苦手な方、また主人公は結城リト以外ありえない、という方は読まない方が良いかと思います。
「……それじゃあヤミさん、早速始めよっか」
はい、と。
ヤミはそう返事をし、エプロンをつけた美柑に先導され台所へと向かう。
結城家に着いて間も無く。驚きを隠せない優稀と美柑だったが、時刻はすでに夕方。それは夕飯の準備に取り掛かる時間を意味している。なのでとりあえず、といった様子で美柑が、ヤミを連れて台所へと消えていった。しかしやはり、美柑もヤミと優稀がどういう関係か気になるようで、チラチラと優稀とヤミを交互に見やっていたのは言うまでもない。おそらく夕飯の席に着いたら、その話題がまず最初に挙がるだろうことは、ほとんど確実と言える。
そんな衝撃的な出来事があった直後。
その出来事の中心人物たる葵 優稀はといえば。台所へと向かう二人の後ろ姿を呆然と眺め、予想外の驚きに固まるわけでもなく、また初めて来る家を興味深そうにマジマジと見るわけでもなく、はたまた自分の友達二人がお互いを知らない仲ではなかったことに喜ぶわけでもなく、
「まうー!」
「……え、何で?」
――頭上に花の生えた幼女に懐かれていた。
具体的にはリビングに入った途端、手を引かれ、胡座をかくように座らされ、その上に陣取られたとも言う。そして、何故か右手にはゲーム機。今来たばかりの客人に、突然ゲームをやれと言うのか。何とまあ、破天荒な行動だろうか。……子供に言っても仕方ないが。
「まうまう!」
「ん?……やれ、ってことか?」
ブンブン、と効果音が出ていそうなほど首を縦に振るその幼女は満面の笑みを浮かべながら、前に投げ出した足をバタつかせ、もう一度「まうー」と鳴いた。そんな彼女を見て「はいはい」と優稀も仕方ないとばかりにゲーム機を起動させ、名も知らない幼女のためにゲームを始める。意外と世話好きである彼にしてみれば、その程度のことなら苦にならない。……もちろん、それが苦手な相手であれば、話は別だが。具体的には青紫色の髪の
そんな彼の行動に目の前の幼女のエメラルドグリーンの長髪がまるで犬の尻尾のように跳ねた気がした。
ゲームを始めて見ると、それは普通のロールプレイングゲームだった。しかもこれが意外と面白い。全20のステージをクリスタルを集めながらクリアしていくもので、ストーリー性もあり、ついつい熱中してしまうタイプのゲーム。優稀も仕方なくやらされているということを忘れ、熱中してしまっていた。……ただ一つ、問題なのは初心者でも攻略しやすいようにできているが、それはあくまで途中までの話だということか。ステージ1から15まではサクサクと問題なくクリアすることができる。……しかし、16からは途端に難度が上がり、攻略が難しくなっていく。それはもう上級者でも難しいと感じるほどに。というのも、ステージ16から出てくるアイテムが鬼畜過ぎるのだ。
何だ。使ったらゴール一歩前までワープできる代わりに装備全解除の腕輪って。そのゴール一歩前にステージボスが現れるのに、装備なしとかありえない。ちなみに装備なし状態とはインナーと武器のみの状態だ。もちろん、防御力などゼロに決まっている。とまあ、そんな感じのアイテムがゴロゴロとトラップのように地面にばら撒かれていたのだ。初見でクリアはまず無理。
「よし、終わったー!」
「ま、まう!?」
……とは言ったが、初見クリアした者がここに一名。もちろん、優稀だ。足の上の幼女も「す、すごいっ!?」みたいな感じで目を見開いている。彼は意外とゲームが得意だったりするのだ。
「よーし、満足か? ちびっ子」
「まうー!」
バンザーイ、と両腕を頭上に伸ばす幼女の頭を撫で、優稀は満足げに息を吐いた。ゲームをクリアすると言い知れぬ達成感に包まれる。それは突然やらされたものでもやはり変わらないようだ。
「おー、セリーヌご機嫌だナー」
そこへ突然の声。
優稀は事前に、美柑から彼女の兄と居候がいると聞かされていたので、別に驚くことはないはずだった。所詮は初めて会う相手。当たり障りのない挨拶を交わして、『美柑ちゃんの友達です。遊びに来ました』と軽く理由を話すだけでいい。友達の家に遊びに来た時など、大抵そのくらいのものだ。……しかし。
リビングへと、ドアをやや荒々しく開けて入って来た人物。その相手が見知った相手ならば、それは当てはまらない。
「はぁ!? ……何で?」
だから、優稀がこのように声を上げて驚いてしまっても仕方がないことだった。
さて、この状況でそんな風に堂々と入室してきたその人物とは。
