美穂子姉さんはぽんこつ?   作:小早川 桂

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美穂姉は欲しいものがある

 ソファに寝転がり、たまっていた漫画の消費にいそしむ日曜の昼下がり。

 

 辛抱たまらず俺はチラリと様子がおかしい姉の様子をうかがう。

 

 いや、変なのはある意味でいつも通りなんだけど……。

 

「……なにか探し物?」

 

「う、ううん、なんでもないの。なんでもないのよ?」

 

「そう……なら、いいんだけど」

 

 もちろん、嘘に決まっている。

 

 何も用事がない人は10分もソワソワと俺の周りをウロチョロしない。

 

 正直言って気が散るのでやめてほしいんだけど、ここ数日の奇妙な行動の理由がわかるならと放置することに決めた。

 

 美穂姉は倹約家だ。

 

 出かける際にコンビニでわざわざ飲み物を買ったりしない。

 

 彼女は自宅で市販の商品より美味しいものを淹れることができるから。

 

 だというのに、最近俺の寄り道についてきては全く同じ商品を買うのだ。

 

 そして、同じ場所で、同じタイミングで飲み、偶然のように近くに置く。

 

 それこそ俺が間違えて美穂姉の方を飲んでしまうかもしれない場所に。

 

 ……いや、わかってるんだ。

 

 姉さんのいつもの不器用でまっすぐなスキンシップなんだろうなって。

 

 普段の方がもっと過激なのにどうして恥ずかしがっているんだろう。

 

 だいたい姉弟なんだから飲み回しくらいしても普通だ。

 

 意識しなければいい話だし……ここは乗るとするか。

 

 俺はわざと姉さんが飲んでいた缶を手に取り、ぐいっと傾けた。

 

「っ!」

 

 わかりやすい反応に笑いそうになるのを堪えて、俺は立ち上がる。

 

「部屋に戻って続き読んでくるから、お昼ご飯できたら呼んで」

 

 そう言って俺はリビングを出て──すぐに少しだけ開けたドアから覗き込む。

 

「…………」

 

 キョロキョロと誰もいないのに周りを見回す姉さん。

 

 父さんと母さんは今日も仲良く買い物に出かけている。

 

 行動に移すなら今しかないはず! 

 

 美穂姉は立ち上がると、キッチンへ向かい……手に何か持ってる。

 

 あれはジップロック……って、缶を入れた!? 

 

「ふふっ。これで京太郎成分がいつでも補充できるわ」

 

「……なーにしてんだよ、変態姉」

 

「きゃっ」

 

 ポンと本で頭を叩く。

 

 今までも衣服を勝手に持っていったりはしていたが、このパターンは初めてで対応に困る。

 

「とにかく、その手に持ったそれ捨てるから貸して」

 

「だ、ダメよ! これは必要なものなの」

 

「わかったよ。代わりに違うものあげるからさ」

 

「京太郎の生暖かい目が辛い! うぅ……わかったわ。でも、私は真面目なのよ? 一度話を聞いてくれないかしら?」

 

 今回の姉さんは偉く強情だ。

 

 あの姉さんがここまでワガママ言うのも珍しい。

 

 これは本当にこの変態行為に真剣な理由があるのかもしれない。

 

「……じゃあ、話してくれる?」

 

「え、ええ! もちろんよ!」

 

 俺たちはソファに腰を下ろして、向き直る。

 

 美穂姉は麻雀を打つ時のように真剣な顔をしていた。

 

「夏の県予選。私にとっては風越での最後の試合だったわ」

 

「そうだね。美穂姉は全力を出し切っていたと思うよ」

 

「それはもちろん私も自信をもって言える。あの時、できることはやった。だけど、最近になってどうしても考えてしまうの」

 

「……うん」

 

「もっと身近に京太郎成分があったならいい結果を残せたんじゃないかって」

 

「うん……ん?」

 

「だから、お姉ちゃんは考えました。京太郎成分が濃いものは何かって。これはその一つよ」

 

 美穂姉は恍惚とした表情でさきほど仕舞った空き缶を取り出す。

 

「この缶に飲み物を入れれば対局中でも京太郎と間接キスできる。京太郎を感じられる。ね? 素敵なアイデアでしょ」

 

「……一度洗ったら間接キスにはならないんじゃないの?」

 

「京太郎が口づけしたというのがポイントなのよ」

 

「そっか。でも、没収ね」

 

「ああっ!? 私の宝物が!?」

 

 美穂姉から空き缶を奪って、そのまま握りつぶす。

 

 悪いけどそんな行為を許すわけにはいかない。

 

 この姉は絶対に自慢する。

 

 そうなれば周囲に姉さんの異常なブラコンっぷりがバレて、きっとひどい事態に陥るだろう。

 

 というか、俺が引いている。

 

 まさかこんなしょうもないことのためだったとは……。

 

「ほら、泣き止んで。これは俺でもドン引き案件だから」

 

「うぅ……でも、でも……私も対局中に京太郎と一緒に居たかったんだもの……」

 

「仕方ないだろ? 俺は清澄。姉さんは風越なんだから」

 

「わかってるわ。わかってるけどうらやましかったの。休憩中に京太郎とお話しできる片岡さんが……」

 

「……あー」

 

 確かに俺は県予選の対局中に優希にタコスを届けた。

 

 あの時、やたらと美穂姉から視線を感じていたが、ようはやきもちを焼いていたのか。

 

 それならそういえばいいのに……。

 

「……他のならいいよ」

 

「えっ……?」

 

「こんな缶みたいな過激なものはダメだけど、他にできることなら協力するから。何すればいいか教えてよ」

 

「きょ、京太郎~!」

 

 美穂姉は感極まった様子で抱き着いてくる。

 

 何を要求されるかわからないけど……まぁ、できる限りはしてあげよう。

 

 姉のわがままを叶えるのも弟の役目だからな。

 

 

 

 

 

 これから数年後。風越のキャプテンは男子の学ランを着る伝統ができることを二人はまだ知るよしもない。

 




リハビリ中。なかなか雰囲気思い出せない~

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