怖い物が増えて行くのが、新入りが中堅になる第一歩だった。
仲間がどんどん死んでいくのを見ながら、今まで生き延びて来れた自分達はそれを覚えた。
寂れた町中の様々な場所に突如放たれた自分達に対して、近くに居た人間は逃げ惑う事も出来ない。体を抑える必要もなく、首に爪を振るうだけで死んでくれる。
さっさと殺して先へ行く自分に対して、新入りは態々圧し掛かって思い切り爪を振っていたりする。
遅い。自分も最初はそんな感じだったが、二、三度ミッションをこなしているのにそれは遅い。
屠りながら少し考える。
今回の戦闘ミッションの要は、その武器の横流しを一気に壊滅させる事だろう。
不安要素も全て潰す。その為に自分達が駆り出された。
問題は、その武器がどこに貯めてあるか。知らされていないが、人間達が先にそっちを壊滅させてくれると助かる。
余り危険には巻き込まれたくない。
逃げ惑う人間達を後ろから追いかけて殺していく。全く脅威の欠片も無いその人間に距離を詰めたら飛び掛って首を刎ねる。着地してそのまま走り、背中を切りつけて倒れた人間は新入りに任せ、更に屠りに前へ走る。
建物の中へ逃げ込み、扉を閉められる。けれど、新入りがぶち破って仕留めた。
何も気にせずに殺せるのは、この最初の僅かな時間だけだった。
銃器を持って立ち向かってくる人間がそろそろやって来る。
……今回も、やっぱりいつも通りに立ち回った方が良いだろう。
プロテクターを身に着けているからと言って、無敵な訳じゃない。
銃声が聞こえ始める前に、新入り達に警戒するように指示した。
建物の中に隠れている人間達を殺しながら物色もしていると、車の音が聞こえた。
窓から少し覗けば、それは装甲を纏った車で普通の車より色々ごつい。多分、敵のものか味方のものかと言われれば、敵のものだろう。
流石に近くに居た新入りも、それに飛びかかったりはしなかった。あれは壊せなさそうだし、壊す前に色々反撃を貰いそうだった。
新入りには爆弾も持たされていなかった。
車を動かせればな……とは逃げる際に思ったが、どう動かすか良く知らない。見た事も余り無い。
手で円を動かして方向を操作する位しか知らなかった。
銃声が聞こえてきた頃、部屋に入るなり死角からでかいハンマーを振り回してきた人間が居た。
間一髪避ける。ズン、と床を叩き壊したそのハンマーに少し恐怖を覚えた。
ハンマーを掴むと引っ張って来たが、膂力はこっちの方が断然上だ。奪って、この前色欲狂いがやっていたように振り下ろそうと思えば、逃げられていた。
……色欲狂いは、今、どうしているんだろうか。殺されずに連れ去られた理由なんて、余り良い事が思い浮かばないが。もう、また会える可能性なんてほぼ無いだろう。
そんな事を思いながら、ハンマーを捨てた。
追いついてから殺すと、その近くに首輪を外せる道具を見つけた。
……ちょっとだけ。今外さないとしても、ちょっとだけ試したい。
辺りには、誰も居ない。新入りも居ない。それを念入りに確認してから、トイレへ行き、鏡の前で頑丈なマスクを外して爪で丁寧にその道具を持ち直した。
窪みにその道具を差込み、慎重に回した。
……? 回らないな。逆か?
そう思って、逆に回すと、簡単に回った。本当に、首輪は何も鳴らない。
後ろのネジも、何も首輪が反応する事無く回る。
戦闘の時よりも体が緊張していた。今の自分の感情が、喜びなのか、困惑なのか、驚きなのか、何が一番強いのか分からない。
ただ、そこに恐怖も入り混じっている事は確かだった。逃げる事への不安が恐怖を感じさせていた。
今、この場で逃げへ転じるか? 新入りの爆弾を保持する所に気付かれずにこの首輪を入れる事は出来なくはないが。でも、今、自分は司令塔だ。
確実にすぐに、違和が生じてしまう。それに、ここ辺りの地理はどうだ? 逃げて隠れられそうな場所はあるか?
