斯くして一色いろはは本物へと相成る。   作:たこやんD

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土下座







14話 斯くして雪ノ下陽乃は道化を演じ切る。

コホン、と咳払いをひとつ。

ここ、総武高校奉仕部の部室にいるみんなの視線がわたしに集まる。

提案したのがわたしなのだから、幹事をやるのも当然わたし。という流れだが、意外にも緊張してしまっているようで心拍が少し上がっているのを感じる。

頭空っぽのウェイ系が相手であればこういった幹事を務めるのも得意なものだが、この教室の集まっている面々を改めて見回すと、どうしても少し委縮してしまいそうになる。

そんなわたしの内情などつゆ知らず、先輩が腐った目線で「はよ」と急かしてくる。ひとの気も知らないで。

仕方ない、腹をくくりますか...。

 

「えー、それでは改めまして、…城廻先輩のご卒業、そして小町ちゃんと大志くんの合格を祝って…乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

と、わたしの音頭に続いて各々が手に持ったコップを掲げる。

唱和が終わると、それぞれのタイミングで今回の主賓のところへお祝いの言葉を送りに行く。と言っても、ほとんどの人がすでに個人的にであったり、あるいは別の機会に祝っているだろうから、挨拶自体は簡単なものになっていた。

 

その流れが落ち着いてきたら、今度は料理に舌鼓を打ちはじめる。立食パーティー形式にしたので、各々気になる料理の前で立ち止まってはお皿に盛り、適当な場所を見つけてそれを味わう。

奥のテーブルでは幼女の手を引いた川崎先輩が雪ノ下先輩に、並べられた料理について詳しく聞いている姿が見える。どうにもあの二人の組み合わせというのが意外だったが、実は話が合うのかもしれない。

それにしても川崎先輩、妹さんを連れていると若妻にしか見えないんですけど…。

 

また、窓際では平塚先生と城廻先輩、そして先輩と結衣先輩が集まっている。城廻先輩は奉仕部とも関わりがあったし、平塚先生とも親しげな様子だ。懐かしい話にでも花を咲かせているのだろう。

 

そうやって周囲を観察していると、自分の方に向かってくる二人に気付くのが遅れてしまった。

 

「いろはさーん、どうかしましたか? 早く食べないとなくなっちゃいますよー」

 

にこっと屈託のない笑顔で近づいてくるこの子があの先輩の妹だというのだからビックリだ。少し後ろを歩く男の子はちょっと犬みたいでかわいい。

 

「あ、小町ちゃん。ちょっとどんな感じかなーって見てただけだから大丈夫だよー」

 

「なるほどなるほど。っと、面と向かって自己紹介はまだでしたね。比企谷小町、15歳です。愚兄が迷惑をおかけしているかもしれませんが、これからも兄妹ともどもよろしくお願いします」

 

そう言ってペコリと頭を下げた小町ちゃんを見ていると、つい今しがた彼女の口から出た兄妹という言葉の信憑性がわたしのなかで早くも揺らぎはじめる。

 

「一色いろはです。一応生徒会長だから、入学して困ったことがあったら相談乗るよ! それにしてもしっかりしてるね小町ちゃん。先輩の妹とはとても…」

 

「あはは、一色先輩も苦労してそうですねー、色々と♪」

 

そう言って言葉とは裏腹に楽しそうに笑う小町ちゃん。ちょっと黒い。

これはなんかすでに色々ばれてそうな気がするんですけど…いや、ばれてないよね?普通に対人関係として、ってことだよね?

 

「確かに、先輩の捻くれた根性には困ってるっていうか…。あ、あと、いろはでいいよ小町ちゃん。」

 

「そうですか! その辺後ほど詳しく聞かせてくださいね、いろはさん♪」

 

そう言って小町ちゃんがスマホを取り出した。うん、やっぱり血の繋がりを詳しく調べなおした方がいいかもしれない。DNA鑑定はよ。

小町ちゃんに倣って携帯を取り出したわたしは、連絡帳を開いてスマホの画面に表示された小町ちゃんの電話番号とメアドを登録していく。

すると今まで完全に存在を忘れられていた子犬…ではなく大志くんが恐る恐るといった感じで口を開いた。

 

