ToLOVEる 彼女達との奇妙な関係   作:ichizyo

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第一話 『本好きの殺し屋さん』


「よろしくな!」

 

 隣でよく言えばフレンドリーに、悪く言えば礼儀知らずに挨拶をする双子の姉を見てから、デビルーク星第三王女、モモ・ベリア・デビルークは愛想よく、そして礼儀正しくお辞儀をした。

 

「よろしくお願いします」

 

 何事も第一印象は大切だ。

 モモは、頭をあげるとすぐに明るく華やかな笑顔を浮かべる。

 

 ……学校で動きにくくなってしまったら、『ハーレム計画』を円滑に進めることが難しくなるもの。

 

 せっかくリトさんの人間関係について知れる良い機会なんだから、そう最後に頭の中で付け足して、モモはこれからクラスメイトになる教室内の生徒達を見る。そこでようやく男子達の視線が自分に張り付いているのに気づいた。追い討ちのようにもう一度笑うとつられるように、頬を染めるクラスメイトの男子達。その眼浮かんでいるのは、自分の慕うリトのように優しげな感情――などではなく、その頭にあるだろう下心だけ。

 

 ……男の人って皆こうなのかしら。

 

 モモはひっそりとため息を吐きそうになり、どうにかそれを飲み込んだ。ここで目をつけられて動けなくなってしまっては本末転倒。それだけは避けなければ、と彼女は再びその整った顔に笑顔の仮面を付け直した。それが逆に動きにくくなる結果になってしまうということには、気づかないままに。

 

「えーと、席は……」

 

 担任教師に促され、自分の席を探す。

 その途中、窓際の席に目を向けた時。シンクロするような動きで頬杖をつき、そして窓の外を向いた赤髪の少女と黒髪の少年の姿に思わず笑いそうになったが、何とか堪えて自分の席に向かった。そこでまたしてもジロジロと。早くも疲れてきたが、どうにか席に座り、未だ続く視線の雨に向かって笑顔を向けるモモ。それに呼応するように「おー!」と両手を挙げて、喜びを露わにする彼女の席付近の男子達。担任の「静かにしなさい」という声で、彼らはようやく静かになり、ようやく朝礼が開始された。連絡事項を伝える担任教師の声が響く。

 

(このクラスの男子の中で上手く関われそうなのは、あの人だけみたいね……)

 

 モモの視線は、先ほど隣の席の少女と見事なシンクロを見せた黒髪の少年の方へ。少なくともモモの目には、このクラスの中で下心を含んだ視線を向けてこないのは彼だけのように映ったからだ。

 

 学校の状況を知るには、第三者の意見も必要になってくる。まあ学校の状況と言っても、彼女の場合はリトやその周りの少女達についてだが。しかし、そんな第三者の意見を聞けば、わかることがあるかもしれない。これはモモが、ナナとともに転入を決めてからずっと考えていたことだった。三年生だと極端に関わる機会が減ってしまう。確かにこの彩南高校の状況を一番よく知っているのは彼らだが、逆に下級生と多く関わってもいる。何かしらの偏見があって、上手く情報が入ってこないかもしれない。それに教室も離れているので、一年生……それも転入生が関わるには、些か難易度が高くなってくる。それでは、二年生ではダメなのか。答えは、これも却下だ。あからさますぎる行動は、変な警戒心を抱かれてしまう。二年生はリトの学年ということもあって『ハーレム計画』の候補者が多いのだ。下手に動き回ってしまっては、誰かに怪しまれてしまうかもしれない。それにリトにバレてしまえば、今まで築いてきた信頼に亀裂が入る可能性もある。そんなことは彼女自身が耐えられない。

 

 ならば、と。

 彼女が至った結論は『クラスメイトの男子にきく』だった。ここでどうして男子なのかといわれると、女子だと部活や委員会でもない限り二年生の男子と関わることはないと考えたから。男子ならば、同性ということもあって話もしやすく、関わりやすくもある。それに、時期的にも新入生と二年生が何かしらで関わっていてもおかしくはない。

 運良く関わりをもっていれば良し。関わりをもっていなくても自分がリトと引き合わせて、友人関係にしてしまえばいい。異性には話せなくても、同性になら話せることもある。さらに言えば、現在リトの周りには女性ばかりがいるので、男性目線の意見がいかに貴重なものかわかると思う。そんな考えの元での彼女の結論がそれだった。

 

 まずは愛想良く話しかけて好印象を与えるところから……!

