時間が無い中書いたので、ちょっと雑めかもしれないけど、許してくだされ。もしかしたら書き直すかもしれん。
――例え其処に後悔と言う雑念が混じろうとも、その男が"神の寵愛を受けし者"である事に変わりはない。
突如として派手な乱入を遂げた赤髪の青年から発せられる圧倒的なまでの神気に、キレイまでもが瞠目した。
大袈裟に言えばそれは世界そのものの力を一個人に集約させたような、控えめに言えば超越者たる神がその格を存分に見せつけているような――どちらにせよ、赤髪の青年が途方もなく強大な、並のサーヴァント等では瞬く間に蹂躙を許してしまうような出鱈目な存在である事を悟る。
それは聖堂協会に身を置いた者として、嘗て代行者を務めた者として、聖杯戦争に参加した一魔術師として、そう言った神秘を多少は察す事が出来るからこその確信。仮に大英雄ヘラクレスが狂化を施されていないクラスで現界したのならば、この青年と同様の神性を発揮することであろう。
それ程までに清廉かつ潔白な神気は、しかし耐え難い重圧となって大気を押し潰し、息苦しく怖ろしい緊張となって青年の出鱈目さ、恐ろしさを際立たせる。
――まさか、これ程の者がいるとはな。
その出鱈目さを見抜いたからこそ、キレイまでもが畏怖を抱かずにはいられなかったと言えるだろう。
その畏怖はこの場にいる全ての者に共通する。突如として現れた赤髪の青年は、紛れもなくこの場において"最強"であった。
「……黒髪に黒装束。そして北国特有の刀剣――それだけの特徴があれば、『腸狩り』である君を見間違えたりはしない」
「これまた、物騒な名前だな……」
ラインハルトの登場によって幾分か余裕を取り戻したスバルが、誰もが頷くであろう意見を口にする。
彼自身腹を切り裂かれているのだから、その悍ましい通り名を鼻で笑う事が出来ないのが質が悪い。
そして当の本人のエルザはと言えば、相変わらず口元に微笑を浮かべながらも、獰猛な光を宿していた瞳は――今は興味を失った様な冷たさだけを宿していた。
「――騎士たる者、他人の決闘に水を差す事は無粋なのではと思うのだけれど」
「……それが、真っ当な決闘であればね。騎士としての決闘とは、決してその場を血で穢すような物を指すのではない。
君がしているのはただの"血闘"だ。命が失われる可能性があるのに、僕が止めない道理はない」
「―――あら、そう」
苛烈な殺し合いを止めた事に対してこの上ない正論を述べるラインハルトに殺人鬼が漏らしたのは、つまらなそうな理解の意だった。
エルザ・グランヒルテにとって、先のキレイとの戦いは正しく命を賭す価値のある物であり、本来の目的すら忘れしまいそうな程高揚を顕にした愉悦であったのだ。それを不躾にも遮られて、どうして不満の意を表さずにいられようか。
「色々と聞きたい事もある。
――穏便な投降をお勧めしますが?」
「極上の餌を無粋にも取り上げられて、飢えた獣が大人しくしているとでも?」
柔らかく掛けられた投降を促す言に対して美しき獣が見せたのは、見る者を震わせる様な嗤み。
口調こそ穏やかだが、そこに含まれる剣呑さは剣聖が放つ神気と比べても見劣りしないものであった。投降する気など微塵も無い、と言う表れだろう。
「――そうですか」
その鬼気を受けたラインハルトは、困った様に頬を書きながらそう呟き――そのままキレイへと視線を向けた。
「重ねてお詫びします。
――貴殿の言葉が無ければ、僕が此処に来る事は無かった」
それは、ナツキスバルと言う少年に疑心を抱き――自分から手を差し伸べる事を躊躇ったラインハルトの、その純粋な穢れなき心から来る謝罪であった。
無論、この青年に何ら落ち度など無い。素性も知らぬ相手に躊躇いなく手を差し伸べるなど、愚か者のする事に等しい。
それでも彼がこうして罪悪感を抱いているのは――キレイから投げ掛けられた言葉の影響もあるのだが、彼の過剰なまでの正義心がそうさせているからだ。
なんて、滑稽。
その純粋な信念は、歪な正義の表れだと言うのだろうか?■■■■の様に、その信念すらも己の欲望を満たすための独りよがりとでも言うのだろうか?