つい最近、彩南高校にやって来た転入生の片割れ。優稀と友達になった方。ピンク髪ツインテールでお馴染みのナナ・アスタ・デビルークだった。
「――ユウキか!? オマエ、何でここに!?」
初めて会った時とは違い、頭の後ろで一つに纏めたピンク髪を激しく揺らし、棒付きの飴を舐めながら、その存在を確かめるようにグイッと前のめりになったナナが優稀と同じようにやや荒々しく、驚愕の声を上げた。
*****
「――ということは、美柑ちゃんの家に住みついた居候達っていうのはデビルーク星のお姫様達だったってことか」
驚愕の事実。
ある程度の事情をナナに聞いた優稀は、頭を抑えたくなる気分で一杯になった。そりゃあ学校が一緒になるわけだ。いつも買い物が一緒になる友達の家に住んでいるなら、学校も一緒になる可能性が高いから。ただそうなってくると、ナナではない方の双子の片割れも今同じ家の中にいるわけで……。
「ああ、そうだぞ! それにしてもユウキはミカンとヤミと友達だったのか!」
元気よく、特徴的な八重歯をチラつかせながら笑うナナ。
しかし違う。今はそこじゃない。優稀は表面上では肯定的な返事をしながら、今考えるべきことへと思考を巡らす。
議題は『腹黒王女の対処法』。
彼女は何故か口や態度では優稀のことを「嫌い」と明言しているのに、友好的な関係を築くように迫ってくる。嫌といいながら、それとは逆の行動をとる……最近、二年の先輩がよく口にする『ツンデレ』と言うやつだろうか。
――いや、
何というか、目的のために本当に仕方なく……という感じだ。本人もそれっぽいことを言っていたし。というか、口を滑らせたのかどうかはわからないが、『リトさんのために』って言っていた。……ん?
「――リト?」
リト。結城リト。……結城。
その名字は、優稀を家に呼んだ張本人である美柑の名字と同じ。そして、彼女には兄がいる。
「……。……いやいや、まさかな」
「ん? どうかしたのか?」
顔を覗き込むようにして、心配してくるナナに「大丈夫だ、問題ない」と返答し、頭に浮かんだ考えを振り払うように頭を横に振る。しかし、無くはない話だ。結城美柑の家に住み着く居候の腹黒王女。その腹黒王女が慕う結城リト。……何か嫌な予感が。
「あれ、そういえば」
――春菜さんの好きな人の名字も、『結城』だったような……。
確か「名字は、優稀君の名前と同じ読みだよ」と恥ずかしそうに言っていた。意外と驚いたので、鮮明に記憶に残っている。間違いないはずだ。そして、結城リトは春菜と同学年……はぁ。
「……いや。いやいやいやいや……ま、まさか、なぁ? は、ははは……」
「お、おい、ホントに大丈夫か?」
ナナは目の前で胡座をかいて座って、あたふたと両腕を彷徨わせている。しかし、優稀はそれに反応する余裕はなかった。もし、今の推測が正しいなら、これからモモと関わる頻度が確実に増えるからだ。いわば、朝から夜までずっと秋穂に絡まれているのと同じような状態になるというと。朝、昼は秋穂モドキのモモに絡まれ、夜は本体が奇襲を仕掛けてくる。……朝、学校に行く前もか。
そんなこと優稀に耐えることができるだろうか。いや、耐えることなどできはしない。
「うん無理。絶対無理」
「……ホントのホントに大丈夫なのか!?」
今度は真顔でそう言いだした優稀に、ナナはとうとう病院の電話番号を美柑に聞こうかと考え始めていた。備え付けの電話の近くに立ち、受話器を逆に持っているあたり、どれだけ本気でさらに慌てているかがよく伺える。
すでに議題である『腹黒王女の対処法』などとは、全く別のことを考えてしまっているが、本人はその議題すらも忘れてしまっているのでもはや手遅れだ。
「……よし、旅に出よう」
「なあ、ミカン!? 病院の電話番号、何番だっけ!?」
とうとうナナが耐えきれずに、台所に消えていった。完全に思考を放棄した優稀は、足の上にいるセリーヌの頭を撫でながら、淹れてもらったお茶を飲んで、ほぅと息を吐いた。その様は全てを諦めた老人の様だったというのは、その時の彼を見た美柑の感想である。
そんな感じで前途多難な優稀のお泊まりは始まったのだった。……もちろん、病院に電話しようとしたナナはその前に復活した優稀に止められた。
読んでいただきありがとうございました。
一年ぶりの更新となってしまいましたので、リハビリみたいな感じでかなり短めです。
更新を待っていただいた方々、本当にすみません。そしてありがとうございます!
これからまた続けていけたら良いなぁって思ってます。
至らないところもあると思いますが、これからもよろしくお願いします。