Idol meets cars   作:卯月ゆう

9 / 40
あけましておめでとうございます
新春は富士を舞台に仁奈ちゃんです


ep8

 #1 Idol meets car 〜市原仁奈の場合〜

 

 やっぱり小さい子はいい。

 決して犯罪的な意味ではないぞ? ただ、その無邪気な笑顔と無尽蔵の元気は周りにもやる気と元気を振りまいている。特にPaの小学生組。元気すぎるだろ! ときには休みなさい、ちひろさんが死んじゃう。

 そんなわけで、今日は珍しく、というより色々とアウトな気がするが、美世の冠番組、『美世のDrive Week』で、親子で楽しめるドライブスポット特集と言うことで仁奈を連れてきている。

 今日はチャイルドシートを付ける都合もあって美世も乗せて社用車プリウスで東名を爆走…… ではなく、ちゃんと法定速度で走っている。

 

 

「見てくだせー、富士山が見えるですよ!」

「ホントだ。すごいきれいに見えるね」

「そろそろ御殿場だ。そしたらまずはアウトレットだな」

「あうとれっと? プロデューサー、それはなんでやがりますか?」

「んー、大きなショッピングモール。ま、お店がいっぱいあるとこだ」

 

 ついたら何故か俺が"お父さん"しなければならない。俺が!

 数回を放送したこの番組だが、ネットの反応を見ると、やれ「プロデューサーそこ代われ」とか「美女に囲まれて仕事とか裏山」なんてコメントが過半数。俺に殺害予告なんて事はなく、ごく一部が「プロデューサーと○○ちゃんはデキてる」なんてものだった。いくら否定的なコメントが少なかったからって調子に乗りすぎだろ。

 あと、川島瑞樹ファンの皆さん、彼女の婚期を心配するのはわかりますが、俺を推さないでください。ネットで外堀埋めないでください。

 

 

「うぃんどうしょっぴんぐ、するですよ! 美世おねーさんも!」

「そうだね、いっぱいお買い物しようね!」

 

 予め立ち寄る店は決まっているが、それ以外でもまぁ、その場で交渉、だめならカメラ回さずに……

 ETCレーンをスルリと通り抜けて下道を数分。立体駐車場の最上階をお借りして今回のスタート地点としている。

 車を止めると仁奈と美世はさっさと降りてスタッフに挨拶に行ったようだ。俺もカバンを持って降りると、ドアハンドルについているボタンを押した。

 

 

「おはようごぜーます! 今日はよろしくお願いします!」

「仁奈ちゃん! 朝から元気がいいね!」

 

 ほれ、飴ちゃん。とスタッフさんから飴玉をもらって喜ぶ仁奈。癒しかよ。

 美世も呼んで今日の打ち合わせに入る。お昼過ぎまでアウトレットをぶらぶらして、昼食を取ったら河口湖まで北上し、オルゴールを見てから宿へ。温泉、飯、寝る。最高かよ。これで仕事とか信じられねぇ。

 

 

「今日はプロデューサーと美世おねーさんが仁奈のパパとママでいやがりますね! たくさん遊んでみんなにお土産持って帰るですよ!」

「そうだな (パパかぁ、俺もそんな歳って事かなぁ……)」

「そうだね。お土産買って帰ろうね (ママってことは日比谷プロデューサーと! いやいや、落ち着くのよ、美世!)」

「美世おねーさん、大丈夫でごぜーますか?」

「大丈夫大丈夫! なんでもないから!」

「美世、仁奈、行くぞー」

 

 さて、平日なのにそれなりに人がいるが、まぁ、休日の大混雑をさらに混雑させるよりマシだ。

 仁奈の提案で、仁奈の手を俺と美世がそれぞれ繋いで、広いモールを歩く。後ろからカメラがついてこなければ本当に親子っぽく見えるかも。いや、そりゃねえか。まだ俺も美世も20代だ。

 

 

「美世おねーさん、まずは何を買うですか?」

「まずはこれから寒くなるし、秋冬物の服からね。プロデューサーも私も仁奈ちゃんも、みんな満足なお店があるそうなので!」

「俺もかよ……」

「そうですよ、日比谷プロデューサーは私服のセンスが良くも悪くも普通すぎます! ね、仁奈ちゃん」

「今日の服でもわるくねーですよ、プロデューサー」

 

