Re:破綻者は嘲嗤う   作:カルパス

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 ロズワールの台詞を一年ぶりに書いた時。

「こーぉちらこーぉそ、エーェミリア様をーぉ助けてくださってーぇ、あーりがとぉーうございまーすーぅ」

 ラノベ読もってなりました。



告げられし狂い

 

 宮廷魔術師であり辺境伯である、ロズワール・L・メイザースが自身の領地に置く別荘。その景観は圧巻の一言であり、建物はもちろん庭園の隅々まで、その美しさが乱れる箇所は一つとしてない。

 住居としては無論の事、宮廷魔術師としての権威を示す物としても機能するそれは、来訪する者全てにロズワールの権力の一端を示すことになるだろう。

 さて、そんな屋敷の主、この緑豊かな素晴らしい土地と建物を己の手中に収めたロズワールが今現在、何をしているかと言うと…

 

 

「改めましてーぇ、此度の貴殿方の尽力はーぁ我が陣営にとって多大な助けとなりましたことーぉを、ここにお礼申し上げますーぅ」

 

「私はただ、あの場に居合わせただけの者に過ぎません。

 真にエミリア様を救ったのはあの少年。成り行きに身を任せた私が、貴殿から礼を頂くべきではありません。それは、是非ともあの少年に」

 

「またまーぁたご謙遜を。こちらぁも大まかな状況は把握しておりまーぁす故…貴殿がかの『腸狩り』を退けたーぁという功績は聞き及んでーぇおりますがぁ?

 確かにその腸狩りの凶刃かーぁら、自身の命を省みずーぅにエミリア様を守ったあの少年の功績も、また大きなーぁものでしょう。

 ですがーぁ、屈指の殺し屋としてーぇ名高い彼女を貴殿が足止めしてくださらなければーぁ、エミリア様はその命を落としてしまっていた可能性は大いーぃにあります。

 これ程の御恩を頂いておいて、何も報いないと言うのでぇはわーぁたしの気が済みませんしねーぇ」

 

 

 ──領地中の植物も枯れる様などす黒いやり取りを、客人とこなしている真っ最中であった。

 

 その場の空気ときたら、もはや重苦しい所の話ではない。見えない鉄が紛れ込んでいるのではないかと錯覚する程の重圧は、それだけで常人を恐怖させる程の質を持っていた。

 出処は、言うまでもなく屋敷の主であるロズワール。そしてそれを眉一つ動かさずに平然と受け止めているのが、ロズワール陣営の客人であり恩人の一人──キレイであった。

 そんな人物に対して、決して向けるべきではない物を向けている道化姿の華奢な美青年の言動は、あくまでキレイへの感謝を示すものであった。

 

 ──余程警戒心が強いのか、それとも何かしらの別の理由があるのか。

 出会い頭に怨念の如くぶつけられた感情に対して、キレイが推測を立てたのはその二つの可能性だった。そこは元代行者、こうもあからさまに感情を表に出しているのに気づかない、等という愚鈍を晒すつもりは無い。

 とはいえ、前者の可能性は皆無だろう。そもそも身元が知れない程度の事で客人を最初から疑ってかかるような狭量な人物が、この屋敷の主だとは到底考えられないし、何よりキレイ自身が後者の可能性を色濃いものとして見ている。その理由がわからないからこそ、今は受け身に徹しているのだ。

 

「さーぁて、私としては今すぐにでもお礼をしたいところではーぁありますが──こちらとしてもーぉ、()()()()()()は知り得ておかなけーぇればと思っておりましてねーぇ?」

 

「ふむ…()()()()()()()()()ならば、如何様にも」

 

 伯爵などの高い地位を持つ者にとって、相手に対する礼というものは非常に大きな意味を持つ。その際に最も重要なものの一つに、相手の身分、身元がある。仮に礼を与えた相手が、身分や身元を偽った自身の陣営にとっての政敵だった場合、敵陣営から恩賞を受けたという事実は、政治的面での利点が大きい。

 これ以外にも、客人を装った暗殺者或いはスパイなどの可能性もある。故にそれなりの地位を持つ者がキレイの略歴を明かそうとするのは当然と言えるだろう。

 

