#1 Idols meet car
なるほど、それでボクらの出番と言うわけか。しかしいいのかい? 良し悪しなんてわからないし、なにを求められるかすら予想できない。
ただもてなしを受ければいい? キミがそういうのなら従うよ。彼女にも伝えてあるんだろう? 良いだろう。楽しみにしているよ。
汐留イタリア街。そのホテルのレストランで、いつもより少しオシャレな服を着て、優雅にモーニングメニューをいただく。
隣には白を基調としたジャケットスタイルの飛鳥ちゃん。その飛鳥ちゃんの隣には黒のゴシックワンピースにグレーのストールを肩からかけた蘭子ちゃんがクロワッサンにジャムをつけて頬張っています。
「なぁ、美世。キミの番組は車番組…… だろう?」
「そうだよ?」
「んー! はにゃぁ……」
すこし不審がる飛鳥ちゃんをよそに、蘭子ちゃんは幸せそうで何より。
それから、オープニングを撮って朝食の続きを。
もちろん、車番組ですから、おめかしした女の子の朝食だけで終わらせる気は毛頭ありません。
朝ごはんを食べ終え、ホテルのロビーに2人を待たせ、一度客室で着替えると駐車場へ。この車に乗るのは初めてではないけれど、未だに緊張しちゃいます。
エントランスの前に車を停めると、待ちぼうけの2人を呼びに行きました。
「おまたせしました」
「その格好は……」
「執事…… さん?」
わざとらしく慇懃に頭を下げると、2人を車にエスコート。ドアに手をかざして機械仕掛けのドアを開け、白い革張りのリアシートへ。
もちろん、私がなんの迷いもなく明らかに高い車へ案内するんだから、一瞬2人の足が止まったけど、おっかなびっくり席につくと私も黙ってドアを閉めた。
すぐに車の後ろを回って運転席に。エンジンをかけてシートベルトを締めると、後ろの2人にも促してから、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「純白の馬車…… はうぅ……」
「緊張しているのかい? らしくない」
「我が片翼は動じていないのか……? (飛鳥ちゃんは平気なの?)」
「ああ、考えてもみるんだ。さっきこの車を見たときの気高さを。そして、ハンドルを握る美世さんの振る舞いを。今のボクらはそれにふさわしくなければ申し訳がたたないだろう?」
後ろで腰が引ける蘭子ちゃんを飛鳥ちゃんが奮いたたせてるけど、今回の車は番組史上最高額の車。
私もメーカーからお借りするのに数日前から研修というか、練習をさせて頂いてからこうしてハンドルを握っているほど気合が入るヤバい代物。(余談ですけど、広報さんには「この車のハンドルを握る方で一番若い」と言われました)
ロールスロイスのフラッグシップ、ファントム。
国内発表間もない新型モデルをお借りして、今日は後ろの2人とドライブデートと洒落込もうというわけです。
一人いない? プロデューサーさんは留美さんとあいさんの2人とロケで(本当の)イタリアに行っているのでおやすみです。
「それで、今日はどこへ連れて行ってくれるんだい?」
「飛鳥よ、馬を駆りし友の囁きはなかったのか?(日比谷Pから行きたい場所聞かれなかったの?)」
「いや、特になかったが…… なるほど、今日のプランは蘭子のセレクトか。楽しみだ」
「……っ!! 飛鳥ちゃん!」
いやぁ、飛鳥ちゃん、狙ってるのかな? 後ろでいちゃつく2人をミラー越しに見ると、飛鳥ちゃんと目があった。
「これはキミの番組だろう? 喋らなくていいのかい?」
「普段みたいにペラペラしゃべるような車でもないし、緊張しちゃって」
「美世さ…… 御者をも飲み込むとは……(美世さんも緊張するなんて……)」
「もともとアタシが乗るような車でもないんだけど、プロデューサーさんが企画だけ立てて行っちゃったから……」
しれっと首都高に乗り、東名高速を西へ向かう道中、やっと車にも慣れて後ろはいろんなスイッチを探し始めました。
