王道と邪道   作:ふぁるねる

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監獄生活

 数時間が経った。

 

 何度目かの牢獄は、今までで最も暗く感じる。

 石壁は触ると氷かと思うほど冷たく、そのまま体が凍えてしまうようだ。

 

 硬すぎる寝台に横になって目を閉じてみても、睡魔は一向にやってこない。目つきの悪さに隈も合わさって、鏡を見れば極悪人に見えるはずだ。こんな牢獄に放り込まれるには、ぴったりの人相に違いない。

 

 カツカツと監獄内を歩く看守の足音が聞こえる度に、スバルは身を小さくする。手足を縮こめて、背中を丸める。看守長の言っていた拷問が、今日か明日か。

 願わくは、今日でないことを期待したい。

 

「良かったですね。あなたの拷問は二日後です」

 

 スバルが背を向ける柵から、看守長が声をかける。

 

「王選が始まる関係で。王都の民衆も少し敏感になっているようでふ。少しばかり入所の手続き等が立て込んでましてね」

「…………ふん」

 

 看守長の言葉に、胸中でガッツポーズを掲げる。

 理由など知ったことではないが、拷問が二日後に延びるのなら僥倖としか言いようがない。

 なにせ二日後には、看守長による監獄襲撃が起きる。

 ……そのはずだ。

 

 看守長が魔女教徒ではなく、クルシュと共にスバルのことを嵌めたという事実はあまりに受け入れがたいが、監獄襲撃は過去二回実行されている。今回も起きると考える。

 どちらにせよ、二日後までにこの牢獄から脱出せねばならないという条件は変わらないのだ。

 

「…………それでは。脱獄などは考えない方が良いですよ」

 

 無言を貫く。

 口を開くくらいなら、頭を回せ。

 与えられた材料と状況から、脱獄の糸口を見出す。

 不可能では無いはずだ。

 

 絶対に、脱獄するための道は残されているはずなのだ。

 

 

 ーーー

 

 

 スバルは頭を抱えていた。

 あれから一日が過ぎ去ったが、スバルの目の前には依然、堅牢な鉄柵が外界への道を阻んでいた。

 

 この間、脱獄の作戦を頭をこねくり回していくつも思い浮かべたが、どれも実現不可能なものだった。

 

 マシなものでも、突然魔法の才能に目覚めるだとか、そんな一縷の希望もない神頼みの作戦だ。

 

「どうするどうするどうする……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、硬くなっている黒パンをぬるいスープに浸して柔らかくして口に放り込む。

 ここの食事も慣れてきた。

 味に違いがないのが欠点だが、味があるだけマシというものだ。囚人としての振る舞いが板についてきたと思うと、なかなか複雑な気分ではある。

 

「おい、どうした兄ちゃん」

「せっかく声掛けてくれるおっさんだってのに、お前は罠だって知ってんだよ! ちくしょう!」

 

 頭を抱えてあーだこーだ言うスバルに、ニヤニヤとした笑みを浮かべて声を掛けてきたのは、向かいに収容されているおっさんだ。

 

 実はこのおっさん、前回のループでのスバルの死を招いた元凶だと言える。

 脱獄を考えるスバルに良い作戦があると持ちかけたおっさんだったが、それはスバルを脱獄犯に仕立て上げる作戦だったことが判明し、気絶させられている間に監獄の襲撃は起こっていた。

 このおっさんの策に乗らなければ、スバルは襲撃を阻止できたかもしれない。

 故に、このおっさんの言うことに耳を貸す必要は無いのだ。

 ……というより、ここの看守とおっさんは癒着していたのだろうか。由々しき事態だ。上手いことこの危機を切り抜けられたら、摘発してやろう。散々冤罪で投獄した仕返しだ。

 

「おー、怖い怖い」

 

 スバルをただの頭のおかしい犯罪者と思ったのか、おっさんはそれだけ言ってすぐにスバルに興味を示さなくなったようだ。邪魔者が減って、かえって嬉しい。

 

「だー、わっかんねえ」

 

 スープをがばっと飲み干す。

 器の奥の方に引っかかっているふやけた野菜をかき出し、残さず食べきる。このあたりは、両親にしっかり躾けられた証拠であり、日本人の美点だと思う。

 

「んなこたぁどうでも良いんだ」

 

 どうせ残り十数時間の命だ。

 明朝にはスバルの命は無いものとするなら、今さら行儀の良さなど気にしている場合では無い。

 

「あーーーーーーーーーーーー」

 

 頭を空っぽにするべく、声を出し続けてみる。

 暫くすると看守や他の囚人に「うるさいぞ!」と石を投げつけられた。そりゃそうだ。スバルが同じ立場でも石を投げる。

 

 

 ーーーー

 

 気がつけば翌朝だ。

 頭を空っぽにしたら、本当に空っぽになってしまっていたようだ。

 ゴツゴツした簡易ベッドで目覚めたスバルは、昨晩から何も状況が変わっていないことに気が付く。

 

「おい、起きてるのか」

 

