Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep27

 #1

 

 以前、美城プロの社用車事情に触れたことがあったと思う。アクアと、プリウスα、それから重役用のアウディだが、今回、増車が決まったのだ。

 それもこれも、アイドル部門の好調と、ほか部門の仕事増加もあって、社用車がすべて出払うことが増えたことで、一部の社員が自家用車を使っていたためだ。

 ガソリン代も規則に則って出るには出るが、その基準は1キロ当たり10円。割と燃費を出さないと損をする。そして、ご存知の通りアイドル部門のプロデューサーや事務員の車は総じて10km/Lを下回る地球環境の天敵ばかり。

 つまり、社員である我々が普段から損をしているのだ。そこで、俺が武内さんとちひろさんとともに常務に社用車買ってくれ、アイドル部門のやつ。3列シートで6人乗り、それから燃費と長距離楽で……と大量の条件をつけて企画書を提出したのが半年前。

 死んでもミニバンには乗りたくないという謎の意地を発揮し、海外のドマイナーなMPV(マルチパーパスビークル)をメインに、4車種を総務と財務、重役達の前でプレゼンしたのが功を奏したかどうかはさておき、晴れてアイドル部門に社用車がやってきた。

 

 

「それも車種分けるかぁ……」

「確かに我々も迷ってはいましたが……」

「どっちも楽しめてお得、って考えましょう」

 

 社用車駐車場で我々を待っていたのは最新型の3列シートを持つ車たち。

 ディーゼルエンジンで燃費も動力性能も文句なく、大柄なボディで3列目も30分くらいなら耐えられそう。小学生組なら長距離も行けなくはないだろう。

 

 

「武内さん、どっちがいいですか?」

「そうですね…… 日比谷さんはどちらにしますか」

「CX-8がいいですね。ボディも大きいので」

「わかりました、私が5008を」

「あのー、お二人とも、『これ僕の!』って言うのは結構ですけど、社用車ですし、お好きなときに好きな方を乗ればいいんじゃないですか?」

 

 でもまぁ、これ僕の! したいんですよ、男って。

 あとは、346プロのマーク、5008にはシンデレラプロジェクトのロゴを、CX-8にはプロジェクトクローネのロゴを入れて完成。

 もちろん、安っぽくならないようにリアゲートと左右フェンダーに小さいものにした。カッティングシートで作ったお手製のものだ。それから、総務から指定された管理番号をボンネットのフチに貼って完成。

 

 

「それで、こっちのもそうみたいですけど、どうしますか?」

「こっちの?」

「はい。総務からの書類だと車は3台になってます。そこのシトロエンも」

 

 そしてちひろさんの指に視線を操られる男二人。

 視線の先には白に赤の差し色の入ったダブルシェブロン。ボディサイドのエアバンプがデザインのポイントだ。

 

 

「C3ですね。ではこの車は……」

「ちひろさんのっすね」

「私ですか?」

 

 そして予備にと持ってきていたステッカーをちひろさんに手渡して、マスキングテープで位置決め。左右でできる限りズレの無いように貼るのがかっこよく見せるコツだ。

 とはいえ実際に貼るのはちひろさん。震える手でステッカーを貼り付けている間に俺と武内さんも反対側や後ろを。それから家探しを軽くしてからキーを持って事務所に戻った。

 

 

「これは常務にお礼を言わないといけませんね」

「そうですね。まさかオマケもついてくるとは思いませんでしたよ」

「さっきモデル部門のお友達に聞いたんですけど、あっちにもシトロエンが3台入ったみたいですよ。それからアクター部門に5008、総務にCX-8って割り振りみたいですね」

「なるほど。寄せ集めがウチ、と」

 

 まぁ、そのおかげでいい車に乗れるんだから役得と思っておこう。

 武内さんは早速5008でアイドルを迎えに行き、俺もそろそろ出版社に美世の連載について打ち合わせに行かないとならない。出版社と言っても、自動車雑誌(やバイク雑誌)専門みたいなところだから、普段から社用車が空いてても話のネタに自分の車で行ったものだが、今日は自慢も兼ねてCX-8で行くことにしよう。

 社用車駐車場で目当ての車を探してキーを開け、少し高さを感じるシートに腰を落ち着かせる。

 中間グレードのXD プロアクティブにはクロス地のシートが奢られるが、変に滑ることもなく、チルトとテレスコのついたハンドルも合わせてシートポジションを得るのは非常に楽だ。

