ToLOVEる 彼女達との奇妙な関係   作:ichizyo

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よし続き書こうかなー、と気楽にこのサイトを開き、前の話を確認するために見てみると……お気に入り数、1500越え。

一体なにがドウシテコウナッタ。

思わず吹き出しそうになったお茶を何とか留めながら、ランキングを開いてみると――日間ランキング5位。

一体なにがドウシテ(ry

今度こそお茶を吐き出してしまいました。どうしてくれるんだ! 本当にありがとうございます!!

そしてこの話を書き終えた頃にはお気に入り数、2000を突破……。(白目)

お気に入り、評価、感想、リクエストやアドバイスまで本当にありがとうございます!

どうか、どうかこれからもこの小説をよろしくお願い致します!


今回は少し長くなりました。
あとオリジナル設定があります。苦手な方は注意してください。
拙いですが、本編どうぞ!

※少し修正しました。


第四話 『自覚』

「――はぁ」

 

 重苦しいため息が廊下に響き渡る。しかし、それに反応する者は一人もいない。……いや、もう人がいないのだ。

 すでに窓からはオレンジ色の光が差し込み、廊下を綺麗に彩っている。つまりは放課後。部活動生は各々の部活に赴き、帰宅部の面々はすでに帰路についている頃だ。

 そんな時間帯だというのに、疲れた表情を浮かべた帰宅部の少年――優稀は、もう何度目かもわからない溜息を吐きながら、ようやく帰路につくために靴箱へと向かっていた。

 

「なんで俺が文句言われなきゃいけないんだ……」

 

 先生の頼みを聞いただけなのに、と。

 そう不満げに呟く優稀はイライラしているというよりも、疲労困憊という方が正しく感じられる。言うなれば、一切休みなしで一日中働いてきたサラリーマンのような感じ。休み時間ありの通常授業だったのに、どうして優稀がここまで疲れているのか。もちろん原因はある。ただそれがあまりにも理不尽なものだっただけ。

 

「あの腹黒王女。人がわざわざ注意したのに『あなたのせいで、恥をかいてしまったじゃないですか』とか、理不尽にも程があるだろ……」

 

 ガックリと肩を落としながら、つい先程まで続いていたそれを思い出し、優稀はまたしても溜息を吐いてしまった。

 終礼後。放課後となった直後に優稀の机を荒々しく叩いたのは、授業中に妄想に耽っていた少女――モモだった。そんな風に突然やって来た彼女は開口一番。

 

『あなたのせいで、恥をかいてしまったじゃないですか! どう責任を取るおつもりで?』

 

 と忌々しげに優稀を睨みながら、そう言った。それはまるで全責任は優稀にあるというような言い草で、元々適当に対応しようとしていた彼もさすがにこれには少し強めに言い返してしまったのだ。そしてそれが今の今まで学校へと居座ってしまう要因となり、彼がここまで疲れる原因ともなってしまったのだった。

 

「はぁ……何でアイツ一々突っかかってくるんだ……」

 

 吐き捨てるように呟く優稀。

 しかし、彼は遅くなってしまったことについては気にしていない。いや、むしろ感謝していると言ってもいいくらいだった。なんせ帰ったら、秋穂(ヤツ)の襲撃があるかもしれないから。遅くなればなるほど、彼女が諦めて帰る確率も上がる。理由は不純だが、彼が図書委員になったのも、実はこれが関係していた。図書委員は、放課後にも仕事があったりする。ということは帰るのが遅くなる。よって秋穂から絡まれる可能性も減る。だから、彼は本当に癪ではあるがモモに少しだけ、ほんの少しだけは感謝しているのだ。

 

「君はいつも気怠げだな。少し弛んでいるのではないか?」

 

 そんな、疲れ切った彼の耳に突然生真面目そうな声が届く。

 男じみた口調ではあるが、声の高さから考えてその人物は女性。落ち着いていて、聞いただけで安心してしまいそうな、そんな穏やかさをもった声。優稀はその声の持ち主に心当たりがあった。

 

「いや、疲れてるだけですよ。それより今日は天条院先輩と一緒じゃないんですね――九条先輩」

 

 九条凛。

 それがその声の持ち主の名前だ。優稀とあまり変わらないくらいの長身で、長い黒髪をポニーテールに束ねている何処か武士のような雰囲気をもった少女。

 

「別に私はいつも沙姫様と一緒にいるわけではないよ」

 

