王道と邪道   作:ふぁるねる

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食客と従者と騎士①

 

 この会議場で目覚めるのは何度目か。

 何度目だろうとも、頭の中は混乱の渦に飲まれ、咄嗟に行動を起こすことは容易ではない。

 

 フッと、倒れそうになる身体をしっかりと両足で柔らかい絨毯を踏み締めて支え、意識の消失を食い止める。

 しかし、スバルにできる精一杯の抵抗はそれだけだった。

 弾けるような脳のスパークに眩んでしまい、たたらを踏んでしまう。

 

 数秒目を瞑ってから顔を上げると、驚いた顔の老人たちが円卓を囲っていた。

 

「ははっ、鬼畜ゲーには変わりねえか」

 

 視界の端にスバルを捉えようとする警備兵の姿が映り、白旗を振るよりも早くスバルはお縄についた。

 

 ────────────────

 

 やるべきことは理解した。

 

 目下、大きな障壁はヤコブとエルザ、つまり看守長と殺人鬼の二人である。

 

 そこに絡んでくるのが三日間のタイムリミットと、エミリアという王選候補の少女やその付き人ラム、ヴィルヘルムやフェリスも忘れてはいけない人物だ。

 

 しかし最重要人物は、クルシュで間違いないだろう。

 

 全てのループで関わりを持ち、時には突き放され、時には手を貸してもらい、その関わり方によってこの三日間は変化した。

 

 理想はクルシュの庇護下に入ることである。

 

 貴族、そして王選候補者であるクルシュの後ろ楯さえあれば、ある程度自由な行動が取れる。

 

 逆を返せば、クルシュの手を借りられずに牢屋に閉じ込められた場合はかなりまずい。

 

 王城に侵入しているという罪が確定した状態からのスタートは、なにもしなければ牢屋に直行ルートが本筋である。

 そして、牢屋に連行された場合の詰み感は尋常じゃない。

 

 新しい情報を得られたり、一段階進んだりという進歩がほぼ無かった。

 三日後の死をただ待つ。そんなループへと入ってしまう。

 

「はあ……。キツすぎるって」

「……なんだ、また独り言か」

「うっせえよ、おっさん」

 

 看守との会話で現実に引き戻される。

 そう、今回は牢屋ルートに直行してしまったのだった。

 仕方ない部分もある。

 

 前提として、王城侵入という大犯罪者スタートは難易度が高すぎる。

 そこからの挽回は死に戻り直後にある程度のアクションを起こし、クルシュの興味を引く必要がある。

 その後、クルシュの信用を得て手を貸してもらうことが最も物事が進展する展開であることは今までのループから明白だ。

 

 死に戻り直後は、全てのパターンで死のショックが尾を引いている。

 潰し殺され、刺し殺され、嬲り殺される。

 死の衝動は重ねる毎に和らぐどころか、重みを増しているかのようにスバルを襲う。

 その脳が眩むほどの瞬きの直後にループが開始し、正しい言動を求められる。何度繰り返しても難しいだろう。

 その上で懸念すべきことも多くある。

 

「ループの上限が分からねえ。重ねることによって、デメリットやペナルティの可能性もあるよな。それになにより、死にたくねえ」

 

 ぶつくさと続けるスバルに愛想を尽かしたのか、看守は無視を決め込んだ。

 

 難易度はナイトメアだが、ループを繰り返す毎に情報量を増していく。

 

 やるべきことを再度整理する。

 

 ヤコブとエルザ、看守長と殺人鬼の二人の排除。

 氷の巨獣に関しては、時刻からしてエルザとのエンカウント以降またはほぼ同時に発生するため、エルザの脅威を排除してから考えることにする。

 

 ヤコブ対策にはヴィルヘルムを当てることで事足りるだろう。

 土石流を巻き起こす魔法を目の当たりにした時や、魔女教徒になる時差にまんまと騙された時(おそらくヤコブにその自覚はないのだろうが)はどうなることかと思ったが、攻略法がわかればなんという事はない。

 