 仁奈の励ましが心に染みる。

 俺の私服なんてジーンズかチノパンにテキトーなシャツと寒ければジャケット。靴はレーシングシューズもどきのスニーカーだ。ちなみに今日もそれ。スーツは流石に雰囲気台無しとのことだ。

 

 

「なんか、こう、大人の男っぽく! ですね」

「プロデューサーはスーツが一番似合うとおもうですよ。ね、プロデューサー」

「まぁ、毎日着てるしな」

「もう、そうやって甘やかすから駄目になっちゃうんです。さて、ここです!」

 

 いかにも、なウィンドウに並ぶマネキンと小道具を横目に店内へ。派手さは無いが、シンプルなアイテムが並んでいる。本当に老若男女誰が着ても無難に似合いそうだ。

 

 

「プロデューサー、内心『普通だな』とか思ったでしょ? それを何とかするのがこの私なのです!」

「おおー! 美世おねーさんかっこいいです!」

 

 正直、美世のセンスもあまり期待していないと言うか…… あんまり女の子なイメージ無いんだよなぁ。

 夏場に迎えに行ったらツナギの袖を腰で結んで、上はTシャツとかいう女子力皆無なカッコで迎えられて驚いたわ。

 だが、そんな俺の心配は見事に裏切られた。なにこれ、めっちゃカッケえ。ホントに俺かよ。

 

 

「日比谷さんはスタイルは悪くないので、無難にニットのインナーと、ダークカラーのスキニーパンツ、それから足元も黒目にまとめました!」

「プロデューサーカッコイイですよ!」

「ははっ、マジかぁ」

「それで、アウターは同じくダークカラーのPコート。これで少しかっちりですけど、違和感もありませんし、バッチリです」

 

 今まではレギュラーフィットのジーンズばっかりだったから、足を意識することは無かったが、ラインが見えるってのは意外と悪くない。ってか、俺の足こんな細かったかな…… 学生時代は足太くて嫌だったんだけど。

 

 

「次は仁奈ちゃんと私の番ですね。行きますよ、仁奈ちゃん」

「はい! おねーさんとお買い物楽しみです!」

 

 キャッキャと二人並んで服を選ぶ姿は若妻とその子…… いやいや、そんな穿った味方をしたら色々とまずい。気を紛らわすために俺の着ている服から取られたプライスタグに目を移すと、うん、まぁ、決して高くないけど、安くもないような金額が並んでいた。俺の場合、アウターまで一式揃えて4万ちょい。コートはやっぱり高いね。

 いつの間にか服を選んで着替えていた2人が試着室から出てくると、スタッフの歓声があがった。

 

 

「どうですか? 普段こういう服は着ないので恥ずかしいですけど」

「美世おねーさん可愛いですよ! プロデューサーもそう思いやがるですよね!」

「そうだな、美世似合ってるぞ。もちろん、仁奈も良いの選んでもらったな」

 

 美世は黒い縦リブのニットにボルドーのパンツ、それにグレーのロングコート? あまり詳しくないからわからんが、それでも靴はヒールの高さがない物を選ぶあたりは企画の趣旨がわかっているのか、ヒールで車に乗りたくないのか…… 両方だな。

 仁奈はいつものキグルミじゃなく、白黒ボーダーシャツにデニムパンツ(ジーンズって一概に言わない、って今初めて知った)にカラフルなダウンジャケット、そこにキャスケットでキグルミからの物足りなさを埋めつつ、活発な印象だ。3人合わせて13万ですって、奥さん。

 もちろん、衣装提供を受けているのでこのまま着ていく。仁奈もゴキゲンだ。

 

 

「次はどのお店でやがりますか?」

「服を選んだら、次はおもちゃを買いに行こう!」

「やった!」

 

 飛び跳ねる仁奈を追いかける美世、2人を眺めながら『ああ、この仕事やってて良かった』と思う反面『ああ、同級生とかはもうこの景色を普段から見てるやつもいるんだろうな』と悲しくもなる。