 彼女は背中を預けていた靴箱から離れ、優稀にゆっくりと近づいてくる。歩き方から姿勢まで洗練されたように様になっていて、最初に見たときは優稀も思わず一歩引いてしまった程だ。

 

「そうなんですか?」

 

 ああ、と優稀の質問に肯定の意を表す彼女は口元に少しだけ笑みを浮かべ、優稀の正面に立った。

 ――要件は大体予想がついている。

 

「それで……――今日も、ですか」

 

 渋ったような表情でそう問う優稀に彼女はまた、ああと言って肯定し、そして。

 

「――是非とも剣道部に入って欲しい、葵君」

 

 そう、続けた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

「答えは変わりません。もちろん、ノーです」

 

 予想通り。

 要件とは『剣道部に入って欲しい』というもの。それを優稀が予想できたのは、もうこのやり取りを何度も繰り返しているからだ。具体的には優稀が入学した直後から今まで。

 

「だろうな。――だが私は諦めないし、諦めるつもりもない」

 

「……しつこいですよ、九条先輩」

 

 否定しても、勧誘をやめる気配のない凛。そんな彼女に対し、優稀もまた拒絶の意思を崩さない。このやり取りも毎度のことで、二人の内どちらかの意思が変わらない限り、これから先もずっと平行線だろう。

 

「大体、先輩は剣道部じゃありませんよね?」

 

 それに、九条凛は剣道部ではない。剣術の心得はあるが、それはあくまで彼女個人の鍛錬の成果であり、部活とは何の関係もない。そんな彼女がどうして自身の所属しない剣道部に優稀を勧誘するのか。

 

「そうだ。だが、私は定期的にこの学校の剣道部に赴き、部員達に剣の手解きをしている。そんな私が君のことを推薦しても何も問題はないだろう?」

 

「それは――」

 

「それに、私個人としても君に興味がある。入学当初もそうだが……――昼休みの、見ていたぞ」

 

 ぐっ、と。

 優稀はその言葉に押し黙ってしまう。

 

 ……見られてたのか。

 

 言われてみれば、当たり前だった。昼休み。昼食を食べる時間でもあるが、同時に休息の時間でもある。授業が終わり、昼食を食べて、何処かで休憩する場所を探していた時に見たとか、もしくは委員会の仕事であの場所の近くを通ったとか、下手すれば学校の窓からでも見ることができるかもしれない。しかも、それなりに大きな音も響いていた。むしろ見ていた者がいない方が不自然なくらいだ。

 

「あの『突き』はどう考えても、剣術を一度……いや、長い期間に渡って鍛錬してきた者の技だった。――君は何か隠しているな?」

 

「……。……何も隠してませんよ。とにかく、俺は剣道部に入る気はありません。余程のことがない限り、この答えも変わったりしません。では、俺は急いでいるのでこれで」

 

 嘘。真っ赤な嘘。

 急ぐ用事など優稀にありはしない。もちろん、これから入る予定もない。それでも彼がそんな嘘をついたのは、ただしつこい勧誘に嫌気がさしたのか、それとも――

 

「……ああ、引き止めてすまなかった。葵君、またな」

 

「……失礼します、九条先輩」

 

 優稀は背を向けて、自分の靴箱から靴を取り出し履き替える。その途中、もう一度凛の方を見てみると、すでに彼女の姿はそこにはなかった。おそらく天条院先輩の元へと戻ったんだろう、と優稀は何となく予想する。

 

 もう、やめたんだ。そこに未練も後悔もない――。

 

 ブンブン、と頭を振り、嫌な考えを断ち切る。

 そして、冷静になってみれば彼女は自分のことを待ち伏せしていたのではないか、ということに気づいた。でないと、結構遅くなったというのに、ばったり鉢合わせるわけがない。となると、結構な時間待たせてしまったことになるわけで――

 

「全く……何で俺が」

 

 罪悪感を覚えないといけないんだよ、と。

 すでにそこにはいない、しつこい先輩に向けて文句を吐く。それは二年上の先輩に対する小さな小さな抵抗だった。何で自分がこんな思いをしなければいけないのか。それもこれも全部あの腹黒王女のせいだ、と優稀がさっきまで散々言ってくれたモモに対して、憤りを覚え始めた時。ふと、制服のポケットが振動していることに気づいた。――着信だ。

 

「……誰だ?」

 

 電話ではなく、一通のメール。内容は、

 

『今日は卵が特売ですよ』

 