 今にして思えば、看守長(ヤコブ)はスバルのことを()()()()()()()()()()。これは実際に外に連れ出していたことから確定だろう。実際に「目的は大罪司教様の元へ送り届けること」とも言っていた。大罪司教とやらは不明事項だが……。

 しかし獄中で死んだパターンは全て、()()()()()だった。

 つまるところ、なにかしらの方法でクルシュが魔女教の襲撃を間一髪で察知し、その防衛に当たったのだろう。

 

「そうか……。戦闘が無くて連れ去られた時は、俺がクルシュにヤコブは魔女教徒だって密告して、失敗した時だった。あそこで見限られたから、多分クルシュは俺のことを気にしてなかったんだ。だから襲撃に気が付かなかった……」

 

 逆に言えば、それ以外のパターンではクルシュはスバルを気にかけ、襲撃の日にたまたま監獄まで来ていたのだろう。

 もちろんスバルではなく、その他の罪人との面会や公務での来訪などの可能性もある。

 しかし、推測の域を出ないが、クルシュがあの時点でもスバルのことを気に留めていたのだとしたら、それだけでスバルの心は救われるような気持ちになった。

 

「クルシュとの接触はこの後すぐだ。失敗はできねえな」

 

 クルシュはこの直後と魔女教襲撃時の二度、この監獄を訪問する。

 しかし一度戦闘が始まってしまうと、スバルは死ぬ運命にあると言っていいだろう。

 ならば実質的なチャンスは一度だけ。

 今までのループで集めた情報を整理し、それを駆使してクルシュの援助を得る。

 投獄されてしまった以上、それが次善の策となるだろう。

 

 この国の置かれている状況。

 王選というシステムとその候補者。

 クルシュの望むこと。

 

 パズルの様に全てを組み合わせ、未来の展望を作り上げる。

 

「いや、まじでありえねえ難易度だな」

 

 改めて考えれば考えるほど、一周目や二周目で生き延びることは無理だったと回顧する。

 

 しばらくあーでもないこーでもないとこねくり回している間に、暗い監獄の中に高い足音が響いてきた。

 

 その足音だけで、その者がどれだけの傑物であるかがすぐに分かるのは、彼女が高貴で高い矜持を持っていることを知っているからだろうか。

 

 やがて足音がスバルの牢の前で止まる。

 

 下げていた頭を上げ、こちらを見下ろす麗人と目を合わせる。

 

 何度見ても、美しい人だと素直にそう思う。

 美しく、それと同等以上に強く、正しい。

 やはり直視するにはあまりに眩しい存在だ。

 だが、スバルはその視線を動かさない。

 

「ナツキ・スバル、合っているか?」

「そうだ」

 

 簡潔にそう答える。

 尋問はある程度正直に答えたから、名前や年齢は知っているのだろう。もちろん地球生まれや死に戻りについては口にしていないが。

 

「貴様はあと数日の命だ」

「そうだろうな」

 

 三日後の死という結末は、手を変え管を変えスバルの命を握ってきた。

 単純に死刑にされたことはまだないが、魔女教の襲撃が無かろうと、氷の巨獣の発生が無かろうと、そのことに違いはないのだろう。

 

「死への怖れは無いのか?」

「あんまり無いな」

 

 嘘ではない。

 死ぬことはめちゃくちゃ怖い。

 この世のものとは思えないほどの苦痛があるし、世界からの消失感は何度感じようとも計り知れない。

 

 だがクルシュの問いに対する怖れは、「明確に無い」と言えた。

 

 だからこそ、嘘ではない。

 

 クルシュにとってのそれ()をスバルは知っていた。

 

 氷の巨獣が郊外の貧民街の辺りで突如発生し、この王都を一瞬で氷で覆い尽くした夜。

 

 あの時、スバルはクルシュと共におり、死の間際のクルシュを見た。

 

 今まで巨獣の存在やその対処法にばかり目がいっていたが、あの時のクルシュの様子はおかしかった。

 想像するに、死ぬことそれ自体ではなく、死ぬことで野望を成し遂げられないことに無念を感じていたのだろう。

 

