほどラバウルから増援願いが届いた。おそらく、敵戦力に空母系の深海棲艦が増加しているのだろう。だからこそ、防空能力の高い、君が選ばれた」

確かに、ラバウルには空母系の深海棲艦が近頃増加していると、初月は噂で聞いていた。それに対抗すべく、大本営は空母型の艦娘を二人送り出し、拮抗状態にまで持ち込んでいると言う。
しかし、だからと言ってなぜ自分が選抜されたのか、初月には理解ができなかった。

「僕以外にも、秋月姉さんや照月姉さんがいるでしょう。二人は第一、第二艦隊に入れずとも、相応の実力を持っているはずです。なぜ?」

確かに的を射た意見に、田宮は椅子にもたれ掛りつつ、「ふーむ」と言葉を漏らす。事実、秋月と照月は一度、それぞれ第一、第二艦隊で防空任務にあたったこともある。だからこその、初月が抱いた疑問なのだろう。
田宮は姿勢を起こすと、両肘を机へとつき、静かに口を開いた。

「君でなければならない。その理由ではだめかね?」

「…正直、納得しかねます」

「そうか。なら仕方ない」

初月の答えに田宮は妙高へ視線を促すと、妙高は執務室の出入り口を開き、何かを確認し始める。そして、すぐに田宮の近くへ戻り、「大丈夫です」と述べる。

「うむ。…初月くん。私が回りくどいことが嫌いなのは知ってるはずだね。だから単刀直入に述べよう。君は、岬守の尊重派だね?」

その言葉に、初月は凛とした表情を一層引き締めると、きっぱりと言い放つ。

「まさか。そんな訳ありません」

だが、その返答は予想済みだったのだろう。田宮はすぐさま、引出しから資料を取り出し、それを机の上に投げ捨てるがごとく、乱暴に置いた。

「この通りだ。隠さなくてもいい。すでに調べはついているからな」

さすがの用意周到さに、初月は思わず視線を泳がしたが、すぐに表情を繕い。口を開いた。

「仮にそうだとして、だからこそ僕をラバウルに送るのですか?」

「そういうことになるな」

そう、何のためらいもなく田宮は言うと、加えて「これは大本営じきじきの命でもある」と付け加えた。こうなれば、初月も従うしかない。たとえそれが不服であっても、上官の命令は絶対である。

「…わかりました。秋月型駆逐艦四番艦初月。神皇様の命に、謹んで任務を了解します」

「よろしい。出発は明日、飛行場へヒトロクマルマルに集合となる。それまでに準備をしておくように。以上」





その後、初月は何事もなく日課の訓練をこなすと、部屋へと直行した。

自由時間となれば、艦娘たちも十分に羽が伸ばせる時間帯であろう。甘味処へ足を運ぶものもいれば、PXで生活品を買うもの、また鎮守府に置いてある軍用トラックを借り、基地外まで買い物を行うものもいる。もっとも、こうして初月のように、自室へ直行するものもいるのだが。

初月は自室へたどり着くと、ロッカーを開けダッフルバッグを取り出し、私物をそこへ入れ始める。とはいうもの、初月の私物はそこまで多いわけではない。替えの制服に、生活必需品、それに簡単な化粧品に小物と、これだけであった。故にものの十分足らずで用意し終えるのだが、彼女はできるだけ早く準備したかった。秋月や照月に、その様子を見せたくなかったのである。

「…ん、これは?」

何気なくロッカーにある私物をバッグへ入れていると、ふとロッカーの奥底で、木製であろう板状の何かを発見した。初月はそれを取り出すと何なのかを確認する。
それは擦り切れた写真の入った写真立てであった。映っているのは、小さいころの彼女と、もう一人は傷だらけの顔をした男である。そういえば、着任してしばらくこれをひそかに見て、苦しい訓練にも耐え抜いてきたのだったなと、初月は思い出す。今となっては無用の代物であるが、思い出深い物であった。