 差出人は仲良くなった買い物仲間から。それを見た直後、優稀は昇降口の扉を勢いよく開け、一目散に走り出す。

 生活費は両親に出してもらっているが、なるべく節約しないといけないと思っているのもまた紛れもなく、一人暮らしに対する優稀の考えなのだ。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 行きつけのスーパーは特売の影響もあってか、かなり賑わっていた。ちょうど仕事や学校が終わる時間帯ということもあるだろう。老若男女。それもスーツや制服、私服、色々な格好をした人達が大勢。正直中に入っただけで圧倒されてしまいそうだった。しかし、優稀はそれでも気合いを入れる。よくよく考えてみれば、家の食材も残り少なかったので、追加しておかないといけない。となると、結構買うことになる。買い溜め、というやつだ。特に長持ちするものは買っておいたほうがいいだろう。そして優稀はまずは特売の卵、とターゲットを絞って売り場へと向かった。

 

「……うわっ、これは無理かも」

 

 目的地に到着し、優稀の目に映ったのは暴走する有象むぞ――いや、荒ぶる主婦の方々。隣の人を押しのけ、自分の目的のものを得るために、全力で人の波を掻き分ける。その光景は、まるで――本物の戦場だった。本物の戦場を見たことはないのだが。いや、昼頃少しだけ見た……というか、参加したか。言わずもがな、昼休みの時間のことである。もちろんここまで酷くはなかったが。

 しかし、それでも頑張らないと特売の卵(宝物)は手にできない。それを手にするにはそれなりのリスクを負う必要があるようだ。

 

 ――よし……!

 

 気合いを入れて、一歩を踏み出す。酷く重苦しいが、根性で歩を進め、やっとの事で戦場の外側、第一陣の目の前まで来た。ここからが勝負だ。失敗すれば、食料()はない。よって、失敗は許されない。行くぞ! そう優稀が意気込んだ――

 

「あ、葵さん! メール見てくれたんだ。はいこれ、特売の卵だよ。運良く二つずつ取れたんだ!」

 

 いやーラッキーだったよ、と。

 続けて、微笑む彼女は優稀にメール送った張本人であり、彼の買い物仲間兼友人である少女――結城 美柑その人だ。頭の上の方で束ねてある特徴的なダークブラウンのロングヘアーが嬉しそうに舞う。

 

「おお……! サンキュー、美柑ちゃん! 正直あそこに飛び込みたくはなかったんだ……」

 

 ちらりと黄土色の瞳がその方向を捉えて、ですよねー、と。美柑は苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーほんと助かった。持つべきものは買い物仲間、だな」

 

 大袈裟だなー、と笑みを浮かべる美柑からはすでにベテランの貫禄が滲み出ている。優稀はそんな彼女に対し、本当に小学生なのかと一人戦慄した。

 

「それに小学六年生なのに、一人で買い物して家でも料理してるなんて、美柑ちゃんの将来の旦那さんが羨ましい限りだよ」

 

「そうかな? お世辞でもありがとう。でも、その将来の旦那さんが葵さんって可能性もなくはないんだよ? ――何なら立候補してみる?」

 

 悪戯っ子のような表情で優稀を見る美柑に、その視線の先の張本人は乱暴に彼女の頭を撫でながら、

 

「はっは、小学生が高校生を揶揄わない」

 

「……もう、子供扱いしないでくださいよ」

 

 不満そうな表情でそう言いながらも、撫でてくる手から頭を離さない美柑。素直なのか素直じゃないのか、わからない行動だ。そしてこうしてたまに敬語が出てしまうのも、まだ慣れていないから仕方がない。彼女が敬語を取ったのはつい最近のこと。すぐに慣れろと言われても無理がある。まあ優稀はそんなこと言わないし、言うつもりもないが。

 

「いやいや、まだ小学生だし子供だよ。存分に甘えるが良い、全てこのお兄さんが受け止めて差し上げましょう」

 

「うわー、葵さん素敵ー」

 

「うん、棒読みにもほどがあると思うんだ」

 

 そうは言うが、実際美柑はあまり甘えていないだろうな、と優稀は思っている。一緒に買い物していて思うが、彼女は自分がしっかりしないといけないと思っている節があるのだ。それは小学六年生が考えるにしてはあまりにも早すぎること。確かにしっかりしないといけないと思うことは悪いことではない。むしろ良いことの部類入る。しかし、それでも彼女はまだ小学生なのだ。まだまだ親に甘えても何の問題もない時期。だから、冗談めかして言ってはいるが、優稀はわりと本気だったりする。