 つまりクルシュにとっての死への恐怖と、死に戻りがあるスバルにとっての死への恐怖は、全く異質なものであると言える。

 

 だからこそスバルは、この嘘を本心で言うことができた。

 

「……死をも恐れぬ豪胆さに似合わぬ清潔な服装や体つき。奇怪だな」

「ああいや、一つだけあるぜ、無念が」

 

 スバルが目をつけたのは、クルシュの()()()()

 初めて知った時はチートだと思ったが、逆に利用しやすいものでもあると考えていた。

 

 クルシュの眉がピクリと動く。

 

「何だ。言ってみろ」

「親友の仇を取りたいんだよ。白鯨。あいつだけは俺が殺すんだ」

 

 もちろん完全な嘘である。

 クルシュはほんの一瞬、気取られない程度の困惑の表情を見せるが、すぐに冷静な顔を取り戻した。

 仕掛けた本人としてそれを見逃すほど甘くはない。

 クルシュの持つ『風見の加護』。

 政治という権謀術数が張り巡らされた戦場では、これ以上ない武器だろう。

 だからこそ頼ってしまう。()()()()()()()()

 

「貴様……。謀っているのか、それとも……」

「…………」

 

 これ以上のことは喋らない。

 脈略のない白鯨への言及。

 あからさまな嘘。

 どうあがいても読み取ってしまう加護。

 クルシュはそれを無視できない。

 

 クルシュからしてみれば、スバルは『風見の加護』の存在とクルシュ陣営が白鯨討伐の用意をしていることを知っている、ということが伝わったはずだ。

 

 否。それ以上である。

 

 その情報を直接伝えないというこの伝え方は、ある種の挑発だ。

 

(そうだ。勘繰れ……。必要以上に考えろっ……!)

 

 クルシュの頭の中まで見通していると錯覚させる。いやクルシュがここに来る、ということまで見抜いたと思わせる。

 

「まるで貴様も加護持ちかのような……。未来を見通す……」

 

 未来予知の加護。

 スバルは都合の良い解釈だとほくそ笑む。

 未来を先んじて視る、という意味ではやっていることはその通りだ。

 その代償が、死そのものであることは考えものではあるが……。

 

「どう解釈してもらってもいい。ただあんたは俺を無視できないはずだ」

 

 嘘か真かは言ってはいけない。

 それは風見の加護に判別される。

 

 しかし、スバルの中にも気づきがあった。

 

 この【死に戻り】という忌々しい能力は、加護によるものの可能性だ。

 世界からの祝福、と言うほどありがたいものではないが、この世界では実力者ほど保持しているものなのだろう。

 そう考えれば悪いものでもない気がしてくる。

 

 クルシュは美しい顔に若干の不安を滲ませながら、キュッと結んだ唇に手を当てて見るからに悩んでいた。

 

「……いいだろう。貴様の企みに乗ってやる」

 

 長考の末、クルシュはそう言った。

 

 

 ────────────ー

 

 

 いくら位の高い貴族で、かつ王選候補者だとしても、大罪人の身柄を預かるという大問題の手続きは困難を極めた。

 いや、極めるはずだった。

 

「うひょ〜、すげえご馳走だぜ!」

 

 監獄での対面からものの一時間、スバルはすでにカルステン邸で食卓を囲んでいた。

 

「クルシュ様、僕は反対です」

「フェリス。主人が決めたことです。従者ならそれを信じるまで」

「従者じゃない! 僕はクルシュ様の騎士だ!」

 

 クルシュが何かしたのだろう。

 スバルはあっという間に解放され、すぐにカルステン家へと食客として迎え入れられた。

 フェリスとヴィルヘルムともう何度目かの初対面を済ませ、こうしてご馳走にありつけているのだ。

 

 なにやら怒っているフェリスのことはお構いなしにリンガパイにがっついていると、ガン! とテーブルを叩く大きな音がした。

 顔を上げると、対面に座るフェリスが怒りの表情でスバルを睨みつけていた。

 

