Re:破綻者は嘲嗤う   作:カルパス

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  お 久 し ぶ り で す 。

というわけでね← 受験も落ち着きそうなんで、ぼちぼち復活していきます。

 地の文か多いのは…あれだよ……ブランクのへ、弊害だよ(震え声)


第二章
変動の兆し


 

 ──とある世界から人間一人が消失した。

 

 これを些細な事として捉えるか重大な事として捉えるかは、その人間と個々人との関係やそれが齎す利益、その他諸々の要素を加味した上で判断されるため、人によって異なる結論を出すのは当然の事だ。

 だが、あくまでその判断を求められるのは、消失した人間と何かしらの関わりを持った者のみであり、世界単位の人々でこれを考慮すれば大半の人々は興味を抱きこそすれ、個人として何かしらの深い感情を持つことはないだろう。

 所詮、無数に近い内の一粒が消えてしまったと言うだけの話。新聞やメディアで報じられる殺人事件の内容を次の日には忘れてしまうような──そんな小さな出来事でしかないのだ。

 

 ならば、人間が住む世界そのものが──星が仮に生きていたとして、この事態をどう受け止めるのだろうか?

 

 怒りを抱くか。不可解に思うか。困惑を示すか。星の上に住む人間にとって、それの感情など分かるはずもないし、そもそも星が生きているなどとは誰一人として考えはしない。

 たとえそれが事実だとしても、理解するにはあまりにも突飛な事実を突き付けられた所で、自分と星との間に何一つ繋がりはないのだから、あるいは興味すらも向けることはないだろう。

 

 ──実際に、星が生きて…正確には"二つ"の意思を持っている世界は存在している。

 

 片や、己の滅びを許さぬ本能。それ故に、()()()()滅びを厭わぬ星の意思(ガイア)

 

 片や、種の滅びを許さぬが故の無意識の願望。守られる事を願った者たちが自覚することなく作り上げた、そこに生きる者たち(人間という種)総意(アラヤ)

 

 相反するようにも見えるこの二つの意思──抑止力が働くことにより、星は滅びを避け、人もまた滅びを避けようとする。

 力として顕現する際の方法は様々だ。大地を裂くこともあれば、『人間の後押し』という形で、その者に世界の危機となる分子を排除させる、という物もある。例に挙げた二つは、同じ意思によって引き起こされたものではないが、己にとっての危機を排除するという点では共通している。それが結果として星を、人間を存続させてきたのだ。

 

 霊長の繁栄による文明の発達。核兵器を始めとした"人類(自分たち)を滅ぼしうる力"を手にした故か、現代において霊長の防護装置であるアラヤは、不特定多数の人間に対して抑止力を働かせている。それは、現代を生きる者の誰もが、霊長にとっての危機となりうるということを示している。

 世界は常に滅びの危機に瀕し、常にそこに住む人々が無意識の内を世界を救っている。故に、その行いのどこまでが抑止力に後押しされたもので、どこまでが他の介在しない自身の意思によるものなのか。それを理解することは困難を極めるだろう。

 

 ──一人の人間の消失が脅威となるかどうかは、それが齎した結果に対して抑止力が働くかに左右される。

 

 例えば、国を統べるような者が消え去り、その結果大規模な内紛が引き起こされたとする。原因が不明なために行われる争いには国際的立場の優位を狙った他国が参戦し、或いは国同士の戦争にまで発展する可能性もある。

 どのような形をとるにせよ、やがて戦争は多数の犠牲者を以て終結する。『多数の犠牲者』という結果が抑止力によって為されたものか、あくまで人々個人の意思で行われたのかを判断することは難しいが、根底にあるのはこれが一人の人間の消失によって引き起こされたものであるということだ。

 如何なる人間であったとしても、法則を無視した消失という現象は変化による結果を齎す。

 それが世界にとっての危機となり得ぬものであったとしても、秩序として組み込まれたピースの一つが欠けた、という事実は残る。

 

 ──だが、言峰綺礼の場合は、あまりにも特異的なものであった。

 

 先天的な破綻者。感情の価値観が逆転してしまった、人間としての失敗作。誰にも理解されず、ただ幸福という不幸を羨んだ哀れな者。

 彼が望んだのは、全ての存在に『意味』を見出すこと。嫌悪されるものであろうと、無価値だと蔑まれたものであろうと…生まれてきたからには、命を授かるだけの『理由』がある。

