Re:破綻者は嘲嗤う   作:カルパス

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 トランプショックで立ち直れません(大嘘)


変動

 ――自身の死に戻り。それが起こった事実をそのまま巻き戻すものとするならば。

 

 

 盗品蔵への道のり、冷静になった思考でスバルはある結論を見出そうとする。

 一度目の世界において、スバルとサテラは日が沈もうかという刻に盗品蔵を訪れた――既にエルザによって惨劇が起こされた後と思われる。

 

 二度目の世界では、スバルがサテラを同伴しない状態で一度目よりも早く盗品蔵へ到達。その後フェルトが徽章を持って合流し、その依頼主としてエルザが登場。その時点でスバルの死は確定。たとえあの場で徽章を持ち主に返すと言わなくとも殺されていただろう。

 

 三度目。初っ端からキレイを頼り、恐らく最短で蔵へ到達。この間特に大きな変化は見られなかったが……エルザよりも先にサテラが蔵へ到達したのだが気掛かりだ。

 何故、一度目の世界では何だかんだ言わなくともスバルが足を引っ張っていた故だと解る。

 しかし二度目と三度目ではサテラとの接触は殆ど無い。考えられるとすればキレイと共にいた事による変化だが――何が考えられるだろうか。

 

 

 "――少し障害がありすぎる"

 

 

 そう言えば共に蔵へ向かう際、そんな事をキレイが呟いていたか。それはおそらく貧民街にやけに蔓延っていたゴロツキ共のことだろう。トンチンカンのような類と考えても、些か数が多すぎたのを覚えている。

 片手間にキレイが片付けていたので特に違和感は覚えなかったが……一度目の世界ではそのような連中を見なかった事を考えると、大きな変化と捉えるべきか。

 

 ―――仮にそれを足止めと考えれば。

一度目の世界でスバルによって道草を食らったサテラを妨害する必要はない。 

二度目と三度目ではスバルとの接触もない故に追跡を続けるサテラの足止めが必要になってくるという事だ。

 

 そうなると――足止めを行った人物は限られてくる。と言うかただ一人に絞られる。 

スバルに構わなければ自力で蔵に辿り着いていたというまたしても自身の自己嫌悪を煽る事実が発覚し、目に見えて負のオーラを発散するスバルではあったが。

 

 自身の乾いた泥にまみれたジャージを見やる。こうすれば貧民街の住民の態度は軟化する事は知っていたが、やり過ぎるのも考えものだと苦笑する。

 表街と比べるまでもなく薄暗く、粗雑な造りをした建物がこうも並んでいると陰鬱な気分にもなる。

 出来れば此処に来るのは最後にしたい物だとスバルは目前の得体の知れない水たまりを跳んで回避し――向こう側から近付いてきた人影と、あわや衝突しそうになるところを慌てて身をよじる事で回避。近くの壁にスバルが肩をぶつけただけで事なきを得る。

 

 

 「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」

 

 「全然大丈夫、こう見えても俺超絶丈夫なのが取り柄――――っ、」

 

 

 心配の声を掛けてくる相手に自身の丈夫さを自慢しようとその顔を見た刹那、スバルの喉が凍る。

 己がソレを恐怖として認識すること即ち、ソレにとっては己は"ただの獲物"なのだと認めていることに他ならない。我ながら見下げた性根と胆力だが、それがあればどうにかなると問われれば、そういう問題では無いと答えるだろう。

 言ってしまえば兎が獅子に勝てるかと言うもの。蟻と恐竜までは行かないかもいれないが、スバルとソレ――エルザの間に生まれた差は歴然たる物だった。

 片や恵まれた環境の中温々と育ち、自身の過ちによってその環境に固執し閉じ籠った普通の少年。

 片や死線を潜り抜ける事を本業とし、幾多もの戦場を踏んできたであろう腸を愛す異常者。

 両者では素質も違えばその価値観も異なる。ついでに言えばスバルはエルザに二回殺されているのだ。その姿を見て恐怖を抱かない筈もない。

 ――それでも、スバルはその恐怖に抗おうと決めたのだ。相対しただけで怯んだとあっては軟弱者に逆戻りだ。

 

 

「あら、良い眼をするのね――面白い子。

 そんな眼を向けられる覚えは無いのだけれど、ともかく怪我は無いかしら?」

 

「体が丈夫なのが取り柄って言おうとしてアンタのあまりの美貌に言葉も忘れてしまった次第だよ。

 ――俺ってばパーツに恵まれて無いから嫉妬って言うの?同じ人間でもこうも容姿に違いが出るもんかなってね」

 

 