「先程の貴殿のお言葉をふまえますとーぉ、盗品蔵には私的な用があって訪れた、とーぉ言うことでしょうかーぁ?」

 

「確かに、あの蔵には個人的な取引があって訪れました。そこで偶然、彼らと居合わせた。これが事の経緯です

 …なんの用があったか、それはあまり人に言えたものではありませんが」

 

「あはーぁ、いえいーぇ。貴殿には多大な恩義がーぁあります。

 少し無粋な事をお尋ねーぇしてしまいましたーねぇ。申し訳ーぇありません」

 

「寛大な御心に感謝を。本来ならば私のような者が、貴殿からこうして言葉を交わす権利さえないと言うのに」

 

「…と、言いますとーぉ?」

 

「何しろ明日もなき身です。以前は傭兵の真似事を遠方の小国で生業としていましたが、それも長く続かず…各地を転々として辿り着いたこのルグニカで、頼みの綱として訪れた次第です」

 

「ふぅーむ…腸狩りを退けたというその武勇、やはーぁりそのような略歴をおー持ちしてしたのですねーぇ?」

 

 興味深げに視線を細めるロズワール。驕りを見せず、あくまでこちらと対等に接する姿勢は、その言動を加味されて厄介だ。意図的に道化を演じる輩というのは、総じて賢しい者が多い。英雄王であれば、問答無用で消し飛ばさんとするような連中だ。

 故に、付け入る隙がない。少しでも気を抜けば、蛇のように綻んだ穴へとその身を這わせるだろう。

 

 蔵でエルザと戦ってしまった以上、まさか別世界から来たとも言えぬキレイが吐ける嘘など、この程度のものでしかない。

 とはいえ、決して愚策ではない。キレイはロズワールがエルザを"屈指の殺し屋"と呼ばなければ、この偽籍を使うつもりはなかった。仮にこの世界において、殺し屋という職業が至極珍しいものであった場合、それに関連した傭兵という職業も希少性が高まり、キレイが傭兵などではないと証明されてしまう危険性があるからだ。

 

 エルザが殺し屋として名を馳せているということは、この世界においてそう言った職業は普及しているということ。ならば、遠国の元傭兵と言っておけば、多少疑われはするだろうが、世界中の傭兵を調べ上げるなどという途方もない作業に出る程、ロズワールがキレイを警戒している可能性は皆無だ。

 

「いやはーぁや、不躾な質問をしーぃてしまって申し訳ーぇありません。こちらもそのよぅーな些末な事を気にしなければいけない立場でしてねーぇ…」

 

「構いません。自分でも、十分疑うだけの要素がある事は理解していますので」

 

「おやおーぉや、疑うだなんてとんでもない事でぇーすよ。

 わたしーぃはただ、我が陣営を助けてくださった御人が、どのよぅーなお方なのか…ただ()()()()()()を持ったに過ぎませんからねーぇ」

 

「恐れ多い事です。先程も申し上げましたが…私は宮廷魔術師であり、エミリア様の王選推薦人であるロズワール殿に興味を持って頂けるような大層な人間ではありません」

 

「──これはこーぉれは。

 エミリア様の不用心さも、考えものですねーぇ」

 

「それに関しては、この国に関して疎い私が質問を重ねてしまった事にも責任があります。

 まさか私も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()少女が王選候補者だとは、誠に失礼ながら思い至らなかった故」

 

「あはーぁ、それを言うならば今回の件の責任は全てこーぉちら側にありますからねーぇ。

 警備を付けていたにも関わらず()()()はぐれてしまった等と、とーぉてもではないが言えた事ではありませんしーぃ」

 

 一通りのやり取りは、ロズワールが大げさにかぶりを振ることで締め括られ、両者は殆ど同時に出されていた紅茶に口を付ける。

 結局の所、キレイが行ったのはただの牽制に近いもの。ロズワールがキレイ個人に対して何らかの興味を抱いているのは明らかであるようだし、自身が陣営にとっての恩人であり、王選に関して少なからず情報を得ている事を示し、それがロズワール陣営にとっての弱みであることを仄めかす。

 尤も、目前の道化師は『エミリアが殺されそうになった』ことすら、自身の弱みとは考えていない可能性もあるが。

 