「きゃっ!」
「これは、マッサージ機能か…… すごいな」
「癒やしの時……(きもちいい〜)」
「美世、何か曲をかけられないか? 流石に静か過ぎる」
静か過ぎる。飛鳥ちゃんがそう言うほどにこの車は静かだった。
タイヤのノイズは無く、風切音もない。路面の継ぎ目すらハンドルに一瞬の震えとして伝わるだけ。いつの間にか姿を消したスピリット・オブ・エクスタシーも一役買っているのでしょう。
さて、暇を持て余し始めた2人にリアシートエンタテイメントシステムの存在を教えると、喜々としていじり始め、気がつけばウィンターライブの映像を見ていました。
(偏見しかないけれど)クラシックばかり流していそうなスピーカーは現代のアイドルソングにも十分対応し、『共鳴世界の存在論』のバンドサウンドを余すことなく伝えてきます。
「飛鳥よ、車の話をしよう」
「唐突だね。けれども番組のMCがいないようだから、ボクらでやろうか」
「創造者より手紙が来たのだ。(番組プロデューサーさんからLINEが来たんです!)」
「なるほど。けれども、ボクらには月並な、それこそ『魔法の絨毯のようだ』なんて言葉しか紡げない」
「我も同じく、この贅を極めた馬車を褒める言葉を持たない。けれどただひとつ言えるのは、我はこれ以上の馬車に出会える事はないだろう。(私もなんて言ったらいいのかわからないけど、これ以上の車はないと思う!)」
クルーズコントロールやらなにやら、アシスト機能をフル活用して高速をだらだら走る間にも、後ろの2人は頑張って車番組してくれている――だんだん焦りの色も見えてきたけど。
ふと、何かひらめいたように飛鳥ちゃんが口を開いた。
「蘭子。そろそろどこへ向かっているのか教えてくれてもいいんじゃないか? 見たところ静岡に向かっているのはわかるが……」
「フフッ、まずは昼餉よ。その後、洋琴の調べを聞きに。それ以上はまだ時ではないようね。(まずはお昼ごはん! それから、ピアノを見に行くんだー!)」
「ピアノか。引けるのかい?」
「あっ、えーっと…… 少しだけ……」
飛鳥ちゃんの優しげな笑みがイケメン過ぎて思わず自動防眩ミラー仕事しろ、なんて思いながら高速もするりと降りて一般道を進むと市街地を進み、何の変哲もない一軒家の前に車を止めました。
「魔王の到着よ!」
「どう見てもただの家だが……」
「民家は世を忍ぶ仮の姿、その本質は宴に相応しい供物を差し出すわ。(普通のお家に見えますけど、すごく美味しいんだって!)」
ニコニコと足取り軽く入る蘭子ちゃん。玄関には小さなメニューボードとOPENの札。それ以外は普通の一軒家ですが、中に入ればお肉の焼ける音と、お腹を空かせる匂いが漂っていました。
一間に抜かれたフロアに用意されていた席に着くと、ランチセットを3つ注文。間もなく出されるといただきます、と一声上げて蘭子ちゃんが小さく切り分け一口。
「っー!!」
美味しいようで何より。私も一口食べるとファミレスのハンバーグと比べるのが失礼に思えるほどの美味しさ。
脂が違うんだと思います。よくわかりませんが。
飛鳥ちゃんも大人ぶってるけど、楽しみで仕方ない様子なのが目元から伝わってきます。
結構ボリュームがあったような気もしましたが、みんな完食すると次の目的地へ。車で数十分走った先は国内有数の楽器メーカーの工場。
そこで待っていた女性の案内で見て回るのは、ビアノの制作過程です。
まず案内されたホールにはピアノがずらり。グランドピアノだけじゃなく、アップライトピアノもありますね。
「こちらのホールにございますのは、我が社のラインナップの一部と、アーティストの皆様が実際に演奏されたものでございます。こちらのグランドピアノは――」
「――こちらのハンマーと呼ばれる部品で弦を叩くことで――」
「――それでは、工場へご案内します」