 美世のロドスタもそうだけど、最近のマツダってシートに座って足を伸ばすとその先にペダルがあるんだよな。腕の先にハンドルがあるのもそう。特に意識せずともハンドルとペダルには触っているが、その意識せずとも、が無意識な疲れを生むこともあるからこの『意識せずとも』はとても大事なポイントだと思う。

 

 

「ほほう……」

 

 俺自身、ディーゼルエンジンはガラガラうるさい、みたいな先入観はだいぶ前にBMWによって消し去られたが、値段で言えば2倍近い車と同等の静粛性。これは驚きだ。

 さすがに冷間始動のアイドリングではディーゼルらしいバイブレーションを感じるが、それでも"ふつう"の範疇。意識しないとわからないと思う。

 そしてギアをドライブに入れて少しアクセルを踏み込むと、大きなボディはのっそりと動き出す。

 都市部のストップアンドゴーではこれと言った特徴はないが、とにかく大きなボディとたっぷりとしたトルクで悠々と走る感覚が強い。かと言って車線変更や止まっている車を避けるときの動作が鈍いかといえばそんなこともなく。シャープでは無いが思ったとおりに動く感じ。なんかあやふやだな。けれど、当然の動作を当然のようにできる。

 普段乗ってるA4は、これより100kgほど軽いからもちろんクイックに動く。あれを10のクイックさだとすると、マクラーレンは35とか。そしてCX-8は8とか9くらい。車重や車格を感じさせるタメ感を作りつつ、動作はトロくない感じ、と言えば伝わるだろうか?

 

 

「こんにちは」

「やぁ、日比谷さん。今日は珍しいクルマですね」

「やはりお気づきでしたか」

 

 そして出版社にくればもちろん会話の始まりはクルマ話から。まぁ、普通の話もするけど。

 そのままエントランスで話し込むこと数分。会議室に場所を移して遅刻の連絡をくれた美世を待ちつつまたクルマ話。もちろん話題はCX-8だ。

 

 

「ほう、社用車で。羨ましいですねえ」

「お陰様で業績も上がってまして、社用車が足りなくなったんですよ。あとはアイドル初め、ブランドイメージを良くしたいって思惑もあるんですがね」

「確かに、売れっ子アイドルやイケメン俳優がアクアだとなんとなく貧乏くさい感じはしますね」

 

 それから、お互い乗った感想を言い合ったり、プロボックスがどうのこうのと社用車トークに花を咲かせていると渋滞にハマって遅れてきた美世がやってきた。

 これから1年間、雑誌で美世が1ベージのコラムを連載することになったのだ。それも、月刊で割といい値段の部類の雑誌。ホチキス留めの400円くらいで売ってる週刊誌の方がキャラクターに合ってるのでは、とも思ったが編集長(いま俺がくっちゃべってるオジサマだ)曰く、

『今を輝く若い女性が好き勝手に使ってくれるページでいい』とのこと。

 なので話題は車に限らず、ファッション、ロケ先での出来事からイベントの宣伝まで、なんにでも使ってくれというのが先方の要望だった。まぁ、A4を1ページ使えるんだから、いろいろなトピックスを盛り込めるだろう。

 そして最終確認とも言える今日は、実際に第一回の下書きとページレイアウトなどの確認などを経て数時間で終了。

 すっかり日も傾いてきた。

 

 

「表のCX-8なんなんですか? 事務所のステッカー貼ってありましたけど」

「社用車。アイドル部門にはアレと5008、C3だな。他の部署にそれぞれ数台ずつ入ってるぞ」

「ひえー、改めてウチの事務所ってお金あるんですねぇ……」

 

 

 #2

 

 

 なるほど。

 新しくやってきたプジョーに乗って思ったことは、非常によくできた車であることでした。

 同じSUVの3008と基本的なコンポーネントを共用し、ボディサイズを大きくした車を出す手法は最近よくある事ですし、悪いこととも思いません。

 しかし、時折大きくなったボディに困ることがあることもあるでしょう。キビキビ感は薄れ、代わりにゆったりとした乗り心地になる訳ですが、それをどう受け取るか。少なくとも、私個人は好意的に受け取っています。

 最近流行りのディーゼルエンジンですが、2Lという排気流からは想像できないパワー感があります。踏み込んで一瞬線が細い感じもありますが、タイヤが転がり始めると大柄なボディを力強く押し出します。スポーツカーのような蹴り出される感じではなく、大きな手で背中を押されるようなトルク感には感心しきりです。

