Re:破綻者は嘲嗤う   作:カルパス

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 長い(白目)その上なんかダイジェストみたいになってしまった。
 
 後、エミリアたんすいませんでした。


迷える子羊に救いの手を

 

 怠け者は自分の欲望に殺される。彼の手が働くことを拒むからだ。欲望は絶えることなく欲し続ける。神に従う人は与え、惜しむことはない。

 

                旧約聖書より

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ――何も、解らない。理解したくない。

 

 素知らぬ顔で道を歩く人々。それによって奏でられる乾いた靴音と喧騒が、少年――ナツキ・スバルにとっては残酷な現実を突き付ける物となっていた。

 

 脳裏に浮かぶのは盗品蔵で起きた惨劇。老人の腕が吹き飛ばされ、フェルトが目前で切り刻まれ――スバル自身も、腹部から腸を覗かせて息絶えた。その筈なのだ。

 

 ……それがどうして、何故にこうして見覚えのある果物屋の主人に心配の眼差しを貰わなければならないのか。  

 

 極々普通の自宅警備員、もといニートである高校生スバルの理解を越えた数々の出来事が、彼の思考を混乱の渦に陥れる事はもはや必然であったと言える。

 何も頼る物が無ければ、理解者が現れる事もない。その非情な現実がスバルの抵抗心を喪失させるのも、そう遠くはないだろう。

 

 ――ならば、縋れる者が現れればナツキスバルは救われるのか。

 

 その疑問に応えるかのように、スバルの視界に"縋れる者"が現れる。

 銀髪の髪は陽光に照らされて絹のように透き通った美しさを放っており、その髪と同じ純白の白衣も、その少女の清廉さを際立たせる糧の一部となっている。

 それに相反する様に妖しげな輝きを放つアメジストの如き紫の双眸が、スバルを捉え――何の感慨も抱いた様子もなく、外される。

 

 困惑。

少なからず時間を共にした相手だと言うのに、少なからず己に信頼を寄せてくれてくれていたと言うのに。

――そんな相手に、少女は何の感慨も抱かないのか。

 

 スバルの心を支配していたのは、最早ただの傲慢――そうあって欲しいと言う独りよがりに過ぎなかった。

自身に起こった現象を吟味する事もせず、有り得ないと可能性を切り捨て、受け入れ難い残酷な現実を忌避する故に更に残酷な現実を突き付けられる。

 

 ―――そんな愚者の口から漏れ出たのは、

 

 

「待ってくれ―――サテラ!」

 

 

 皮肉な事に、最も口にするのが愚かであり、恐れられる者の名であった。

 

 

 

 ――それからの事は、あまり覚えていない。

 

 スバルが少女の名を口した途端、喧騒に包まれていた街が一瞬で静まり返り、スバルは少女に何かを言われたのだ。

 少女に言われた言葉が何であったのかは、スバル自身の脳裏に深く刻まれている。

にも関わらずスバルがそれを認識していないのは、彼にとってそれが"受け入れるべき物"ではないからだ。

 縋る者が少女以外にいないスバルにとって、例えその唯一の救済者から拒絶の言葉を突き付けられようとも、妄執に囚われたまま少女を追うことしか出来ない。

 

「誰か俺にもっと優しくしろよ!

 何のための異世界召喚だよ!」

 

 心を突いて出るのは、誰に対しての物でもない、或いはこの世界の全ての人々に向けられた一人の少年の願望。

 虚空を見る眼差しは余りに弱々しく、果てなき迷いから救われるのを待ち望む子羊の様にも思える。

 

 ――ならば、その子羊を導くのを己が使命としている者が、はたして彼に手を差し伸べない事があろうか。無論、ある筈が無い。

 

 

 

「――少年、不躾だが何があったのだ?

 私で良ければ力になろう」

 

 

 

 そう響いた声は、再び喧騒を取り戻した街中でもスバルの耳にはっきりと届いた。

ぎこちなく首を動かし声のする方を見やれば、紺色の法衣に身を包んだ長身の男。

 その貌にはスバルを安心させる様に柔らかな微笑みが浮かべられており、妄執に囚われていたスバルの心を僅かに癒やす。

 ――それによって得られた安堵と余裕から、スバルは目前の男が見覚えのある人物だという事に気付く。

 

 盗品蔵での惨劇、そこでスバルが目にした光景で、エルザと戦いを繰り広げていた男だということに。

 

 その瞬間、スバルの心を覆ったのは安堵だった。

この男ならば縋る事ができる。この男ならば己を信じてくれる。この男ならば己に優しくしてくれる。

 

