Re:破綻者は嘲嗤う   作:カルパス

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 戦闘描写は苦手、はっきりわかんだね()


激闘

 

 刹那にして混乱に包まれた盗品蔵、其処に居合わせた人々が理解し得たのは、笑みを浮かべた法衣の男が黒装束の女を吹き飛ばしたという事だけだった。

 

 呆気に取られる、という言葉をそのまま表すかのように、ある者は目を見開き、ある者は口をだらしなく開いたりと、少なくとも呑気げにこの惨状を予想していた大精霊以外は、皆驚きと困惑を顕にしていたと言えるだろう。

 その中で最もそれが色濃く反映されたのは、他でもないスバルであった。 

 

「――そうか。俺が盗品蔵でキレイを見て助けを求めたんだから、どのみちキレイは蔵に目的があって来たのか……!」  

 

 前々回において、スバルは死の淵にエルザとキレイの戦いを目撃している。その際、キレイとスバルは何の関わりも持っていない正真正銘の赤の他人であった。それが意味するのは、キレイが個人的な理由で盗品蔵に用があった事に他ならない。 

 こんな貴重な情報に気づかないとは、とスバルは心底苦々しい引き攣った笑みを浮かべる。そんなスバルを見たキレイは一瞬訝しげに眉を顰め、

 

 

「何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が……そこは危険だ、少年。死にたくなければ離れるといい」

 

 

 スバルの身を案じる言葉を投げかけた。位置的に言えばスバルとサテラが最もエルザとキレイに近い。確かな戦力を持つサテラならばともかく、キレイはスバルを一目見て無力な存在と判断したのだ。若干の苛立ちを覚えない事もないが、それは確かな事実なのである。事実ではあるのだが――

 

 

「俺が足手まといなんて合点承知よ!でも俺ってば空気読まない事で定評ありまくりだから、あんたにメリットがある邪魔するかもしんねえな!」

  

 

 ナツキスバルという男は、決して目前の戦況に黙って指を咥えて見守っているような人間ではない。隙があれば邪魔をしようという魂胆丸出しであった。

 キレイと言う絶大な戦力が加えられたのも相まって、スバルの短小な胆力は一時的にエルザへの恐怖に打ち勝つ程になっている。――捉え方によっては、親分に縋る下っ端に見えなくもないのだが。 

 やはり愚かに、それでもよく出てくるその軽口に対してキレイは―――

 

 

「――ならば、努努こちらの邪魔にはならないで欲しいものだな」

 

 

 

 皮肉げに口を歪め、嘲笑うべき道化への答えとしたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ――綺礼がエルザを見据えるのと、エルザが腸を抑えながら立ち上がるのは同時だった。

 

 それはつまり戦闘の再開を意味し、盗品蔵の壁を突き破る規模の物がこの場で繰り広げられる事になる。

 一瞬にして高められる殺気、鬼気。あまりにも膨大なそれは、存在するだけで大気を脅かし、拮抗する緊張となって殺伐とした空気を作り出す。その拮抗を破った者が先手を仕掛ける事になるが――一挙一動でも誤れば、どちらかの命が消えていると言えるだろう。

 嵐の前の静けさ、激闘の予兆を告げる静寂。永遠とも思えるその間は、しかし長くは続く筈もなく―――

 

 

 

「―――腸狩り、エルザ・グランヒルテ」

 

「―――キレイ」

 

 

 

 先に動いたのは、歴戦の代行者だった。

刹那の息遣い。耳を澄ませば辛うじて聞こえる程に静かなそれと共に、音も無く三本の黒鍵が放たれる。

そもそも代行者の中で黒鍵を用いる者はそうそう多くはない。なおさらそれが実力のある者に絞られるとすれば、それを愛用する者は綺礼を除けばごく数人に限られるだろう。投擲に適した剣と言う物は、決して扱いやすい物では無い故にだ。

 だからこそ、それを使いこなす綺礼から放たれる黒鍵は、もはや一つの弾丸と化す。その一投は予備動作を含みコンマ三秒以下、常人では気が付いたら複数の黒鍵が投げられていた、という域の速さだ。

 そのあまりの速さにエルザは目を開き、新たに取り出していたククリナイフで僅かに時間をずらされて飛来した黒鍵をナイフの刀身で滑らせる様に受け、軌道を己の体から逸らす事で回避していく。

 しかし、それに意識を割いている暇は断じてない。何よりも恐ろしいのは、キレイがそれ程の速度を持つ黒鍵をエルザに肉薄しながら投擲しているという点だ。

 つまり、エルザが高速で放たれる黒鍵を対処しきる頃には――キレイはエルザの目前にまで迫っているという事になる。

 八極拳は別名『陸の船』と呼ばれる程に射程距離が短く、相手の懐に入る事を前提としている。それと引き換えに、絶大な威力を手にする事が出来るのだ。

 キレイのそれはその中でも殺人に特化した物。拳を穿てば二発で長い時を生きた大木をへし折り、人体であれば一発で心臓を圧力で潰す。

 故に先程その威力を身を持って知ったエルザにとっては、決して喰らいたくはない凶拳である。

 