 目当ての店の前でブンブン手を振り回して俺を大声で俺を呼ぶ仁奈に苦笑いしながら、店に入った。

 さて、いい加減にクドいので車の話をしよう。だが、ここはレ○ブロック。恐らく、過半数の人が一度は遊んだ経験があるであろう、ブロックおもちゃの帝王の直販店。○ゴブロックは今までもスクーデリア·フェラーリやポルシェレーシングなど、車関連のコラボ商品が充実してるのを知っている諸兄も多いだろう。

 俺が車好きとして勧める一品、それは部品点数が多すぎて禿げそうなポルシェ911だ。詳しくは各々ググってもらうとして、とにかくマニアも唸る出来である事は保証しよう。

 

 

「買うべきか買わざるべきか……」

「プロデューサーもレゴほしいですか?」

「ああ、ちょっとな」

「ちょっと、にしては悩みまくりじゃねーですか」

「その通りでこざいます」

 

 ズバッ、ともの言う仁奈に心へのダメージを負いつつ、手が伸びる。そして、それをレジに持っていこうとした時、一緒に仁奈も、おい、美世、同じモン買わせようとすんな、3万すんだそ!

 

 

「えへへ、プロデューサーありがとーごぜーます!」

「ありがとうございます、日比谷プロデューサー」

「いや、いいんだ」

 

 結局2人のも俺が自腹で購入し、まさかまさかの大出費となってしまったが、仁奈の笑顔はプライスレス。美世、お前には暫く雑誌を貸さん。

 なんやかんやで昼食を済ませて駐車場に戻れば今日の車とご対面だ。シルバーのボディに輝く六連星。

 今日の車はスバル レヴォーグだ。

 

 

「おー! カッコイイ車でごぜーます!」

「意外と小さいんだな」

「でも、数値だけ見るとレガシィとあんまり変わらないんですよ?」

 

 そして、改めて駐車場での収録が始まった。

 

 

「改めまして、原田美世です」

「市原仁奈でごぜーます!」

「プロデューサーの日比谷です」

「車番組なのに買い物してご飯食べてたらもうお昼過ぎですよ、プロデューサー」

「プロデューサーなのにここに立ってる俺の身にもなってくれ」

「プロデューサーは仁奈のパパは嫌でごぜーますか?」

 

 上目遣いでそんなこと聞くのは卑怯だ!

 

 

「んなわけないだろ、ちゃんと遊んで、ちゃんと仕事して、みんなにお土産持って帰ろうな」

「はい!」

「プロデューサーが仁奈ちゃんファンの嫉妬を一手に引き受けたところで、やっと車ですよ。ショッピングもいいですけど、車番組ですからね! プロデューサー、車の紹介、どうぞ!」

「はぁ? んんっ、今日の車はスバル レヴォーグ 2.0GT-S アイサイト、です」

「はい、一息でありがとうございます。ですが、まずはこの一杯買った服とおもちゃ、それから持ってきた荷物を積みましょう」

 

  リアゲートを開けて、片っ端から買った服やら着替えのトランクやらボストンやらを突っ込んでもまだ荷室には空きがあった。さすがワゴン、トランク容量が違いますよ。

 

 

「まだまだ詰めるですよ!」

「荷物の上に仁奈ちゃんが乗っても余裕ですね。でも、まだ準備は終わりません。意外と知ってるようで知らないISOFIXジュニアシートを取り付けてから、ですよ」

「と言っても、取り付けは簡単で、リアシートのアンカーに、ジュニアシートの腕を噛ませるだけなんですけどね。そしたら、背もたれの裏にあるテザーアンカーに、ジュニアシートの背もたれを繋いで、設置完了」

 

 ジュニアシートも6歳までとは言われているが、年齢ではなく、身長を目安に装着を決めるべきで、目安は135〜140cmと言われている。

 仁奈は9歳だが、128cmとまだ足りないのでジュニアシートは必要だろう。

 

 

「よっし、乗れ!」

「うぉぉぉ! 茜おねーさんの気持ちになるですよ!」

「あはは、元気だねぇ」

「んじゃ、運転は俺」

「あ! プロデューサーズルいです!」

 