「あの…か、川崎大志っす! よろしくお願いしますっす! 一色先輩!」

 

わー、元気だなー、この子。

それにしてもめっちゃ緊張してるなー。以前のわたしなら間違いなくいじりたくなってたところだけど今は先輩も近くにいるし、それ以上に小町ちゃんという底知れない伏兵が現れてしまったのでからかうのはやめておこう。

決して、視界の端で揺れるポニーテールが一瞬止まったからではない。

比企谷小町と入力を終えた携帯をしまいながら、身震いしそうになるのを堪える。

 

「じゃあ小町ちゃんも大志くんも、4月からよろしくね」

 

「よろしくでーす。また近いうちにお茶でも♪」

「は、はいっす!」

 

そう言ってそれぞれ食事取りに行った二人を見て、わたしもそろそろ何か食べようかと思い始める。

 

それにしても小町ちゃんの最後の流し目は…やっぱり気づかれてる、もしくは探りを入れられているのかも。こりゃ色々と吐かされるのも時間の問題かなぁ…。

 

「恐るべし15歳…」

 

そう呟いてみたが、実際小町ちゃんに知られた方がわたしとしてもやりやすいのかもしれない。うまくいけば先輩に一番近いところからの援護射撃も見込めるかも♪

…って、小町ちゃん結衣先輩や雪ノ下先輩とも仲いいからそれは無理か…むぅ。

 

その時、不意に奉仕部のドアが開けられた。

 

 

   × × ×

 

 

ついに魔王が降臨したか…。

知っていたとはいえ毎度身構えてしまう来客に対し、ついそんな感想が漏れてしまう。

 

雪ノ下陽乃。彼女は底が知れない。

何を考え、何をするか、想像が及ばないことほど怖いものはない。

 

普段の俺なら、他人の言葉にそれほど焦ったりすることなどないのだが、雪ノ下陽乃は明らかに異質だった。

からかっているのか、忠告しているのか、ふざけているのか、本心なのか。毎度反応に困るのは、彼女が底の見えない目の奥で何を考えているのか、その目には何が見えているのか。

そしてそのつかみどころのない言葉はいつも、俺が無意識のうちに悩んでいることに対して、あまりにもまっすぐに突き刺さるのだ。

言うなれば、核心を突いている。だから毎度彼女の言葉に振り回されることになる。

 

しかし今日は…

 

「やっはろー、比企谷くん」

 

「どうも、お久しぶりです」

 

相変わらず覇気のない俺の声だったが、はじめて雪ノ下陽乃の目を出会い頭に受け止めることができたと思う。

いつもなら警戒の色を示して視線を外しうろたえる俺が普通に挨拶を返してきたことが意外だったのか、雪ノ下陽乃はほんの少し驚いたような顔をした。

 

「ありゃ、何かいいことでもあったのかなぁ? 比企谷くん」

 

「そりゃあもう、小町が受験合格したもんですから。自分の時より喜んでますよ」

 

「なーんだ、相変わらずだね」

 

「俺の妹愛は、いつまでも変わりませんよ」

 

軽口の応酬。いつもと同じように、掴めない相手に一方的に掴ませないようなやり取り。こちらからは見えないのに相手には見えるという状況ほど怖いものはない。

 

それでも目の前の完璧悪魔超人はいつも、まるで初めからわかっていたような顔で踏み込んでくる。

 

「変わらないことがいいこともあるけど、いつまでもそのままってわけにもいかないものだよ?」

 

本当にこの人は…。

思えばずっとそうだったのだ。俺が目を逸らし…いや、目を向けられることを避けていた所を、無遠慮に、不器用に、真っ直ぐ射抜いていた。

しかし今日は、今の俺は、その視線を掻い潜るような真似はしない。できない。

大事な部分を暈した言葉は彷徨うようで、しかして真っ直ぐに向かってくる。

だから俺も、暈した言葉はそのままに、真っ向から迎え撃つ。

 

「成長しますからね。気持ちは変わらずとも、関係は変わらずとも。…変わる何かはありますよ」

 

するとまた、驚いたような、何か言いたげな顔になる。

しかしその口が開かれる前に、横手から声がかかった。

 

「姉さん、時間はちゃんと伝えたはずでしょう?」

 

「もう、雪乃ちゃんてば細かいんだから」

 