長い長い説明を熱心に聞いていると、広く感じたホールもあっという間。蘭子ちゃんや飛鳥ちゃんが、昔流行ったバンドのライブで使われたという凄いデザインのピアノに興味津々だったり、ピアノのカットモデルにアタシが食いついてる間において行かれかけたりもしたけど無事に工場に。
案内が聞こえなくなるらしく、トランシーバーとイヤホンを渡されるとそれをつけていざ工場へ入りましょう。
「――手作りだと思っていたが、機械化されているんだね」
「――もちろん、手作業で行う工程もございます。機械でできることと、人の手でしかできないことをそれぞれ分けて効率化と品質の安定化をはかっております」
「――
「――えぇと…… はい、最後には職人たちの手作業で調整、調律を行い皆様の元へお届けいたします」
最後に案内されたのは最初と同じ建物。だが、別の部屋。そこには同じ型番のピアノが3台。
これからこの3台の弾き比べ、聴き比べをしてみようというわけだ。
「蘭子、せっかくだから引いてくれないか」
「えぇっ!」
仕方ないなぁ、と言いながら3台並ぶ一番近くにあったピアノに手を置くと、一瞬短く息を吸ってから引き始めました。この曲は……
「"課題曲"というわけか」
「少しだけ、って言ってたけどそんなことないじゃん」
蘭子ちゃんが引き始めたのは『お願いシンデレラ』
サラリとショートバージョンを引き終えると、「どうかな?」みたいな顔でこっちを見てくるから思わずニッコリ。時々見せる年相応の可愛さがズルいですよねぇ。
「隣のピアノでも弾いてほしいな。弾き比べ、だろう?」
「えっ! えぇ……」
なんだかんだ言いつつ蘭子ちゃんが弾き始めれば飛鳥ちゃんが歌い始め、3台目で引くときにはアタシも蘭子ちゃんも歌って賑やかに。
けれど蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんは「弾き比べ」であることを忘れていなかった様子。アタシ? すっかりたのしくなっちゃって。
「2台目は音色が丸くて好みだったね。1台目は少し尖って聞こえたかな」
「我も同じく。2台目の軽さは好みよ。されど3台目の重厚な響きも捨てがたい……」
「うーん、アタシにはよくわかんなかったなぁ」
そんなアタシ以外2人の耳の良さを案内のお姉さんに褒められると、お土産をもらって工場を後に。
これからまた東京方面に戻らなければなりません。それも、6時前に。今4時を少し過ぎたところ。これは高速をぬふわkm/hとかでかっ飛ばさないといけないヤツですかね。
お仕事柄まずいんですけど。
と、思いつつも法定速度厳守の安全運転で(東名は覆面も多いですし……)東京の一歩手前。横浜で降りるとそのまま高級ホテルの車回しへ。
「今日の終着地はここよ。夕餉を楽しみましょう」
「これはまた。ボクらにはもったいない程だ」
ここでも2人を中に案内してから自分で車を駐車場に持っていくとそそくさと予約していた部屋に入り、小奇麗な男性用の礼服とはさよなら。
白のタイトスカートとジャケットにブルーのブラウスで少し大人っぽくキメていざ出陣。2人はすでにレストランで今か今かと夕食を待ちわびている事でしょう。
「ふふん、実に満足。これほどまでに満ち足りた日は久しぶりよ」
「そうだね。食事がメインではあったけど、芸術にも触れ、こうして蘭子と美世と1日を楽しむことができた。もちろん、素晴らしい車も今日のエッセンスだ」
コース料理に舌鼓を打ち、アタシはワイン、2人はオレンジジュースを食後酒に今日を振りえればアタシはひたすら
蘭子ちゃんが満足ならアタシも満足かな。
「飛鳥と共に過ごせたこの日を、また記憶に刻めた事を嬉しく思うわ。そしてこれからも、また一緒に頑張ろうね、飛鳥ちゃん」
「ああ、もちろんだ。次はボクのセレクトで一緒に出かけよう。そうだな、ゆっくりできるところがいい」
さて、綺麗にオチも付いたところで今週のDriveWeekはここまで。
また来週もお会いしましょう!
熊本弁難しくて、蘭子のセリフ短え