「さて、長々と話し込んでしーぃましたが…キレイ殿、我が陣営にとって返しきーぃれない、多大なーぁる功績を齎してくださった貴殿は──何をお望みになりますかーなぁ?」

 

「ふむ、それに関してなのですが。

 その返事はあの少年が目覚めてから、ということで宜しいでしょうか?」

 

「もーぉちろん、構いませんとも。

 さしずめ、あの少年が先に恩賞を貰うべきだ、とーぉいったところでしょーぅか?」

 

「御意にそむくようで申し訳ないが、私自身の行いはあの少年の物には劣ると考えておりますので」

 

 無論のこと、これは建前にすぎない。

 少年──ナツキスバルとただ一人、死に戻りの運命を共にするキレイには、望もうが望むまいがスバルと離れるという選択肢を取ることはできない。

 ある日突然死に戻りの現象が引き起こされる、などという滅茶苦茶な状況で生活をするつもりはないし、キレイ自身がスバルの辿り着く先を共に歩み、見届ける事を望んでいる。

 スバルが先日の一件でキレイに対して負い目を感じているのは、その様子を見れば明らかだった。それ故にキレイが先に結論を出せば、スバルはそれを避ける選択を取りかねない。それを踏まえた上での対応である。

 

「となーぁれば、後は少年の目覚めを待つだけですがーぁ…?」

 

 そこまで言って、ロズワールは笑みを崩さぬまま大扉の方を見やり、目を細める。

 それに従って意識を向ければ、慌ただしい二つの足音が扉の外からこちらへ近づいてくる。

 軽いものと、重いもの。それら二つの持ち主は、程なくして大扉を吹き飛ばすように開くことで姿を現す。

 

 

「おーい、出会い頭にぶつかったのは不慮の事故として、こんだけ並走して話しかけてんのに無視ってのは酷杉内───お?」

 

 

 その内の一人は、先日まで重傷を負っていたとは欠片も感じさせない、変わらずの賑やかさと共に入室を果たした黒髪の少年、ナツキスバル。

 その顔から感情を読むことも相変わらず容易であり、彼は今この状況にただただ困惑を隠せないでいるようだった。

 

 ──だが、それに遥かに勝る困惑を示す者がこの場に一人。

 

 それは、スバルと共に…大扉を弾けんばかりに開けた張本人。目線を下げなければ認識できないほどに小さいその背丈は、少女と呼ぶにしても小さく、ともすれば幼女の部類にも入りかねない。

 その身はフリルをふんだんに散りばめた豪奢なドレスに包まれており、縦に巻かれた二対の金の髪房も相まってか、お伽噺の登場人物を思わせるような愛嬌さがあった。

 

 しかし、少女の持つ薄青の瞳は──キレイに向けられていた。

 

 遠目でもわかるほどに揺れるそれが表すのは、あまりにも深い困惑。或いは焦燥にも近いだろうか。他の存在など眼中に無いとばかりに、今にも揺らめいて消えそうな瞳の灯火にキレイのみを映し続ける。

 それを向けられるキレイは、少なからず驚きを感じながらも、一つの疑念を確信へと変わらせる。

 

 ──私には、()()()()()、と。

 

 先のロズワールの反応。そしてこの少女の反応。特に後者のこうもあからさまな物を見るに、間違いなく何かを知っていると確信するには十分だった。

 とは言え、こちらから聞き出すわけにもいかない。こちとらロズワールに身の上を話したばかりなのだ。もしキレイから問いでも投げかけようものならば、話は拗れに拗れるだろう。

 

「あらーぁご客人。かなり深い傷だったーぁようなので心配したけれどーぉも、どうやらその様子じゃ大丈夫みたいだーねぇ」

 

「さ、さすがの俺でもここまで徹底したピエロメイクは初めて見たぜ。

 某生半可な傷では倒れませぬってな!ずっと倒れてただろなんてツッコミは受け付けないとして、この通り完全復活よ!

 で、なんでキレイ…さんもここに?」

 

「息災なようで何よりだ、少年。

 どうやら君が成し遂げた事は、かなり大きなものであったらしくてな」

 

「大きなもの?