 こんな状況でもこの口は回る物だとスバルは内心で苦笑した。多少震えてこそいるが、対話出来ているだけエルザに対する恐怖も僅かにだが薄れている。

 皮肉を含んだスバルの軽口を受け、エルザは己の黒髪を指で弄ると、艶めかしい吐息を溢す。

 いちいちエロいな、と内心で場違いな感想を漏らしたスバルではあったが――

 

 

「……嫉妬と言うには重すぎる。

 あなたは誰かを羨んだ時――その人を殺したいと、そう思ってしまう人なの?」

 

「―――、」

 

 

 その恐怖に打ち勝とうとする見栄すらも、エルザの此方を見透かすような言によって崩れ去る。

 薄い暗闇の中、それを体現するかの様な黒い装束に見を包んだエルザの瞳が細められ、鈍い光を灯す。

 其処に宿るのはこちらへの興味か――獲物の品定めか。どちらにせよ、それを受けたスバルは全身から嫌な汗が流れるのを止めることは出来なかった。

 

 

「臭い――何かの感情を自身が持った時、其処には必ず臭いが生じるものよ

 あなたは今私を恐れている、怒っている。

 そして何より――私を憎んでいる」

 

「……」

 

 

 射竦められる様に鋭くされたエルザの視線が、平静を保とうとするスバルを射抜く。

 浮かべていた愛想笑いは姿を消し、後に残ったのは隠しきれぬ憎悪と恐怖だけ。余裕を無くしたスバルの貌は、相手側にどう映っただろうか。

 重苦しい沈黙。光が入らぬ貧民街だからこそ、張り詰める緊張はその効果を一層増す。スバルの喉から恐怖の声が漏れるのも、時間の問題であった。

しかし、

 

 

「……気に掛かるけど、いいわ。

 今は騒ぎを起こすわけにはいかないから」

 

「――、ぶ、物騒なお言葉だな。

 その見惚れざるを得ない端正な顔立ちには、全然似合わねぇと思ってみたり?」

 

「あら、お上手ね。

 心地良いけれど――その憎しみ、押し殺す事が出来れば尚更素敵ね」

 

 

 不意にその鋭い眼差しが緩められ、元の悩ましげな物に戻る。それはこの場でスバルを見逃すということに他無く、思わず一先ずの安堵の息が溢れそうになるのを堪え、ただエルザを見据え続ける。

 その視線を受け心地良さそうに微笑んだエルザは、瞳だけに光を宿しながら漆黒の装束を路地裏の闇に溶かし――やがてスバルの視界から消えた。

 

 脅威からの生還。自分一人では抗いようのない強大な恐怖からの脱出に、スバルの腹から大きな安堵の息が吐き出される。

 高鳴る心臓。それはエルザと相対したその存在を主張し、目前の恐怖に警告を鳴らし続けた張本人。その激しい鼓動を聞きながら、スバルはエルザの脅威さを再認識する。

感情の臭いを嗅ぎ取れるという聞きなくない衝撃の事実を身を持って体験したスバルだからこそ、その出鱈目が嫌と言うほど解る。

 

「……やっぱキレイを連れてくるべきだっか」

 

 ふと柔らかい微笑みを浮かべる法衣の男の姿が脳裏に浮かぶ。この目に見たものが確かならば、二度目の世界において彼はエルザと激戦を繰り広げていた。あまつさえ、押していたようにも思える。

 戦力としては絶大であり、おそらく前回と同じように助けを乞えば力を貸してくれるのだろう。

 

 

 ―――君自身の生きる糧にしたい、と?

 

 

 だが、それでも。

スバルはあの場でキレイに声を掛ける事が出来なかった。心ではそうしたいと思っているのに、理性が、本能がそれを全力で阻止した。

 ――スバル自身が前回の最後に目にした彼の微笑み。その笑みがスバルの中で未だ歪んだものであるからこそ。

 ただそれだけの歪み、それだけの理由でスバルはキレイに助けを求める事は出来ない。

 傍から見れば嘲笑い物だろう。そんな貴重な戦力をみすみす無碍にするなど、愚かにも程がある。

 だが、キレイが持つ独特の異様さは、彼と相対した者にしか推し量る事は出来ない。

 ――殺してくれと願った者を、何の躊躇いもなく殺すことが出来るのが、何よりもその異様さを物語っているのではなかろうか。

 ――それに、望もうが拒もうが、あの男は必ずスバルを助けてくれる。そんな理由無き確信が、スバルの中にはあった。

 