 

 

「お疲れ様です。前川さん、多田さん」

「いつもありがとにゃん、Pチャン」

「収録を見届けられず、申し訳ありません。問題ありませんでしたか?」

「もちろん! 今日もばっちりだったよ」

 

 ラジオ局にアスタリスクのお二人を迎えにあがると、やはりと言うべきか、車が違うことにすぐ気づいたようでした。

 

 

「いつものプリウスじゃないにゃ!」

「おっきい車じゃん、カッコいいし」

「アイドル部門の専用車です。日比谷さんがもう一台を乗っていますね」

 

 まだキーの扱いに慣れませんが、リアのドアを開けて促し、2人が乗ったのを確認するとドアを閉めます。このドアを閉めるときの重さであるとか、締めたときの音は車選びのファクターの一つではないでしょうか?

 バン、と安っぽい音が響くよりも、ボスン、と低い音が一瞬で収まるほうがいい車だと思えるはずです。

 

 

「レザーシートじゃん。ロックだよね」

「李衣菜ちゃんのロックが未だによくわからないにゃ」

「レザーはロックなアイテムだよ。ほら、レザージャケットとか、レザーパンツとかさ」

「確かに、言われてみるとそうかも……」

 

 珍しく前川さんが絆されてますね。レザーシートがロックかどうかは置いておくとして、地下駐車場のスロープも力強く登り、町中も特に不自由なく走ってくれます。先程にも言った通り、一瞬の線の細さはありますが、気になるほどではありません。ここはモーターの力が一瞬で立ち上がるプリウスの方が得意とするところでしょうから、比べるのは酷と言うものです。

 

 

「プリウスと比べて乗り心地などはどうですか」

「視点が高い感じかなー。天井も高いし、結構好きだよ」

「足元も広いし、荷物を置いても余裕にゃん」

「そうですか、良かったです」

 

 そのまま事務所に戻ると今度は湾岸部のテレビ局へ。桐生さんと和久井さんをお迎えに行きます。

 高速道路の本線合流は大きなトルクを遺憾なく発揮する場面でしょう。車の数も多くないので一度底まで踏み込んで見ると、内臓を押しつぶされそうなトルク感で大柄なボディをあっという間に100km/hまで加速させます。

 首都高に多い路面の継ぎ目(所謂、目地段差)を踏んだ際の足捌きも文句なく、角を取った衝撃はあるものの、上屋の動きはピタリと収まる良い足です。直進安定性も文句なく、ハンドルに軽く手を添え、クルーズコントロールを使えば快適なドライブになりそうです。レインボーブリッジの上では横風にあおられてハンドルを取られることもなく、どっしりと構えていられます。

 

 

「あら、武内さん買い替えですか?」

「いえ、社用車です。日比谷さんと総務に訴えていたことが通りまして」

「それでプジョーねぇ。ブランドイメージとかそういう視点で見てんだろうな」

「お見通しですか。我々もその点をポイントの一つとして上げました。経済性や居住性などの付加価値として、ですね」

 

 リアシートに案内すると、比較的長身のお二人でもヘッドクリアランスは十分に確保されているようです。後で私も座ってみましょうか。あの様子を見ると私や諸星さんも窮屈な思いをせずに済みそうですし。

 

 

「ディーゼルね。確かに経済的だわ」

「おわかりですか? 結構静かな車だと思うのですが」

「アタシにはよくわかんないけど。そんなに違うん?」

「なんだろ、アイドリングの感じとか、わずかに聞こえるガラガラしたノイズとか。気にしないとわからないと思うけど」

 

 それから再び高速道路へ。夕方のこの時間は流石に混みますね。ほぼ流れない渋滞には辟易してしまいます。最近は渋滞でも前の車についていくような支援システムもあるようですが、あいにくこの車には未装備。それでも、ACCがあるので流れていればだいぶ楽です。

 後席の2人はゆったりと過ごせているようですが、高速を降りれば事務所はもうすぐ。若干狭く感じる駐車場ですが、見切りは良好ですし、カメラもあるので車庫入れはやりやすいと思います。

 

 

「おつかれ様でした。おや、珍しいですね」

「つかさちゃんも年相応に可愛いトコあるのよね」

 

 イヤホンを耳につけたままお休みの桐生さん。

 こうしたアイドルの一面が見られるのも、プロデューサーの特権だと思います。


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