 

「でも、ホントに無理してないか? もし何かできることがあるなら、いつもお世話になってるってことで、協力くらいするけど」

 

「もう、葵さんは心配性だなー。大丈夫ですって、もう慣れたし、それに最近は居候が増えて、家事とかも手伝ってくれるようになったしね」

 

 優稀の心配するような声を聞いて、美柑はふふっと笑って応えた。

 

「へー、居候が増えた? 確か最初に聞いたのが、一年前だっけ。……今何人で住んでるんだ?」

 

 いや、そもそも居候が増えるってどういう状況なんだ、と優稀は内心驚きを隠せずにいた。一年前、こうして同じように一緒に買い物していた時、ふと美柑の買う食材の量が増えていることに気づいた。確かその時だ。『居候ができたんです』と聞いたのは。そしてそれがさらに増えたと言う。そうなると、一体何人で住んでいることになるのか。

 うーん、と。

 美柑は虚空を見つめながら、指を一本一本折っていく。一人、二人……三人…………――。

 

「両親抜いて、私も入れて六人ですよ」

 

 なかなかの大所帯だった。優稀の家の二倍。しかも、両親抜いてそれ。さらにそのうち四人が居候とは。優稀は先程の驚きをさらに深める。

 

「それでその中の一人が最近、家事を手伝ってくれるんだけど……」

 

「ん? 何か問題でもあるのか?」

 

 家事を手伝ってもらえるのは良いことのはずなのに、何故か表情が冴えない美柑。そんな彼女に優稀もやや表情を曇らせて問いかけた。何か問題……例えば、家事がド下手でさらに手間がかかるようになるとか、そいつがかなりの変態で変な目で見てくるとか。そんなことだろうか。

 

「うーん、問題ってわけでもないケド……最近、兄にベタベタしすぎというか、何か企んでいそうなんですよ」

 

 美柑はまるで疑うように。頭の中で思い浮かべているだろう人物に対し、一つ溜息を吐く。まあ私の考え過ぎかもしれないんですケド、と不満げに。そんな彼女に優稀は悪戯っ子のような表情を浮かべ、

 

「ふーん、なるほど。要するにブラコン美柑ちゃんは大好きなお兄ちゃんをその居候に奪われそうで、不安になってるんだな――って、ごめんごめん。だからそんな目で見るのやめてくれ」

 

「……葵さんが悪いよ。私は別にブラコンってわけじゃないし、不安になんかなってない。……何で撫でるんですか」

 

 じとーっと責めるような視線を送ってくる、素直じゃない彼女を優稀は無言で撫でる。しかし当の本人は不服らしく、さっと離れて自分の買い物を始めてしまった。

 

「素直じゃない美柑ちゃんが悪いって」

 

「葵さんみたいに捻くれてないだけマシじゃないかな?」

 

「うわ出た、毒舌」

 

 ニヤニヤ、とお返しとでも言うかのように笑う美柑はまるで悪戯っ子の様だった。元々容姿が整ってあるということもあってか、何処か魅惑的な雰囲気を醸し出しており、それがまた質の悪いほどに彼女にとても似合っている。それはそこらの……いや特に優稀のクラスの男共なら間違いなく虜になっていたと言っても過言ではないほどに。

 中学生かと言われてもおかしくないくらいに小学生とは思えない大人びた雰囲気、落ち着いている性格、そして表情豊かに感情を表す整った顔に、少しの毒舌。加えて家事も難なくこなす。毒舌であることを除けば、非の打ち所がない少女。

 

「美柑ちゃん、学校でかなりモテるだろ」

 

 だから、そんな条件が揃っている相手にこんな質問をしてみたくなった優稀は何も悪くないだろう。まあただの好奇心ではあるが。

 

「唐突だね……でも、うん。よく告白はされるよ」

 

「あれ? 否定しないんだ」

 

 だって事実ですし、と応える彼女の顔からは何処か疲れの色が見え隠れしていた。

 結城美柑はモテる。それはもう学校のマドンナと言ってもいいほどに。

 

「誰かと付き合ったりしないのか? 良い奴も何人かくらいはいただろ」

 

「しませんよ」

 

 きっぱりと言い切った。しかし表情は先程と同じく何処か疲れたようなもの。彼女はしょっちゅう告白されるが、その全てを断っている。

 