「だいたい君はなんなんだ。名前と年齢以外の素性が全く不明だなんて危険にも程がある!」

「名前分かってんなら名前で呼んでくれよな」

「……っ! ふざけるのも大概にしろっ!」

 

 そういえばフェリスにはずっと敵対意識を持たれていた。クルシュに近寄る者に対する警戒心だろうか。それにしては行き過ぎな気もする。毎回のことだからあまり気にしていないが。

 

「フェリス、スバル殿はもう我々と同等の立場です。何者であろうと関係無い。もし逆賊とならば、その時は斬り捨てるまで」

 

 ヴィルヘルムは鋭い眼光でフェリスとスバルを射抜く。

 以前のループではヴィルヘルムと濃い繋がりが出来た。死に戻りによって築き上げた信頼や信用が全て無かったことにされたことは寂しいものがあるが、彼に対するスバルの尊敬の念は絶えることはない。彼の言葉は重みが違う。自然と背筋が伸びてしまう。

 

「それはそうとスバル殿。クルシュ様の従者となるのであれば、食事の作法から学ぶ必要がありますな」

「うっ……。はい、すみません」

「なんでヴィル爺さんの言うことには従うんだよ……」

「そりゃお前、ヴィルヘルムさんの言うことは絶対だろ」

「初対面だろ君ら……」

 

 ヴィルヘルムはスバル史上かっこいい男ランキングで一位と良い勝負をしていると言っても過言ではない。

 それに看守長ヤコブの撃退には、彼が必須なのだ。

 

「フェリス。ヴィルヘルム。それにナツキ・スバル。仲良くしろとは言わないが、他所ではこんな言い争いはやめてくれ。この私に恥をかかせるなよ」

「……分かりました」

「はい」

「もちのろんだぜ!」

 

 主人の要望に異口同音に反応する。

 明らかに不満げな表情で時折こちらを睨むフェリス、可もなく不可もなくといった顔で食事を進めるヴィルヘルム、これまでのループで最高と言っても過言ではない御馳走に満足げに舌鼓を打つスバルという三者三様の食卓は、その後も微妙な空気感で進んでいった。

 

 しばらくして食後のお茶が汲まれた頃、クルシュがおもむろに立ち上がった。

 

「早速だが、このナツキ・スバルをこうして当家に迎えたのには理由がある」

 

 主人の声に全員が手を止め、視線を向ける。

 

「まず一つに、我々が準備している白鯨討伐について知っていた」

「なっ!」

「…………真ですかな」

 

 フェリスはともかく、ヴィルヘルムも驚きを隠そうともせず露わにする。

 それほど白鯨討伐という作戦は極秘のものだったのだろう。

 それだけにそれを知っているスバルという存在に、二人はあからさまに警戒心を向けてきた。

 

「もちろん、この計画は秘密裏に進めてきたものだ。部外者で計画の全てを知る者はラッセル・フェローのみ。ヴィルヘルムのように白鯨に恨みを持つ協力者たちも、その全容は知らない。その時が来たら集結すべし、とそう告げているだけだ」

「ラッセルって誰だ?」

「これは今後本格化する王選を有利に進めるべく行う作戦だ。他陣営に悟られ妨害に合う可能性はなるべく排除したかった。特に候補者の1人であるカララギのアナスタシア・ホーシンが懸念人物だろう」

「僕たちが白鯨討伐の末に得られるだろう票は、アナスタシア様も狙っている、ということですね?」

「そうだ。だからこそ我々が考える最悪の可能性は、このナツキ・スバルがホーシン一派の間者だった場合だ。もちろん、たとえその他の陣営だったとしても、かなりのリスクがつきまとうだろう」

「アナ……って誰だ?」

「…………クルシュ様、流石に突っ込んでも良いですか?」

「ああ、良いぞ」

「ラッセル・フェローもアナスタシア・ホーシンも知らない人間が、王選に関与しているわけないじゃないですか」

「……私も『加護』で確認した。彼は王選に関する情報のほとんどを知らないどころか、興味もないようだ」

 