そんな姉妹のやり取りが始まる。

 

「姉さんが自由すぎるのよ…。それより、城廻先輩にはもう声はかけたのかしら」

 

「さっき来たところだからまだだよ。ちょっと比企谷くんとお喋りしてたの」

 

姉の視線に合わせてこちらを見た雪ノ下は、

 

「あら、いたの」

 

などと抜かしやがる。

 

「おいこら」

 

「小町さんに引っ付いていると思ったのだけれど」

 

完全にシスコン認定されているが、今に始まったことではないし事実である。

しかし真のシスコンたるこの俺は、妹の楽しむところを邪魔しないこともちゃんと弁えているのだ。

 

「腹減ってたから飯食ってたんだよ。それに、城廻先輩とも少し話したかったからな」

 

今日も今日とてめぐりんワールド全開のあのお方は、妹小町に匹敵する破壊力を秘めている。むしろ血縁関係にない分城廻先輩に軍配が上がりかけるまである。上がらないが。

そんな先輩とも、卒業してしまえば会えなくなるわけで、積もる話もあるというものだ。

 

「食べ過ぎて主賓の取り分がなくなるのだけは勘弁してちょうだいね」

 

「さすがにそこまで食わん。…それにしても、相変わらず恐ろしいなお前の料理は。毒盛られたら気づかず完食して安らかに眠るまである」

 

「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら」

 

「一応褒めてるつもりだ」

 

「そう。もう少し素直に言えないのかしら。あなたも相変わらず捻くれてるわね」

 

そんないつも通りのやり取りが始まったのだが、隣で聞いていた雪ノ下さんはまたも驚いた顔をする。

なにかおかしなことを言っただろうか。雪ノ下と顔を見合わせるが、特に思い当たるところはない。

しかし例に漏れず表情から何も読むことができない姉ノ下さんは、何か一方的に納得したようだ。

 

「へぇ、なかなか面白いことになってそうだね」

 

「…何がですか?」

 

「もう、わかってるくせに。…ありゃ、もしかして自覚ないとか? けど比企谷くんは、こういうの敏感なはずだよね」

 

「なんのことだか。もう少しわかりやすくお願いしますよ」

 

「わたしも捻くれてるって? 女の子にそんな怖い顔しちゃだめだよ比企谷くん。それじゃ、めぐりと少し話してくるから。後でゆっくり聞かせてね、雪乃ちゃん」

 

そう言って雪ノ下の方を一瞥して、窓際の集団へと向かっていった。

 

「相変わらず、さっぱりわからん」

 

「そうかしら? だとしたらあなた、よっぽどね」

 

…え?ゆきのん今のわかったのん?

どうやら八幡レーダーが鈍っていただけのようですね。察するのは得意だったはずなのだが。

 

「けど、あなたが気にすることではないわ」

 

そう言って雪ノ下も、姉の後を追うように輪に加わった。

 

 

   × × ×

 

 

教室の中から楽しげな声が漏れ聞こえるなか、わたしと茉菜はまだ段ボールを被っていた。

いろはが中学生となにやら話しているのを双眼鏡で見ていると、隣の茉菜がわき腹を小突いてきた。

 

「ね、ねぇ、だれか来よるんやけど…」

 

「え? …あ、ほんとだ」

 

茉菜に言われるまま視線を入口の方に向けると、そちらへ向かって真っすぐ歩いてくる人影が見えた。

その歩く様は、隠し滲み出るような品があり、それでいてどこか力強さすら感じられる足取りだった。

 

「きれいやね、あの人。誰なんやろ…?」

 

「確かに、中にいる人たちとはまた違った感じの美人さん…だ、ね」

 

視線を足元から顔に移していったわたしは、最後まで言い終わる前に言葉を詰まらせてしまった。

そして、おそらくみっともなく呆けているであろう自分の顔を想像しながら、静かに口を開く。

 

「な、なんで…あの人がここに…?」

 

「どしたん? ねえチサちゃん」

 

急に動揺しだしたわたしを不審に思った茉菜が、わたしの肩を小さく揺らしながら訪ねてくる。

 

「あの人、知り合いなん?」

 