――否、この青年が抱くのはそんな歪な正義では無く、何の歪みも無い輝く尊き正義である。
己が欲望に殉ずる事なく、只々あの場で見ず知らずの少年に疑心を抱いてしまった事を――この青年は心底後悔しているのだ。
「――――ク、」
だからこそ、衝動を殺せずに嗤う。目前の存在があまりに愉快で、あまりに愚かで、あまりに尊くて。
破綻者から漏らされた喜悦に誰も気付くことは無かったが、キレイの心境はと言えば、それこそ声を大にして笑いたくなるような物であった。
「……私は何もしていない。
君が抱いたソレは、何ら咎められる物ではないのだよ。断じて間違ったものでは無い」
「……ですが、」
だから、何ら間違ったものでは無いと言葉を投げ掛ける。青年がしている事、抱く感情、その全てが善から成るものだと断言できるからこそ――キレイは、その善を
「自身を咎められることは無い。
――その在り方が酷く歪であり、同時にキレイにとってこの上なく愉快なものであると知りながらも。
その言葉を聞いたラインハルトは、安堵した、と言う様な笑みをキレイに向け…刹那、身に纏う神気を更に膨大な力と化してエルザと相対した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――必然と言えば必然だろうが。
繰り広げられた戦闘は、拮抗している様に思えて一方的な物であった。
片や先程まで苛烈な戦闘を繰り広げ、右足に小さな風穴が開く程の傷を負い――片や神に愛されし紛れも無き最強の存在が、携えし剣こそ抜いていないが万全の状態で戦闘に臨んでいるのだ。
ただでさえ両者の間にはどうあっても覆せない差があるのだ。それに手負いの状態で挑むなど、傍から見れば愚かにも程があるのだが。
エルザとて、この場においては撤退が最善だとは判断出来る。だが――唐突に現れた剣聖に、決意に満ち溢れた眼差しを向けられてしまった故に、それが不可能である事を悟ったのだ。
「―――ぐっ……!」
苦悶が漏れるのは必然。なにせ相対するは何気ない踏み込みで床を粉砕する規格外である。
腰に携えた剣は事情により抜けないらしいが、代わりで代用されては元も子もない。だからこそ、エルザは圧倒的な戦力差に晒されながらも、ラインハルトに剣を取らせる時間を作らせる訳にはいかなかった。
賞賛すべきは傷を負いながらもそれを実践している殺人鬼だろう。蜘蛛を思わせる執拗な動きが、ラインハルトに反撃を許さない。あらゆる死角を突いての現在彼女が持ちうる全力。それを得手無しに己の体だけで凌ぎ続けているラインハルトに関しては、最早何も言わないでおく。
―――だが、それも終息を迎える。
刹那、ラインハルトの姿がエルザの軌道上から
結果、ラインハルトが先程までいた位置には絶速によって生み出された風圧のみが残り――
「―――失礼」
纏われる大気すら攻撃の一部として、轟音と共に痛烈な蹴りが放たれた。
衝撃に耐え切れず地が揺れ、エルザはさながら砲台に詰められた砲丸の様な勢いで吹き飛ばされる。
辛うじて身を翻し、壁を足場にして勢いを殺すが――その壁には大きな亀裂が入り、負傷した右足からは新たな鮮血が再び流れ出す。
到底信じられる話ではない。力を溜めて放ったわけでもない、なんの変哲も無い蹴りが、キレイの崩拳に匹敵――或いは凌駕する程の威力を持ったのだから。
――そして、それは剣聖の前で晒すには致命的な隙であった。
ラインハルトがその手に持つは蔵に転がっていた粗末な剣、造りも粗雑なそれを武器として使うには心許ない――と言う理論は、剣聖には通用しない。
極論、剣でなくとも棒状の物で振るう事が可能ならば、それは驚異的な武器に様変わりしてしまうのだ。第四次聖杯戦争におけるバーサーカーのサーヴァントが、手に持った物をDランクの宝具に変えるという宝具を持っていたが――この剣聖の場合、持ちうる力があまりにも強大すぎる故に、どんな剣でも彼が振るえば必殺の一撃となる。