「即答ですか……もしかして、もうすでに好きな人がいるから……とか?」

 

「……い、いやいや、好きな人なんていないからね!」

 

「お、その反応……なんか怪しい」

 

ニヤニヤ、とさらにお返しするように優稀は、若干ではあるが頬を染める美柑にそう言った。心底楽しそうなのは、さっきのお返しができたからだ。決して頬を染めて、少し挙動不審になる美柑を面白がっているわけではない。そう、決して、だ。

 

「しかもその好きな人が、お兄さんだったりして……って、そんなわけないか」

 

あはは、と笑う優稀は、隣でやや赤面する彼女には気づかない。

 

「そ、そういう葵さんこそ、モテるんじゃないですか?」

 

あ、ごまかした、と指摘する優稀に美柑は「いいから答える!」とジトっと視線を向けながら、催促する。彼女自身、それ以上詮索されたくないのか、はたまた好きな人が誰にも言えない理由があるのか。どちらにせよ、彼女が自分の好きな人を教えることはないのだが。

 

まあいいけど、と優稀は続ける。

 

「……それは一度もコクられたことのない俺への嫌味ですかね、美柑さん」

 

 今度は忌々しげに。

 優稀は今までの人生で誰かに告白されたことはない。それは紛れも無い事実だ。……想いを寄せられているかどうかは、また別の話だが。

 

「女友達は……まあいるけど、今現在全然モテてないよ」

 

 多分これからも、と。

 

「……なら、好きな人は?」

 

「もちろん、いません」

 

 優稀もまたきっぱりと。

 彼からしたら、好きな人など作っている暇がないのだ。主に隣人の襲撃や従姉の思いつき、最近に至ってはピンク髪の腹黒王女のせいで。

 

「ふふっ、そうなんだ。――あ、そういえば」

 

 唐突に。

 美柑は手をパチンと一度叩いて、何かを思い出したかのように目を見開いた。そして、隣を歩く優稀を見上げるように見て微笑む。

 

「今度私の友達が泊まりに来るんだけど、葵さんもどうですか?」

 

「美柑ちゃんの友達? 小学校の?」

 

「えーと、小学校のじゃなくて……うーん、なんて言えばいいんだろう。……まあとにかく、私の一番の友達なんだ!」

 

 嬉しそうに目を輝かせる美柑からは、その友達をどれだけ大切にしてるかがよくわかる。しかし、小学校の友達じゃないとなると、一体誰なのか。気にはなるが、一番の問題は。

 

「俺なんかが行って、迷惑じゃないか?」

 

 美柑とは友人だが、その友達とは初対面。

 しかもお泊まり会にお邪魔するとなると、自分は邪魔者だろう。もちろん、美柑はそんなことちっとも思っていないが、その友達からすると、という話だ。

 

「大丈夫だよ。普段は無表情だけど、優しくて落ち着いてて、かっこいい人ですから」

 

「うーん、その相手の人がいいならいいけど……ちなみに日時は?」

 

「明後日が土曜日なので、明日の放課後にしようかと思ってるんだけど」

 

 実のところこのお誘いは、優稀にとってありがたいものだった。何故か。もちろん秋穂の襲撃を避けられるからだ。しかし、それは女子小学生の家に男子高校生が泊まるということになるので……些か問題ではある。

 うーん、と迷う優稀。そんな彼に美柑はまたしても悪戯っ子のような笑みを浮かべて、

 

「葵さん、確かさっき『できることがあるなら、協力する』って言いましたよね?」

 

 うぐっ、と痛いところを突かれたとばかりに。

 

「それに『存分に甘えるがいい』とも」

 

「……。……はい、行かせていただきます」

 

 情けないが、仕方ない。それを言われてはトドメを刺されたも同然。それにやった! と声をあげて喜ぶ、笑顔の美柑を見られたので優稀はもう、それでもいいかと諦めた。内心、自分も喜んでいたのは秘密だ。

 

 こうして、買い物仲間兼友人、結城美柑宅へのお泊まり会が決まった。

 この時の優稀は、そこで起こる新たな波乱を知る由もない。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

「……美柑ちゃんも大概強引だよなぁ」

 

 優稀は買い物が終わった後、袋を持ちながら楽しみにしてますね! と言って去って行った美柑に対し、そう呟く。待ち合わせは明日の夕方。学校が終わった後、あのスーパーで、だ。まるでまくし立てるように待ち合わせの時刻と場所を伝える美柑の姿は記憶に新しい。まあ、ついさっきの出来事なので当然ではあるのだが。