 言葉すら交わしていない相手にそんな不確定要素を抱く程には、既にスバルには持てるだけの余裕が無かった。

 故に――

 

 

「―――俺を、助けてくれ……!」

 

 

 スバルは、縋った。

 

 目前の男を縋れる者と認識し、救いの無い救いを求める為に、盲目のままに。

そして、救いを求める子羊に敬愛すべき信徒が応えぬ道理はない。

それを導くのが、彼の役目なのだから。

 

 

「――承知した。君を、助けよう」

 

 

 子羊は救いを求める。求めた相手が、自身の望む者と最もかけ離れた存在であるとしても。

 

 

 

 

「―――あんた、夜に盗品蔵でエルザと戦ってたよな?」

 

「―――?、エルザ、とは誰のことかね?

 少なくとも私は昨晩、貧民街にすら足を踏み入れていないのだが……」

 

「―――っ、やっぱり……いや、ありえないだろ。

 そんな馬鹿馬鹿しい事、絶対ありえねえ……!」

 

 

 

   

 

 

 救世主の口元が、醜悪に歪んでいたとしても。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 これ程までに大きな変化である事には違いない。

 

 二度目の遡行、その始まりの地において倒れた少年を目にした綺礼はそう確信した。

 それに加えて、少年は禁忌とも言える愚行を一人の少女に対して働いているのだ。

 

 嫉妬の魔女、サテラ。

 

 その名を口にする事すら恐ろしいと誰もが断言する、忌避されるべき最悪の災厄。

綺礼自身がサテラについての情報を集めた際も、それについて口を開くものは僅かだった。

 

 そんな者の名を、少年は街のど真ん中で白昼堂々と、()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()に向かって叫んだのだ。

 

 当然少女は憤慨、少年は拒絶の意を示され、希望を見失ったかの様に呆然と立ち尽くした。

――それは、まるで親しき関係にあった者に一方的に関係を絶たれた様なものだった。 

 

 その時点で綺礼は少年が時間の遡行に関係していると断定、接触を図ったというわけだ。

 己の中の希望を失いかけた者は、衝動的に縋れる物や者を求める。

そんな中で少年に声を掛けた綺礼は、恰も救いの手を差し伸べる救世主の様に思えただろう。

 無論、綺礼の中に少年を純粋に救ってやりたい等という思いは欠片も存在しない。

 あくまで少年は遡行の原因を突き止める為の糧、それを理解せずに己に媚を売る道化ぶりと滑稽さは、綺礼にとって心地良い物である事には違いないのだが。

 

 

「すげえな、キレイ!

 俺もこんなストーカーも震え上がる程しつこい奴ら如き一分ぐらいお時間を頂ければ一網打尽の一斉検挙を決める事は出来るけど、俺が見た感じあんたこいつらぶちのめすのに二秒も掛かってないよな。その名前に相応しい綺麗な立ち回りだったしな!はい、ごめん!」

 

「ほう、では君も腕に覚えがあるのだな。

 安心して背中を任せられるというものだ」 

 

「猛者の期待が重い……!」

 

「そう気負う事は無い。

 ―――全てを私に委ねるのも、また君の中の一つの選択なのだろう?」

 

 

 

 ――口が回る道化だ。

 

 二度目の対峙となるごろつき三人衆との戦いを一秒で終わらせた綺礼は、口の中でそう呟く。

 少年――ナツキ・スバルは綺礼が手を差し伸べたのを見るやいなや、途端にその態度を変え、こうして馬鹿の一つ覚えの様に延々と戯れ言を垂れ流している。

 別段綺礼がそれを不快に感じる事は無いが、少年がこの言動を多くの他人に対して行っているのであれば、それはそれで深刻な問題だろう。

 

 スバルが望んだのは、盗品蔵への到達だ。詳しい理由は語らなかったが、どうやら盗品蔵の惨劇に先程の銀髪の少女が関係しているようだ。

 綺礼が前回の盗品蔵で確認した死人は、巨体の老人、金髪の少女、スバルの三人だ。そこに銀髪の少女は含まれていない。

 

 

 何よりも滑稽なのは、この少年が自身が遡行を繰り返している事を認めようとしない、或いは気付いていないという事だ。

 おそらくスバルの中で既にその答えは出ている。ただ少年に張り付いた価値観が、それを頑なに認めようとしないだけだろう。

 

 ――道化もここまで来れば天晴と言うものだ。自身にとって都合の悪い事柄は現実として受け入れず、決定的なきっかけが無ければそれを認識する事すら叶わない。

 

 その機会を二度与えられていると言うのに、この少年はそれを有り得ないと片付けている。

或いは、その違和感に気付かない程に切迫しているのか。

 

 それを自身で認め、受け入れるのも、他人からその現実を提示され、受け入れるのもスバル次第だ。

 どちらにせよ、彼が現実を受け入れない限りは彼の望む結果は得られないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……見ず知らずのモンに、体の無事を心配される覚えはないんじゃが」

 

 「何……で、?