「…これも、持っていくか」

そう、初月が呟いたその時だった。自室の扉が勢いよく開くと、先ほどまでどこかへ出かけると言っていた秋月と照月が、息切れした様子で現れた

「ね、姉さん達!?」

そう初月が声を出すと、秋月は震え声で、静かに問う。

「は、初月…。転属するって本当?」

その様子を見て、考え違うはずもないだろう。初月はすでに聞いたのだなと、あきらめの色を見せた表情で口を開く。

「そうだね…。ごめんよ、さっき言わなくて。ただ、訓練に支障が出ると思って…」

「そんなこと…どうでもいいよ!」

いつも落ち着いてゆるそうに見える照月が、珍しく大声で怒鳴った。

「そんなの急すぎるよ!それにラバウルは…最前線基地なんでしょ?私や秋月姉さんならともかく、どうして初月ちゃんが!」

秋月も頷き「そうだよ…おかしいよ!」と、照月に便乗する。やはり姉二人も、納得がいかない様子であった。

「…これは命令なんだよ。僕らはたとえ艦娘で、国を守る要だとしても、命令には逆らえない。違うかい?」

そう初月は言うと、二人はぐっと押し黙る。艦娘は確かに国を守る要であり、艦の御霊が憑代としても宿る、神聖なる人間でもある。

だが、所詮はそれだけだ。艦娘は必然的に軍属にならなければならず、ましてや一般市民としての権利はなくなり、兵器と人の側面を持つ、不安定な存在ともなる。故にそれを導く主導者―提督の命を背くわけにはいかないのだ。

初月は黄昏の夕日に照らされつつ、すっとその場から立ち上がると、二人の目を見て、力強く口を開いた。

「僕は、秋月型の強さを示す絶好の機会だと思っている。姉さんたちの名前に泥を塗ることも、するつもりはない。だから、心配しないでくれ。僕は、戦果を残してくる」

そう初月は言うと、ふと視線を写真立てへと向けた。そして僕は、あなたのように大きく、力強い人になってみせると、心の中でつぶやいた。

「やだ…。やっぱり、納得できない!」

照月はそういうと、部屋から飛び出して行ってしまった。秋月はそんな照月を止めるかのように手を伸ばすが、表情を引き締めると、すぐに下した。

「そうよ…。ごめん…私も、やっぱり納得できない!だから、待ってて!」

何か覚悟を決めたような声で秋月は言い残すと、彼女もまた走り去ってしまう。そして部屋には、初月がポツリと佇むだけになった。

「…僕だって、離れたくはなかったさ…」

そうぼそりと初月は座り込み、写真立てをバッグの中へと入れたのだった。





翌日。いつもより早い朝の天気は、日は雲ひとつとない晴天であり、早朝の太陽が室内を薄く照らし始めている。出発するには、十分すぎる天候であろう。

初月はベッドから出ると身体を伸ばし、手前に見える窓から、外を確認した。

滑走路は太陽の日差しが、まるで塗りたくられたオレンジ色のペンキのように眩しく照らされており、すでに初月が乗るであろう、C-2輸送機が佇んでいた。小さく人影が周りに見えることから、出発前のチェックを行っているのだろう。ねずみ色のC—2は日差しの所為か黒く見え、彼女にはどこか物々しく感じた。

「姉さん達は、結局戻ってこなかったのか」

二段ベッドの上から、隣の秋月と照月が使っているベッドを見れば、そこに彼女達の姿はなかった。昨日は結局、秋月と照月が部屋に戻ることなく、出発が早いこともあり初月は早めに就寝をしていたのだ。故に夕方時以降、彼女達を見ていない。

初月は寝間着から制服に着替えると、いつもの様に顔を洗い身嗜みを整え、シーツと布団を綺麗に畳み終える。そしてダッフルバックを肩に担ぐと、ドアを開けて外へと出た。

「今までありがとう。…僕は、行くよ」

そう、自分がこれまで使っていた部屋に振り返ると、何処か切なげに初月は言い残す。若干の名残惜しさを感じつつもドアを閉め、滑走路へと向かうべく歩き出した。
歩めば歩むほど、この鎮守府で過ごしてきた思い出が浮かび上がる。確かにここは退屈な鎮守府ではあったが、同時に新人からベテランまでの艦娘が、過ごしやすい鎮守府でもあったのだろうと思い返せる。無論、ラバウルがどの様な場所かは不明であるが、それでもここの鎮守府が内地である以上、同等の過ごしやすさはありえないだろうと、初月は決めつけていた。