 

 内心で拳を握り、気合いを入れる。

 こういう時、ナナの性格は羨ましいとモモは思う。あんな風に踏み込んで、しかもフレンドリーに接することができるのは彼女の長所でもあるからだ。しかし、頑張らないと。それもこれもリトの『ハーレム計画』を成功させるため。それでもし、自分も愛してもらえるなら――。

 

 それから朝礼が終わるまで、モモの視線はずっとその少年に向けられていた。友達兼計画の協力者となるであろうその少年に。しかし、何事も思い通りに行くはずがない。

 それから休み時間ごとにモモはクラスメイトからの質問攻めにあい、とうとう一言も目的の少年と言葉を交わさないまま、午前中が終わってしまった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 日が高く昇る正午すぎ。

 朝よりもその猛威を増した日光が、再び人肌を焼かんとするその時間は、学校で言うところの昼休みの時間だ。購買にパンを買いに行く人、友達同士で弁当を食べる人達、委員会の仕事に勤しむ人など人それぞれに過ごす長めの休み時間。

 朝から色々ありすぎて、まだ後半分授業が残っているのにすでに疲労困憊である葵 優稀もその例外ではなかった。

 

「わざわざ職員室に呼び出して、転入生の面倒を見るように言うとか……意味がわからない」

 

 重苦しく、今朝も吐いたようなため息を吐く彼は自分で用意した昼食を食べた後、職員室に呼び出された。言われた内容は転入生――ナナ・アスタ・デビルークとモモ・ベリア・デビルークの学校生活の手助けをすること。どうして学級委員じゃないのかと聞いたが、『葵君が一番しっかりしてるからよ』と涙ながらに言われてしまったので、断りようがなかった。……大丈夫か、一年B組。

 

「全く迷惑な話だな……」

 

 優稀は不満そうにそう呟いた。

 彼は朝礼で転入生がデビルーク星の王女だと知った時、関わらなければ問題ないか、と完全に楽観視してしまっていたのだ。同じクラスにはなったが、関わりさえしなければ面倒なことにはならないと。しかし、昼休みに担任教師直々のこの指令である。もう完全に優稀は教室へ帰るのが嫌になってしまっていた。もうこのまま、下校してしまおうかと思うほどに。

 

「あ、でも今日秋穂さん休みだった……」

 

 詰んだ、と。

 秋穂がいるので帰りたくないと言っているかのように、ガックリと首を垂れる優稀。まあ、実際そうなのではあるが。

 考えてみれば、今朝はいつもより比較的楽だった気がする、と優稀は今朝の出来事を思い出した。

 突然の秋穂の侵入、春菜との登校、そして転入生の登場。言葉にして見るとそうでもないが、実際に起こるとそれはもう疲れてしまう。特に最後のは、優稀が思わず思考をやめてしまうほどに予想外だった。朝が楽だったのには、こんな意味があったのかと優稀はいるとも知れない神様に抗議するように、青く澄んだ空を睨みつける。そしてさらに優稀を悩ませる原因となっているのは、朝礼中の――。

 

「何であんなに見られてたんだ……?」

 

 優稀はふと気になっていたことを思い出す。

 それは双子の妹の方、モモ・ベリア・デビルークの突き刺さるような視線に晒されていたこと。それが何故か優稀にはまるで心当たりがなかった。自分の知らないうちに何かしてしまったのか、とも考えたが、そもそも彼女とは面識がない。朝、春菜にララの妹と聞いたのが、初めてその存在を知ったきっかけだったはずだ。

 

 うーん、と首を傾げて考えるがまるでわからない。

 

「これはもう、あっちから何かしてくるのを待つしかないよなー……」

 

 まだ何もされていない。何をしようとしているかもわからない。そんな状態で対処しようとするなんて酷なものだ。優稀はこのことを考えるのはもう終わり、というように一つ手を叩き――

 

「――あ」

 

 視線の先に、風に揺れる見覚えのある金髪を見つけた。……と同時に目が合った。ジーッと。それはもう穴が開くほどに優稀のことを見ている。

 木の影で涼しそうなベンチの上。本を片手に、たい焼きをもう片手に。彼女は何故かその本を読むのを止め、優稀のことを見ていた。

 