マスクを被り直し屋上に行き、周りを見渡してみた。
畑や荒地が広がっているだけで、身を隠せそうな場所は無かった。
…………くそ。駄目だ。
かと言って、ここで首輪を外して隠れたからと言って、見逃してくれるとも思えない。
時間が無いとは言えども、ここで逃げても待っているのは死か、それ以上の辛い結末だった。
緩んだネジもキツくは締めず、程々に締めた。爪でももしかしたら回せる程度に。
そして道具も捨てた。ばれるかもしれない物は、何も持ってはいけない。
中の掃討も終える頃には、銃声は激しくなっていた。今まで聞いた事の無いような強い銃声もあった。
多分、あれに当たったら即死だろうな。
ああ、嫌だ。でも、戦わなかったら、自分は役立たずだ。生物兵器でさえもなくなる。
逃げるまでは、生物兵器でなければいけない。
十字路の前まで身を潜めて進む。強い銃声が近くで鳴っていた。
何だろうな、あの銃声は。迂闊に顔も出せない。爆弾でも投げてみるか?
いや……銃声は近付いて来ていた。
すぐに建物の中へ散らばるように命じた。機関銃の音も聞こえている。武器を横流ししてると言っていたが、そんな強力なものばっかりを持ってるなんて。
自分も十字路の中心へ爆弾を投げられる距離の建物の中に入り、身を潜めた。人々が、各々に武器を持って後退していくのが見えた。
新入りの一体が物陰から顔を出しているのが見つかり、そこへ銃弾が叩き込まれると同時に自分がその人間達へ持っていた爆弾を全て投げた。
後は、自分達がやらずとも、追い掛けていた組織の人間達が片付けてくれた。
顔を出してた新入りは、幸いにも生きていた。多少、狙われた事に恐怖をまだ感じているようだったが、良い経験だろう。
それから、武器を奪ったりしている人間の方へ行く。使い切ってしまった爆弾を出来れば新しく貰いたい。
「何でそんなに爆弾一気に使っちゃうかな。良い武器壊れちゃったよ」
人間が、爆発の衝撃やらで壊れた武器を拾いながら、ぶつくさと文句を言って来た。
中には、銃身が曲がっていたが、凶悪な大きさをした狙撃銃とかもあった。そんなもので撃たれたらプロテクターを着けていようが死ぬ。
そろそろ逃げようと思ってるのに、そんな武器お前等に与えて溜まるものか。
「まあ、大体終わったよ。車で逃げた奴等追うのにはお前等使えないからさ、生き残ってる奴等の掃討でもしといてくれ」
そう言ってから、半分程残して、後は車で残りを追いかけて行った。
……。
いや、でもな。
掃討をしている最中に、もう一度高い建物の屋上に行って辺りを眺めてみる。
畑やらが広がっているだけ。身を隠せそうな所なんて、近くには全くない。ファルファレルロになったとしても、逃げられるか怪しいところだ。
いや、ファルファレルロになるまでの時間を考えればやっぱり無理だ。
…………くそ。
時間は無い。精々、次のミッションが首輪が外せるとばれる、確信を持たれるまでの最後のミッションだろう。
ファルファレルロにさせられなくとも、埋め込まれる可能性だってある。
次がこの時よりも逃げるのが難しいミッションかもしれない。そんな事、分からない。全く。
でも、今逃げようとしたところで、ほぼ確実に失敗するのは確かだ。
それなら、次に賭けるしかない。
ああ、嫌だな。
どうしてもっと早くに首輪が外せる事を知れなかったんだ。どうしてファルファレルロに片目達が変異する前に知れなかったんだ。
片目がマスクを外して首に齧り付き、血を飲んでいるのが見えた。
色欲狂いがいつものように、人間を犯している様は当然、見えなかった。
生き残りの人間を見つけても、自分が同じように犯そうとも思えなかった。
結局、ミッションは何事も無く終わった。
死んだ仲間は、自分達古参や中堅には居なかったが、新入りに数体居た。
一つ、その凶悪な狙撃銃で撃たれたらしき胴体が離れていた死体を見て、死ぬとも思う暇も無く死んだんだろうな、と思った。
少なくともそれは、苦しみながら死ぬよりは遥かにマシだろう。
そのようにさっさと死んだ方が良かったと思う時は、来ないで欲しい。
「お前が今までに犯した人間の数ってどの位だ? 指折りでも数えてみろよ」
最初から思い返してみるか。
1、2、3、4、5……。初めの頃は反撃されそうになる事もあったっけな。
6、7、8……。
「……今度は開いて行けよ。それなら続けられるだろ」
意外と覚えてるもんだな。
……。
……23、24。これで三度目の折り返しか。
「もういいや」
ハンターの指は4本。
気に入った部分
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キャラ
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展開
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雰囲気
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設定
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他