知り合い。

それをどう定義するかにもよると思うが、わたしはあの人を知っている。言葉を交わしたこともある。

交わした、と言えるのかは実に微妙なところだが、以前あの人とははっきりと対峙したことがあるのだ。

 

教室に入っていくその顔を見ていると、自分でも気づかないうちに心拍が跳ね上がり、息が荒くなっていた。

わたしは今、どんな顔をしているのだろう。自分でもわからない。あの人に対してどんな感情を抱いているのかも分からない。

いつになく張り切って血を送り出している自分の心臓を押さえつけるように、胸の少し左側を強く抑える。

頭の中に直接心音が響いてくるかのように、音が大きくなっていくのを感じる。

このままここにいたら、わたしはきっと”また”おかしくなってしまう。そう思った。

 

「ま、茉菜、今日はもう帰ろう?」

 

「えー、どしたん急に?」

 

「いやー、ほら、料理見てたらお腹すいてきちゃったし。茉菜もこんなんじゃお腹いっぱいにならないでしょ?」

 

そう言って手に持ったスティック状の携帯食料を見やる。

 

「まぁ確かにそうやけど…形から入るって言ったのはチサちゃんやんかー」

 

そう言って少し頬を膨らませた茉菜だったがそれとほぼ同時に自分のお腹が鳴ったことにより、このまま引き上げることに反対できなくなってしまった。

茉菜と話しているうちになんとか落ち着きを取り戻したが、今はとりあえず早くこの場を離れたい。

 

「じゃあ、ごはん食べに行こっか」

 

体の訴えに素直に応じ、すでに食事気分になっている茉菜が段ボールをから出て歩き出した。

そんな現金な友人の背中を追って、わたしも段ボールから離脱したたのだった。

 

 

   × × ×

 

 

テーブルの上の料理も各々の胃袋に消え、一色から閉会の一言が告げられてからしばらく話していたみんなも、半刻もしないうちに三々五々と帰っていった。

 

3月も中旬になるとこの時間は過ごしやすいものだ。

しばらく歩くと西の空に朱がさしてくる。

 

奉仕部の面々が片付けを進めるなか、俺はというと昇降口を出て校門へと歩みを進めていた。

目的地が視認できる距離まで近づいたとき、好んで見慣れたくはないと思っていた後ろ姿を見つけ、少し身構える。

意識して抑えた足音に彼女はさも当然のように反応すると、これまた見慣れた、内の読めない表情で振り返る。

その所作はあくまで洗練されていて、ただ振り返っただけだというのに、優雅さすら感じるのだ。

さらにその挙動にはどこか冷めたものを感じるのが常であるのだが、今日の彼女からはそれが窺えない。

今日一日、何かが違う、と思っていたのは気のせいではないだろう。彼女もまた、何か違う雰囲気を感じ取っていたのかもしれない。

 

「こんな時間に女の子を待たせるのは感心しないよ、比企谷くん」

 

思ってもないことを言うのは、いつも通り。

そしてこちらもいつも通り中身のない会話に応じることにする。

 

「こんな時間じゃなくとも、あなたをどうにかできる人なんていないと思いますけど」

 

「ひどいなあ比企谷くん、これでもれっきとした女の子だぞ?」

 

そう言って表情を作るが、そこには心を感じない。

自分が本当にそう思っているかなど、彼女には関係ないのだ。

 

「それで…なんの御用でしょうか」

 

これ以上同じように言葉を交わしても、そこからは何も生まれない。

彼女もそんな会話をするためにわざわざ俺を呼び出したわけではないだろう。

 

「つれないなあ、比企谷くん」

 

「俺も今日は逃げたりしませんから。そんな遠回りしなくても大丈夫ですよ」

 

そして俺は、彼女の目を見る。闇を覗くような、それでいて鏡のようなその瞳を。

 

「へぇ…やっぱり」

 

俺の言葉を聞いた雪ノ下陽乃は、つまらなそうに呟く。

しかしその目と口は、力無くも笑っていた。

 

時刻は5時半。

逢魔が時とはよく言ったものだ。

 

夕日を背にした彼女は、疲れ果てた悪魔の嗤いを思わせた。

 

 




こうして唐突に現れる僕の駄文を未だに読んでくださる方々には感謝しかないですね…。

おせーよ!などの感想や誤字・脱字の報告も心してお受けします!

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