 ぴょん、と飛び乗ってシートベルトを締めると足をパタパタさせる仁奈。癒し。対していかにも不満です、と頬を膨らませてから仁奈の隣に座る美世。あとで代わってやるから我慢しとけ。

 

 

「シートベルト締めたか?」

「はい!」

「おやつは?」

「監督のおじさんからもらったのがあるですよ!」

「お礼は言った?」

「もちろん!」

「元気は?」

「まだまだ行けるですよ!」

「茜ちゃんの気持ちになったもんね」

「そーでごぜーます!」

 

 賑やかなドライブが幕を上げる。

 御殿場市内は交通量もそこそこあるが、いいペースで流れている。ならば、あまり推奨はされないがアイサイトを試してみよう。

 全車速追従クルーズコントロールで右足フリーの(ちゃんとアクセルにおいておく必要はある)ほぼ自動運転ができるのだ。

 

 

「美世、ちょっと見てろ」

「なんですか?」

 

 信号待ちの間に運転席の後ろに座る美世が首を伸ばすと、ステアリングスイッチをポチポチして、車速を40km/hにセット。そして信号が青に変わって、前の車が動くと警告音が鳴ったので、親指でスイッチを入れると、車は静かに動き出した。

 

 

「おお、すごいですね! アクセル踏んでないんでしょ?」

「こりゃ楽だなぁ。警報がうるさいけど」

「ぶつからない車でやがりますか?」

「ぶつからないだけじゃないぞ。まぁ、仁奈にはちょっと難しいかもな」

 

 美世が頑張って仁奈に説明を試みたが、残念ながら仁奈は「車は難しいでやがります」と首を傾げるだけだった。

 その一方で、俺はアイサイトのほぼ自動運転に舌を巻いていた。前の車がブレーキを踏むと、こちらもブレーキを踏み、走り出せ走り出せこちらも走り出す。まぁ、進む意志を示す操作が必要になるが。

 その一方で、やはり"ほぼ"自動運転と言ったのは、前の車が居なくなってフリーになったときの挙動だ。確かに、40km/hまで加速し、速度を維持するが、信号待ちは勝手にやってくれない。あくまでも運転補助システムなので、当然といえば当然だが、ブレーキランプを認識できて赤信号を認識できないとは思えない。

 自動運転への布石だと受け止めるべきだろうが、どうも中途半端感だと俺は感じてしまう。

 

 

「少しペース上げるぞ」

 

 市街地から開放され、山中湖方面へと向かう道。東富士五湖道路の料金所には入らずにワインディングだ。

 3名+荷物の重さがあっても2リッターフラット4は有り余るパワーを見せつける。それに加えて4駆の安心感。ワゴンタイプとは思えないボディ剛性も相まって、『お父さんちょっと頑張っちゃうぞー』くらいじゃ全く破綻する気配が見られない。

 ネットじゃWRXに匹敵、なんて文字も見たことがあるし、サーキットに持ち込んで初めて限界が見えるのかもしれない。海外じゃレースカーに魔改造されてるしな。

 

 

「プロデューサーの運転はやっぱり安心でやがります」

「そうだねー。なんだか眠くなってちゃった」

「寝るなよ? 仕事なんだから」

「ね、寝ませんよ!」

 

 それから山中湖畔を走り、ちょっと休憩がてら遊ばせてから河口湖に向かう。

 運転は美世に代わり、俺は後ろで仁奈とLMBGの話をしていた。

 

 

「だから、またみんなで一緒にお仕事してーです」

「全員揃えるとなるとなぁ…… だけど、やっぱりその方がやる気も出るよな?」

「みんな忙しいのはわかってるでごぜーますよ、だけど、次はみんなでライブに出よう、って約束したです」

「なら、俺も頑張らないとな」

「私もユニットでライブとかやりたいですぅ」

「お前とライブで絡む面々はなぁ……」

 

 ライブ映えする面々はメジャーユニットがあったりするし、個性が正反対だったりするのが溶け合ったユニットになるとライブではその魅力が出しにくい。

 そうなると……

 

 