 優稀はもう暗くなり始めている空を見ながら、自分の住むマンションの通路を歩く。どうか自分の部屋に秋穂がいませんように、と願いながら。

 そんなことを考えながら、空を眺めていた優稀はふと自分の住まいである部屋の前に人が立っていることに気づく。

 

 ……こんな時間に、誰だろう。

 

 警戒心を強めながら、ゆっくりとその人物に近づいていく。

 

 ――まず最初にお前を殺してやろう。

 

「――っ!?」

 

 昼休みの出来事が脳裏をよぎる。もしや自分を殺しにきた刺客だろうか、と優稀はただただ冷や汗を流した。もし、自分を殺しにきたのであれば、対処などできはしない。今いるのはそれぞれの部屋の前の狭い通路。襲われれば逃げ場などなく、如何にか戦うにしてもこの通路では戦闘行為を行えるかすらわからない。

 予想以上に悪い状況に優稀は震えそうになる足を如何にか動かしながら、視線の先の人物の動きを一つも見逃さないように、凝視する。

 

 ――どうする……逃げるか……?

 

 少しでも目を離せば、一瞬で殺されるかもしれない。それに背を向けたら、それが最後かもしれないのだ。逃げる、なんてことは……できるはずもない。そんな不安と緊張の中、ようやくその人影は優稀の方を見た。いや体を向けた、が正しいか。足音が近づいてくる度に大きくなる心臓の鼓動。しかし、そんな優稀の心情など御構い無しにその人影はゆっくりとした足取りで優稀に近づいてくる。空はすでに暗くなり、未だその顔は見えない。服装は……ん? 彩南高校の制服?

 

「おーい、優。そんなとこで突っ立ってないで、早く部屋に入れなさいよー」

 

「――」

 

 ほうっ、と自分の中で緊張の糸が解けるのがわかった。目の前の人物は殺しにきた刺客なんかではなく、昔からの付き合いである少女だったからだ。ウェーブがかった小麦色のショートヘアを揺らしながら、その葡萄茶色の瞳が優稀の黒の瞳と交わる。

 

「……はぁ。里紗姉か。脅かすなよ」

 

「里紗姉かってなによ。アンタの大好きなオネエチャンが来てあげたんだから、感謝しなさいよねー」

 

 カラカラと笑う彼女の名前は籾岡里紗。彩南高校二年生でテニス部に所属する、優稀の従姉だ。彼女の声を聞いて想像以上に安心している自分に驚きながら、優稀は落ち着きを取り戻した心臓のある部分を手で撫でる。

 

 ――よかった。

 

 ようやくだったのかもしれない。自分が危機的状況に置かれていると自覚したのは。あんなことを言われても、実際に命を狙われたことのない優稀にはどうも実感が湧かなかったのだ。どれほど自分が危険なのか、が。しかし、今ので少しではあるが自覚することができた。自分は狙われている。今回は運が良かっただけで、状況はなにも変わっていない。しかし今は、今だけは安心を隠すことなどできはしなかった。

 

「だーれがお姉ちゃんだ。ただの従姉だろ。……それよりいきなり来るなよ、焦ったわ」

 

「いやいや、メールしましたケド?」

 

「……あ、ホントだ」

 

 携帯を確認してみると、そこには確かに里紗からの着信があった。……ただ文面が『今日行く』だけなのはどういうことだろうか。これでは、どこに行くかもわかったもんじゃない。優稀はそんないつも通りの里紗を見て溜息を吐くと、自宅の扉を開け、

 

「ごめんごめん、じゃどうぞ」

 

 そう言って、自宅の中へと促した。

 

「ただいまー」

 

 ……いや、その挨拶はどうなんだ?

 

 

 




第四話でした。どうだったでしょうか?
今回は少し雑になってしまったかもしれません、すいません。
あと感想欄にもありましたが、ユウキが分かりづらくてすみません。ですが変更をするつもりはないので、どうかご理解お願いします。

さて、今回は凛、美柑、里紗登場でした。……まあ、里紗は最後ちょこっとだったわけですが。

納得いかない部分もあるとは思いますが、こんな感じで進めて行くので、温かく見守っていただけると幸いです。

評価して下さった方、お気に入り登録して下さった方、感想を書いて下さった方などなど、本当にありがとうございます!

これからもよろしくお願いしますね!
それでは、この辺で。また次回に。

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