  何で皆わけわかんねえ事言ってんだよ?

  ロム爺は腕をあいつに掻っ切られて、それで……?」  

 

 

 再び直面した矛盾は、陽光が照らす昼過ぎ、回りくどく盗品蔵の暗号を伝えた少年に残酷に突き刺さった。

 ナツキスバルに、最早自身の置かれた状況を把握するだけの余裕は残されていなかった。

突き付けられた事実を吟味し、認める事を頑なに拒んだ故に起きた矛盾は、スバルの思考を掻き回し、混乱へと導く。

 盗品蔵にて腕を切断され、確かに目の前の老人は息絶えた。

 それが、確かに解っている筈なのに。それが意味することを心の底では理解している筈なのに。

それを馬鹿馬鹿しいと切り捨て、別の可能性を無理やりに模索したのはスバル自身である。

 その結果スバルの心は瞬く間に削れて行き、彼に残された僅かな余裕をも奪っていく。

 ――最早お得意の軽口すら紡がれないまま、スバルは目的を果たすために再び盲目となる。

 

 今の己が、どれ程相手に不信感を与えているのかも知らずに。

 

 

 

「――この"ミーティア"の鑑定をしてもらいたい」

 

「前置きも何もあったもんじゃないのう……

 儂の聞き間違いでなければ、ミーティアと言ったか?」

 

「そうですそのミーティア様だよ。

 いいか、これが巷で噂の―――」

 

 

 スバルが取り出したのは、所謂携帯電話であった。

おそらくこの世界へ転移する際に持ち歩いていたのだろう。取引の道具として、この世界においてはこの上なく珍しい事には違いない。

 彼らが口にしているミーティアとは、所謂魔法器と呼ばれる物だ。 

 

 簡潔に言えば、誰にでも魔法が使えるようになるという代物だ。

確かに携帯電話での写真撮影は、こちらの世界の人間からすれば光が点滅したかと思えば、一瞬で精巧な絵が描きあげられたと思うだろう。発展した科学技術を知る由もない彼らにとって、それは正しく魔法なのだ。

 

 当然、取引きは円滑に進み、老人はその価値は聖金貨二十枚は下らないと断言した。

 同じやり取りを既に遡行を通してしていた為に、スバルに大きな表情の変化はない。

ただただ、綺礼に助けを求めた時から焦燥をその貌に滲ませている。 

 

 

 

 

「俺一人じゃ何もできねえ。だから力のある奴が一人いなきゃならねえんだ……それで徽章を取り返せれば、あの子だって誤解を……!」

 

 

 スバルが呪詛の様に呟くのは、此処にいない少女への我儘な弁明であった。

その目的を初期から見失っていないという点だけは褒められるべきなのだろうが、やはり少年の視野はそれを求める余り狭まっていた。

 ――弱者の強者への依存。故に、スバルの弁明を紡ぐ口元が汚く歪んでいる事に、彼自身が気づくことはない。

 

 ―――例えそうなる様に仕向けた者が綺礼だとしても、その思惑に見事に嵌まるスバルはやはり、あまりに傲慢で愚かであった。

 

 

 

 「――お前さんの連れ、とてもでは無いがまともとは言えない状態じゃが……」

 

 

 薄暗い盗品蔵、呆れながらも僅かに何かを危惧する様に心配の色を滲ませた老人の声が、込み上げる衝動を口元を隠す事で押し殺していた綺礼の鼓膜を揺らす。

 彼が携帯電話を物品に、これから此処に顔を出すと言う金髪の少女と交換取引をしたいと言う"徽章"。それこそスバルが綺礼に助けを求めた理由であり、これもまたあの少女に関係した物なのだろう。

 一連のスバルの言動や行動は、それが周囲からすれば呆れた独りよがりであるとしても、"全て少女の為"という概念に帰結するものとなっている。

 それだけを求める故に、最後まで気づく事はないのだろう。

 

 

 ―――スバルが少女をサテラと呼んだ時点で、その間には埋められぬ溝、決定的な確執がある事に。

 そして何より、彼女の傍らに感じた強大な魔力の持ち主が、強大な怒気を放っていた事に。

 