 クルシュとフェリスのやりとりを聞くに、どうやらラッセルとアナスタシアという人物は、知っていて当然らしい。

 何度死のうとも、まだまだ知らないことが多い。

 しかし、この場合は知らないということが活きたようだった。

 

「間者の可能性はかなり低いと見た。つまり王選には無関係だが、我々の白鯨討伐には鋭く察知し、接触してきた人物と言える。そして私はそれが未来予知の類の加護によるものと判断した」

「み、未来予知? そんなものが?」

「本人が意識しない加護。あるいは単に未来を知るのではなく、それに近しい結果をもたらす能力だと推測する。どうだ、ナツキ・スバル?」

「当たらずとも遠からずって感じだな」

「……」

 

 加護、という特別な力はそう頻繁に発現するものではないらしい。

 通常生まれついてのもので、保持者はその存在をはっきりと自分の内に感じることができるという。

 ヴィルヘルムもフェリスも特別な力を持っているが、それは加護によるものではなく自身の性質を努力によって伸ばしていったが故の能力だ。

 スバルの『死に戻り』は死んでから発覚した代物で、発現していた実感は一切無い。地球にいた頃は死ぬことがなかったため、その頃からこの身に宿っていたかはわからないが、現実的に考えれば魔法やら加護やらが存在するこの世界に来てから発現したものと考える方が自然だろう。

 いわゆる「異世界転移特典」というやつだろうか。それにしてはそれを授けてくれる女神とか、天使的な超絶美少女が出てきても良かったんじゃないかと思ったりする。

 

「つ、つまりこの男は単純にクルシュ様の力になる為に、大罪を冒してまで接触してきた……」

「……ただの善意で動いた、ということになりますな」

「それだけではない。おそらくこの男は我々が白鯨討伐に失敗する絵を見ているに違いない。なにせ、計画していることを知っていようが成功していれば助太刀に入る必要はないはずだ」

 

 スバルにとっては、三日後に死ぬ運命を回避する為だけに利用しているだけに過ぎない。

 しかし、どうやらあらぬ方向に議論が進んでいるようだが、スバルにとっては好都合だ。

 

「なんにせよ真の狙いがあったり、実は他陣営に誑かされていて正気を失っていたりする可能性は十分にある。ゆめ、警戒を怠るな」

「本人を前にして言うかよ」

「本人の前だからこそだ」

 

「変な動きをしてみろ、即刻処分だ」とそう言わんばかりの威圧である。

 スバルとしても変なことはするつもりはない。

 しかし布石を打っておく必要はあるだろう。

 

「俺の口からも色々説明したいことはある」

 

 そう告げると三人ともこちらに向き直ってくれた。

 

「まず最初に俺の名前はナツキ・スバル。一文無しで家もない。魔法も剣術も何も使えない。裁縫なんかが得意だ」

「役立たずじゃないか」

「でもさっきクルシュが言ったようにあんた達が白鯨討伐を計画していることは知っているし、それに失敗することは知っている」

 

 フェリスの茶々入れは軽快にスルー。人の話は最後までちゃんと聞きなさいな。

 

「でもそれは白鯨に負けるからじゃない。白鯨並みか、それ以上の怪物がこれから二日後にこの王都に現れるからなんだよ」

「えっ!?」

「なに?」

「……ほう」

 

 三者三様、驚愕の反応。

 無理もないだろう。

 

「俺は奴を倒せるのは、白鯨討伐の準備をしているあんたらしかいないと思ったからこうして頼ったんだ」

「……フェリス。騎士団はこのことは?」

「すみません。詳しいことは僕には……。少なくともユリウスとラインハルトはそんなことは……」

「そうだな。すまなかった。ヴィルヘルムは?」

「寝耳に水ですな」

「ふむ……。ナツキ・スバル、詳しく聞かせろ」

 