 破綻者として生まれた自身の肯定。或いは全人類の肯定。万人にとっての悪を善とする自身がこうして存在を許されているのだから、生まれながらに無意味なもの──初めから存在を否定されるものなど、何一つとして世界にはありはしないのだと。

 たとえ神から否定されようとも、彼がその根底に持つものは全ての存在を『許す』こと。それは聖人のそれと何ら変わらない、或いはそれよりも尊い、崇高な意志。それこそが、自らに苦悩し義憤した末に辿り着いた、言峰綺礼が破綻者たる所以。

 

 ──本来であれば、"その世界"の言峰綺礼は自身の意志を貫き通し、彼にとって最も『意味』のある結末を迎えるはずであった。

 

 それを変えたのが、その存在の世界からの消失である。その時、言峰綺礼は既に二度目の死が決定されていた。言い換えれば、言峰綺礼という歴史は"既に終わっていた"。歴史の改変は抑止力の排斥の対象となる場合があるが、死と消失とではそこに大きな意味の違いは生まれない。故に、この自体は危機にはならないとして、()()()()抑止力の対象としては看過された。

 明確な決定を下すことが出来ない理由として、以下の事実が挙げられる。

 

 ──理を異とする世界に、言峰綺礼が存在している。

 

 何者かによる言峰綺礼への干渉。平行世界でも、滅びが確定された異世界からでもなく──アラヤやガイアと言ったものとは、()()()()()()()()を持った別世界において、存在しないはずの言峰綺礼が紛れ込んでいる。

 

 これにより、言峰綺礼は本来の世界からは消失し、歴史に違わず死に近い結果を残したが、理を超えた別世界においてその歴史を否定し生きている、という滅茶苦茶な状況が生まれてしまった。

 当然、本来の世界の歴史が別世界で否定されようと何ら影響はないため、問題はないと言いきれる。

 問題は、件の別世界にある。

 

 そこに存在する、言峰綺礼とは存在する世界を違えども、彼と同じくそこに紛れ込んでしまった異物。大した力も持たぬありふれた黒髪の少年。

 

 ──その少年が、第五魔法をも凌駕する時空の逆転、即ち()()()()()()()()()()()()()()()()ような力を、己の死をきっかけとして行使しているという事実。

 第五魔法の副産物とも言える時間旅行。しかしそれはあくまで事実を過去や未来に『飛ばして』『回避している』だけに過ぎず、その行使は世界への負担となる。

 しかし少年の場合、世界のありとあらゆる全てのモノを逆転させてしまえるような絶大な力を用いることにより、世界に負債を貯めることもなく、魔法をも凌駕する途方もない所業を実現している。

 

 別世界からの干渉の際にできた世界同士の繋がりからこの事実を垣間見た星が脅威と見なすものがあるとすれば、この『巻き戻し』の力だろう。

 少年が死を迎える度に、世界は『巻き戻し』という名の『歴史の改変』を強要される。理として確立された世界自体を自らの力の道理に従わせるなど、あっていいものではない。

 万が一この力が繋がりを持ってしまった世界に影響を及ぼすものであるならば──抑止力は、その全てを以て根絶を図ろうとするだろう。

 

 これもまた、たった一人の人間の消失が齎した結果なのである。

 星と世界の決定は未だ、下されていない。

 

 

 

 

 …まあ、そんな物は彼にとってどうでもいい事なのである。

 星や世界以外に、唯一言峰綺礼の消失を知る者が一人。

 やはりと言うべきか、さすがと言うべきか。決断を迷う星たちを嘲笑うかのように、その事情を知るやいなや思考の間すら見せず、一言。

 

 

 ──興味深い。行こう。腹立つから嫌がらせもしてこよう。

 

 

 正に雷である。主にその決断の早さと場を轟音と共にかき乱していくという意味で。

 世界を変えるほどの力があろうが、星や世界がこの事態を重く見ていようが。思い立ったら吉日、善は急げ。

 平行世界を行き来する老人、嘗ては月すらも砕いた歩く気紛れ災害。

 

 

「おい、じーさんよ。

 たらふくリンガ食ってくれるんは嬉しいが……金、持ってんだろうな?」

 

「持っとらんな」

 

「出たな一文無しがぁぁぁ!!」

 

 

 死徒二十七祖第四位にして、宝石翁──キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。気の赴くままに、世界を渡り歩く。

 

 

 

  ♦

 

 

 

 