 それを指摘するつもりは、無いのだが。

 

 

「――私も彼に助けを求められた身、しかし彼の詳しい事情は知りません。

 と言うのも彼は何かと葛藤している。その葛藤を経て彼の中で結論が出されるまでは、私が彼の心情に関与することは無い」

 

「……それは、捉え方によっては薄情だと取ることも出来るのではないかのう。

 ――いや、或いはそれが正しいのかもしれん」

 

 

 その会話すらも、スバルの耳には届かない。

綺礼に助けを求めたにも関わらず、スバルは精神的な問題を自身の胸中にしまい込んでいる。

 その弱音を他人に撒き散らさないのは確かに立派な志だが、それも時に愚かとなる事に何故気付かないのか。

 

 ―――綺礼がここまで込み上げる衝動を実感するのも、久方振りの事であった。

 

 

 

 

 

 「……なんか、すごくどんよりとした雰囲気だな」

 

 

 暗号を伝え終え、達成感に満ち溢れた笑みを浮かべながら蔵に顔を出した少女の第一声は、白けた様に呟かれた至極真っ当な物であった。

 

 先程の綺礼との会話によって幾分か活気が無い老人に加えて、鬼気迫る表情を浮かべたまま押し黙るスバル、壁に凭れ掛かり、生まれ持っての無口さ故に一言も言葉を紡ごうとしない綺礼という図。

 なるほど確かに、この図の中に入るのは逡巡するものがあるだろう。

 

 弾ける様に金髪の少女を見やったスバルは、その鬼気迫る表情のままに本来の目的を果たそうとする。

 

 

 

「―――お前と、取引がしたい」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「――大体解った。

 そのミーティアが聖金貨二十枚にはなるってのも、ロム爺が太鼓判押すなら間違いねえ」

 

 

 どこか重く響く少女の声が、陰気臭い蔵の中でその存在を強く主張する。

 スバルと老人によってミーティアの価値を理解した少女ではあったが、その双眸は鋭く細められたままだった。

 スバルの求める徽章とは、どうやら金髪の少女が盗んできた物であるようだ。

 

 

「だろ!って事で交渉成立だ。

 俺はその徽章をお前から貰って、お前は聖金貨二十枚を手に薔薇色の人生を切り開いていく!

 皆ハッピー世にも珍しい超大団円、そのきっかけこれから祝杯でも―――」

 

「――でもな」

 

 

 徽章を手に入れる事ができるとでも思ったのか、流暢に紡がれる見事な軽口が再び頭角を表す。

 完全に舞い上がっていたスバルを再び突き落としたのは、静かに紡がれた少女――フェルトによる静止の声であった。

 その紅い双眸が、スバルを射抜く様に妖しげに光る。

それを見たスバルは瞬く間に表情を強張らせ、その場にいる全員に聞こえる程に強く歯軋りをした。

 

 

「――確かにアタシはそのミーティアの価値を信じた。

 他でも無いロム爺の言う事だ。それに間違いはないだろうさ」

 

「―――なら!」

 

「――それを提示する相手の事が、何一つ信じられねえって言ってんだよ」

 

「―――、」

 

 

 当然の結果。それを予期していなかったのはこの場においてスバルのみである。

 取引に臨んでいる間も滲み続ける焦燥、媚を売るように歪められた貌。

 その何をとっても、今のナツキスバルに対して信用できる点は何一つ存在しなかった。

 突き付けられる道理、それを前にして動揺を顕にする者は道化以外の何者でもない。

 故に、

 

 

 

「俺には――俺にはそれが必要なんだよ!

 何で、何でそれを解ってくれないんだよ!

 それを、あの子に、返さなきゃいけないんだよぉ!

 お前は、黙って、それを俺に寄越せば、誰も死なずに済むんだよっ!」

 

 

 無様に喚き、己の独りよがりを他人に押し付ける事しか出来ない。

 もしスバルが己に起こった現象を、馬鹿馬鹿しいと切り捨てた可能性を肯定していたのであれば、こんな醜態を晒す事もなかっただろう。

 困惑と混乱と焦燥と我欲だけに蝕まれたスバルでは、冷静な判断を下せるだけの余裕がない。

 

 ナツキスバルは極々普通の人間だ。次々に直面する事態、理解を越える出来事の数々が、心の悲鳴となって表に現れただけのこと。

 事情を知らない少女や老人が、それを哀れで醜悪だと思うのもまた、仕方の無い事なのだ。

 

 

「……取引の場で怒鳴るとか、兄ちゃんド素人にも程があんぜ?