「あいさん、かな……」

「おおっ! ライブドライブ再結成!」

「あいおねーさんもすげー車乗ってやがるですね」

「よく知ってるな。確か古いBMWの……」

「3.0CSですよ。真っ赤で、すごく状態もいいんです」

「なら、次のゲストは決まりだな」

「あいおねーさんはリコーダーが上手でやがりますよ」

「そうなのか。サックス吹けるとは聞いてたけど、やっぱり音楽はセンスなのかなぁ」

 

 あいさん、と年下だけど、どこかさん付けで呼びたくなるようなタイプ。他に言うなら奏だろうか? とにかくイケメンタイプの女性だ。頭もキレるし、車選びのセンスも良い。これは是非一度呼びたいところだ。

 LMBGの面々がリコーダーを教えてもらった、と嬉々として話す仁奈に相槌を打っていればそろそろ目的地だ。

 

 

「さて、次にやってきたのはオルゴールの森。まるでヨーロッパみたいですけど、ここ美術館なんですよね?」

「すげーきれーでやがります!」

「見ての通り、まるでテーマパークだが、世界中のオルゴールや自動演奏楽器を集めた美術館だ。だが、目当てはオルゴールもそうだが、パウンドケーキが美味いらしい」

「パウンドケーキ」

「ぱうんどけーき!」

 

 見事に一本釣り。とりあえず中を見て程よくお腹を好かせたところにスイーツだろう。

 本当にヨーロッパの街並みだが、その中から定番ルートと言われる有名所をピックアップして見ていく。自動演奏ピアノに始まり、ダンスホールまるごと楽器だなんて言われたときには驚いた。どういう仕掛けになっているのだろうか?

 

 

「さて、少し歩いて敷地内のカフェにやってきました。ということは……」

「パウンドケーキでやがります!」

 

 俺達の前には既に紅茶が出され、いい香りを立てているが、やはり合わせるお菓子が必要だろう。

 仁奈の声が聞こえたか聞こえなかったか、タイミングよく出てきたパウンドケーキ。

 ブルーベリージャムがたっぷりと載っているほか、中にも練り込まれているようで、甘酸っぱい香りも合わせて漂う。

 

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 真っ先に飛びついた仁奈が一口食べると、「うめー!」と全力で喜んでいる。

 仁奈に続いて美世も一口食べると、だらしのない笑みを浮かべてから、紅茶を啜った。

 

 

「はぁ…… 幸せぇ」

「顔、顔」

「はっ! んんっ! ケーキの甘さと紅茶の渋みがいい感じに混ざって……」

「まぁ、美世の食レポは期待してないから。美味しかったか、仁奈?」

「パウンドケーキと紅茶を一緒に食べるとうめーですよ。あんまり甘くなくて大人の味でやがります」

 

 ほっぺにジャムをつけた仁奈が言えば、「将来化けるな」と思うと同時に微笑ましく思ってニヤニヤしてしまう。撮影スタッフも頬が緩んでるから、思うところは皆同じらしい。やっぱり癒やしだろ。

 

 

「仁奈ちゃん、ほっぺにジャムついてるから」

 

 美世がジャムを拭うと、仁奈もお礼を言う。その時の笑顔もまた、屈託無く、大人の汚れた心に突き刺さるのだ。

 スタッフ一同もおやつタイムを済ませると、撮影の舞台は再び道路に移る。そろそろ日が暮れるが、河口湖まで行って、日の入りを見てから宿に向かってもいいだろう。

 

 

「ちょっと遠回りしていこうか」

「遠回りですか?」

「ああ。目的地は無いが、まぁ、楽しみにしてな」

 

 スタッフには信号でメールしておくと、即座にOKが出たので河口湖の湖岸に沿って車を走らせた。

 駐車場に車を止めると、スタッフがすぐさまカメラを立てて、そのタイミングを待つ。

 

 

「よし、降りろ」

「え? なんですか?」

「美世おねーさん、みてくだせー!」

 

 夕日でオレンジに照らされる富士山。雪は無いが、その分赤めに輝くのもそれはそれでいいだろう。

 日本人とはいえ、まじまじと富士山を眺める機会はそう無いものだと思う。だからこそ、今みたいに口が開かなくなったりするものだ。

 仁奈は口の代わりに体を動かすことを選んだようだが……

 