 自身の中で扱いが曖昧な恩人への懸念を、スバルは首を左右に振ることで振り払う。

 どのような理屈を並べようと、キレイはこの場にはいない。その力に頼ることも出来なければ、縋ることも叶わないのだ。

 ならばスバルは、彼の言によって得られた決意を現実にするために尽力するのみ。

 手始めとして――決裂殺戮確定の交渉を、出来るだけ円滑に進めなければ。

 

 

「人の寝床で突っ立って、不気味にも程があんぜ、兄ちゃんよ」

 

  

 可愛らしい声に似合わぬ荒い口調で遠慮ない物言いをする金髪の少女。

 その少女の寝床と言うにも憚られるボロ小屋の前で、スバルは己を奮い立たせる様に口元を歪ませ、機関銃のごとき軽口を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ――やはり、頭は回る方か。

 

 

 

 音も無く、スバルと相対したエルザですら僅かに違和感を覚えるだけと言う卓越した隠密尾行を行っていた綺礼が、フェルトと接触したスバルを見てそう判断する。

 紛れもなく、フェルトはサテラの足止めの元凶であり、おそらくその工作をこれから施すものと思われた。

 そのタイミングを知っていたのか――おそらくは偶然だろうが、スバルはフェルトがサテラの追跡から一先ず逃れ、一度拠点に戻るという所で彼女の寝床に顔を出した。

 これだけ聞けばこの上なく怪しいのだが、そこは持ち前の軽口。これも意図的ではなく生来の悪癖故だろうが、他人から見れば愚かな道化に映る。現に、その機関銃の如き軽口を放たれた少女は未だ警戒こそ抱いているが、取り引きを持ち出したと言うのもあって敵意は抱いていない。

 その後少女が警戒から蔵への道を遠回りしたりと紆余曲折あったが、今のところはスバルにとって問題なく物事が進んでいると言えるだろう。

 

 スバルの軽口は一種の才能だ。もしあれを自在に利用できるようになれば、こと交渉事において絶大な効果を発揮すると言えるだろう。

 

 いざ恐怖を目にすれば掠れてしまうような薄っぺらな決意である事には違いないが、一度行動に移ったスバルは聡明であるように思える。臆病な上に激情に囚われやすいのが残念だが、その状況判断力には時折目を見張る物がある。

 そこに実力が伴えばなおさらだが、何の変哲もない人間にそれを求めるのはおかしいという物だ。鍛錬のみで化物へと昇華した綺礼の思考ではその苦悩を理解することはあれど、同情を抱く事はないだろう。

 綺礼のこの世界での望みはスバルという少年の末路。その結末を見届ける事にある。自身が手を貸す事で彼をより良い結末へと導く糧となるならば綺礼は悦んで手を貸すし、その逆もまた然りであった。我ながらここまで質が悪いといっそ笑いたくもなる。

 

 蔵へと向かう二人の後を、綺礼は道行く人々にすら認識されずに尾行を続ける。

 代行者の業と言えばそれで済むのだが、いい加減アサシンのサーヴァントも関心する程の物になりつつある。

 条件付きとは言え少女一人抱えてアサシンから逃げ切った綺礼からすれば、この程度は容易いのだが。

 

 そんな史上最低のストーカーに気に入られた少年はと言うと、そんな事は露知らずに軽口を紡ぎ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「――アタシにも雇い主がいる。

 勝手にこっちで決めちまったら、そいつに悪いと思わねえか?」

 

「やっぱその壁にぶち当たるんだよなあ……」

 

 

 四度目の盗品蔵。いい加減この陰気臭く埃り臭い空気の中、爺臭さと酒臭さを発散している巨人ジジイの顔を見るのも最後にしたいものだとスバルは思う。

 嘗て無い程に円滑に進んだと思われる徽章を巡っての交渉ではあったが、やはり"先約"という前提に打ち勝つことは出来そうに無かった。

 エルザがフェルトの契約者という前提がある以上、此方がそれを無断で横取りする事は不可能だ。仮に可能だとしても"契約の齟齬"としてスバルどころかフェルトとロム爺も虐殺の餌食だ。

 かと言ってエルザと相対し、交渉を上手く終わらせる事が出来たとしてもエルザによる殺戮は確定。この交渉に関わっている時点で何も無しで一件落着はまず有り得ないと言える。

 

 故に戦力が欲しかったのだが……未だにこの決断が最善なのかどうかは気に掛かる。

 キレイを頼らなかったという失態を犯したスバルが得られる戦力と言えばラインハルトぐらいだったのだが――それすらも断ったスバルが取れる行動とすれば、一つしか無いのである。

