Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep34

「プロデューサーさん、相談があるんですけど」

「ん? なんだ珍しい。仕事か?」

「いえいえ、車です」

 

 改まってプロデューサーさんに声をかけるのはなんか緊張したけれど、仕事終わりの日比谷Pを捕まえて346カフェへ。車の相談と言っても、番組絡みではありません。

 もう一台、欲しくなってしまったからです。

 

 

「ほー、買い替えか? 増車か?」

「ロードスターも気に入ってますし、増やす気なんですけど、そもそも何買うかも決まってなくて」

「はぁ? なのに車増やすのか」

「ええ。この前、ジャーナリストの方数名とお食事に行ったんです。そのときに……」

 

 

『乗りたい車があったら、片っ端から乗っといたほうがいいぞ。特に自分の生まれる前の車と、マニュアル車はな』

『確かに。ただでさえ古いのに、余裕ができたら、とか考えてたら維持すらできなくなったりしますし』

『年取るとマニュアルのクラッチワークが難しくなるし』

『説教臭くてすまんね。けど、みんな車が好きだから、それだけ後悔もしてんのさ』

 

 なんて会話があったりして。そこで、乗りたい車を片っ端からリストアップ。予算も決めて、ローンの審査も通してからこうして相談に。

 テーマは、ロードスターより大きくて、赤くて、速い。少しイキった小娘感が欲しいんですよね。だから、中古フェラーリとかはナシ。あれはやりすぎです。

 

 

「なるほど。確かに一理ある。俺の親父も定年してからスポーツカー買ったが、ヒイヒイ言ってるしな。しかし、少しイキった感じか。難しいニュアンスだよな」

「自分でもそう思うんですけど、車好きアイドルとして、その筋の人から見ると『わかってるな』って思うし、アイドルとしてのあたしのファンも『カッコイイ車乗ってるな』って思ってもらえる車がいいかなー、って思うんですよ」

 

 車好きアイドルをプロデュース、難しいことやっちまったなぁ。そうボヤきながらもニヤけるプロデューサー。

 それから1週間後、絶対にプロデューサーさんの趣味と偏見と憧れに満ちたリストをもらったのです。

 主だった車をピックアップすると以下の通り

 

 ――――――――――――――――――

 

 ポルシェ 911(930,954,993)

 BMW M3(E46)

 メルセデスベンツ 190E 2.5-16 Evolution2

 アルファロメオ SZ,RZ

 ランチア デルタ インテグラーレ エボルツィオーネⅡ

 アルピーヌ A610『メモ:俺は青推し』

 日産 スカイラインGT-R (R32-34)

 

 ――――――――――――――――――

 

 他にも、シトロエンDSとか、スポーツカーでは無い車も多々含まれてましたけど、今はまだスポーツカーに拘りたいお年頃なので、方向性はスポーツカーで。

 瑞樹さんや楓さんみたいなら大人になれたら、シトロエンやマセラティも似合うんだろうけど、いまのあたしはまだまだ。

 車種をなんとなく絞ったら、コネをたどってオーナーのもとへ。そう。試乗だ。

 

 

「中本先生から、原田さんが車探してるって聞いてたから、ちょうどいいタイミングだったね」

「はい。いろんな方から『乗りたい車乗っとけよー』って言われちゃって。プロデューサーと候補を絞ったら、190Eも挙がったので。尾ヶ崎先生しかいない! と」

「ははっ、嬉しいね。じゃ、早速乗ってみてよ。絶対欲しくなるから」

 

 190E EvoⅡをお借りしたのは、尾ヶ崎先生。メルセデスベンツをこよなく愛するジェントルマンだ。けど、かたっ苦しくない方なので今回のように車を貸していただけた。

 先生からすれば布教活動のようなものかも知れないけれど。

 

 

「意外とクラッチ軽い。おおっ、パワー感ありますね」

「構えてると拍子抜けするでしょ。レースカーのホモロゲーションとは思えないよね」

 

 1速が左下にあるドッグレッグパターンは、慣れるまで戸惑うけれど、慣れてしまえば普通に乗れる。

 逆に、高速道路で追い越しする際に、5から4がまっすぐなので便利なパターンだ。レースカーの香りが少し感じられる。

 30年近く前のモデルだけど、しっかりした剛性感に、大きなリアスポイラーのもたらす高速での安定感。約1.5トンのボディは、ヒラヒラ動くし、なによりカッコいい!