 ──盗品蔵での騒動から、竜車に引かれて丸一日。

 

 

 それが、エミリアが宮廷魔術師、ロズワール・L・メイザースが所有する領地に辿り着くまでに用いた時間であった。

 一日あれば、この無垢な少女から情報を引き出すには余りある物。城下町で囁かれていた事から大方予想していたが、エミリアは近々行われる王選の候補者の一人であった。その事を何の躊躇いも見せずに明かした時には、さすがの綺礼も呆れを隠せなかったが。

 

 ルグニカ王国とは名ばかりで、かの国には今国王がいない状態だ。と言うのも、先代国王を含めそれに関わる王族全てが流行り病で死を遂げるという、数奇な出来事があったらしい。

 それ故に、王国としては一刻も早く新たな王を仕立て上げなければならない。そこで相応しい者を選出されるために開かれるのが王選だという事だ。それぞれの候補者には推薦人が必要であり、エミリアの場合ルグニカの宮廷魔術師であるロズワール・L・メイザースが、その立場にあたることになる。

 

 ――それ程の地位を得ながら、忌み子を推薦する理由があるのか。

 

 この世界において激しく忌避されている"嫉妬の魔女"と同じ容姿を持つエミリアを、あろうことか大衆の前に立つ王に推薦人として仕立て上げようとする。

 これだけ聞けば、途方もない愚行にも思える。それはロズワールがエミリアを嫌悪する故なのか、それとも何かしらの目的に彼女を利用しようとしているのか。

 当然だが、善意からなるものとは欠片も考えていない。エミリアにとっての最善を思うのならば、大衆の前に立たせるなど以ての外だ。例え彼女が王になることを自ら望んでいたとしても、人の言葉というものは知らぬ間に心を蝕んでいく。

 

 この世界の魔術師が如何なる存在なのかは解らないが、彼の中に残るその印象を考えれば、性根が歪んでいない魔術師など奇人変人超人が跋扈するあの業界において生き残れるはずもない。

 等価交換が常の魔術師だ。人の為に無償で力を貸すなどと、宮廷魔術師などという肩書きがある者ならば尚更有り得ぬことである。よほど親密な関係にあるか、エミリアがロズワールに対して何らかの強みがあるならば話は別だが──当の少女の様子を見る限り、その説が肯定されることはないだろう。

  なにしろエミリア本人から語られたその印象が、決して良いとは言えないものだったのだから。

 

「……えと、あんまり真面目に捉えない方が良いと、思うっていうか。その、胡散臭いの」

 

  この無垢な少女にそう評されることなど、まともではないと公言しているようなものだ。少なからず、今は亡き()()──遠坂時臣のような人物であったなら、と淡い期待を抱いてはいたが、それは泡沫の夢と化してしまったようだ。

 

 同時に、魔術師という連中は世界を越えてもろくなものではないという事が証明された。キレイの知る中でもまともな連中など時臣、凛、バゼット、ロードエルメロイ二世ぐらいのものである。

 宮廷魔術師という肩書きから連想される者は、第四時聖杯戦争におけるランサーのマスター、時計塔のケイネス・エルメロイ・アーチボルトだろう。直接の面識はないが、師曰く自身の地位を才能に基づいた当然のものとしていた、誇り高き人物であったと聞いている。そこに驕りや高慢さが介在しているのかはわからないが、そう言った相手の方が応対はしやすい。

 奇人変人の類であるならば、まともな対話は期待しない方がいいだろう。それこそ、ジル・ド・レェのような手合いは手に負えない。

 

 ──思考に耽っていれば、ふとエミリアの眼差しがこちらに向けられている事に気づく。どこか不思議なものを見る様に開かれた紫の瞳が、無遠慮にキレイへと注がれている。

 

「…何でしょうか?」

 

「あ…い、いえ。その…さっきの話、聞いてたでしょ?