 私情を優先し、このような愚行に縋る形になってしまった感は否めないが――確かに"彼女"も戦力としては絶大と言える。相棒が残業嫌いの公務員なのが心配要素なのだが。

 

 幸いにもスバルがフェルトと接触したのは彼女がサテラに対して妨害工作を行う以前だった。それは本人の口からも聞いている。

 そうなると、次に此処に現れるのはサテラという事になるのだが――

 

 

「――誰じゃ」

 

 

 微妙な沈黙が流れていた蔵、それを掻き消すように紡がれた老人の鋭い声によって、スバルの心臓がその存在を主張し始める。それは、蔵への来客を表していた。

 何事にも不確定要素はある。スバルが前回と違う行動を取った事によってサテラの行動が変わり、扉の向こう側にいるのは殺戮者かもしれない――或いは、サテラは既にエルザによって殺されているかもしれない。

 そんな幾つもの可能性が頭をよぎり、消えていってはまた新たな可能性を生み出していく。

 そのどれもが前向きな結末を迎えておらず、その事実がスバルの動悸を激しくさせる。

 

「―――アタシの客かもしれねー。

 まだ早い気もするけど」

 

 それは死の宣告か。それとも未来へと繋がる希望か。

開かれる扉から漏れ出る陽光とともに蔵の中に姿を現したのは――

 

「――良かった、いてくれて。

 今度は逃さないから」

 

 縋る物も何も無いスバルを助け、スバルが何よりも助けたいと思う銀髪の少女――サテラであった。

 安堵。足止めを喰らわなかった彼女はエルザよりも早くこの蔵へ辿り着いた。

 一先ずその事実に安堵するスバルではあったが、徽章をフェルトに要求する傍ら、先端が丸められた氷柱が此方にも向けられているのを見て、安堵して良い状況では無い事を悟る。

 

 ――そもそも、この場において誰よりも危険なのはサテラ自身では無かったか。

 

 同じような状況。サテラがエルザよりも先に蔵に着いたと言うならば、エルザもすぐ近くに潜んでいる。現にスバル自身が先程彼女と遭遇しているのだから、それは揺るぎの無い事実だ。

 このままだとサテラはエルザに殺されてしまう。それを防ぐためには――

 

 

「パック!眠いかもしれねえが起きとけ!

 今日は残業手当てめちゃくちゃ高くつくからよ!」

 

 

 

 

「君がなぜ僕の名前を知ってるかとか、そう言うのは置いといて……()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 眠そうにサテラの髪の中から呑気そうに現れたパックにスバルは怒りを顕にしようとし――――刹那、耳を劈くばかりの轟音が鳴り響いた。

 何かを穿つような、力を込めた何かを何かに対して解き放つような。とにかく、"当たったら痛そうだな"と言うような、そんな音が唐突に響いたのだ。

 誰もが困惑し、その原因を特定しようと周囲を見回す中――――それは、すぐさま結果として現れた。 

 

 再びの轟音。

 

 しかしそれは先程の物とは異なり、何かを突き破るような音。――実際に、ソレは盗品蔵の壁を突き破っていたのだが。 

 此方から見て前を横切る形で吹っ飛んでいく何か。そのあまりの速さに目を見張る。唐突に引き起こされた出来事が困惑を誘い、判断力を鈍らせる。

 

 ――やがて、反対側の壁に亀裂を生みながら叩きつけられた"何か"が、エルザだという事に気付く。

 その腸からは夥しい程の血が溢れており、刀身が半ばまで折れたククリナイフを持ちながら苦悶の表情を浮かべている。

 それは、スバルからすれば有り得ない光景であった。

ああも人の域を踏み外した絶技を見せたエルザが、追い詰められている様に思えたからだ。

 無理もない。エルザを吹き飛ばした人物は木製とは言え壁を突き破る程の勢いでエルザを吹き飛ばし、それもおそらくエルザがそれを防ごうと忍ばせたククリナイフ越しに損傷を与えているのだ。一体どれ程の怪力があればそれを可能とするのだろうか。

 

 

「――若さと言うのは、やはり良い物だ」

 

 

 突き破った方の壁から、そんな世に蔓延るご老体の誰もが同意しそうな論を述べる声が響く。

 その無機質な声は、スバルにとってはひどく聞き覚えのある声であり――それは、厳かな靴音と共に現れた。

 

 

 

 

「――故に、少しやり過ぎてしまうかもしれん」

 

 

 

 その口元に、薄い微笑みを浮かべながら。

法衣を纏った男――言峰綺礼が、蔵へと姿を現した。

 

 

 

 

 




 やっと戦闘描写が書けそうです。苦手だけど。

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