 まあ確かに、こんなバカでかい屋敷で目が覚めたらただ事じゃねえってのはわかるけども」

 

「ふーぅむ、本来ならば今すぐに君とも話をしーぃたいところだけーぇれども…ラム、レムと共に食事のーぉ準備を。

 積もる話は、食事の後にするとしーぃようかねぇ?」

 

「なんだかよく分からんけど、食事とあれば脱兎のごとく駆けてくぜ。

 こちとら生粋の一文無し!なにもまともなもん口にしてねえからな!」

 

「あはーぁ、賑やかでいーぃ事だーねぇ」

 

 このスバルの態度を見るに、ロズワールがこの屋敷の主だということに気付いていない…とは言いきれないあたりが、さすがと言ったところか。

 仮にそれがわかった所で、スバルが自身の態度を改めることはないだろう。人の神経を逆撫ですることにかけては、キレイですら分が悪いかもしれない。

 

「さーぁて、御二方。準備に少し時間が掛かりますかーぁら、先に食堂に行っててくれますかーぁな?

 ラム、案内を────

 

 

 

「──ロズワールッ!!

 

 

 

 唐突に、劈くように響いたそれは、号哭とも絶叫とも取れる程に大きく、また確かな激情を宿していた。

 キレイとロズワールを除く誰もが──あれ程無表情を貫いていた桃髪のメイド、ラムさえも突如として叫びを上げた人物に驚きを隠せないようだった。

 その主は、ドレスに身を包んだ金髪の少女。先程までキレイに向けられていたその瞳は、今は揺れることなくロズワールに注がれている。

 表すのは怒りか。少女もまた確かな実力者であるらしく、その背丈からは想像できない強大な力が発せられている。

 その変貌ぶりは、周囲を凍りつかせるには十分だった。

 

「──一体、どーぅしたのかなーぁベアトリス?

 久し振ーぅりに外に出てきてくれたとーぉ思ったら、そんなに怒ったりして。

 …わたしーぃが、何かしただろうかねーぇ?」

 

「ッ…!!どの口がそんな事を言うのかしらっ!

 

 ──こんな事は()()()()()()()()()!!

 

 なら、お前以外誰がいると言うのよ…っ!」

 

「残念なーぁがら、君が何を言ってるかもわーぁからないし、わーぁたしは君に何も隠し事などしーぃていないとも。

 ──私は何も知らない。誓おうとーぉも。客人の前だ、少し静かーぁにしていてくーぅれるかい?」

 

「なら!これをどう説明すると言うのかしら!

 お前だって、()()()()()()()()わけじゃな───

 

 

──()()()()()()

 

 

「──ッ…、」

 

 

 少女の嵐のような叫びは、屋敷の主の静かな叱咤で終わりを迎える。取り残された面々は、ただただその成り行きを見守る事しかできなかった。

 スバルすらも口を噤む程の剣幕である。キレイが内に秘める確信は、更に強いものとなっていた。

 

「…そ、それじゃ楽しい食事を待ちましょうとしましょうかね!

 桃髪メイド──ラムちーでいいかな?案内よろしく頼むぜ!」

 

「──畏まりました。お客様」

 

 前代未聞なことに、スバルが空気を読んでいる。自分自身も困惑が限界に達しているのか、言葉遣いが支離滅裂なものとなっていたが…それほどまでにロズワールと金髪の少女の間には、言い知れぬ何かがあった。

 

 その二人を残して、スバルとキレイはその場を後にする。

 スバルは、少女への困惑と心配の感情に挟まれて口を閉じ、キレイもまた、なぜこの世界に来たのか、それに対する疑問と懸念で口を閉じている。

 それこそ、集まりが悪いのを気にしたエミリアが駆け寄ってくるまで、その重苦しい雰囲気は続いていたのだ。

 

 ──彼らに課せられたのは、狂いの運命。

 

 ただ二人、狂いを共にするその運命が…必ずしも同じ道を辿るわけではないことを──今は、誰も知る由はない。

 

 

 




 ちなみにキレイは愉悦される側でもありますよ。

 後、ランサー兄貴憑依の新作出しましたというクソ宣伝。不定期に更新していきますので、良ければ。

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