思い出にふけりつつ、鎮守府内を歩いていた初月であったが、ついにそれは終わりを迎え、コンクリートで整地された滑走路へと歩きついた。そして、その灰色のキャンバスに浮き出る様に鎮座するC—2輸送機は、宿舎から見るのとはまた違う、仰々しさがよくわかる。

C—2へと歩みを進めていると、白い服を着ている人物がその近くに見えた。見間違えるはずもない、この鎮守府の最高司令官、田宮であろう。

初月は駆け足で向かうと、田宮の前で敬礼を行う。

「お見送りご苦労様です提督。今までお世話になりました。どうかお元気で」

「ああ…うむ。君もな」

何処か意気消沈した声で言う田宮に、初月は少々疑問を残したが、気にせず初月は田宮に「では行ってまいります」と敬礼し直す。田宮は何か言いかけた様子だが、もはや聞く意味はない。現時点を持って、田宮は初月の上官ではなくなったのだ。初月は田宮の言葉を待たず、C—2の乗員出入り口の一つである扉の階段へと歩みをかけた。

階段を上りきり初月が機内へと入ると、中には殺風景に空間が広がっている。機体に固定された、簡易的に作られた連なる椅子だけがあるが、初月はある二つの影に目を見開いた。

「ね、姉さん達!?どうして!?」

思わず声を上げる初月。無理もない、姿をこれまで見せなかった秋月と照月が、その連なる椅子に腰掛けていたからだ。


「あ、やっと来たね初月!」
秋月は軽く手を振りながら、呑気な声を上げる。また照月も言葉こそ発しないが、秋月と同じく手を振っていた。

「やっと来たねじゃないよ。ここにいる理由が聞きたい」

呆れた様に初月は言いながら、彼女達へと歩みを進めていく。そして初月が照月の隣へと椅子に腰をかけると、秋月は口を開いた。

「えっと、私たちも志願したんだよね。ラバウル増援にさ」

「志願って…。提督に許可をもらえたってことかい?」

「うん。ずっと粘ってたら、もう好きにしろーって」

ふふと微笑みながら言う照月に、初月はもはや何も言う気が失せてしまう。要するに二人は部屋から出て行った後、提督へ抗議しに行ったのだろう。そして長い言い合いの末、増援の選抜メンバーに選ばれたのだ。ある意味、仕方なく。

「一応、増援には対空能力の優れた船を3隻だったみたいで、秋月型の私達が適任だったってわけ。まあ提督はそれこそ初月だけで手を打とうとしてたみたいだったけどね」

秋月は加えて説明をすると同時に、パイロットからそろそろ出発すると声が飛んでくる。

「ともかく、これでまた一緒だね。たとえどこでも、私達は一緒なんだから!」

にっこりと笑顔で言う秋月に、初月も仕方ないなと覚悟を踏む。

そして同時に、田宮は自分のことを言わなかったのだろうかと、疑問が芽生えた。たとえもし自分が岬守の尊重思考だと知れば、当然嫌悪感を抱き、距離を置くはずだ。すなわち、それを聞いただけで、こうして初月と共にラバウルへ向かおうとは、思わないはずなのである。

つまり田宮は、初月が尊重思考だということを明かさなかったのだろう。確かに思い返せば、田宮は転属理由を述べるとき、妙高に執務室付近に誰もいないことを確認させていた。田宮は田宮なりに、初月を配慮していたのだろう。そう思えば、最後に田宮が何か言おうとしたことを聞いておけばよかったなと、初月は少し後悔をした。

こうして、秋月型三姉妹は、ラバウル基地へと旅立って行ったのだった。



どうも、飛男です。連日投稿はまだまだ続けれそうです。

今回は少し短めです。と、いうか本来一章の話を分割して投稿しているので、文字数が統一性なくバラバラになっていくと思います。
じゃあ一章全部投稿したらどうか?と、思うかもしれませんが、まだまだ見直す部分も多いので見直し次第といった感じでやっていきます。ですので、いわゆるストックがあるというわけなんですよね。

では、今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。