 こ、これはスルーしたらダメなやつ……。

 

 それは経験則による話。優稀は無意識のうちに、流していた冷や汗を制服の袖で拭い、しっかりとその鋭い視線と対峙する。

 綺麗で可憐なその紅色の瞳が彼を射抜いている以上、『無視する』という選択肢はあっても、それを選ぶことはできない。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、何の因果か。この時彼を襲ったのは、妙な悪戯心と好奇心。人間誰しも試して見たくなることはある。

 よって、今回優稀が強烈な視線を感じながらも、彼女の座るベンチの前を無言で通り過ぎるというチャレンジをしても何らおかしくはない……はずだった。

 

「……あの」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ビュオッ――と金色が宙を舞う。

 それはおよそ人間の髪が出すとは思えないほどに風を切るような音が発しながら優稀の背後に迫り、その直後には彼の身体が金色に巻かれていた。そしてそのまま、優稀は空中へと投げ出された。……いやもの凄い速度で引き寄せられた、が正しいか。

 

「……」

 

「ごめんなさい、出来心だったんです。だから、無言で睨みつけるのやめてくださいお願いします」

 

 熱く厳しい陽の下から、涼しく心地よい木陰へと。引き寄せられた優稀は彼女の隣に座らされると同時に、流れるように謝罪と要望を述べる。

 そんな彼の隣には今日も面白いまでの無表情、金色の闇こと金髪少女――ヤミが少し、ほんの少しムッとした表情でたい焼きを頬張っていた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 蝉が鳴く。陽射しが射抜く。肌が焼ける。そして、隣の少女は本を読む――。……うん、何だこの状況。

 

「あの金色さん、俺はいつまでここにいればいいんでしょうか?」

 

「……私がこの本を読み終えるまでです」

 

 ヤミはごく当然のことのように、本から目を逸らさずにそう答える。いつもこうだ。優稀がヤミと会うと隣に座らされ、彼女が本を読み終えるまでそこにいることになる。実はこの関係、もう約一年ほど続いているのだ。優稀が気づいた時にはすでに、ヤミと視線が合うと横に座らされるという暗黙の了解が出来上がってしまっていた。しかし、だからと言ってただ座らされているわけではない。そこにはちゃんとした役割があり、目的がある。

 

「ユウキ、これは何と読むのですか?」

 

 読んでいる本を、その部分に指をさしながら優稀に見せるヤミ。どうやら今回は小説らしい。

 役割とは、すなわち優稀がヤミのわからない漢字の読みや意味を教えることだ。

 

「うん? どれどれ……これは『贔屓(ひいき)』だな。意味は確か、『自分の気に入った人やものに、特に力を貸したり助けたりすること』……だったか」

 

「……ひいき、ですか。ありがとうございます」

 

 ヤミの視線は再び手元の小説へ。

 優稀はそんな彼女を見ながら、これも『贔屓』になるのかな、と少し笑った。目的とはすなわちヤミが本を読むに当たって、わからないことや漢字の読み、意味などを知ること。

 基本的にはその行為について、優稀に利益はないのだが、どんどん覚えていくヤミに漢字などを教えることを案外楽しんでいる節があるのも事実ではある。

 

「……良ければ、どうぞ」

 

 差し出されたのは、買ってからあまり経っていないのか、未だ温かそうなたい焼きだ。

 

「お、ありがとう。――いただきます」

 

 ヤミはいつも通りの無表情のまま、たい焼きを頬張る優稀を見つめる。まるで、『どうですか?』と感想を期待するかのように。

 

「甘くて美味い。俺、たい焼きってあんまり食べたことないんだけど、かなり美味いな」

 

 今度俺も買いに行こう、と付け足して温かいたい焼きをもう一口。口内に広がる餡子の風味に頬を緩めながら、優稀はもう一度ヤミに「ありがとう」とお礼を言った。

 

「……そう、ですか」

 

 そう言って、無表情のまま本を読み始めるヤミ。

 金髪がピョコピョコと若干跳ねているように見えるのは、気のせいだろうか。優稀はそんなヤミを見て、

 

「本当にたい焼き好きだよな」

 