 ――だが、此方も侮ることなかれ、腸狩りの異名は決して虚飾による物ではない。

 抉りあげるように飛来する拳を、エルザは上半身を極限にまで反らす事で回避。続いて轟音と共に下から振るわれる綺礼の連環腿(れんかんたい)に手をつき、それを軸として空中で後ろ向きに回転。ムーンサルトの要領でキレイから大きく距離を取る。

 一つの絹の様な軽やかな動き。絶妙な技量が無ければ、蹴りとして放たれた足に手を付いたにも関わらず無傷で済む道理は無い。エルザもまた、逸脱した実力を持つ規格外の一人であった。

 

 エルザが着地と同時に地面を蹴ってキレイへと肉薄するのと、キレイが秘門たる『活歩』の歩法でエルザへと一瞬で接近したのは同時。交差する寸前でキレイは黒鍵を、エルザはククリナイフを振るい、両者への損傷を試みる。

 交差した刹那に響き渡る金属音。再び距離を開ける両者を見れば、キレイはその法衣の袖を僅かに切っただけで大きな傷は見当たらない。

 ――対して、エルザはその華奢な肩から鮮血を垂れ流していた。

 

 

  ――この間僅か十五秒。果たしてこの激闘を隅々にまで視認できた者が、この場に一体何人存在するのであろうか。

 無論、スバルを始め、その他の者が抱く感情はただただ、純粋な驚愕のみであった。

 魅せられる程の技、瞠目する程の力。そのどちらをもこの数瞬で目の当たりにした彼らが抱くには、必然の感情であったと言えるだろう。

 

 

「―――ああ、本当に素敵ね!

 こんなにも滾るのは久し振りだわ……!」 

 

 

 妖艶な吐息すら以って、瞳に鈍い光を宿しながらそう謳い上げるのはエルザ。見れば血を滴らせていた筈の腸は、何事も無かったかの様に血一つ流れていない。それは、キレイの中で一つの結論を見出すには十分だった。

 

 

「―――やはり、()()()()()か」

 

「―――――ふふ、」

 

 

 何の抑揚もなく紡がれたキレイの言に、エルザは薄く微笑む事で応えとする。否定をしないことから、キレイはそれを肯定と取った。

 実際深くはない、裂傷程度の肩の傷は塞がっていない。黒鍵はそう言った手合に特化した武器、仮にエルザが人から逸脱した存在だとするならば、それを塞ぐのは容易ではない。

 一度の撃ち合いで己の正体を見抜かれた故か、エルザが纏う殺気が更に濃厚な物となる。同時に、その瞳に篭もる熱も、更に重厚な物となっていた。

 

 

「―――怖気づいたかしら?」

 

「………いや、」

 

 

 ククリナイフをキレイに向けるエルザ。それは激闘の再開を意味する。試す様に細められた瞳が、剣呑さを纏って射抜く。しかしキレイは微塵も臆する様子は無く、薄く嗤みすら浮かべてみせ――――

 

 

()()だ」

 

 

 確かな自信を持って、そう断言したのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ―――これ、介入とか無理じゃね?

 

 

 ナツキスバルが夏休み最終日まで課題に手付かずの事実に気付いた時のような諦観の思いを抱いたのは、エルザが華麗にムーンサルトを決めた瞬間であった。

 この時点で彼の脳内でキレイ≒エルザ=化物の数式が確立。抱くのは驚愕と畏怖のみである。

 この感情を共有しようと周囲を見回せば、フェルトも、ロム爺も、サテラも驚愕を顕にし―――パックは呑気げに欠伸をしている。

 駄猫への制裁は置いておくとして、この場にいるほぼ全員が繰り広げられた戦闘に驚いている事にスバルは一先ず安堵する。これを当然のように見ていられる者ばかりだったならば、スバルの前途における多難は計り知れない物になってしまう故にだ。

 そんな思わず乾いた笑いを漏らしたくなる現状に暫く整理の時間を要したいスバルであったが―――

 

 

「うおっ!?地震か!?」

 

 

 突如として訪れた揺れに、思考を中断される。

何事かとその震源を見やれば―――キレイが振り下ろしたであろう踵を中心に、奈落の底を思わせる巨大な穴が生まれていた。

 

 「―――踵落としって、あんなでっけえ穴作れるんだな………」

  

 投げやり気味に自然と紡がれたスバルの言に、呻くように声を漏らす巨体の老人が一人。

 最早ヤケクソの域に達したスバルは、場違いな煽りを老人に向ける。

  

 

「ねえねえ、どんな気持ち?