この時点で……エルザがラインハルトに剣を持たせてしまった時点で、ラインハルトの勝利は揺るがぬものとなる。
エルザが回避を始める前にラインハルトは剣を轟音と共に振るい―――刹那、激しい嵐が巻き起こる。
それが振るわれた剣が引き起こしたものであると、何処の誰が信じることが出来ようか。
暴風は無慈悲に崩れかけた蔵を襲い、満ち溢れるマナは全て剣聖へと集中し、破壊の徒となって蔵中を走り回る。
「人の蔵で好き勝手やりおって……」
やがて嵐が終息した後、そう諦めたように力無く呟く老人が向ける視線の先――其処には蔵の姿など跡形も無く、無残な瓦礫の山が鎮座しているのみだった。
其処に、エルザの姿は無い。
「――え、まじ?」
善良な一般市民であるスバルが抱く感想はと言えば、"呆気ない"、これに尽きるだろう。
キレイとの戦闘でエルザが消耗していたとしても、エルザは紛れもない強者であり、スバルを二度に渡って死に陥れた張本人である。
それが、こうも一方的に蹂躙され、瞬く間に跡形も無く一太刀で吹き飛ばされたとなれば、その現実を理解するのにも時間が掛かる。
そして、何も困惑に支配されるのはスバルに限った話ではない。
首尾よく依頼をこなしたと思えば依頼主が泣く子も黙る腸狩りだったという事実を突きつけられたフェルト。
交渉の間を取り持つだけの筈が、いつの間にか自慢の蔵を跡形も無く破壊された老人。
自身の徽章を盗んだ犯人を追い詰めたと思えば、首を刎ねられそうになった所を見ず知らずの男に助けられ、激戦を目の当たりにするも素性を何一つ知らない事が仇となり手助けすら出来ず――その途中で相棒の大精霊が眠りにつき、いよいよ状況が理解出来なくなってきた所にラインハルトが現れ……と、恐らくこの場において最も散々な扱いを受けている銀髪の少女――サテラ。
銀髪の少女を殺そうとした女性が実はフェルトの依頼主で、それを阻止した男は元々蔵に用があって訪れた来客者。しかし来客者は殺人鬼である依頼主と鎬を削れる程に腕が立ち、その激闘の最中に剣聖が乱入、圧倒な力を見せ―――現在に至る。
「ややこしいな、おい」
エルザが依頼主だと言う前提を知っていたスバルならばともかく、他の者はそれこそ怒涛過ぎる展開に理解が追いついていないだろう。
現にサテラなどは先程から口を開けっ放しにしているわけだが、
「――生きてる、よな」
「―――へ?
生きてるよなって……初対面の人にそれって、すごーく失礼だと思うけど」
「あ、悪い……でも、確認しておきたくてさ」
改めてサテラを見て、その手足が――頭がしっかりと付いている事に心の底から安堵する。
それは顔にも表れていたようで、スバルに訝しげな視線を向けていたサテラは、何処か毒気を抜かれた様子で首を傾げた。
そんな仕草の一つも、スバルにとってはたまらなく喜ばしいものであった。
「それはそうと、ラインハルト。助かったぜ
さっきの路地裏と言い、俺とお前は心のパスで繋がってんだな!」
「そうだったら僕も嬉しいけどね。
……生憎、僕が此処に来たのは彼に触発されたからだ」
礼を述べるスバルに対してラインハルトが浮かべたのは、バツが悪そうな苦笑いであった。そして、その言とともに向けられた視線の先にいたのは――他でもない、スバルにとっても恩人であるキレイであった。
自然、体が強張ってしまう。解ってはいるのだ。
こうして自身が死に戻りを受け入れられたのも、自身の酷さを受け入れられたのも――前回における最後で、容赦ない言葉をスバルに浴びせたキレイのお陰であると。何者にも代えられない恩人だと。
……ただ、その最後に見たあの嗤みが、たまらなく恐ろしく見えただけなのだ。