 私みたいなハーフエルフが王選に出るって聞いて、キレイは何も思わないのかなって」

 

 問えば、視線の理由はキレイの反応に対する困惑から来るものであるらしい。彼女が今まで人々から受けてきた対応を推測すれば、負の感情を垣間見せなかったキレイは、至極意外なものとしてエミリアの目に映ったのだろう。

 人は、誰しも災厄と呼ばれる物への恐れを己の心の内に持って生きている。無意識の内に宿るそれは、やがて明確な恐怖となってその災厄を避けようとする。

 エミリアの場合は、人々の嫉妬の魔女への恐れ。災厄と呼ばれたそれが具体的に何をしたのかは、キレイが知る所ではないが、その結果として嫉妬の魔女の種族であったというハーフエルフが、人々から負の感情を向けられてしまってる。

 恐怖の伝染。周りが恐れているから、これはきっと恐ろしい事なのだと思い込んでしまう、醜い集団心理。

 あくまで個として己の幸福を求めるキレイにとって、その心理はひどく退屈なものだった。

 

 

「──自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」

 

「…え?」

 

「私が信仰していた主が残した言葉です。

 もし、貴方が人々…ハーフエルフに恐怖を抱く者たちに対して、怒りや悲しみを覚えてしまえば、それは彼等の行いの肯定に他ならない。そうなってしまえば、その行いは彼らの中で正しいものとして認識されてしまう」

 

「……、」

 

「人々が己の過ちに気づき、行いを悔い改める余地を残せるように。自分自身が受け入れられたいと思うのではなく、彼らを自身が受け入れられるように。その先に、望むものがある。

 故に私が、エミリア様に負の感情を向けることはありません。

万人を受け入れてこそ、人は人たり得るのだから」

 

 

 紡がれた言葉はキレイの本心であり…万人を受け入れながらも、最後まで破綻者であることしか許されなかった己への、壮絶な皮肉でもあった。

 だが、主の教えは人を導く者。破綻者にとっては空虚な言葉にしかならないものであっても、こうして教えを知らぬ者に伝えている。それもまた、嘗て神を愛した男が抱く、信徒としての願いの名残りなのかもしれない。

 エミリアに少なからずそう言った思いがある事を、キレイは先程の彼女の言葉で見抜いていた。だからこそ、この言葉を選んだのだ。

 

「むむ…なんだか難しいけど…」

 

 眉を顰めうんうんと唸るエミリア。ここまでの会話で分かったことだが、彼女は見た目と比べて精神的な幼さが目立つのだ。故に先程の言葉の意味を、何一つ理解していないのではと苦笑を漏らしそうになったが…

 

 

「──今の私にとって、すごーく意味のある言葉だった気がする

 教えてくれてありがとう、キレイ。

 …あと、様って付けるのやめて欲しいかな。私、そんなに偉いわけじゃないし」

 

 

 花の様に微笑む少女の願いが、叶うかどうかは分からない。ただ、その願いが無残に砕け散ってしまったとしても、キレイは破綻者としてその姿を嗤うのだろう。

 

 ──破綻者はただ、望むがままに導くのみだ。

 

 導いた先に、やがて人にとっての絶望が訪れるというのならば…その時は、その結果を愉悦を齎す物として嗤うのみ。そう言った不幸をも、言峰綺礼は享受する。

 少女への返答として口元に弧を描き、頷くキレイ。全てを慈しむ様な儚さを持ったそれは──やはり、ひどく歪んでいた。

 

 

 

 

  ♦

 

 

 

 魔術師の邸宅と言えば、自身の工房であると同時に権威を示すものの一つである。端的に言ってしまえば、大きいに越したことはない。

 冬木におけるアインツベルンの城を思い浮かべていたキレイにとって、辺境伯としての地位も兼ねるロズワールの別荘を観ても、特に感慨を抱くこともなかった。

 隅々まで整えられた庭園や、高い建築技術が施された屋敷が見渡す限りに広がっている様は確かに素晴らしいが、魔術師としては常識の範疇だ。もっとも、これで別荘と言うのだから本邸はアインツベルンのそれと比べても劣らぬ物であるのかもしれないが。

 

 龍車を降りた先、屋敷の大扉の前には二つの影が見て取れた。

 薄紅と薄青、相反しあう髪色を持った二人の少女は、一般にメイド服と呼ばれる装束に身を包み、綺礼たちに淀みない動作で一礼をしてみせた。

  寸分違わぬ程揃えられたそれが当然の様に行われた事から、綺礼はこの少女たちが絶大な信頼によって結び付けられていると判断する。

 綺礼を見据える目にも、疑念の色は感じられない。事前に伝えられてはいたのだろうが、身元が全く不明である男を目前にしても、粛々と職務を果たすその姿には寧ろ年季すら感じられた。

 

「「お帰りなさいませ、エミリア様」」

 

「ええ、ただいま。早速だけれど、連絡したとおりあの子を運び込んでね」

 

「「畏まりました」」

 