 笑顔でそう言った。

 実際優稀は何度もヤミがたい焼きを食べている場面に遭遇している。というか、ほとんど毎回のようにたい焼きを頬張っている。初めて会った時は食べていなかったが、あの時は買えなかったんだろうか。と優稀は今更のように思い出して、少し苦笑い。

 

「……いけませんか?」

 

「いや、いけないなんてことはないよ。ただいつも食べてるから、言ってみただけ」

 

「……そうですか」

 

 いつもの如く素っ気なく返ってくる。しかし、一度本に集中しだすと、呼んでも返事をしないのがヤミだ。つまり、今はまだ本の続きを読み始めていないことになる。

 

「普通のご飯も美味しいけどな」

 

「……」

 

「……あ、続き読み始めた」

 

 無言になったところで、優稀はベンチから立ち上がり、背筋を伸ばした。……いや、そんな髪をまとめなくても、いなくなったりしませんよ?

 優稀が微妙な顔でそんなことを思っていると、まるでその心の声が聞こえたかのように、彼女は髪を元のストレート戻す。そして再び視線は本へ。

 

 ここからはもう読めない漢字か、意味がわからない漢字が出てくるまで、無言の時間が続くので、優稀も呼ばれるまでベンチの背もたれに体重を預け、青く澄んだ空を見上げた。

 

静かな一陣の風が黒と金を揺らし、草木を撫でながら、まったりと吹き抜ける――

 

「――なあ、金色さん」

 

 ふと。

 返事があるはずがないが、優稀はヤミに声をかける。空を見ているため、ヤミからは彼の表情は見えない。しかし、声のトーンはやけに真剣みを帯びていた。

 

「……何ですか」

 

 しかし、優稀の予想とは逆に応答する声が。

 キリの良いところまで読んだのかどうかはわからないが、ヤミは少し間を開けた後に本を閉じて優稀の方を向いた。彼女にしては珍しく、本より彼の話を優先してくれるらしい。

 

「あれ? 今日は聞いてくれるんだな」

 

「………………丁度良いところだったので」

 

 間がいつもより長かった気もするが、気にせず優稀は質問する。別に今聞かなくてはならない事ではないが、もう随分前――会った時からずっと気になっていた事を。その内容は――

 

「金色さんはさ……本当に殺し屋なのか?」

 

 殺し屋。宇宙一の、伝説の殺し屋――金色の闇。

 優稀はずっと疑問に思っていた。出会って数日後に知った真実。――彼女が殺し屋であることについて。たった今まで吹いていた風が、それがまるで当然のように止まった気がした――。

 

「……はい、そうですよ。何ですか、疑っているんですか?」

 

「……まあな。だって今の金色さん、人を殺すような雰囲気ないし」

 

 誰が思うだろう。

 学校で、生徒ではないが本を読む少女を、たい焼きが大好きな少女を、人にお礼を言うことができる少女を。伝説の殺し屋だなんて――。

 

「……」

 

「確かに無表情だけど、感情がないわけじゃないし」

 

 少しの変化だが、笑うことも怒ることも、寂しそうな表情をすることもあると優稀は知っている。この一年で何度も見ている。少し乏しくはあるが普通の人のように、感情を表に出すことのできる彼女は殺戮人形などではなく、普通の人間とまるで変わりはなかった。

 暫し沈黙の時間が流れ――瞬間。

 

 ヒュン――

 

 何かが風を切るような音が聞こえ、目だけを下に向けてみると、髪とは思えないほどに鋭く尖ったそれがナイフの形となって、優稀の首元に突きつけられていた。

 

 

「では、あなたを今ここで殺しましょうか?」

 

 

 驚くまでの無表情、冷徹なまでに優稀を見据える冷たい眼、そして、抑揚のない声。

 そこには本とたい焼き好きのヤミの姿はなく、伝説の殺し屋とまで言われるようになった、殺し屋としての顔を浮かべた『金色の闇』が佇んでいた。

 




第一話でした。どうだったでしょうか?

時系列的にはこの裏で、メアとナナが友人関係になっていると思ってください。
今回はオリジナルと独自解釈が多かった気がします。苦手だったらごめんなさい。
質問、アドバイス、ヒロインリクエストなどの受付は継続しておりますので、活動報告の方にお願いします。

読んでいただきありがとうございました。
感想、評価待ってます!
それでは、また


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