 この徽章が欲しいわけも、あんたは何一つアタシに教えてないわけだしな」

 

「――聖金貨二十枚以上!身に余る大金じゃねぇか!

 エルザだって、二十枚以上は出せないはずだ!

 お前はそれで、手を打っとけば良いんだよ!」

 

 

「そら、零れた。

 ―――何で兄ちゃんが、私が依頼されてこれを盗んだ事。しかも、その依頼主の名前まで知ってんだよ?」

 

「――――ぁ、」

 

 

 拭けば拭くほどに溢れるボロ。その量は最早弁明言い訳云々、何一つ通用しない程に積み重ねられていた。

 誰もが彼を哀れとは思えど、同情を抱くことはない。

抵抗の全てを潰され、一縷の希望すらも打ち砕かれたスバルは叱られるのを怯える子どもの様に、フェルトから紡がれる言葉を待つしかない。

 

 

「語るに落ちてるぜ――関係者さんよ」

 

「……違、う」

 

 

 残酷に下された結論に応じるのは、あまりに弱々しい反論だった。

 その声は、その場にいた者たちの鼓膜を揺らす事はあれど、心を揺らす事はない。

 完全に決裂した交渉。スバルから溢れる負の感情が陰気臭い蔵を彩り、嫌な静寂となって場を支配する。

何もかもの支えを失ったスバルは、縋る様に綺礼見て―――

 

 

「――誰じゃ」

 

 

 鋭い声と共に扉を睨む老人によって、その動作を中断させられた。

 ――故に、綺礼の歪んだ口元を見る事もなかった。

 

 

「アタシの客かもしれねー。

 ――()()()()()()()()()()

 

 

 警戒する老人に答えたフェルトの何気ない呟きによって、綺礼の疑念が確信に変わる。

盗品蔵に辿り着くまでの間、やけに道先を聞いてくる貧民街の住民と思われる者たちがいたのだ。

 行き先は盗品蔵と答えれば、やけに警戒を顕にし、スバルが徽章を取り返す為だと口を滑らせれば、迷いなくこちらへ襲い掛かってきた。

 それに引っ掛かりを感じた綺礼は、同じ類の者を見かければ叩きのめしておいたのだ。

 

――今の少女の言動から、おそらく少女による妨害工作と見て間違いないだろう。

 そして、少女が妨害工作を働く相手と言えば、それも限られてくるだろう。

 

 

 

 

「よかった、いてくれて。

 ―――今度は逃さないから」

 

 

 

 

 綺礼が脳裏に浮かべた人物と、場に似合わぬ鈴のような美しい声を響かせた人物は、完全に一致した。

 

 光を背に立つのは、銀の髪を靡かせる――サテラと呼ばれた少女だったのだ。

 

 

「……サテ、ラ?」

 

「……私への嫌がらせのつもりなの?

 その名前で呼ばれる事がどれだけ嫌なことか、あなたにだって解るでしょう……!」

 

 

 絶望に苛まれたスバルによって紡がれた忌名に、その存在を認識した少女が静かな怒りをぶつける。

本来ならば、フェルトの次に盗品蔵へ訪れるのは襲撃者の女であっただろう。

 この銀髪の少女は、フェルトの妨害工作に遭ったために蔵へ着くのが遅れたのだ。 

前々回に少女が盗品蔵で息絶えていたと仮定すれば、エルザが蔵を訪れて間もなく、この少女も姿を見せた事になるが。

 

 ――少女の後ろから漏れ出る光は、心なしか赤みを帯びている様にも思える。

 それが何を意味するかを知るのは、遡行を繰り返した綺礼のみだ。

 

 

「――、君は、確かに俺に、そう名乗って……」

 

「私はあなたの顔をみたことも無いし、名前を知っているわけでもない。サテラなんて名前でもないし、そう呼ばれるのもすごーく、嫌」

 

 

 縋る様に弱々しく響くスバルの声が、芯の通った凛とした声によって反論され、掻き消される。

一方的に拒絶を示された少年の表情が強張り、小刻みに震えた口がせわしなく酸素を求める。

 そんな状況に置いていかれたフェルトと老人は、ただただ困惑を顕にしている。

 

 

 

 ――混沌に支配された盗品蔵。

誰もが互いの中で起こる矛盾によって混乱する中、言峰綺礼は嗤う。

 

 

 

 ――銀髪の少女の背後を、刹那に黒い影が覆い、

 

 

 

 

 

 

 

 その首が、湿った音と共に、刎ねられた。

 

 




 エミリアたん本当に申し訳ありませんでした(汗)

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