 スバルはそれから、氷の巨獣のことを話せる範囲で話した。

 日時は三日後の日没後であること。場所は貧民街であること。王都を一瞬にして氷漬けにしてしまう能力。現状、止める方法は突き止められていないこと。

 それから、看守長がヴィルヘルムに恨みを持っていることについても話し、近日中に向かう方がいいことも伝えた。

 

「ク、クルシュ様……どうしますか?」

「俄には信じがたい話だが、どうやら信じる他ないようだ」

 

 風見の加護を通せば、スバルが言っていることは全て虚言ではないとすぐに分かったはずだ。

 

「ヴィルヘルム、早急に地下監獄へ。看守長と接触し、わだかまりを解消してこい」

「はっ」

 

 簡潔に命令し、ヴィルヘルムはさっさと部屋を後にしてしまった。

 スバルは自分が付いていかなくても大丈夫かな、とも思ったがすぐにクルシュからこちらにも命令が下された。

 

「ナツキ・スバル。貴様には二日後に現れるという氷の巨獣について、情報収集をしてもらう。ただ、一人で当家の敷地内を出ることは許さん。もちろん監視を付けさせてもらう」

 

 そうだろう。

 元々は死刑囚である。その程度の縛りは無ければ拍子抜けというものだ。

 しかしヴィルヘルムがいなくなった以上、その役割を割り振られるのは一人しかいないだろう。

 

「フェリス、頼むぞ」

「…………はい」

 

 不本意であることが充分に読み取れる態度で了承するフェリス。

 

「私は王選関係者や中央から情報を集めつつ、戦力配備を行う。もちろん公務も立て込んでいるから、大きく動くことはできない。二人の働き次第で未来はどうなるか決まる。そして此度の危機を回避した暁には、我々の陣営は王選において一歩有利にもなるだろう」

 

 その通りだろう。

 氷の巨獣を跳ね除け、王都を危機から救ったとあらば王選支持者も大きく増えるに違いない。

 スバルの話の真贋に関わらず、どちらにせよクルシュにとってはメリットが大きく、挑む理由は十分にある。

 

「しかしそれ以上に、私がこの国の王になる以上、この国の国民を守ることは私の義務であり使命である。二人の力を貸してくれ」

「僕の使命はクルシュ様の望みを叶えること。必ずや氷の巨獣討伐の糸口を見つけて参ります」

 

 そうだ。

 クルシュ・カルステンとは、こういう人間だ。

 損得勘定はもちろん大切だが、それ以上に王道を大切にする。

 王へと続く道は、まさしく王道でしかありえない。そう信じているのだろう。

 

「行くぞ、ナツキ・スバル」

「あ、ああ」

 

 無愛想なフェリスが立ち上がり、早速出発だとばかりにマントを翻して退室する。

 すぐにスバルも追いかける。

 

 あまり予想していなかったが、これからはフェリスとの行動が多くなりそうだ。

 今まではクルシュやヴィルヘルムとのやりとりが多く、フェリスとの関係は希薄だった。

 それはフェリスのスバルへの第一印象が最悪であり、スバルから避けていたことも理由の一つである。

 

 これからしばらく行動を共にする以上、互いのことをある程度知っている必要がある。

 

(ここはいっちょ、世間話でも……)

 

 長い廊下をスタスタと歩くフェリスの背中に、スバルは声を投げかける。

 

「なあ、フェリスはなんで男装してるんだ?」

 

 ダン!!!!!!!! 

 

 一瞬のうちにスバルは胸ぐらを掴まれ、廊下の壁に押し付けられていた。

 グッと喉が詰まり、息ができない。

 それを仕掛けた相手がフェリスであると分かったのは、見たこともないほどの怒りの表情を湛えた彼女の顔が目と鼻の先にあったからだった。

 

「口を慎めよ、ゴミ」

 

 ベラベラと要らぬことを話してしまう方向でコミュニケーション音痴な自覚のあるスバルは、どうやらその気質を発揮して、第一声を間違えたらしい。

 

 即席バディは最悪なスタートを切ったのだった。


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