 

 

「この車、買ったらおいくらくらいするんですか?」

「うーん、僕が買ったときは1000万もしなかったけど、最近は高騰してるから、最低でも1500、いい個体なら2500は行くかな?」

 

 あたしはそっと視線を遠くに。ちょーっと厳しいかなぁ?

 数時間のドライブを楽しむと、尾ヶ崎先生とはお別れして次の車へ。正直、リストの大本命でもある。待ち合わせは大黒PA。駐車場をうろつけば、紫色のGT-R。中には待ち人も乗っていたので手を振ると、緑のジャケットを着たオーナーが降りてきた。

 

 

「おまたせしました。お忙しいのにすみません」

「いえいえ、私も久しぶりにこの子で通勤できてたのしかったですし。なにより美世ちゃんのためですから」

 

 そういうのはもちろん、千川ちひろさんである。生粋のGT-Rファンであるちひろさんは、普段のR35の他に今回乗ってきてくれた限定モデルのR34の2台を所有し、過去には5台のGT-Rを乗り継いできたという。

 そんなちひろさんのR34はV-SPECのミッドナイトパープルIII

 200台足らずしか生産されていないというモデルで、この個体はちひろさん曰く、ライトチューンの快適仕様だそう。確かに、目を引く派手なパーツは前置きインタークーラーくらいで、あとはホイールが変わって車高が少し落ちているくらい。そのホイールも定番のBBS LMだ。

 普段のR35がカリカリのとんでもチューンだけに、ギャップがすごい。

 

 

「そんなに派手にはいじってないので、だいぶ乗りやすいと思いますよ。パワーも400くらいで抑えてますし」

「おさえ……?」

 

 あたしのロードスター、160馬力程度なんですが。2倍以上ですか。

 なにはともあれ、車に乗り込むとレカロのセミバケにパーソナルのステアリングと、抑えるところは抑えた定番仕様で固めてある。

 

 

「乗ってみると、ふつうの車ですね」

「そうですよ。段差乗っても跳ねないし、交差点でバキバキ言ったりもしません。燃費は少し悪いですけど、荷物も詰めますし、旅行にもいけちゃいます」

「なんというか、憧れが大きかったぶん、思いの外普通に乗れちゃってて混乱してるんですよねぇ」

 

 アクセルをぐっと踏み込めばシートバッグに背中を押し付けられる強烈な加速。追い越しは楽々。ステアリングのダイレクト感も申し分なく、ある程度の重量感というか、接地感を伝えつつもスイスイと向きを変えられる感じは純然たるスポーツカーに乗っていることを実感させられます。

 

 

「私も、初めてGT-Rに乗ったときは感動しましたけど、1週間で慣れちゃいましたしね。学生の頃の通学から、通勤まで普通に乗れる車なんだな。って」

「普通に乗れる車、ですかぁ」

「スポーツカーかどうか、って自分次第だとおもうんです。35も、世間ではスーパーカーみたいな扱いされることもありますけど、私からすれば足車でもありますし、初めて乗った母親のマーチは私にとってスポーツカーでしたから」

「なるほど。自分の心持ち次第、って言われれば、確かにそうですね。あたしも、車選びを考え直してみようかな」

 

 憧れの車に乗って、思っていたよりも普通に乗っている自分に気づくと、なんだか拍子抜けしたような。寂しいような気持ちにさせられます。

 今まで、ポルシェやフェラーリなどのスーパーカーから、N-BOXなど軽自動車まで、色んな車に乗ってきました。「よし、フェラーリだ」とか、「今日はかわいい軽自動車」とか、乗り込む前に意気込むことがあるのは確かです。

 でも、その意気込みの根底にあるのはあたし自身のそれぞれの車に対する思い込みや思い出、雑誌の記事などなどの記憶。あたしが、その時思ったことはあまりなかったのかもしれません。

 今日、改めて考え直してみようと思います。




活動報告にて、美世の増車アンケートを行いたいと思います。
詳しくは私のユーザーページ、活動報告をご覧ください。

また、私事ではありますが、春から生活環境が変わるため、これまで以上に投稿ペースが下がります。
もともと不定期投稿ではありますが、何卒ご理解をお願いいたします。

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