 看守による点呼が行われるが、それも実にいい加減なものだ。

 まともに仕事をしているのかと思ってしまうが、警備はザルではない。

 どうやら深夜に脱獄を図った囚人がいたらしく、奥の拷問室に連れてかれていったようだ。

 遠くから微かに聞こえる悲鳴が耳の奥に残る。

 

「なんだかなぁ」

 

 もう、どうでもいいんじゃないかと思い始めた。

 

 どうやったって、この絶望的な状況から抜け出せる気がしない。

 投獄されているという事実は変わらないが、クルシュにも見放されているし、プラスの要素が既にない。

 頑張っても死ぬのがオチだ。

 だとしたら、このまま死を待つ方が賢明な気がする。

 

「いや、死ぬのは嫌なんだけど」

 

 死ぬのは痛いし、怖い。

 

 それに、次、また死に戻りできるとは限らない。

 もしまた死んだら、あの場に戻れる保証はない。

 

「でもそれが良いことなのかもしれない」

 

 幾度となく死のループを繰り返すのなら、いっそそのまま死に戻りせずに死にたい。

 そっちの方が救いがあるってものだ。

 スバルはすでに、死よりも永遠に続く死に戻りのループに恐怖を感じるようになっていた。

 

「拷問は嫌だし、自殺も嫌だ」

 

 まだ痛いことを知覚できる内は、自決に踏み切れない。

 ならばさっさと魔女教徒に攫われそうになって、土石流に巻き込まれて死にたい。

 

「あれも大概だけどな」

 

 石の塊が顔面やら身体に絶え間なく叩きつけられる衝撃は、筆舌に尽くしがたい。

 意外とあっさりと死ねることは利点だろう。

 

 待とう。

 魔女教徒がこの監獄に攻め入るまで、時が過ぎるのを待つ。

 脱獄などできやしない。

 淡い期待を抱くくらいならば、死を選ぶ。

 ナツキ・スバルはすでにその領域に踏み込んでいた。

 

 

 ーーー

 

 

「こんにちは」

 

 その声に目を覚ます。

 起き上がってみると、柵の向こうに看守長が立っていた。

 手を後ろで組み、にんまりと笑っている。

 

 どうやらスバルは二度寝をしていたらしい。

 腹の具合から、すでに昼は過ぎ去り、夕方に入ろうとしている頃合いか。

 

「拷問のお時間です。お待たせしましたね」

 

 牢屋の鍵を取り出すと、ガチャリと錠を開ける。

 何度も開けようと試みた鉄柵が簡単に開けられ、なんとも言えない気持ちになるが、これから待ち受けるのは想像もつかない拷問だ。

 魔女教徒だとされているスバルは、どのような拷問にかけられるのだろうか。

 恐怖で身が震えてくるが、直に本物の魔女教徒が攻め入るはずだ。拷問にかけられる前に中断されることを願うばかりである。

 

「…………」

 

 無言で牢を潜り抜ける。

 何かを喋る気力も無いし、こいつと喋る気にもならない。

 

「ついてきてください」

 

 看守長の後ろにつき、手錠で繋がれたまま監獄を歩く。

 左右にある独房から好奇の目で見られるが、あまり気にならない。

 

「…………?」

 

 足元ばかり見つめて歩いていたからか、そのことに気づくのが遅れた。

 何かおかしい。

 そうだ。

 拷問室は監獄の最奥にあるはず。

 だというのに看守長はなぜ、()()()()()()()()()()()()()

 

「お、おい」

「…………」

 

 看守長は無言を貫く。

 先ほどまでのスバルのように口を閉ざし、全ての言葉に取り合わない。

 

 これからスバルは拷問されるはずだ。

 拷問室以外で拷問を行うということだろうか。

 

 なぜだ。

 わからない。

 まず、スバル自身に王都に関する基礎的な知識がなさすぎる。

 だから、監獄最奥にある拷問室以外に拷問を行う場所があるのか、魔女教徒用の拷問があるのかなど、細かいことは当然のようにわからない。

 

 

 やがて、監獄の入り口に近づく。

 見えてくるのは重厚な門と事務所、そして看守長室だ。クルシュと看守長に嵌められてからまる二日ぶりの看守長室だ。

 

 看守長は看守長室の前まで来ると、腰にぶら下げた鍵で扉を開ける。

 

「入ってください」

「……は?」

 

 手招きをされる。

 意味がわからない。

 こいつは何を言っている?

 

「早く」

「…………」

 

 そもそもこちらは手錠をされて、手綱を引かれている身。

 口答えなどする余裕もなく、看守長室に引き入れられる。

 

 一体、この場で何をされるというのか。

 奴は拷問だと言った。

 ならばもっとそれに適した部屋で行うべきだろう。

 

 この看守長室には事務机と硬そうなソファがあるだけで、他には何も無い。

 

「お待たせしました」

「……何がだよ。お前は何がしたいんだ。拷問じゃないのか? もしかして釈放してくれるのか?」

「落ち着いてください。同志よ」

「は? 同志?」

 

「ええ。魔女の寵愛を受けし、魔女教徒。ともに愛に報いましょうぞ」

 

 看守長は何食わぬ顔でそう言うのだった。


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