 か弱い人間に純粋な力で負けて、自慢の蔵も滅茶苦茶にぶっ壊されてどんな気持ち?」

 

「―――喧しい。

 ……清々しい程に最悪な気分じゃ」

 

 

 

 嘆くように紡がれた老人の言。

その間も、現実離れした闘争は続いていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

  

 

 

 再び開かれる舞踏。エルザは先程よりも一段増した敏捷さで、豹の如くキレイへと接近する。

 対して綺礼は、迫りくる獣を迎撃する事はせず、エルザが己に肉薄するのをみすみす許す。

 

 ――黒鍵とて、決して数が無限であるわけではない。

柄を後から回収出来るとは言え、そもそも聖堂教会が存在していないであろうこの世界においては、新しい柄を支給する事は不可能だ。

 ――そして、エルザの腹の傷を塞いだ治癒能力。確かにかなりの早さだが、黒鍵を使わずとも封殺する事は出来る。何も襲撃者がエルザ一人とは限らないのだ。此処から突発的な戦闘が仮に発生したとして、黒鍵の在庫が無い事はキレイにとって危険性が増す。八極拳では有効範囲を考えても咄嗟の襲撃に対応する事が難しい故にだ。

 

 端から見ればあまりにも愚鈍、同じ土俵での拳と剣では、何を取っても剣に分が上がるだろう。

しかし、それはあくまでも常識に限っての話である――元より、言峰綺礼の絶技に常識など通用する筈が無い。

 

 鋭い音と共に振るわれたククリナイフが、鮮血を撒き散らす事は無かった。それは視認出来ぬ程の速さで振るわれたククリナイフを、キレイが何かしらの方法で防いだ事に他ならないのだが―――そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 頭の側面に目でも付いているのではないかと疑う程の出鱈目な出来事。思わず驚きに目を開くエルザだが――確かに、キレイはククリナイフを一瞥もせずに左手で防ぎ、傷一つ付けずに『受け流して』いた。

 前回のエルザとの戦いにも見せた、『聴頸』と呼ばれる技法である。視界で捉えるのではなく、腕と腕が触れ合った際に感じた『音』で次の相手の『動作』を読み取る事が出来る絶技。此れが普通のナイフならばまだしも、あろうことかキレイは此れを湾曲した刀身を持つククリナイフでやってのけたのだ。どれ程出鱈目な事かは、言うまでもないだろう。

 

 刹那の間呆気に取られたエルザだが、直ぐに立て直し、再びキレイへと肉薄する。再び振るわれたナイフの軌道はキレイからして完全な死角――故に必中と思われた。

 しかし、それすらも綺礼は左手を滑り込ませる事でナイフを弾き、負けじと繰り出されるナイフもまたもや弾かれ、防がれる。  

 一度でも捉えれば必殺、しかしそれを阻むは絶対の技巧による鉄壁。いかに巧みな剣捌きを魅せようとも、その刃は一度たりともその肉に到達する事は無い。

 圧倒的な技。それは過剰なまでの鍛錬が成せる業。故に、届かせるにはそれ以上の技を用いなければならない。

 だが、ナイフを振るい続けるエルザの技も決して遅れを取ってはいない。幾度ナイフを弾かれようとも、一度たりとも剣を手放していないのがその証拠。一度でも同じ軌道をなぞれば即座にナイフを弾き飛ばされる。――それ故に、エルザのナイフは一度たりとも同じ軌道を描いてはいなかった。 

 

 正に拮抗。故に停滞。永遠に続くかに思われたその撃ち合いは―――八極拳特有の動きをエルザが把握出来なかった事によって、唐突に終わりを迎える。

 

 ナイフを弾きながら不意に構えを真逆にするキレイ、それと同時に出された足が、エルザの前足を絡め取り――華麗な『鎖歩』の足捌きとなって、その重心を崩す。

 

 

「――――っ!」

  

 

 流れるように繰り出されたそれは、あっさりとエルザを宙に浮かす。

 

 ―――仮にエルザが足捌きに対して咄嗟に身を翻していなければ、その頭は潰れていただろう。 

 

 だが、命中は免れない。

反動に逆らえず、無防備となったエルザを――――剛拳が、襲う。

 

 爆発的な轟音。空気が収束され、来たるべき衝撃にそなえて一瞬の静けさを生む―――刹那、エルザの体が木の葉の様に吹き飛ばされ、目にも止まらぬ速さでその姿を小さくしていく。

 衝撃。全身の骨を折らんばかりの勢いで叩きつけられた体によって壁に亀裂が生じ、耐えかねた天井から幾つかの瓦礫が崩れ落ちる。

 あまりの衝撃に皮膚が耐えかね、内側から血管が破裂し、所々を血の斑点で染め上げる。

 

「――――かはっ、」

 

 

 その威力にエルザから漏れ出るは苦悶の声。目は見開かれ、口からは臓物を含んだ鮮血が吐き出される。

 ―――それでも、その口元は孤を描いていたのだが。

 

 

 

 静かに息を吐き出すキレイ、体を赫に染めながらも決して笑みを崩さぬエルザ。

 ―――どちらにせよ、この激闘が終息を迎える気配は、未だ誰も感じ取る事は無かった。

 

 




 エルザは死なせないっ!皆散るとか書きすぎだっ!

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