 肯定の意を示し、二人のメイドはスバルが寝かせられている龍車へと歩み寄る。

 青髪のメイドに造作も無いように持ち上げられ、屋敷の中へと運ばれるスバルを見る限り、物理的な意味でも、このメイド達は侮れ無いものがあるだろう。しかし、

 

 ――ほんの一瞬、こちらに向けられる眼差し。

 

 青髪の少女。スバルを抱えながら此方を見据えるその眼は、凍えるような冷たさを宿していた。

 先程までは隠せていたのだろう。それは常人ならば気づかない程のものだが、キレイにとって勘付くには十分だった。青髪の少女はそれきりこちらには一瞥もくれず、スバルを抱えて屋敷の中へと入っていった。

 意味するところは、疑念と敵意。刃物の様に研ぎ澄まされたそれは、キレイに対する明確な拒絶だった。

 だが、相手から向けられている感情がわかる事は、行動を予測する上で重要な材料となる。先程から眉一つ動かさない薄紅髪の少女のように、内に秘める感情を悟られぬ様に振る舞うことが、この場においての最善。無論、キレイとて完璧なまでの無表情を崩すことはない。

 

 従う者――字面が示す通り、従者に感情など不必要。仮にもキレイは客人。僅かとはいえ此方に敵意を向けた失態は、そうそう取り返せるものではない。何かしらの事情があるにせよ、それを自らの職務にまで持ち出しては元も子もない。

 

「キレイ様。長旅でお疲れの所申し訳ありませんが、当主ロズワール様から貴殿にお礼がしたいとの伝言を仰せつかっています。

 屋敷にてお待ちですので、ただ今案内致します」

 

 桃髪のメイドが、流れる様に言葉を紡ぐ。

 当然、予想していたことだ。王選候補者であるエミリアを救ったのが、身元も知れぬ人物だとすれば、すぐにでも探りを入れようとするだろう。ともすればただ単純に興味があるから、等という巫山戯た理由の可能性もあるのだ。

 宮廷魔術師が、忌み嫌われるハーフエルフの王選推薦人になったという事実を踏まえれば、寧ろ後者の可能性の方が高い。

 

 細やかな装飾が所々に見受けられる屋敷の中を、桃髪のメイドに連れられて歩く。両者の間に会話はなく、また緊張が張り詰めているわけでもない。

 互いに警戒し合うだけ無意味だということを理解しており、特に桃髪のメイドはキレイが素性はどうあれエミリアにとっての、紛れもない恩人の一人であるということを踏まえていた。

 

「──こちらです」

 

 やがて、メイドは一際大きな両開きの扉の前に立つと、静かにノック。すると「はぁーい」という、何とも間延びした男の声が耳に入る。この時点で、大方キレイの予想は的中した。

 後は、この声の通りの道化なのか、それとも道化を演じる者なのかを見極めるのみ。メイドによって開かれた大扉を通り、邸宅の主たる者との対面を果たす───

 

 

 刹那、濁流の様に浴びせられる黒い感情の渦。

 

 

 まるで、長い時の間ずっと待ち望んでいたものを、漸く見つけたかのような、それ程までに強く暗い内に秘めた思い。

 

 あまりにも濃密で歪んだその濁流は、一瞬にも満たない内に鳴りを潜める。その出処は、道化(ピエロ)を思わせる化粧と衣装を身に纏った、青と黄色の瞳を持った男。

 

「よーぉくぞ、遠路の中お越しくださいまーぁした。

 エミリア様を救ったその功績。感謝の念しかーぁありません。

 まずは、こうして出会ーぇた事を喜びましょうかねーぇ」

 

 変わらず紡がれる神経を逆撫でするような口調。一見すれば軽薄な笑みを浮かべているだけの道化だが、キレイの眼には道化としては映らない。理由はわからないが、それを理解する程には、浴びせられた感情は強大にすぎた。

 己との対話を望む屋敷の主。キレイはそれに、薄い微嗤みを浮かべる事で応える。それこそ、桃髪のメイドが顔を歪める程には、その場の空気は耐え難いものだった。

 

 ──或いは、最悪の出会い。

 

 破綻者と求愛者は、此処に邂逅を果たす。

 

 

 

 




 抑止力の定義が未だによく分からんのよなぁ。

 私の勉強が捗らなかったのも、言峰がfgo出てたの知らなかったのも、大体アラヤのせいなんだな()

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