「よく解らないけど、あ、あざっ、す」
「――いや、礼には及ばんよ。
私はただ、自身の命を守っただけに過ぎん」
だが、それでも礼は言っておかなければならない。今回の一番の功労者は紛れもなくキレイであり、サテラを救ったのもまた彼なのだから。その結果思いっきりキョドったのはご愛嬌だ。
「―――全く、厄日にも程があるわい」
不意に、そうやけくそ気味に言いながらスバルたちの元へ歩み寄るのは老人ことロム爺とフェルト。そのフェルトも、今は金の髪を掻き毟りながら曖昧な表情を浮かべている。スバルには、其処に諦観の色が滲んでいる様に思えた。
「どうしたよ、そんな顔して」
「……こんな顔せずにいられるかってんだ。
アタシの本職が何か忘れたわけじゃねえだろ?」
そう投げやりに紡がれる言とともに、その眼差しはラインハルトへと向けられる。それを真っ向から見つめ返すラインハルトを見て、スバルも大体の事情を察した。
「あの騎士様からしたら、アタシらがやってる事は見過ごせることじゃねーってわけだ」
「いや、まぁ……そうだよな」
たとえ生活に困窮していようと、フェルトやロム爺がやっている事は決して看過できるものでは無い。
かと言って、彼らがご厄介になるのを黙って見ていられる程、信頼が無かったわけではないのだが。
微妙な空気が場を支配する。僅かに混じる緊張が、空気を重苦しい物へと変え、スバルはたまらず軽口でも叩こうと―――
「―――、スバル!」
刹那、ラインハルトの鋭い声が響く。
何事かと意識を研ぎ澄ませば、小石が転がる様な――何かが崩れる音。
瞬間、瓦礫が跳ね上げられ――その中から怖ろしい速さで此方へと肉薄してくる黒い影が一つ。
至る所から血を流し、最早死に体と言ってもいい程の状態にも関わらず、その速さは今までの物よりも段違いな物に思えた。
その瞳に宿るは純粋な殺意。背筋を這うような寒気が通り過ぎ、恐怖となってスバルの心を潰しにかかる。
ラインハルトは距離的に間に合わない。刹那にして引き起こされた絶望。
逃げ出したいと言う衝動に駆られる。このまま全てを投げ出して、無様に醜態を晒してでも生き延びたいと。もう死を味わいたくないと。自分の本性がそう叫んでいる。だが―――
その視線の先に、救うべき少女の姿があって――――
スバルの体は、躊躇いもなく動いていた。
少女を――サテラを救う。その想いだけを糧に、震える程の恐怖すらも振り払って、只々我武者羅に。
エルザの軌道上に躍り出る。その時には既にエルザは息の掛かる程の距離にまで接近しており――その手に持ったククリナイフが振るわれ、
―――スバルの胴を、斜めに斬り裂いた。
舞い散る鮮血。美しくも、残酷な現実。
夥しく流れるそれが床を汚し、その範囲を広げていく。
予想外の邪魔者に驚愕を顕にしたエルザは一瞬その動きを止め――間髪に入れずに飛来した黒鍵を辛うじて防ぐ。
そのまま駆けてくるラインハルトにククリナイフを投擲し、牽制の役割を果たさせ、瓦礫の廃材を足場に跳躍で上へと登っていく。
「―――――貴方とは、必ず」
去り行く殺人鬼は、最後にキレイを見やるとそんな呟きを残し――やがて、宵闇へと消えた。
後に残るのは、鮮血と混乱と恐怖。
大きく裂かれたスバルの胴は分断こそされていないが、致命傷と言える程の傷である。
銀髪の少女が血相を変えて治癒を施しているからか、その進行は幾分か遅れている様にも思えるが、それも時間の問題だろう。
――――他人を救うためならば、自身がどうなろうとも厭わない。
言峰綺礼の中で、ナツキスバルと■■■■の影が刹那、重なって見えた。
それが、
――その口元を隠しながらも、キレイは治癒を手伝うためにスバルの元へ歩み寄るのだった。
感想、後で返します。申し訳ない。