 

「すごいですね……」

「適当な場所でもきれいに見えるもんだな」

「富士山が真っ赤でいやがりますよ…… すげぇです」

「仁奈、美世、写真撮るぞ」

「いいですね」

「みんなに自慢するです」

 

 逆行気味で薄暗い写真を撮って3人で笑うと、いよいよ今日の宿に向かう。

 西湖方面へ走ること数十分。ちょっと狭い道の先が今日の宿だった。まぁ、有名所ではないが、こぢんまりとした民宿。その一室に入るなりうあああ、とアイドルらしからぬ声を出して座椅子に伸びた美世にため息を浴びせ、早速荷物からきぐるみを物色しはじめた。

 

 

「久しぶりにガッツリドライブで疲れたぁ」

「最後にドライブに出かけたのはいつくらいですか?」

「んー、春先くらいだったかなぁ。一人でふらっと千葉行って海鮮丼食ってきた」

「プロデューサーはいつも一人でやがりますか?」

「ああ、悲しいけどな。最後に隣に人乗っけてドライブしたのなんて…… 大学のときか」

 

 カメラも回る夕食の席。少しばかり酒も出ていい感じだ。メニュー自体はこれといった特色も無いが、殆ど山梨県内で取れた食材を使っているそうだ。

 んで、最後の助手席に人を乗っけたドライブは大学卒業直前の暇な時期。留美と二人で当時乗っていたワンエイティでドライブに出かけて、それが最後。酔っ払った大人組を隣に乗せて送ったのがドライブならば、先週末に友紀を乗せたが…… あれはどちらかといえば載せるという表現が正しい気がする。

 

 

「プロデューサーの大学時代ですか、どんな車乗ってたんですか?」

「白いワンエイティだよ。一度ぶつけて顔面をS13にしてな」

「シルエイティですか?」

「そうそう、それで留美にしこたま怒られ…… あ、」

 

 ジト目で睨む美世、そしてスタッフからも殺意のこもった目線で睨まれる。救いを求めて美世の隣、夕飯もモリモリ食べていた仁奈に目線を移すも……

 

 

「寝てるよ……」

「プロデューサー、釈明は」

「はい、現在進行形で清く正しいお付き合いをさせていただいております」

 

 俺の選択、それは留美と縒りを戻すものだった。おかげで川島さんに泣かれたが(それも楓さんと片桐さん、ナナさんの目の前で)食事くらい行ってこい、という留美の提案もあってなんとか宥めすかした。

 そんなこともあったが、事務所の中では今までと変わりなく接するし、仕事でも変わりない。

 

 

「へぇ、今西部長には」

「報告済であります。デビューして間もないこともあって、ダメージは少ない、と」

「周囲は」

「川島さん達ごく一部しか知らないので騒がれてません」

「同棲は」

「いえ、時々泊まりに行く程度です」

 

 その後も美世による尋問は続き、真っ白に燃え尽きてから俺にあてがわれた部屋にで死んだように眠った。

 翌日。なにも知らない仁奈はフル充電完了と言わんばかりの元気を振りまいているが、俺は精神的にヘロヘロだ。

 美世の運転でこの旅最後の目的地、富士急ハイランドにやってきた。目的は絶叫マシンではなく、ゆるめのアドラクションなのは言うまでもない。

 

 

「え、私アレ乗るんですか?」

「ああ。仁奈と俺は向こうに居るから、楽しんでこい」

『え、ちょっ、プロデューサー!」

 

 スタッフ数名によって美世は強制連行の上、絶叫マシンへ。俺の細やかな復讐、ではなく、野郎が叫ぶより女の子が叫んだほうがいいだろ? そういうことだ。

 

 

「よし、仁奈。俺らはあっちだな」

「観覧車でやがります!」

 

 そして、昼過ぎには社用車のプリウスに乗り、一路事務所へ向かうのだ。カメラも回っていない事もあって仁奈も美世も後ろで爆睡。俺はガムを口に入れると少しだけオーディオの音量を上げた。

 

 

 ウッキッキーのキ!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。